水産振興ONLINE
625
2020年10月

水産業における外国人労働力の導入実態と今後の展望

佐々木貴文(北海道大学大学院水産科学研究院 准教授)

第2章 漁船漁業における外国人技能実習生の導入拡大とその課題

(1) 沖合漁業の重要性と労働力不足

日本の海面漁業生産量は、200カイリ体制への移行が本格化した1970年代後半から変調をきたした。一定期間におよんだイワシの豊漁が激変緩和に果たした役割は小さくなかったが、1990年代に入るといよいよ生産量の減少が顕在化した。そのダウントレンドは今日まで継続しており、ここ10年の海面漁業生産量だけをみても、2008年の552万トンから2018年には436万トンへと減少した。養殖業が踏ん張りをみせてもなお約2割もの生産量が失われたことになる〔表-6参照〕。1,282万トン(1984年)もの漁獲があったピーク時からみれば、三分の一程度になっている。

表-6 海面漁業生産量の推移(単位:千トン、%)
表-6 海面漁業生産量の推移(単位:千トン、%)
注)漁業・養殖業生産統計より作成。

ただこうして生産量が落ち込むなかで、沖合漁業は今なお海面漁業生産量の半分程度を生産する主力漁業となっている。養殖業への餌料供給や水産加工業への原魚供給なども担っており、日本水産業にとって重要な位置を占めている。しかし、この沖合漁業も労働力を安定的に確保することが難しいという課題を抱えている。例えば、沖合漁業のなかでも特に労働負荷の高い沖合底びき網漁業では、日本人若手船員の確保が難しくなっているため船員の高齢化が進み、50代が中心的な存在となっている。たしかに同じ沖合底びき網漁業であっても、北海道内を根拠地とする船団では日帰り操業が可能であることや、域内賃金との比較で優位性があるため厚い若年層が存在するといった例外はあるものの、全国的にみた場合は総じて厳しい局面にある。

各漁船漁船で導入されている外国人技能実習生の量的推移からは、労働力の確保が難しくなっているのが沖合底びき網漁業だけではないことがわかる。作業名別(漁業種類別)でみた外国人技能実習生の在留状況は、制度導入から総数で最大の「かつお一本釣り漁業」で頭打ち感がでているものの、ここ数年で「ひき網漁業」や「まき網漁業」において技能実習生への依存がかなりのペースで拡大していることを示している〔図-6、写真-2、写真-3参照〕。

図-6 漁業種類別技能実習生在留状況(各年度3月1日現在、単位:人)
図-6 漁業種類別技能実習生在留状況(各年度3月1日現在、単位:人)
注)水産庁資料より作成。
写真-2 カニかご漁船で水揚げ作業をする外国人技能実習生
写真-2 カニかご漁船で水揚げ作業をする外国人技能実習生
写真-3 カツオ一本釣り漁船で水揚げ作業をする外国人技能実習生
写真-3 カツオ一本釣り漁船で水揚げ作業をする外国人技能実習生

この結果、養殖を除く漁業分野での技能実習生の雇用は、年200人増ペースとなっており、2013年(1,042人)から2018年(1,738人)までの増加率は1.67倍となった。増加ペースの早い「定置網漁業」を除いても、2013年の1,000人から2018年の1,600人へと1.60倍の増加となった。

他方、マルシップ船員は遠洋漁業が縮小傾向にあることで減少している。マルシップ船員は既述のように、遠洋マグロはえ縄漁業や遠洋カツオ一本釣り漁業が大きく経営体数を減らすなかで減少を続け、2013年の5,255人から2018年には4,628人となった。率にして11.9%の減少となっている。この減少を技能実習生の増加で相殺しているのである。沖合漁業での外国人労働力の導入スピードの速さがわかる。

(2) 職務・職責からみた技能実習生の存在感

沖合漁船漁業で働く技能実習生は、ほとんど例外なくインドネシアの水産高校を卒業した者(全員が男性)で占められている。同じ海上労働をともなうホガテガイ養殖の場合、ベトナム出身の男性や女性もみられることから、沖合漁船漁業とインドネシアとのつながりは極めて強固であるといえる。こうした特徴が形成された理由としては、上で簡単に述べた通りインドネシア全土には後期中等教育機関として水産教育を施す学校が整備されていることや、当地の雇用状況が大きく影響している。

