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水産振興コラム
20246
変わる水産資源-私たちはどう向き合うか

第9回 藻類が地球温暖化で熱い —藻類資源の利用に向けての国際競争—

中山 一郎
国立研究開発法人 水産研究・教育機構 理事長

1.はじめに

日本は韓国、中国などと並び、食用としての藻類を大量に養殖する国である。

我が国の養殖生産量のうち34%、生産額のうち19%が藻類と、きわめて重要な位置を占めている(図1)。しかし、最近の海水温上昇、低栄養塩、害魚等の影響により、国内の生産量は減少の傾向にある。耐高温の品種の育種や、環境制御、保全技術の開発、害魚等対策等、待った無しの状況である。さらに、磯焼けは止まらずその対策も危急の課題である。サンゴ礁が北上する等大きな地球的な環境変化の中、養殖対象種の種自体の変更も含めた大胆な転換策も必要になってくるかもしれない状況にある。

図1 2022年度日本国内の海面養殖生産量・生産額
水産庁のデータから作成

人間の食料を支えている、農業・畜産業は、基本的に育種で進化してきた産業である。わずか数粒しか実のならなかったトウモロコシの原種から、現在の多数の粒のあるトウモロコシに改良し、世界の人口を支える作物とまでなった。また、いまや日本一の米どころが環境変化ということもあるが、北海道となっているのも、育種の成果でもある。この「種・たね」育種は世界を制すとまで言われるほど重要である。植物ではUPOV条約という国際条約で新品種を育種した人の権利「育成者権」が守られ、国内でも種苗法で保護される。藻類も対象であり、すでに生長性、耐温性のすぐれたノリ、モズク等の品種が登録されている。さらに農業ではジーンバンクでたねを継続的に保存、利用するシステムがあるが、藻類でも水産研究・教育機構でノリや、魚の餌となる微細藻類等のジーンバンクを持っている。さらなる、新品種の開発と、これらのシステムの充実が求められている。

世界全体をみると最近までは、藻類養殖はそれほど大きくは無かったが、ここにきて地球温暖化抑制に伴う、二酸化炭素固定に、海洋、藻類は大きな役割を果たすというブルーカーボンの考えや、工業用素材としての藻類応用への大きな展開から、一気に世界的に海藻養殖振興の波が来ている(図2)。

図2 世界の養殖産品(出典:FAO)
濃青:淡水魚 緑:海藻

2.世界での海藻養殖の潮流

世界銀行は2023年8月に発表した報告書「海藻養殖の新しい世界市場2023年版」(https://www.worldbank.org/en/topic/environment/publication/global-seaweed-new-and-emerging-markets-report-2023)の中で、世界的に急伸している海藻養殖市場が2030年までに最大118億ドル規模(1ドル150円換算で、1兆7千億円)の成長余地があるとしている。この試算には、海藻が取り込んだ二酸化炭素の海底貯蔵、海洋の生物多様性保全、女性雇用創出、バリューチェーンの構築による経済的価値も含まれる。

海藻養殖を強力に推進しているインドネシアやフィリピンで、いま最も養殖展開されている海藻は「キリンサイ」で、カラギーナン原料としての養殖である。カラギーナンはゲル化剤、増粘剤として食料、飲料、薬剤、化粧品等広く使われているもので、アイスクリーム等でも広く使われているのでご存じの方も多いと思う。現在世界的に需要が増加しており、供給が足りない状況になっている。このため世界各国でも養殖が進められており、世界的な海藻養殖生産の増大につながっている。

急成長が見込まれる海藻の新たな用途について、世界銀行は本レポートで、そのビジネス・チャンスを分析しており、海藻分野がさらに発展するために、起業家、投資家、政策担当者に様々な視点からの情報を示し、藻類養殖を推進するものとして書かれている。

現在、海藻養殖の大半は、食用または養殖魚類の餌料、前述のカラゲーナン材料等として使われているが、将来的には、海藻を原料とする製品が繊維やプラスチックなどのセクターで化石燃料にとって代わり、炭素を隔離し、脆弱な沿岸コミュニティーの収入源となる可能性があるとしている。

現在、世界の市場は、養殖海藻の98%を生産するアジアの数カ国が独占しているが、世界中のさまざまな地域で大きな成長が見込まれるとしている。

その産業の成長の可能性を3つのカテゴリーに分けて考察している(図3)。

図3 藻類市場の将来展望
(出典:世界銀行)

(1) ショートターム(~2025年)、(2) ミディアムターム(2024~2028年)、(3) ロングターム(2028年以降)として、それぞれで分析している。

(1) ショートターム:

短期間の予測では、生物刺激剤(バイオスティミラント)、動物飼料添加剤、ペットフードが最も市場を占めていくことが見込まれる。動物飼料添加剤は、飼料変換率を向上させて動物の生産性を増す。メタン削減添加剤(カギケノリ等)等は新しい市場である。メタンは二酸化炭素に次いで気候変動に寄与する温室効果ガスで、二酸化炭素の20倍の温暖化効果があると言われており、メタン排出量の削減は二酸化炭素と並び、喫緊の課題となっている。牛や羊など反芻動物の腸内では、微生物がメタン発酵することにより、大量のメタンガスを発生させ、このメタンガスは家畜の“げっぷ”として大気中に放出され、農業畜産分野が排出するメタンガスの最大の発生源と考えられている。そのため、この削減に寄与する藻類養殖は大きな期待を集めている。近年、紅藻類の「カギケノリ」を牛や羊の飼料に混合して与えることで、腸内微生物のメタン発酵を大きく(98%以上)抑えられることが分かってきた。オーストラリアでの研究・開発が進んでおり我が国のニッスイが、投資したこともニュースとなった。驚くべきことにこの会社のカギケノリ養殖は陸上養殖である。
https://www.nissui.co.jp/news/2023051802.html

