水産振興ONLINE
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2019年9月

中・小型漁船市場をめぐる産業構造の変遷—船価高騰にどう影響したか—

濱田 武士(北海学園大学経済学部 教授)

第二章 中・小型漁船の市場構造の変遷

木からFRPへの素材転換

日常品などの素材が、木材からプラスティックや化学繊維など化学素材に転換したのは第二次世界大戦後でした。我が国では、大規模な石油化学コンビナートが京浜工業地帯などに開発され、化学素材の大量生産体制が構築されるとともに、用途別市場が開拓されていきました。そのなかに漁具も含まれました。

実際に漁具の材質転換は高度経済成長期に進められました。それまでの漁具素材は、網においては藁・麻・綿、浮子では硝子でしたが、プラスティック素材や化学繊維など化学素材に転換していきました。

他方、1950年代にガラス繊維や炭素繊維などで補強されたプラスティック素材が開発されました。FRP(Fiber-Reinforced Plastic:強化繊維プラスティック)素材です。この素材も、高度経済成長期から用途別市場が広がり、日用品から様々な産業分野で利用されるようになりました。

小型舟艇や漁船もFRPの用途別市場のターゲットになりました。そしてヨットやプレジャーボートなど小型舟艇のFRP化が進みました。しかしながら、第一章の図1-2で示したように、FRP漁船の普及は高度経済成長が終わる1970代まで待たねばならなかったのです。

FRP漁船の開発は、1950年代には進められていました。すでにその頃漁具の化繊化やプラスティック製品への転換が進んでいたことから、船体もプラスティックに置き換わるのは時間の問題とされていたのです。

その背景として、木造船の船価が高騰していたことがあります。当時、高度経済成長下で建築資材の需要が高まる一方で、木材価格は高騰を続けていました。船材は、建築材のような規格材とは異なり、長い材であったり、曲がっている材が使われていたりしていたため、原木の段階から船材向きかどうかを見極める必要があり、船材を使う木材問屋しか入手できなかったのです。そのような特殊な木材問屋が存在しない地域では、船大工や漁業者自らが山林に入って立木を見ながら仕入れることもありました。さらに、立木の根の部分から伐倒する必要があり、製材所でも船材の扱いは手間がかかることから、船材価格は通常材の3倍以上となっていました。そこに木材不足による価格上昇が加わっていたため、船価は著しく高騰していたのです。そのため、もともと木造船が使われていた20トン以上の中型船では鋼船への転換がスムーズに進みました。そして小型船に関しては、大量生産が可能なFRP船体の拡大が見込まれたのでした。

木造船は、手入れを小まめにすれば木材の劣化を防ぎ長持ちしますが、その保守にはかなりの労力を要していました。それに対してFRPはクラック(ヒビ)が入らない限り、船体の劣化はありません。軽くて、強度が強く、耐久性にも優れています。そのことから、ユーザーサイドのメリットは大きいとされていました。

しかし、先にも触れたように、FRP船体はすぐには普及しませんでした。漁業者に受け入れられなかったのです。その理由は以下です。

和型漁船は、地域性が強く、棟梁ごとに船型が異なるほど、個別性が強かったです。そのため、同型船を大量生産しようと開発されたFRP船型が必ずしもそれぞれのユーザーに対応するものではなかったということです。さらに、船体が軽量化され、積載能力は高まったとしても、木造漁船と比較して波によく反応するため動揺が激しいです。そのことで、木造漁船に慣れている漁業者にとっては受け入れがたいものがあったわけです。