前者の教育制度の点では、日本と同様、義務教育後の教育階梯に水産教育が根付いており、日本の水産科を設置する高等学校(いわゆる水産高校)に該当する水産系の SMK(Sekolah Menengah Kejuruan=高等専門学校)が全土に設置されていることが大きな意味を持っている。日本の水産高校と同様に乗船実習もカリキュラムに位置付けられており、水産教育をうけた優秀な人材が多数養成されている。彼らは、中学校までの義務教育ですら完全に実施できておらず、高等学校への進学率も低いインドネシアにおける〝エリート〟として、高い判断力や適応力が期待できる人材として社会に輩出されている。

そしてインドネシアの雇用情勢は、彼ら水産界の〝エリート〟が日本で働くことを後押ししている。労働集約的な産業がいまだ広範囲に残存するインドネシアにおいては、義務教育に満たない学歴の者が労働市場で重宝されているのに対して、学歴が高くなるほど失業率が高くなるという日本で考えられる状況とは逆の現象が生じているためである。はたして日本の沖合では、日本の漁船漁業に従事しつつも、心理的・文化的・経済的に出身国との結びつきを保ち、なおかつ送金や技能移転を通じて祖国に貢献しようとする労働者集団としての「船上のディアスポラ」が大きな存在感を発揮するようになっている。

彼らが担っている職務・職責もまた彼らの存在感を際立たせている。カツオ一本釣り漁業では漁獲作業だけではなく魚群探索(眼鏡作業)も担う。魚群探索は双眼鏡を用いて魚群(や海鳥)を探す作業であり、海面(や空)の様子を長時間凝視し続けるという高い集中力が求められる。漁獲作業では、海面から距離があり労働負荷も高くなりがちな船首部分に配置されることも珍しくない。

沖合底びき網漁業ではさらなる〝活躍〟を見せる。出港準備はもちろん、投網・揚網作業、漁獲物処理作業(選別・保管等)のすべてを担う。漁場への移動時間を除くほとんどが体に大きな負荷をかける労働時間となっている点や、市場での評価を左右する漁獲物処理作業でも重要な働きを見せていることが注目される。漁獲物処理作業ではゴミの除去、トロ箱への一時保管、魚種やサイズごとに選別して出荷用のトロ箱に見栄え良く並べる作業などがある。選別後に砕いた氷を敷き詰める作業も欠かせない。甲板上に積まれた魚を木箱に移す作業では、腰を曲げて魚をすくい上げる作業を繰り返す。高齢の日本人乗組員には容易ではない。こうした労働負荷の高い現場では、技能実習生の存在感は否が応でも高まる。

かかる選別作業は、市場でサイズの統一や見栄えなどが重視される今日、商品性の向上に不可欠であり、販売価格に跳ね返ることで経営を左右するようになっている。外国人技能実習生は、単純労働力としてではなく、その技能で底びき網漁業経営の一端を支えているといえよう。

こうした重要な役割を果たしている「船上のディアスポラ」であるが、彼らの賃金は陸上労働に従事する技能実習生とは算定基準も水準も異なる。漁船漁業の場合、「船員法」第71条により、労働時間(1日8時間・週40時間)や休憩、休日の各規定が適用除外となっているためであり、時間外や休日の割増賃金という考え方すらない。そのため漁船漁業では、技能実習生の賃金は彼らが特別組合員となっている労働組合と経営体とが労働協約を締結して決められることになっており、2019年11月以降は第1号で15万4,000円、第2号で16万4,000円、第3号で19万3,000円が基準額となっている。水産加工業などではほとんどみられない昇給があることと、その昇給幅が比較的大きいことが漁船漁業の特徴となっている。

(3) 不可欠となる日本人海技士の確保策

わが国の漁船漁業は、外国人依存を20年間以上にわたって続けてきており、特に近年では沖合漁業でその依存度が高くなっている。今後もこうした動きが逆回転することは考えにくい。しかしながら、そうであるからこそ依存を継続してきたことの弊害が海技士不足として表出するようになっていることには十分注目する必要がある。

2017年の大日本水産会の調査では、現状の漁船海技士の年齢構成は、60〜64歳の年齢層が最大で、55歳以上の年齢層が占める割合も48.4%にまで高まっている。一方、産業規模の縮小が進み、外国人労働力依存などといった経営の合理化が進められるなかでキャリアをスタートさせた35〜39歳の層、40〜44歳の層は、各400人ほどにとどまり、産業の持続性が失われつつある実態が浮き彫りになる(『水産界』第1587号)。

