1. はじめに
2023年10月に始まったこの連載も今回が最終回となりました。この連載の目的は、わが国周辺での地球温暖化の影響が顕在化し、わが国社会の少子・高齢化と人口減少が進む一方、水産業のスマート化が進められるなかで、流通・消費を含めて水産資源の持続可能で安定的な利用をいかに図るかについて、多面的に考えてみることでした。
この連載の間も、日本海中央部や東北・北海道の太平洋側では、最近の気象条件や黒潮大蛇行の影響により海面水温が高い状態が続き、マイワシやマサバの回遊や漁場形成が変化するなど、わが国周辺の水産資源と漁海況は変化を続けています。スルメイカやサンマでは、近年の国際的な資源利用の拡大もあって資源状態が悪化し、著しい不漁が続いています。一方、太平洋クロマグロでは、特に産卵に加わる前の小型魚に的を当てた漁獲制限を続けた結果、親魚資源量が回復し漁獲制限が緩和される方向にあります。
連載の第2回でも指摘したように、消費・流通の面では家庭を中心に、水産物、特に生鮮魚貝類の消費量が減少し、消費者の「魚離れ」の状況が続いています。さけ、まぐろ、ぶり、いか、えびなど、輸入や国内生産を通じて供給が安定している品目に消費が集中する傾向もうかがわれ、国内の漁業・養殖業生産や加工・流通へも影響が及ぶことが考えられます。
このように、連載にあたって意識した問題点は解消されず依然として続いています。そこで、連載を終えるにあたり、改めて主な論点を振り返るとともに、「獲りながら」、「食べながら」の視点から、今後のわが国周辺の水産資源の賢明な利用へ向けて、残された課題や今後の展望について考えてみたいと思います。
2. 主要な論点
(1) 地球温暖化の進行と水産資源の変動への対応
地球温暖化の進行と水産資源の変動への対応は、この連載の主題の1つでした。
まず、中田薫様(第3回/水産教育・研究機構)から、海面水温の上昇をはじめとするわが国周辺における温暖化現象の進行状況について解説いただきました。現在我々が直面している海面水温の上昇など、温暖化にともなう海洋環境や生態系の変化が従来のものとは様相を異にする傾向的な変化であること、漁業・養殖業生産における対象種の転換や手法の多様化・複合化などを通じた適応が重要であることをご指摘いただきました。
谷津明彦様(第7回/漁業情報サービスセンター)には、近年の地球温暖化の下でのマイワシやマサバなどの小型浮魚類の資源動向と、今後の持続可能な利用における課題についてご紹介いただきました。地球温暖化の下でもこれまでの魚種交替のパターンが維持されているものの、分布の沖合化や季節回遊の遅れ、個体成長の低下が観察されていることをご説明いただきました。また、公海域における漁獲量が増加しており、サンマをはじめとして資源動向にも影響を及ぼしていると考えられることについてもご指摘いただきました。
(2) 水産資源としての二枚貝類や海藻類の活用
二枚貝類や海藻類は、わが国の伝統的な水産物であるとともに、水質浄化や他の動物性資源の生息場所の提供など、沿岸域の生態系の機能を発揮する上で重要な役割を果たしています。これまで増養殖の視点から様々な取組が行われてきましたが、天然の漁業資源としての評価や管理に関する議論は必ずしも十分ではなかったように思います。
日向野純也様(第8回/マリノフォーラム21)には、二枚貝について、その生物学的・生態学的特徴を整理いただくとともに、沿岸域の開発などを背景に天然での生産量が1960年代以降一貫して減少しており、最近では沿岸域の貧栄養化がこれに追い打ちをかけていることをご指摘いただきました。また、こうしたなかで、発生初期の減耗を抑えて漁獲対象資源への加入を確保するための人為的な保護育成の重要性と、現場で適用可能な技術についてもご紹介いただきました。
中山一郎様(第9回/水産研究・教育機構)には、海藻類の生産と利用を取巻く世界的な状況について、東南アジアを中心とする食品添加物の原料としての紅藻類の大規模養殖や、海藻類の家畜の飼餌料としての活用へ向けた技術開発、海洋中のCO2の吸収・除去手段としての海藻によるブルーカーボンの可能性などについてご紹介いただきました。
(3) 持続可能な水産物消費のあり方
この連載のもう1つの主題が、地球温暖化や水産資源変動が進行するなかで、水産資源の持続可能な利用を達成する上での水産物消費のあり方を考えることでした。
