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水産振興コラム
20247
変わる水産資源-私たちはどう向き合うか

第10回 いか類資源をめぐる国際状勢と日本の “いか産業” の課題と展望

酒井 光夫
一般社団法人 漁業情報サービスセンター

1. はじめに

いか類は延喜式にも記された古来から多く利用されてきた水産物の一つである。その多くはスルメイカであるが、近年、資源が大きく減少していか釣り漁業の衰退に歯止めがかからない。そればかりではなく、生産から流通加工、消費に至る日本で独特に発展しきた裾野の広い “いか産業” の存立にも大きな影響を及ぼしている。現状を見るとかつて栄えた遠洋いか釣り漁業は衰退して北太平洋沖合のアカイカ釣り漁を残すのみとなり、いか類の国産供給体制は弱体化し海外からの原料や加工品に依存する構造になってしまった。国際的情勢の中でのいか類資源の現状と “いか産業” としての課題と展望について紹介する。

2. いか類資源の現状

日本のいか類総漁獲量は2000年以降に減少に転じるが、それまでは多少の変動をしながら50〜60万トンを維持してきた(図1)。その多くはスルメイカであった。1980年代にスルメイカが減少した時期には、それを補うため遠洋や海外のいか類資源のアカイカ、ニュージーランドスルメイカ類、アルゼンチンマツイカ、アメリカオオアカイカ等々が次々に開発された。1990年代中頃にスルメイカ資源は回復するが、2000年以降になると日本のいか釣船は減少してゆく。近年、再びスルメイカの資源が減少に転じ、日本のいか類の総漁獲量は減少の一途をたどる。

図1
図1. 日本のいか類漁獲量の変遷
(2024年版FAO統計および令和5年漁業・養殖業生産統計より)

しかし、いかの国内消費量が激減したかというと必ずしもそうではない。大掴みの試算によると、輸入枠(IQ枠)制度で海外から入るいか原料や自由貿易で輸入されるいか加工品にみられる様々ないか類を原魚換算すると60万トンになる(酒井 2022)。かつて日本のいか総漁獲量に相当する分が輸入に置き換わっただけで、日本国内の需要(消費)は底堅く維持されていると考えられる。

次に世界のいか類資源の漁獲量に目を向けよう。この20年間で大きく変化した(図2)。かつて世界で最もいかを漁獲していた日本は大きく後退(5.8万トン)する一方、中国(108万トン)やペルー(46万トン)などが台頭してきた。中国が主に漁獲しているいかは、東部南太平洋のアメリカオオアカイカ(51万トン)や南西大西洋のアルゼンチンマツイカ(8万トン)であり、ペルーではほぼアメリカオオアカイカ1種で占められている(46万トン)。これらは多獲性のアカイカ科いか類(スルメイカの仲間)で、日本のスルメイカと共に世界の3大いか資源として国際いか原料の相場を左右している。以下にこれらのいか資源について見てみよう。

図2
図2. 世界の主要いか漁業国による2000年と2022年の漁獲量の比較
(2024年版FAO統計より)

東部南太平洋に分布するアメリカオオアカイカは、2018年以降の5年間で見ると年間90〜100万トン漁獲される世界最大のいか類資源である。1997年頃に極めて大きなエル・ニーニョ現象によって大きな資源変動を経験しているが、近年の漁獲量は比較的安定している。本資源は2009年に設立された南太平洋の地域漁業管理機関(SPRFMO)の管理対象となったが、現時点では関係国が合意した資源評価による国際管理には至っていない。その一方で、近年、小型のアメリカオオアカイカがガラパゴス諸島西沖の赤道公海域で漁場開発され、500隻を超える中国のいか釣船によって漁獲されるようになった。この状況に対して、IUU漁業(違法・無報告・無規制漁業)や一国による無制限な漁獲への国際的な監視も強化されている中で、SPRFMOでの資源評価と管理への国際連携が待たれる。

