水産振興ONLINE
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2020年10月

水産業における外国人労働力の導入実態と今後の展望

佐々木貴文(北海道大学大学院水産科学研究院 准教授)

要旨

日本漁業は就業者数の減少に悩まされている。水産加工業も安定的な労働力の確保に苦しんでいる。こうしたなか、日本水産業は外国人材に深く依存するようになっている。本稿はその実態を明らかにするとともに、外国人材の導入拡大にともなう諸課題に接近することを目的としている。
分析の結果、本稿では水産業が外国人材なしでは存続し得ない「人材枯渇産業」になっていることを指摘した。さらにかかる現状は、水産業が高学歴化や少子化といった社会現象に対応できなかったことを意味するとともに、外国人材依存による大きなリスクを内包した状態にあることも明らかにした。そしてそのリスクは、今般のコロナ禍といった何らかのきっかけで国民への食糧供給に深刻な影響を及ぼしかねないことを述べた。

【解題】

早稲田大学・名誉教授、日本農業経営大学校・校長
堀口 健治

今回の『水産振興』では、公表されたばかりの2018年漁業センサスの数字も用い、水産業で働く外国人の状況把握と分析を北海道大学の佐々木貴文さんに行っていただいた。この分野で最も詳しい研究者である。漁業だけではなく養殖、加工業、それぞれ様子が異なるのであるが、本稿を読めば各分野の最新の状況を知ることができる。

2019年4月から始まった外国人の就労ビザ「特定技能1号」の中で、農林水産省が管轄するのは農業、漁業、飲食料品製造業、外食業である。しかしこの4種のうちで、外国人単純労働力の導入により先行し、歴史がある技能実習の対象になっているのは農業、漁業、飲食料品製造業の3種であり、外食業はこの対象ではない。正確に言うと技能実習2号、3号に移行できる職種(2020年2月末)は、漁業では漁船漁業と養殖業の2職種9作業であり、農業は耕種農業と畜産農業の2職種6作業、食品製造関係は11職種16作業である。技能実習2号を終え、それなりの技能と日本語を身につけた技能実習生は特定技能1号に応募することができるので、農業、漁業、飲食料品製造業は一定のレベルにある労働者を集めることができるようになった。海外での試験の合格者を含め、一定のレベルの労働者が応募してくれるのはありがたい。その点で技能実習制度が先行し機能してきたことは大きな意味がある。

外食業はその仕組みがないので、すでに日本に滞在し日本語専門学校や他の専門学校、大学等で学ぶ留学生を主なターゲットとしている。資格外活動の経験がある留学生で飲食業をアルバイトとしている者は多いが、これらの留学生が外食業の特定技能の試験に合格できるものと期待しているのである。今まで4回の国内試験での合格率は6〜7割水準のようで、今後、正規の従業員として期待できる人が増えていくはずである。

これらの流れを見ると以下のように言えるであろう。日本の単純労働力の分野では、単純な就労ビザではない「技能実習」ビザで先ず単純労働力を受入れ、その上で「特定産業(14の特定産業分野)に属する相当程度の知識又は経験を必要とする技能を要する業務に従事する外国人向けの在留資格」として、より高いレベルの外国人労働力を受け入れる特定技能1号(通年で最長5年)に繋げたことになる。

台湾のように全く中国語を知らない外国人でもすぐに受け入れ、台湾で稼げる仕組みと日本は大いに異なる。日本は技能実習で来るためには一定の日本語等の訓練を求めている。また日本は研修という性格を持つために単純労働ではあるが複数の異なる仕事を雇う側に求めるので、単純労働のみに徹する韓国の就労ビザとは異なる。そして日本は研修の性格があるとはいえ「労働基準法」に守られる労働者であり、賃金水準より低い水準にある研修手当ではない。そのため残業規制も強く、この点で規制が弱く(韓国では農業は労基法の対象外)出稼ぎとしては残業収入が多い韓国が魅力的ということからいえば、日本の吸引力が弱いことは事実である。

しかし、そうであっても、日本は先ずは技能実習で一定の技能や日本語を身につけ、さらに特定技能にトライする仕組みを設けたのである。当然に賃金が引き上げられることが想定されている。さらに一定の条件下では技能実習ビザで3号を設け、さらに2年の滞在を認めた。その後、特定技能1号に同じように応募できる。

そしてまだ3種の産業に制限されているが、家族も帯同できる特定技能2号に応募できる。この特定技能2号は、大学卒や大学院修了で高度人材として専門職で雇われる就労資格の「技術・人文知識・国際業務」ビザ(技術ビザと略称)と同じように、一定年数を経過した場合、移民に近い性格の永住ビザに転換できる可能性が強まったことになる。高卒が多い技能実習生がこのような経過を踏めば、また特定技能2号の対象になれば、永住ビザに到達する可能性が出てきたのである。

解題者は農業を主な分析対象として、2019年12月に「ヒラ(技能実習ビザ)から幹部(技術ビザ)にも広がる外国人労働力—農業通年雇用者不足下の外国人の急速な量的質的拡大—」という論文を『農業経済研究』(91巻3号)に載せた。そして農業での外国人は、数としては技能実習1・2号が多いが、これに3号、そして技術ビザが増加していることを指摘した。また、申請が多いにもかかわらず特定技能は未だわずかしか認められていないことも明らかにした。

これらの流れは、雇われる外国人は日本人と同じように職階に位置付けられ、給料水準も上がることを意味する。外国人の人材育成が意図的に組まれ、例えば企業による受験料の負担等で日本の運転免許証(外国免許切替)を取り、大型農業機械を取り扱う技能実習生が多く生まれている。免許証を取れば月給で1.5万円の増額になる。畜産業では、日本の獣医師のみが行える仕事は出来ないが、その周辺の仕事や動物の観察、獣医師が来る前に必要な作業をこなすような、外国大学の獣医学科を卒業した学士が技術ビザで来日している。

日本で働く外国人は、数が急速に増加しているだけではない。単純労働力から高度人材まで質的にも幅が広がっているのである。では水産業ではこの流れはどうであろうか。大いに関心のあるところである。

著者プロフィール

佐々木貴文ささき たかふみ

【略歴】
▷ 1979年三重県津市生まれ。2006年北海道大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。日本学術振興会特別研究員や鹿児島大学大学院水産学研究科准教授を経て、現在、北海道大学大学院水産科学研究院准教授。農林水産省水産政策審議会委員(企画部会長代理)や水産庁漁業技能実習事業協議会審査委員会委員長などを歴任。専門は近代産業史・漁業経済学・職業教育学。著作には『漁業と国境』(濱田武士氏との共著、みすず書房、2020年)や『近代日本の水産教育 —「国境」に立つ漁業者の養成』(北海道大学出版会、2018年、漁業経済学会学会賞、日本職業教育学会学会賞)、「日本漁業と「船上のディアスポラ」— “黒塗り”にされる男たち」(『産業構造の変化と外国人労働者』共著、明石書店、2018年)、「漁業からみた普天間基地移設問題 — 襞に埋没する名護の海人」(『現代思想』共著、青土社、2016年)、「普通教育としての水産教育を構想する」(『技術教育の諸相』共著、学文社、2016年)、「明治日本の遠洋漁業開発と人材養成」(『帝国日本の漁業と漁業政策』共著、北斗書房、2016年)などがある。