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20248
変わる水産資源-私たちはどう向き合うか

第11回 資源評価・管理のための水産行政のデジタル化の取組

金子 貴臣
水産庁増殖推進部研究指導課海洋技術室 先端技術班長

1. はじめに

水産庁では、以前から、平成30年の漁業法改正をはじめとして「水産政策の改革」に取り組んできた。「新たな資源管理の推進に向けたロードマップ」に基づく新たな資源管理システムの構築は、その中心的な取組である。このロードマップは令和6年に改訂されたため「旧ロードマップ」となってしまったが、この旧ロードマップに沿って、資源評価対象魚種の拡大やTAC対象魚種の拡大が行われてきている。しかし、それを支えるため、同時に水産行政のデジタル化に取り組んできたことはあまり知られていない。そこで、今回は水産庁の行政のデジタル化の取組について概要を紹介していきたい。

2. 水産行政のデジタル化の意義

「水産政策の改革」では、当初から「水産改革の全体像」において、資源管理から流通に至るまでICTを活用する方針が示されており、水産庁ではこれを「スマート水産業」として推進してきた。スマート農業が、ロボット、AI、IoT等を農業現場で活用する取組を指す一方で、スマート水産業は、試験研究機関や行政機関が、資源評価・管理のために行うデジタル化の取組も含めたものとして整理されている。このため、本稿で紹介する行政のデジタル化の取組は、「スマート水産業」として紹介されることが多いが、本稿は、漁業や養殖業の生産性の向上に向けたスマート化については取り上げないので、わかりやすく“行政のデジタル化”という表現を使用している。

旧ロードマップに記載された、行政のデジタル化の取組とは、ひと言で言えば「漁獲にかかる情報(水揚量等)の収集の強化」である。新たな資源管理は量的な管理を基本としているため、資源評価や資源管理を進めていくためには、現場から漁獲量等の情報を迅速かつ広く集めていく必要がある。ここでは図1に示す旧ロードマップに記載された主要な2項目について具体的な内容を紹介したい。

図1
図1 「新たな資源管理の推進に向けたロードマップ」(旧ロードマップ)のデジタル化の取組

3. 具体的なデジタル化の取組

① 産地市場・漁協からの情報収集体制の構築

取組の1つが産地市場・漁協からの水揚情報を収集する体制の構築である。この体制の構築により、全国の主要な産地市場・漁協から漁業者別、日別に、魚種・銘柄別の単位の水揚データを都道府県ごとに収集することが可能となった。この際、漁業者が特定できるよう個別に一意の番号を付している。魚種等については、漁協や市場で扱われている銘柄を残しつつ、都道府県や国で必要とする魚種の単位で集計する仕組みとなっており、元々の漁協・市場の銘柄まで遡ることができるようになっている。

ここで収集されたデータは、資源評価や漁業の管理、漁獲状況の確認に使用する。現在までに、当初目標としていた400か所を超える500か所以上の産地市場・漁協から情報収集ができる体制が構築されている。この体制構築にあたっては、収集体制を持続可能なものとするため、①新たなデータ入力にかかる負担を現場に課さないよう極力配慮する、②情報収集体制の維持管理にかかる経費を抑制する、等の方針が定められた。このため、産地市場や漁協が自社で利用している業務システム(出荷した漁業者に仕切書を発行するためのシステム)そのものを、水揚量等必要なデータを出力できるように個別に改修するという、手間がかかる方法で実施している。システム業務を行ったことがある人であれば、この取組を全国規模で行うことがいかに困難なミッションか想像できるのではないか。この大変なミッションをおよそ2年間で行うことができたのは、全国各地の産地市場や漁協関係者の御協力の下に、都道府県関係者、システムベンダー、(一社)漁業情報サービスセンターによる緊密な連携の賜物であり、関係者の御尽力に感謝したい。