一昔前まではあり得なかった藻類の陸上養殖が実装の時代に一気に入ってきていることも注目される。陸上養殖では、外部の環境への影響が無いため高度に育種(例えば、ゲノム編集なども)された藻類も生産可能である。培養温度、光条件を調整すれば自然環境では季節限定(たとえばノリは冬にしか生産できない)であるものも周年生産、出荷できるようになる。

(2) ミディアムターム:

栄養補助食品分野は高価値で中期的に市場が拡大していくと見込まれ、2030年までに60億米ドルに達すると予測されるが、法的な規制上の障害が生じて発展速度が鈍化する可能性はある。

タンパク質、再生可能なバイオマス由来のバイオプラスティック、繊維の市場も伸びることが予想される。これらの市場拡大には、海藻生産のコスト削減と、量的な確保が担保されないとニッチ市場に留まるかもしれない。

(3) ロングターム:

医薬品原料としての海藻養殖は長期的な市場拡大が想定されるが、重大な法規制上の課題をクリアーしていく必要があり、薬品開発には莫大な費用と時間もかかる。さらに承認準備時間が長いため予測は難しいのが現状。建材等の建設分野での応用は長期的な新興市場として2030年までに14億米ドルに達すると予測されているが、ニッチ市場となる可能性もある。他の用途への海藻加工の廃棄物を利用して、価値化させるような市場になるかもしれない。

3.ブルーカーボン

このように、世界では藻類への大きな期待があり、地球温暖化を防ぐためにも藻類の養殖、生産は今後さらに伸びていく可能性を占めている。

二酸化炭素吸収による、ブルーカーボンは、水産以外の業種からも注目を集めており、農林水産省が令和3年5月に策定した「みどりの食料システム戦略」でも、二酸化炭素吸収源として海洋生態系で貯留される大気中二酸化炭素由来の炭素を、陸上植物によるグリーンカーボンに対比してブルーカーボンと位置づけ、令和5年度から日本での温室効果ガスインベントリへの登録も始まっている。

水産研究・教育機構は、東大大気海洋研究所、広島大、港湾空港技術研、北大北方生物圏フィールド科学センター、徳島県、新潟県水産海洋研究所、京都府農林水産技術センターと共同で、ブルーカーボン生態系の活用と実践に必要な情報、特に海域、藻場タイプで算定できる手法と数値を、IPCC湿地ガイドラインに準拠し、詳細な設定の無い貯留プロセスに関して科学的根拠に基づいて示し、公表した(図4)。これによって、ブルーカーボンのクレジットの実用化が一気に進む根拠を与えたと考えられる。

図4 海草・海藻藻場のCO2貯留量算定ガイドブック

4.終わりに

今回は紙面の関係上、大型藻類を中心に書いてきたが、微細藻類の大きなポテンシャルも考えていく必要がある。オーランチオキトリウムを始めとする油分を貯める藻類は、化石燃料に変わりえる可能性がずっと語られているが、大規模化、コスト削減でまだ、実用の域には達していない。

しかし、今後の技術の飛躍的なイノベーションがあれば状況は変わる可能性もある。

人間の食料としても、家畜、水産生物の飼餌料としても今後の微細藻類の実用化の可能性は十分にある。

海藻類の食料としては、養殖海域の環境保全、製品の衛生管理など、慎重にしっかりと担保していく必要もある。そのための国際的な認証制度等も整えていく必要があり、日本がイニシアティブを取っていくチャンスでもあるかもしれない。

さらに近年世界ではすごい勢いで発展している魚類養殖を、藻類養殖と組み合わせることにより、栄養塩の有効利用、海面環境を良好に保ちつつ、二酸化炭素吸収まで持っていける複合養殖研究開発の振興は、食料生産でも世界を制することができる可能性を秘めている。

いずれにせよ、今後の大きな展開には研究開発を振興してイノベーションを起こすことが重要であり、そのための研究コミュニティーの強化が急務である。

我が国の藻類研究者数は、レベルは高いが、市場規模から考えても、近年産業拡大に伴い研究者数が拡大している世界に比較してみても圧倒的に数が少ない。

水産研究・教育機構ではまず内部での幅広の関連研究者を集めて藻類勉強会を組織して、情報の共有から、藻類研究の強化を始めたところである。

世界第6位の海域面積を持つ我が国海面の有効利用に向けて、食料、素材、二酸化炭素吸収源としても藻類生産が大きなアドバンテージとポテンシャルがあるのは間違いない。

藻類生産が今後の我が国の未来の一端を担っているといっても過言ではない。

藻類研究開発をさらにホットにしていく必要性がある。

連載 第10回 へ続く

プロフィール

中山 一郎(なかやま いちろう)

中山 一郎

北海道大学環境科学研究科修士課程終了、1994年水産庁養殖研究所に採用、国立研究開発法人水産総合研究センター中央水産研究所等で主に水産生物の遺伝学・ゲノム研究に従事。内閣府、水産庁、農林水産技術会議事務局で行政に従事。(国研)水産研究・教育機構中央水研所長を経て退職、日本水産株式会社(現ニッスイ)中央研究所勤務後2021年より現職。パリ大学(第6)博士(遺伝学)。