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水産振興コラム
20245
変わる水産資源-私たちはどう向き合うか

第8回 貝類資源を見直す — 沿岸漁業活性化の切り札

日向野 純也
一般社団法人 マリノフォーラム21

1. はじめに

貝類には、軟体動物門に属する動物のうち、貝殻を有する多板類(ヒザラガイ類)、腹足類(巻貝類)、二枚貝類などが含まれますが、本稿では二枚貝について述べます。二枚貝は弾力のあるタンパク質性の基質からなる靭帯で結合された二つの殻の間に、軟体部と呼ばれる体の主要部分を覆って保護するような形態をしています。二枚貝にはアサリ、ハマグリ、マガキ、ホタテガイなど、食品や潮干狩りの対象としてなじみ深い種類が多く含まれます。二枚貝の生息域は潮間帯から深海までに及びますが、水産資源としての有用種は主に沿岸の浅海域や干潟、岩礁域に生息しています。砂に潜ったり、岩に付着したりして目立たない存在である二枚貝ですが、生態系における役割は大きなものがあると考えられ、持続的な水産業を構築する上での鍵種(key species)になるものと思います。

2. 濾過食性二枚貝の生活史と摂餌様式、生態系における役割

二枚貝の体は、炭酸カルシウムとタンパク質からなる殻、外套膜、閉殻筋(貝柱)、鰓(えら)、唇弁(しんべん)に加え、口から食道、胃、中腸腺(消化盲嚢)、肛門に至る消化器官や心臓と開放血管系、排泄器官、生殖巣などを含む内臓塊から構成されています。殻は外套膜の縁辺部で分泌され、年輪を重ねるように成長していきます。また、足や水管などの形態は、砂や泥に潜る、岩などに固着又は足糸で付着するなどの生活様式によって大きく異なります。アサリをモデルにした解剖図とアサリの殻(左殻)を外した軟体部の写真を図1に示します。アサリは砂泥質の底質内に潜っているので、足と水管がやや発達しています。足のある方が前方で、水管が出る方が後方となります。逆のように思われるかもしれませんが、足のある側の閉殻筋の近くに口があり、水管の付け根付近に肛門があるためです。このような形態であるためアサリは逆立ちして潜砂していることになります。

図1 アサリを例にした二枚貝の解剖図(上)と軟体部の写真(下)
図1 アサリを例にした二枚貝の解剖図(上)と軟体部の写真(下)

二枚貝の食性は、ほとんどが濾過食性か堆積物食性です。日本で食用にされる主要な二枚貝はすべて濾過食性で、植物プランクトンや水中に懸濁する底生微細藻類やデトリタスなどの有機物を鰓で濾しとって食べています。アサリを例にして濾過摂食の様式を図2に示します。入水管から体の中に入った海水中のプランクトンなどの粒子は鰓の表面で繊毛の働きによって集められ、粘液に絡み取られ鰓の縁に運ばれてひも状になります。ひも状になった粒子は鰓の縁に沿って口に運ばれますが、この時、唇弁が選別の役割を果たしています。餌として食べるものは口に運び、食べないものは口に運ばないで緩い塊を作っておき外套膜の縁から押し出すか、水の流れを逆噴射させて水管から外に出します。餌として食べられた粒子は胃から消化管を経て出水管近くにある肛門から糞として排泄されます。糞の形はペレット状やチューブ状をしています。一方、口に運ばれなかった粒子は、擬糞(ぎふん)と呼ばれます。擬糞は粘液で固められていますが、不定形をしていて崩れやすいので糞とは容易に区別できます。餌となる植物プランクトンでも、あまり濃度が高いと口の中には運ばずに、擬糞として排出し海水中から沈殿させてしまうこともあります。鰓では濾過摂食だけではなく、海水中から酸素を取り込んで二酸化炭素を排出する呼吸も行われます。また、二枚貝の軟体部(内臓塊)には腎臓や尿管があり、体表や鰓からの排出も含めて、アンモニアやアミノ酸、尿素が排泄されます。このうちアンモニアが7割程度を占めると考えられています。

図2 アサリをモデルにした濾過食性二枚貝の摂食様式(海水中の粒子が取り込まれる機構)
図2 アサリをモデルにした濾過食性二枚貝の摂食様式
(海水中の粒子が取り込まれる機構)