まず、大関芳沖様(第4回/水産研究・教育機構)から、持続可能な水産物を利用するために科学的な情報を消費者に提供するアウトリーチ活動として、水産研究・教育機構により2016~2022年に行われた「SH“U”N(Sustainable, Healthy and “Umai” Nippon Seafood)プロジェクトのご紹介をいただきました。そのなかで、消費者の環境配慮的な水産物の購買行動においては、「水産物を食べようと思うきっかけ」、「おいしいものを食べたいというニーズ」、「水産物の持続的な利用に関する選択」の3つのステップが重要であること、消費者も参加した漁業や水産物の流通・消費に関するビッグデータの閲覧・解析が、持続可能な消費を考える上で効果的であることなどをご指摘いただきました。
また、酒井光夫様(第10回/漁業情報サービスセンター)には、加工原料として世界的な商材となっているイカ類について、世界の主要なイカ類資源の漁獲量の増減と輸出入の状況についてご紹介いただくとともに、国内の加工原料確保へ向けた公海域のいか類漁業の再開などについてご提言をいただきました。さらに筆者(第5回)からは、東京電力福島第一原子力発電所からのALPS処理水の海洋放出にともなう中国によるわが国水産物の禁輸措置に関連して、ホタテガイの輸出拡大の経緯と国内消費の現状についてご紹介しました。
(4) 水産資源調査や資源評価における新しい動き
わが国周辺における地球温暖化や水産資源変動が進むなかで、それへの対応を支える水産資源調査や資源評価における新しい動きも、この連載で取り上げてみたいテーマでした。
赤松友成様(第6回/笹川平和財団、現・早稲田大学)には、水中音響を利用した水産資源や水産生物の生態調査手法の現状と将来の可能性についてご紹介いただきました。水中マイクの配列により海洋生物の鳴音を観測することにより海洋生態系の可視化が期待されることや、低周波音響を用いた魚群の遠距離探知技術などについてご説明いただきました。
金子貴臣様(第11回/水産庁研究指導課)からは、水産資源の評価・管理の拡充・高度化へ向けた行政側のデジタル化の取組をご紹介いただきました。全国の主要な産地市場から水産物の水揚情報をデジタル化しオンラインで一元的に集約するシステムが構築されたこと、あわせて、大臣許可漁業の漁獲成績報告書についても電子化を図り、漁業者からの操業情報の報告の負担軽減にもつながると期待されることをご説明いただきました。
3. 残された課題と展望
(1) 地球温暖化の下での適切な水産資源管理の推進
現在のわが国周辺の水産資源の評価と管理は、「新たな資源管理の推進に向けたロードマップ」(2020~2023年度)[1]と、それに続く「資源管理の推進のための新たなロードマップ」(2024~2030年度)[2]に沿って行われ、資源評価対象の拡充と評価精度の向上とともにMSY(最大持続生産量)ベースの資源管理の拡大が図られつつあります。
2023(令和5)年度の魚種別資源評価結果[3]に基づき、資源評価対象の魚種系群のうち、MSYを実現する親魚資源量(SBmsy)と漁獲圧(Fmsy)が設定されている21種38系群について、年々の資源量の変化を浮魚類(8種16系群)と底魚類(13種22系群)に分けて図1に示しました。また、SBmsyとFmsyを基準とした各系群の2022年時点の資源状態を図2に整理しました。
設定されている資源(浮魚:8種16系群、底魚:13種22系群)の2022年の資源状態。
わが国周辺においては、マイワシやマサバをはじめ規模の大きな浮魚資源が分布する一方、底魚資源の多くは小規模です。浮魚資源は年代により大きく変動し、そのパターンも魚種により異なります。しかしながら、2002年以降の資源量の中央値の変化をみる限りではほぼ一定の水準の周りで変動しており、目立った減少傾向はうかがわれません。底魚資源の変動は相対的に小さく、中央値もほぼ一定ながら僅かに増加気味のようにも見受けられます。資源状態については、親魚資源量および漁獲圧漁獲圧ともにMSYを実現する水準を満たすものが11種13系群、親魚資源量が過少なものが10種11系群、漁獲圧が過大なものが2種2系群、親魚資源量が過少かつ漁獲圧が過大なものが8種12系群でした。
MSYを実現する水準を満たす系群は底魚資源を中心に全体の1/3に留まっており、主要な浮魚資源の多くが、産卵資源量が不足するか、漁獲圧が過大か、あるいはその両方の状態にあります。浮魚資源の変動には海洋環境も大きく影響することが知られていますが、マイワシ、マサバ、スルメイカなどでは、近年は公海域や隣接国のEEZでの漁獲も増えています。今後の資源利用を巡っては、国内はもとより国際的にも漁獲のあり方の改善が必要な状況にあることが示唆されます。
