1. はじめに
いわし類・さば類・サンマは小型浮魚類あるいは多獲性浮魚類と呼ばれ、大量に漁獲されてきたほか、大型魚類や鯨類などの餌としても重要である。また、魚種交替や生態系の構造転換(レジーム・シフト)として知られるように数十年規模で資源量が変動してきた。ここでは、マイワシ・カタクチイワシ・マサバ・サンマについて、資源の動向に加えて地球温暖化の影響など、気になることをまとめた。
2. わが国周辺におけるいわし類・さば類・サンマの資源動向
マイワシ・マサバ・カタクチイワシは太平洋側に分布する太平洋系群と東シナ海~日本海に分布する対馬暖流系群に分けられる。カタクチイワシについては瀬戸内海系群も重要である。マイワシの2系群の資源変動は類似しており、2010年代から回復している(図1)。一方、カタクチイワシ太平洋系群と対馬暖流系群の資源変動はマイワシと逆相関であり、魚種交替の代表例として、日本のみならず世界のマイワシ・カタクチイワシでも知られている。この逆相関の原因は大洋規模での気候・海洋変動であるが、過剰漁獲(乱獲)の影響もうける。マサバ太平洋系群も2010年代に高水準になったが、1990年代の乱獲がなければ30年ほど前には回復し始めたとされている。そのため、マイワシとマサバ太平洋系群の近年の資源回復は、卓越年級群の発生と資源管理(図1の漁獲割合を参照)の両方によってもたらされたと言える。なお、卓越年級群の発生メカニズムは研究途上であるが、産卵後の稚仔魚の生息環境(自然現象)のみならず親魚の状態(年齢構成や栄養状態)にも依存する。そのため、乱獲は親魚量の減少のみならず年齢構成にも影響する。サンマは北太平洋で1つの系群とされるが、2005年頃からの資源量の急減は、海洋環境の影響と高い漁獲割合によるものと考えられる。
(データ出典:https://abchan.fra.go.jp/hyouka/ および https://www.npfc.int/)
注1:サンマは2022年まで、それ以外は2021年まで/注2:マサバは漁期年(7月~翌年6月)
マイワシ・マサバ・サンマは日本・ロシア・韓国・中国などによって利用されてきた(図2)。近年は、いずれの魚種でも外国の漁獲量が日本の漁獲量に比して増加している。特に気になるのは、公海域で漁獲量を急増させた中国などである。公海域での大量漁獲に対応するため、北太平洋漁業委員会(NPFC)が2015年に設立され、国際的な資源管理に向けた取り組みが進められている。一方、東シナ海と日本海においては、二国間漁業条約はあるものの、各国に共通した資源評価に基づく資源管理は行われていないため、資源状態の悪化が懸念される。
(データ出典:https://abchan.fra.go.jp/hyouka/,https://www.fao.org/fishery/
statistics-query/en/capture/capture_quantity および https://www.npfc.int/)
注:マイワシは系群分けしていない。ロシアには旧ソ連を含む。
3. 環境と漁業の影響
地球温暖化の影響は主に海面上昇、水温上昇、海洋の酸性化であるが、詳細は連載第3回を参照されたい。水温上昇は低中緯度(熱帯~温帯)では冬季の海水の鉛直混合を妨げるため、リンや窒素などの栄養が不足し、海洋の基礎生産力(植物プランクトン)が減少する。これに対して、高緯度域(寒帯)では元々栄養が豊富なため、高水温により基礎生産力は高まる。また、基礎生産力の変動は生態系全体の生産性や漁獲量にも影響する。例えば、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の予測によると、2055年の全球の平均気温が産業革命以前から2°C上昇した場合、高緯度域の潜在的漁獲量は2005年より30~70%増加するが、低中緯度域の潜在的漁獲量は40~60%減少する。今回取り上げた魚種は、亜熱帯域を産卵場、亜寒帯域を索餌場として利用するため、特に卵や稚仔魚への悪影響が懸念される。実際、マイワシやマサバ太平洋系群では、近年の資源量の増加に伴い成長が急速に悪化しており、1970~80年代よりも個体あたり餌生物量の減少(密度効果)が指摘されている。
サンマについては、冬季の亜熱帯域を中心に発生した群れが夏から秋にかけて日本周辺に来遊して漁獲される。サンマの日本近海への来遊については、日本に近い海域(東経165度以西)で発生した群れが早く、次に東経176~180度付近で発生した群れが来遊し、西経域で発生した群れは日本近海には来遊しないと考えられている。また、亜熱帯域のなかでも、日本近海の黒潮域は陸からの栄養塩供給などにより、太平洋中央部よりも高い生産力がある。そのため、サンマの公海域における先獲りにより黒潮域に来遊する魚群が少ないと、日本のサンマ漁獲量が減少するのみならず、更なる資源減少や分布の沖合化を招くという、負の連鎖が指摘されている。
2010年頃から海洋熱波という言葉が良く聞かれる。海洋熱波とは、異常な高水温(統計的に平年値から90%以上)が5日以上連続する現象であり、海流の変化や気温上昇などが原因と考えられている。特に2022年と2023年は黒潮続流(黒潮が犬吠埼を超えるとこの名称になる)が三陸沖まで北上し、三陸・常磐沖で海洋熱波が顕在化している。また、親潮の勢力が弱まっている。これらの影響として、三陸・常磐海域でのマサバの南下(いわゆる秋サバ)が妨げられ、極端な不漁となっており、サバ缶詰の原料不足(サバ缶ショック)も報道されている。また、親潮の勢力が弱いと日本近海のサンマ漁場が形成されにくい。一方、マイワシについては海洋熱波の影響は今のところ見られない。
4. 魚粉の戦略的利用と温暖化への適応
多獲性浮魚類は魚粉(フィッシュミール)原料としても重要であり、多い時には年間約1千万トンが漁獲されるアンチョベータ(ペルー沖のカタクチイワシ)が有名である。世界の魚粉価格は、アンチョベータの漁獲量に応じて変化してきたが、世界的な魚粉需要の増加により高止まりしている(図3)。また、日本の生鮮マイワシ価格は、日本の魚粉輸入価格に連動して推移してきた(図4)。日本のマイワシの資源量や漁獲量は、アンチョベータと逆位相で推移してきたため、魚粉価格の上昇する時期に日本のマイワシが増加期を迎える傾向にある。そのため、世界が欲する魚粉原料としてのマイワシの戦略的利用も望まれる。
(データ出典:https://www.fao.org/fishery/en/fishstat および https://fred.stlouisfed.org/series/PFISHUSDM)
地球温暖化は、二酸化炭素などの排出抑制を行っても直ちには止まることはないため、温暖化への適応が必要である。この適応には、社会としての適応に加えて、水産資源がもつ様々な多様性を保全することが重要である。多様性とは、マサバでは産卵期が早い高齢魚と産卵期の遅い若齢魚の多様な年齢構成、サンマでは黒潮域での産卵群の維持のことである。そのため、最大持続生産量(MSY)ベースの管理に加えて、多様性を確保するための措置が必要となる。