著者らは、容器の中に入れたアサリに植物プランクトンを濾過させて、その濃度の低下から濾水速度を測定しました。その結果、殻長3.5cmのアサリでは、水温10°Cで一日あたり13.7L、15°Cで14.9L、20°Cで18.9L、25°Cで26.2Lと推定されました。つまり漁獲サイズのアサリ1個体で、1日に中型のバケツ1杯の水を濾過してしまうことになります。また、同様にアンモニア態窒素濃度の変化から溶存態無機窒素の排泄速度を測定したところ、10°Cで176µg、15°Cで212µg、20°Cで281µg、25°Cで309µgとなりました。また、アサリとカキの濾水能力を比較すると、軟体部重量あたりではカキの方が数倍多いこともわかりました。これは、カキの方が軟体部の大きさに比べて鰓の面積が広いためであると考えられます。

このように、二枚貝は濾過摂食と排泄を通じて、生態系の中における物質循環のプロモーターのような役割をしていると考えられます。近年、栄養塩不足と珪藻などの植物プランクトンの増殖によるノリの色落ちが問題になっていますが、一例としてアサリの濾過能力による植物プランクトンの除去と窒素排泄による栄養塩の添加が、ノリ養殖を想定した現地スケールで、どの程度貢献するのか試算してみました。漁獲サイズのアサリが50,000トン生息しているとすると、水温10°Cでの測定結果を用いて、1日に植物プランクトンを除去する海水の容量は6,850万kL/day 、アンモニア態窒素の排泄量は880 ㎏/dayとなります。アンモニア態窒素排泄量をノリの生育に必要なレベルである100 µg/Lの窒素濃度に相当する海水の容量に換算すると880万kL/dayと計算されます。これらを表層水の層厚1m分に拡散させたとすると、それぞれ68.5km2、8.8km2の面積に植物プランクトン除去と栄養塩添加の効果を及ぼすと推定されました。かつて、有明海や三河湾に生息していたアサリの資源量は数万トン以上、さらにカキなどの他の二枚貝も多く生息していたので、このような内湾域では陸域からの栄養塩供給だけではなく、ノリ養殖に好都合な環境の創出を二枚貝が促進していたと考えられます。しかしながら、次節に述べるように近年では二枚貝の漁獲量が激減していることから資源量も非常に少なくなっていると考えられ、ノリ養殖に対する二枚貝の寄与は小さくなっていると推察されます。

3. 日本における二枚貝生産の現状

令和4年度の水産白書によると、日本における2021年の漁獲量は325万トン、養殖生産量は96万トンと報告されています。このうち、貝類の漁獲量は39.8万トン(全漁獲量に占める割合は12.2%)、養殖生産量は32.4万トン(全養殖生産量に占める割合は33.8%)を占めています。FAOによる2020年の統計年報によると、世界の漁獲量は9,141万トン、養殖生産量は12,500万トンで、貝類の漁獲量は242万トン(2.6%)、養殖生産量は1,774万トン(14.2%)となっています。このように、日本では貝類の比率が高く、また養殖業における重要性も高いことが良くわかります。

図3に貝類の漁獲量と養殖生産量の推移を示しました。漁獲量では、アサリとホタテガイ、これら以外をまとめて「その他の貝類」としました。アサリは1980年代前半までは15 万トン以上の漁獲量がありましたが、1980 年代後半以降、急速に減少して現在は4~5千トン台と最盛期の30分の1程度に落ち込んでいます。これに対し、ホタテガイは1970年代から急速に増加し、現在は30万トンを超えるレベルが維持されています。その他の貝類には、ハマグリ類やサルボウガイ、タイラギ、アカガイ、ウバガイ(ほっきがい)など様々な種類が含まれているので、個々の種類の傾向はそれぞれ異なるのですが、総計としては1960年から減少の一途をたどっています。二枚貝の養殖は、食用であるマガキとホタテガイに加え、装飾用(真珠)であるアコヤガイの3種で生産量及び生産額の大半を占め、それぞれ極めて重要な産業になっています。養殖生産量では、カキ類は1960年以降20万トン前後で推移し、ホタテガイは1970年から急速に増加して、1990年以降20万トン前後を維持しています。両者とも生産地に大きな偏りが見られ、カキ類では広島県が6割以上を占め、ホタテガイでは青森県と北海道で大半を占めています。また、これらは天然採苗と垂下養殖が生産方式の基盤となっていて、本来カキは付着性、ホタテガイは底生性であるのに対し、天然の生態と全く異なる姿で養殖されているところが特徴的です。特に、ホタテガイは1960年代に漁業者の創意工夫による玉ねぎ袋を用いた天然採苗と中層はえ縄式中間育成の技術が開発されたことが礎になっていると思います。オホーツク沿岸での地蒔き・輪採と内浦湾(噴火湾)、陸奥湾、三陸沿岸での垂下養殖により、安定した生産が上げられるようになっているのは、日本の水産業における最も大きな成功事例といえます。産業的な成功を収めてきた二枚貝の垂下養殖ですが、カキ類及びホタテガイともに2000年代に入って徐々に生産量が減少する傾向にあるのが懸念されるところです。

