水産振興ONLINE
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2019年9月

中・小型漁船市場をめぐる産業構造の変遷—船価高騰にどう影響したか—

濱田 武士(北海学園大学経済学部 教授)

第四章 漁船の需給と船価

造船所の体制と人員体制

訪問先の造船所は、2022年〜2024年まで建造予定が決まっていました。特に10トン以上の中型漁船が建造可能な造船所ほど、建造予定数が多いです。事情は、大手系列も中小造船所も同じでした。

大手系列については、震災前に生産調整(従業員の週休3日制導入)を行わなければならないほど漁船の受注が少なかったわけですが、現在は人手不足に悩まされています。また大手に限らず、どこの造船所もベテラン職人の高齢化が著しく、次の担い手職人の獲得に苦労をしています。

大手では、商品規格が和船タイプだけでも数種(13尺〜50尺)あり、漁船は4.9トン、7.9トン、9.9トン、12トン、14トン、19トンなどと標準的な船型規格であっても、漁業種類に応じて商品の仕様が大きく異なります。和船も含めて大手の規格は20種以上となります。

大手系列の造船所としては、受注に応じてそれらの規格通りに船体を製造することまでに責任があります。船外機船ならば船体が完成したら艤装がほとんどないため直ぐに出荷されます。しかし、艤装が必要な漁船については、内装工事、電気工事、油圧工事などが終わるまで出荷されません。この状況は中小造船所と一緒です。そのため船体の製造開始から艤装が終わり出荷するまでに4ヶ月を要することもあります。またある大手系列造船所では9.9トン以上の型になると木製雌型を使うようですが、その型を新たに作製する場合はそれだけで2ヶ月を要するようです。

大手系列下のこの工場では35人の従業員(アルバイト5人)と設計2人で年間漁船を17〜18隻ほど製造しています。木工職人については地元の船大工を採用するケースが多かったですが、昨今漁村近郊にあった船大工の労働力プールは枯渇しているようです。高齢の職人が引退するなかで、人手不足は顕著であり、賃金を上げざるを得なくなっています。また従業員の半分近くがそうした職人あがりではない新人になっています。そのため、生産性は大きく落ち込んでいるとのことです。

次に中小造船所の事例です。

5トン未満から30トン未満までのFRP漁船を建造する造船所(A社)の例です。かつては注文に応じて40トン以上も含めて様々な漁業種類、様々な規模の漁船を建造していましたが、現在は4.9トン(刺し網)、6.6トン(刺し網)、14トン(底曳き)、19トン(底曳き)に船型規格を固定化しています。船主サイドの細かい注文には応じず、大手のように造船所が設計した規格の船を供給することにしています。

それゆえ、木製雌型を使用しているとはいえ、かなり頑丈な型を建造しています。そのため、コストも高いです。例えば4.9トンの型に対しては1,800万円、6.6トンは2,500万円、14トンは5,000万円、19トンは6,500万円のコストをかけています。この頑丈な型を修繕しながら20隻ぐらい建造するとのことです。他の造船所の例では10トン未満の木製雌型の建造コストが900万程度という例がありましたから、型にかけるコストが大きいということこがわかります。

従業員は設計3人、現場14人(4人はまだ見習い)でした。型を建造する「船大工」、FRP成形と塗装をする「雑工」、ブリッジなどの内装工事を担当する「家大工」などに職人グループを分けてそこに見習いを貼り付けています。この布陣で年間4隻を建造しています。4.9トンの工期は3ヶ月、14トン、19トンになると5ヶ月を要するようです。

次に会社として最大規模になるFRP造船所(B社)の例です。B社は、本社工場以外に、支店や地方工場、協力工場を有しています。漁船のほか、公官庁などの業務船も受注しています。従業員は全83人で、うち設計8人、品質管理2人、生産管理4人となっており、FRP職人20〜25人、鉄工職人2人、木工職人4人を要しています。2018年時点で平均年齢が38歳と若く、現在世代交代中でした。工業高校に出向いたりして、人材獲得に力を入れてきたようです。

5トン未満や定置網漁船の建造は協力工場や、地方工場で行い、本社工場は19トンクラスから150トン未満のFRP漁船を建造しています。年間の出荷は隻数ではなく、総トン数で管理しており、約500トンです。建造期間は、大きな漁船では、原図づくりから見れば引き渡しまで1年、工期は8ヶ月になります。

先に見た造船所とは異なり、船主のオーダーにきめ細かく対応して、完全に木製雌型の設計から始める単品生産です。もちろん、設計にはいくつかの標準的なタイプがありますが、ゼロからの設計にはなり、木製雌型は一度きりの利用です。脱型のときに、型を壊すようです。再利用が想定されていないため、A社のように木製雌型に多額の費用をかけません。

次にアルミ漁船を建造している造船所(C社)についてです。この造船所は、10〜19トンのアルミ漁船を主体に供給していますが、昨今、工場を拡大して50トン未満のアルミ漁船の建造も行っています。年間9隻程度建造しています。うち定置網漁船が6隻です。従業員は30人(うち現場職員24人)です。人手不足であることには違いないようですが、会社に食堂を設けたり、リクリエーションをしたりするなど福利厚生を充実化させて、従業員を大切にして雇用の安定化を図っています。

この会社は、常連の顧客が固定化しており、商社を挟むことなく、漁業者から直接一括注文を受けるときもあり、鉄工、油圧工事、電気工事などについては地元の業者と一体化して漁船供給を行ってきました。その分、高付加価値な漁船を提供できるといいます。しかし、地元業者が最近廃業し、危機を迎えました。そのことから、その会社を自ら買い取り、運営して従来からの供給体制を維持しています。

技術的な向上も図っています。漁労機器については錆びないように、鉄ではなくステンレス材を使い、漁船の耐久化を図っています。また、ステンレス加工も行えるような設備投資をして、旋盤などの加工機に専門職員を貼り付けています。こうして漁船の高度化に伴い設備投資を活発化させ、従業員への待遇も良くして、外注依存を低める努力もしていますが、ステンレス材の使用による材料費高騰や人件費など労務費の上昇を船価に反映せざるを得ないようです。

以上、見るとおり、数年先まで受注が決まっており、超過需要が発生していて、船価はどう考えても上昇局面です。そのうえ、人件費の上昇や艤装類の上昇が船価をさらに押し上げています。

それゆえに、大手、中小関係なく、人手不足のなかで今日では職員の多能工化を進めざるを得ないし、職人労働力のプールが枯渇している現状下、ベテラン職人が在職している間に新規の従業員を雇い、職人を自社で育成せざるを得なくなっています。一時的に生産性を落としていますが、新たな体制に転換している最中です。しかし一方で、アルバイトの採用を増やす、あるいは外国人技能実習研修制度の活用もやむを得なくなっているようです。