水産振興ONLINE
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2019年9月

中・小型漁船市場をめぐる産業構造の変遷—船価高騰にどう影響したか—

濱田 武士(北海学園大学経済学部 教授)

第四章 漁船の需給と船価

漁船の高船齢化と建造需要

漁船の建造需要は、新規参入が少ないゆえに、代船建造(更新)需要が多くを占めます。更新は、基本的に漁船の老朽化により漁業が続けられないか、まだ利用できるとしても漁業経営上代船が有利だという判断がある場合に実施されます。

しかし、漁業経営環境が長期間にわたり悪化した場合、漁船が高齢化しても代船建造のための投資ができないことから、修繕が繰り返されたり、機関換装が行われたりして、漁業経営の継続を図る漁業者が多くなります。そのため、全体として代船建造機会が増えず、現存する漁船の船齢構成の老齢化が進みます。バブル経済が崩壊し、デフレ不況が強まった90年代後から今日までがまさにそのような状況でした。

表4-1をみましょう。日本漁船保険組合によると、1996年に普通損害保険の引受数は全数で252,121隻であり、船齢30年以上の漁船隻数が2,752隻(1.1%)でしたのが、2016年は全数が165,371隻、船齢30年以上の漁船隻数が67,822隻となりました。実に全体の41%を船齢30年以上が占めます。つまり、この20年で高船齢化が著しく進んだといえると同時に、シェアの高いFRP漁船の耐久性(船体寿命)が長いことも実証されました。ただ、先にも触れたように、漁業経営の環境が悪化し続けた状況を踏まえると、代船建造したくても、その好機が少なかったといわざるを得ません。

同じ規模の漁業をやっていても、漁業経営の水揚格差はあります。そのため、水揚げが高くて投資を活発化(頻繁に設備更新を)する漁業者もいれば、水揚げが低いため投資を抑制する漁業者もいます。前者は積極的に代船建造をする階層であり、後者はその逆です。後者は、設備更新は消極的で修繕を繰り返すケースが多いです。代船を取得する場合でも、中古船が多いです。どちらかといえば、前者の被代船(さがり船)を購入して、艤装をしなおすケースが多いのです。

このように漁業界は、水揚げ上位階層の漁業者が代船建造を定期的に行い、中位・下位階層がその被代船で構成される中古船市場から代船を取得してきました。漁業経営の階層間には漁船の中古船市場があります。

しかし、昨今、水揚げ上位階層の漁業者が減り、中古船市場においても、良質な中古船が少なくなっています。つまり、新船建造の減少によって中古船市場の規模が小さくなりました。このままだと、新船市場だけでなく中古船市場も細って、中位・下位階層の漁業者に漁業を続ける意欲があっても代船取得できないというケースが増え、一方で建造可能な造船所が減り続け、漁業の現状はより厳しくなるというシナリオが見えてきます。造船所など漁業関連施設のメーカーが少なくなると、供給能力が弱まり、漁労設備の原価、修繕費は自ずと高騰し、残存する漁業者の設備投資環境はより悪くなります。

表4-1 年別普通損害保険の船齢別引き受け漁船隻数/資料:日本漁船保険組合
表4-1 年別普通損害保険の船齢別引き受け漁船隻数
資料:日本漁船保険組合