図3 日本における貝類の漁獲量(上段)と養殖生産量(下段)の推移(漁業・養殖業生産統計を基に作成)
図3 日本における貝類の漁獲量(上段)と養殖生産量(下段)の推移
(漁業・養殖業生産統計を基に作成)

4. 二枚貝を持続的な資源として活用するためには

二枚貝は移動性の強い生物ではないため漁場が頻繁に変わることがなく、漁業資源として利用、管理しやすい生物です。二枚貝を養殖する際にもエサを与える必要がないため、飼料価格の高騰に悩まされることもありません。また、殻を閉じて外界と遮断し酸素を消費しなくても暫く生き延びることができるなど、環境耐性が高い生物です。しかし、これらの利点があるにもかかわらず、前節に述べたように、漁獲量は減少の傾向にあります。その理由は以下のとおりと思われます。漁獲が比較的容易であるのに対し、資源量の把握と漁獲管理が適切になされず、漁獲過剰になってしまうこと。魚類養殖のように給餌作業がないため、養殖している貝の様子を見る機会が少なく、異常や不調の発見が遅れてしまうこと。環境耐性が強くても、それを上回る高水温や低塩分、貧酸素などのストレスを受けると全滅してしまうこともあり、その後資源を回復させるのが困難になること。加えて、近年では沿岸域の貧栄養化が生産減少の一因とされています。

二枚貝を持続的な資源として活用するためには、資源量の把握をしっかりと行い適切な漁獲管理を行うことは当然ですが、可能な限り減耗要因を把握して、それぞれの種に適合した保護育成策や養殖手法を導入することが必要です。二枚貝は干潟などの感潮域や極浅海域に生息或いは養殖されているので、温暖化による水温上昇の影響や降水量の増加による低塩分の影響などをより強く受けると考えられます。また、二枚貝を捕食する魚類などは水温が高くなることによって、冬場でも活動が活発なまま捕食圧の強い期間が延長されるようになります。さらに、温暖化による水温の上昇によって台風の強大化も現実的な状況になりつつあります。数値計算により海水温が2℃上昇すると、従来よりもはるかに強い勢力の台風に発達することが予想されていて、波浪によるかく乱や豪雨による出水、土砂流入などの影響をますます強く受けるようになります。

これらに対しては、保護育成がますます重要になりますが、現場で効果が得られている技術もいくつか見られています。例えば、アサリでは砂利などを詰め込んだ網袋や被覆網を用いることにより、食害防除や底面のかく乱抑制に効果を発揮し、効率良く採苗したり保護育成のできることが確かめられています(図4)。また、底質環境の悪化の影響を避け身入りを向上させるために、ホタテガイやカキのような垂下養殖を他の種類に適用していくことも必要になるでしょう。さらに水温上昇が進んだ場合には、従来の適地適種において養殖・保護育成することはできなくなり、新たな種や新たな場所に展開するといった適応策を考えざるを得なくなると思います。そのための調査研究の継続とハード・ソフト両面からの技術開発を絶やさないようにすることが肝要です。

図4 ラッセル網袋に砂利とケアシェル®を収容して干潟面に置いたアサリの採苗・育成方法(三重県鳥羽市浦村町)
図4 ラッセル網袋に砂利とケアシェル®を収容して干潟面に置いたアサリの採苗・育成方法
(三重県鳥羽市浦村町)
図5 ラッセル網袋内に自然に入り込んで成長したアサリ(三重県鳥羽市浦村町)
図5 ラッセル網袋内に自然に入り込んで成長したアサリ
(三重県鳥羽市浦村町)
図6 ラッセル網袋で採苗したアサリを放流し被覆網で保護されたアサリ漁場(山口県岩国市通津)
図6 ラッセル網袋で採苗したアサリを放流し被覆網で保護されたアサリ漁場
(山口県岩国市通津)

参考文献

連載 第9回 へ続く

プロフィール

日向野 純也(ひがの じゅんや)

日向野 純也

1983年東京大学農学部水産学科卒業後、水産庁水産工学研究所、農林水産省国際農林水産業研究センター、国立研究開発法人水産総合研究センター 増養殖研究所等で主に二枚貝の研究に従事。(国研)水産研究・教育機構水産工学研究所長を経て2020年より現職。専門は二枚貝の生理生態と増養殖。
農学博士(東京大学)