船舶の運航は、漁船も商船も同じ海技士という資格者によって担われるため、水産高校で海技士資格を取得した者であっても、賃金水準や労働環境の良好な商船分野に就職しようとする者が後を絶たない。職業選択の自由を妨げることはできないうえ、強力な経済要因が漁船の労働力確保を困難にしている。

もちろん一般部員も全体的には労働力不足にあるものの、生産性が高く賃金水準の良好な漁業種類とそうでないものとではやや傾向が異なる。多くの船員を確保する必要があるカツオ一本釣り漁業などは、日本人を確保できていないだけでなく、賃金上昇が続いている外国人技能実習生の雇用も経営上容易ではなくなっている。人件費負担を抑制することも当初の導入目的としてあった外国人労働力であるが、今般、一部の沖合漁業では彼らの人件費上昇が事業継続のリスクとなっているのである。

漁船漁業にも新たな外国人労働力を受け入れることを可能にする「特定技能」制度の導入が始まっているが、彼らの賃金は技能実習生の第3号と同等以上とされ、月額20万円水準となることが想定されている。一本釣り漁業以外にもこの賃金水準に起因して日本人だけでなく外国人の確保さえ困難な経営体がでてくる可能性もあろう。

漁船漁業はこれを契機に、労働災害の発生率(2017年度現在、漁船は千人当たり11.6人で一般船舶の1.9倍、陸上全産業の5.3倍)を抑える取り組みや、若年層が渇望するWi-Fi環境の整備、唯一のプライベート空間となるベットスペースの拡大など、労働者の視点から様々な船内環境の改善を図っていかなければならない。安定的な人材確保に向けた投資は喫緊の課題となっている。

ここで海技士確保に関する商船分野との人材争奪戦の実態を、水産科を設置する高等学校(いわゆる水産高校)の卒業生の動向から確認しておく(『全国公立水産関係高等学校一覧』)。本科卒業生の場合、漁船への就業が100人前後で横ばいとなる一方で、商船への就業が2013年度(漁船99人、商船86人)から急増し、この間は200人水準で推移するようになっている(2018年度は漁船117人、商船198人)。漁業・漁船離れは3級海技士養成機関である専攻科(本科3年に接続)の卒業生の場合より顕著で、商船への就業が毎年130人から150人程度で推移する一方、漁船への就業は20人程度と低迷し、また自営漁業への就業はほとんど皆無といえる状況が長らく続いている。専攻科を卒業して3級海技士の資格を取得した者にとって、漁船への就業という進路がくすんで見えていることがはっきりとわかる。

こうした現実に危機感を持った業界や水産庁は、漁船乗組員確保養成プロジェクトを始動させている。プロジェクトの始動は、2016年7月、日本かつお・まぐろ漁業協同組合による問題提起に対応して、大日本水産会が自民党水産基本政策員会に漁船乗組員確保養成に関する要請をおこなったのが契機となった。その後、水産基本政策委員会での議論(2016年10月)を踏まえ、水産庁が同委員会で海技士養成案を提示(2016年11月・12月)するにいたっている。2017年2月には、水産庁、文部科学省、国土交通省、大日本水産界、全日本海員組合、14漁業中央団体、全国水産高等学校長協会(幹事校:静岡県立焼津水産高等学校)が参加してプロジェクト創設会合がもたれた。

この段階で示された養成案では、水産高校や水産大学校といった水産教育機関に、水産高校本科3年を終えた者を受け入れる1年間の「乗船実習コース」を設置することが柱とされた。コースの特徴としては、修了後すぐに海技士資格を取得できるという点であり、現行の就業後に必要となる1年から2年程度の乗船履歴を、コース在学中に得るという速成養成事業となっていた。この養成方針は、2017年4月28日に閣議決定された「水産基本計画」において、「海技士等の人材の育成・確保」という独立した項目によって明記されるにいたっている。

2019年度より実際に開始された養成事業は、水産高校側が受講生の身分が定まらないことや受入体制等を問題視したため、まずは5年間のパイロット事業として農林水産省が管轄する水産大学校での一括養成という形に軌道修正を図って実施されることになった。すなわち、全国の6つの水産高校(4級海技士養成校)から漁業会社への就業が内定した者を10名ほど募集し、水産大学校に設置した「乗船実習コース」において6ヵ月間の乗船実習を課すことで、課程修了直後に4級海技士資格を取得させることを目指した教育活動を展開することとしたのである。

こうした養成事業は日本漁業の持続性を担保するうえでなくてはならない。多くの若者が漁業界で働くことを後押しする漁船の労働環境の改善とともに、ぜひ成功してほしい取り組みといえる。