水産振興ONLINE
617
2019年9月

中・小型漁船市場をめぐる産業構造の変遷—船価高騰にどう影響したか—

濱田 武士(北海学園大学経済学部 教授)

はじめに

日本漁業の成長が止まり、縮小再編が始まってから50年近くになります。漁業用生産手段を供給する関連産業も撤退、廃業が続きました。漁業用生産手段の産業は寡占化しています。また漁村にあった鉄工所など漁業者の身近に存在していた業者の廃業も著しくなっています。漁業を後方から支えてきた技術者の不足、メーカーの撤退が今後漁業にどのような影響を及ぼすのか、考える機会があまりにも少なかったように思えます。

筆者は、船価が高騰していることを背景に、沖合・遠洋で利用されている漁船の供給体制がどうなっているのかについて「船価高騰と造船所」『水産振興』(594号、2017年6月号)で整理しました。そこで出た結論は、漁業経営の収益性が悪化しているなか漁船建造需要が長期にわたり低迷し漁船の供給力が失われたこと、その間、残った漁船の高齢化が進み、潜在的には建造需要が拡大していたこと、そして東日本大震災で沢山の漁船が被災し、一方で代船取得のための支援事業が拡充され、急激な供給増が造船業界と関連産業に求められたこと、そのため、様々な装置、部品、資材そして労働市場において超過需要を抑えるための価格調整が働き、船価全体が上昇した、でした。

この調査で、造船所が船価を不当に吊り上げているのではないかという問いかけには一定の答えを出したのかと思っています。この点は、メーカーや造船所が限られ、各社の協力があり、客観的な詳細なデータを出して頂いたことで目的を達し得たのではないかと思います。

しかし、対象が鋼船に絞られていたことから、FRP漁船が多い中・小型漁船については調査の対象外でした。

中・小型漁船も船価は上昇しています。そのメカニズムはほとんど鋼船と同じです。価格は超過需要または超過供給の状態を避けるために調整されているからです。ただし、鋼船の造船業界とFRP船を主体とする中・小型漁船の産業構造は異なります。その違いは、後述しますが、サプライヤーに中小造船所だけでなく、全国に展開する大手メーカーが存在するところです。いわゆる、「二重構造」が内在しています。また中・小型漁船市場における大手メーカーの在り方も2000年代に入って大きく変わっています。

本稿では、タイトルのごとく、『中・小型漁船市場をめぐる産業構造の変遷』について調べて、それが「船価高騰にどう影響したか」を記すものとしています。本調査では、沢山の造船所をめぐってより実証的に船価高騰を具体的にしようとしましたが、10社程度しかない鋼船を建造する造船所と違って、中・小型漁船を建造する造船所は150カ所を超え、時間的、予算的制約があって訪問数は7社(大手メーカー2社、FRP造船所3社、アルミ漁船造船所2社)に止まりました(約束で社名を挙げないことにしました)。また筆者の能力が及ばず、定量分析による船価高騰の内実を深掘りできませんでした。そのことから、歴史と公表・未公表の統計から組み立てて「産業構造の変遷」を表すことで、船価高騰の背景を描くことにしました。

第一章では、登録されている漁船の動向や、建造動向を統計から捉えていきます。20トン未満漁船の建造統計は存在しませんので、漁船保険の加入状況から整理し、本論の対象となる造船所の射程範囲について述べます。

第二章では、中・小型漁船の市場がどのような変遷だったのか、歴史を追って論じ、企業展開や技術発展を踏まえながら中・小型漁船の供給事情についてまとめました。

第三章では、昨今の造船所の展開を大手メーカーの動向と中小造船所の企業行動から整理しました。

第四章では、昨今の中・小型漁船の需給構造と船価高騰との関係について説きました。本論の核心部分はこの章に凝縮されています。この章を読んでもらえれば論点が伝わるようにしました。

なお、未公表数値を入手するに当たっては、各団体の力添えがなければ実現できなかったです。調査にご協力いただいた7社の他、海洋水産システム協会、日本漁船保険組合、水産業・漁村活性化推進機構にもデータ収集の際にご協力頂きました。併せて感謝申し上げます。

著者プロフィール

濱田 武士はまだ たけし

1969年3月生まれ。大阪府出身。北海道大学大学院修了、水産経営技術研究所研究員、東京海洋大学准教授を経て、2016年4月より北海学園大学経済学部教授

単著『伝統的和船の経済−地域漁業を支えた「技」と「商」の歴史的考察』(農林統計出版、漁業経済学会奨励賞)、単著『漁業と震災』(みすず書房、漁業経済学会賞、日本協同組合学会賞)単著『日本漁業の真実(ちくま新書)』(筑摩書房)共著『福島に農林漁業をとり戻す』(みすず書房、日本協同組合学会賞学術賞(共同研究)単著『魚と日本人 食と職の経済学(岩波新書)』(岩波書店、水産ジャーナリストの会大賞、第8回辻静雄食文化賞)