もう一つの大資源は南西大西洋のアルゼンチンマツイカである。2018年以降の5年間の年間総漁獲量は20〜50万トンの範囲にあり、それ以前には豊漁で100万トンを超える年もあった。操業海域はアルゼンチンの200海里内と英国が管轄するフォークランド諸島の暫定保護区(FICZ)および公海となる。沿岸国であるアルゼンチンとフォークランドの2国間の漁業協定によって資源管理されていた。しかし、現在までのところ、公海を含む同海域にはマグロ類を除く地域漁業管理機関は設立されていない。本資源は環境変動の影響も受けるが、過剰な漁獲の影響も受ける。公海ではIUU漁業との指摘もある400隻を超える中国船が無制限な操業を行っており、資源への影響が危惧されている。国際的な連携によって同海域にアルゼンチンマツイカ資源を含めた地域漁業管理機関を設立する必要があろう。

3つ目のスルメイカ資源には、秋季系と冬季系の2つの季節発生系群があるが、両群とも資源量指標値は過去最低の水準にある。この原因として海洋環境の変化による繁殖や回遊などへの影響が考えられている。しかし、その一方で、日本海では操業できるはずもない中国船によるスルメイカの漁獲が増え、最近では黄海の渤海湾や更に東シナ海でも台湾によるスルメイカ漁獲が確認されるようになった。その漁獲量は不明であるが、加工品はすでに日本国内に出回っている。これらの漁獲圧によってスルメイカの資源回復がより困難になっているとの指摘もある。しかし、本資源を漁業国間で共同管理しようとする動きはない。その資源量に合わせて適正な資源と漁業を管理するのは沿岸国の責務である。我が国は関係国、特に韓国、中国、ロシアと協力して早急に共同管理の足がかりをつけるべきであろう。

3. イカ類資源と日本の “いか産業” の課題と展望

最後に “いか産業” が現在直面している課題と今後の展望について見てみよう。日本のいか消費量は先に述べたように一定水準を維持していると考えている。かつて国内消費者市場で売られているいか加工品はスルメイカによるものが多かったが、近年では加工品の50%以上がアメリカオオアカイカで占められていることがわかってきた。また、日本のいか加工の拠点や技術そのものが海外に移ってしまい、いか加工産業の役割が低下している影響は大きい。輸入元の多くは中国と見られるが、IUU漁業の疑いのあるいか原料や製品を日本が大量に輸入することで、日本がIUU漁業を間接的に支えているとの国際的な批判も受けている。

このように、漁獲量の減少によって原料や製品を輸入に頼るしかない実情がある。しかし、IQ枠によるいか原料輸入の制約や世界的ないか需要の増加による原料の高騰がある中で、IUU漁業の危惧がない高品質で経済的な国際いか原料を確保するのは難しい。底堅い需要があるにも関わらず、国際原料を含めた日本のいか加工原料の供給量が決定的に不足している状況が最大の問題であろう。

こうした状況を打破する解決策の一つとして、国産いか原料を確保するため再び遠洋公海域でいか資源をターゲットにした操業を検討すべきであろう。いか原料の国際価格が高騰する中で、公海でも漁獲可能なアメリカオオアカイカやアルゼンチンマツイカなどは日本にとって潜在的な漁業資源である。この再開発には我が国の関係省庁による理解と支援も要となる。3大いか資源を持続的に利用するためにも地域漁業管理機関や国際間の連携が不可欠であり、我が国はこのためにも貢献できる力が十分あると信じている。

参考文献

連載 第11回 へ続く

プロフィール

酒井 光夫(さかい みつお)

酒井 光夫

東京大学大学院博士課程修了、JICA(現国際協力機構)の専門家として1986〜1999年までチリ(太平洋サケ移殖計画)、アルゼンチン(イカ資源生物)で在外勤務。2000年水産庁遠洋水産研究所に採用後、国際水産資源研究所、東北区水産研究所などでイカ資源研究及び北太平洋漁業委員会(NPFC)でのサンマ資源管理対応。2017年より漁業情報サービスセンター技術専門家(嘱託)。農学博士(東京大学)。