② 大臣許可漁業の漁獲成績報告書の電子化

大臣許可漁業の漁獲成績報告書については、従来、紙の様式に報告事項を記載して提出していただいていたが、電子データとして受け付ける行政システムを新たに開発し、現在は基本的に電子ファイル形式で提出いただいている。この開発に合わせ、これまで漁業ごとにばらばらであった漁獲成績報告書の提出・チェックのためのルートや手順などを見直し、(国研)水産研究・教育機構への提供方法も整理するなど、業務の改善も実施した。行政のデジタル化は、ただ単にシステムを構築するだけでは上手くいかず、合わせて既存の事務や制度についても見直しが求められる。実は、この検討や調整が、手間と時間がかかり大変なのである。なお、旧ロードマップで大臣許可漁業の電子化の後に取り組むとされている知事許可漁業の電子化については、大臣許可と同様の方法とはせず、先に紹介した①産地市場・漁業からの情報収集体制を活用して漁獲量等の報告を受けるという方法で電子化されている。

4. 今後の方向性

旧ロードマップに基づく取組は、関係者の御尽力により、主要な目標をほぼ達成できており、一定の成功を収めたと言える。水産庁としては、2024年3月に公表された「資源管理の推進のための新たなロードマップ」(新ロードマップ、図2)で示された「DXの推進による業務の効率化」に基づいて、引き続きデジタル化の取組を進めていく予定である。

図2
図2 「資源管理の推進のための新たなロードマップ」(新ロードマップ)のデジタル化の取組

その主要な取組の1つが、現場の漁獲報告の負担感を軽減するデジタル化の推進である。旧ロードマップに基づき構築した主要な市場等からの水揚情報の電子的収集体制を、TAC報告等にかかる負担の軽減等につなげていきたいと考えている。現在、漁協や産地市場等の現場では、水揚量などの情報を行政の目的ごとに加工し、別々に提出するなどしており、負担となっている。今後は、現場が1度提出したデータは再度提出しないで済むようにするなど、負担軽減に向けた技術や制度運用の検討を進めていく予定である。

その際に重要となるのが、収集した水揚情報や、漁業許可・漁船登録などの行政情報を相互に活用できるよう行政システム同士を連携させることである。これまでは水産の行政情報等はバラバラに管理されていることが多く情報連携が難しかった。例えば、知事許可漁業の許可は、都道府県が本庁や出先機関などで個別に管理しており、都道府県内で集約されていないケースもあった。また、水産庁においても大臣許可漁業の情報は各漁業を所管する担当部署で個別に管理しており、必要な際は個別に相談する必要があった。このような状態では、提出されている行政データを他のシステムから参照して使用することは難しい。そこで、国が漁業許可や漁船登録の情報を管理するシステムをクラウド上に構築し、情報を一元的に管理できる仕組みの構築を進めている。合わせて水揚量や漁業許可、漁船登録等の情報については、水揚情報の収集の際に付した一意の番号を活用して漁業者を単位として整理し、それを紐づけて管理することとしている。この取組が進めば、漁業許可や漁船登録などの情報が更新等で切り替わっても、漁業許可、使用漁船、水揚量の情報を常に結びつけておくことが可能となるため、漁獲実績の確認やTAC報告への活用を進めていきやすくなると考えている。

5. おわりに

デジタル化の取組は、企画立案や導入に大変な労力を伴うものの、導入が完了すれば、報告の負担軽減をはじめとして、行政だけでなく漁業者を含め多くの関係者にメリットをもたらすものである。引き続き都道府県や漁業の現場等の意見を聞きながら、着実に取組を進めていきたい。

連載 第12回 へ続く

プロフィール

金子 貴臣(かねこ たかおみ)

酒井 光夫

1983年生まれ。東京大学農学部卒。同大学院農学生命科学研究科博士課程修了。農学博士。2010年より中央水産研究所水産経済部任期付研究員。2013年より同研究所経営経済研究センター研究員。2019年4月より水産庁に転籍し、スマート水産業の推進を担当。現在は、水産庁増殖推進部研究指導課海洋技術室先端技術班長。