地球温暖化は今後も進行し、資源変動が拡大するとともに、既に観察されつつあるように暖水性種が増えるなど漁獲対象種にも変化が予想されます。「獲りながら」水産資源の賢明な利用を進めて行くためには、これまで行われてきた個別の魚種・系群を対象とした資源評価・管理とあわせて、わが国周辺の海域別の生物生産性の変動に基づく魚種を超えた資源評価と漁獲戦略が必要であると思われます。
(2) 国内生産と消費の結びつきの強化
地球温暖化の進行による漁業・養殖業生産の不安定化と世界人口の増加による水産物需要の拡大などにより、今後の世界の水産物の需給関係は更に不安定化することが予想されます。わが国における水産物供給体制を強靱化する上で、国内の漁業・養殖業の生産体制を維持することが不可欠です。このためには、先に述べたように資源利用の適正化を図る一方、国内生産される水産物の国内市場を確保すること、すなわち「食べて」水産業を支えることが必要です。
図1からも明らかなようにわが国周辺の水産資源は多様で大小様々な規模を持ち、生産量も時間的空間的に大きく変動します。このため、国内で生産可能な全ての生産物について、現在の水産物流通の中心であるスーパーマーケットの鮮魚売り場を通じて消費を図ることには限界があり、生産物の量的変動と多様性を前提として生産地の周辺地域での流通・消費を図る「地産地消」を進める必要があります。
もちろん、わが国における水産物の需給関係の全てを地産地消でまかなうことは現実的ではありません。しかしながら、幾分なりとも地域ベースでの生産と消費の結びつきの強化を図ることで、将来の水産物供給の不安定化に対してのレジリエンスを高めることにつながり、フード・マイレージの短縮によるCO2の排出削減効果も期待できるものと考えます。
このため、地域の特産物として農業や観光業と連携した消費の確保・拡大や、ネット販売などを通じた水産資源の持続可能な利用に協賛する消費者とのつながりの確保、さらには地域振興の取組への組込など、意識的に取組むべき課題ではないかと考えます。
4. おわりに
地球温暖化は人間活動のよる大気中の温室効果ガス濃度の上昇にともなう傾向的な変化であり、わが国における人口減少も構造的なものです。しばらく辛抱していれば元に戻るというものではなく、その改善には社会構造の転換と長い期間が必要です。
今後の水産業のあり方を考えるにしても、私たちがこれまで経験したことのない自然的、社会的状況のなかでの対応となることを意識することが重要です。現在起こりつつある状況を把握した上で、水産庁による有識者の検討会[4]でも指摘されているように、適所適作の徹底あるいは対象種の切り替えや利用可能な魚種に合せた漁法の転換や複合化など、取りあえず打てる手を打つ一方で、今後の漁場環境の変化や資源動向について現時点で想定しうる複数のシナリオを設定し、それに基づき漁業・養殖業生産や水産物消費のあり方を考えてみることも必要ではないかと考えます。
この連載においては、専ら問題点の指摘に主眼が置かれ、具体的にどうするかについての議論が不足していたと感じています。今後、具体的な対応策の提言・実行について、改めて皆様とご一緒に考える機会があればと願っています。
この連載を終わるにあたり、連載の機会をいただいた一般財団法人東京水産振興会の渥美雅也会長に心から感謝申し上げます。同振興会の、栗原修様、木村恵様、松田倫子様には、原稿の編集やwebページへの掲載の手続きなどで大変お世話になりました。厚く御礼申し上げます。最後になりましたが、この企画にご賛同いただき原稿をご執筆くださった皆様に深く感謝申し上げます。
参考文献
- [1] 水産庁(2020):新たな資源管理の推進に向けたロードマップ.
https://www.jfa.maff.go.jp/j/suisin/attach/pdf/index-63.pdf - [2] 水産庁(2024):資源管理の推進のための新たなロードマップ.
https://www.jfa.maff.go.jp/j/suisin/attach/pdf/index-507.pdf - [3] 水産庁・水産研究・教育機構(2023):令和5年度魚種別資源評価.わが国周辺の水産資源の評価.
https://abchan.fra.go.jp/hyouka/doc2023/ - [4] 水産庁(2023):海洋環境の変化に対応した漁業の在り方に関する検討会取りまとめ.
https://www.jfa.maff.go.jp/j/study/attach/pdf/arikata_kentoukai-15.pdf