はじめに
(1) 深刻化するわが国の労働力事情・人口事情
日本はすでに、生産年齢人口の減少局面に入って久しい。合計特殊出生率は、2005年に記録した過去最低の1.26から持ち直しつつあったが、この間ふたたび頭をもたげつつあり、2018年は1.42と3年連続の低下に終わった。出生数が100万人を割り込むことがニュースになったのは過去の話となり、2018年に生まれた子どもの数は過去最低を更新する91万8,397人で、3年連続の100万人割れとなった。
総務省統計局が公表した2020年2月1日現在の総人口(概算値)は1億2,601万人で、前年比で約30万人の減少となっている。出生数の低迷は高齢化と表裏一体であり、総人口の減少のなか、高齢者人口は3,588万人(2019年9月公表)と過去最多となっている。高齢者人口が総人口に占める割合、すなわち高齢化率は28.4%と過去最高で、この数字は世界で最も高いとされている。後期高齢者(75歳以上人口)が前期高齢者(65〜74歳人口)を上回ったことを意味する「重老齢社会」も、今では人口に膾炙した言葉となった。
さらに1940年代後半に生まれた「団塊の世代」が75歳以上となり、国民の2割が医療費負担の大きい後期高齢者となる「2025年問題」は手の届くところまできているし、日本の高齢者人口がピークをむかえ、現役世代1.5人が高齢者1人を支える構図になる「2040年問題」も遠い未来の話ではなくなってきている。
政府は、2019年6月に「2040年を展望した社会保障・働き方改革本部のとりまとめ」(厚生労働省保険局)を公表して、①多様な就労・社会参加の環境整備、②健康寿命の延伸、③医療・福祉サービスの向上による生産性の改善、④給付と負担のバランス見直し等による社会保障の持続性の確保、などによって「国民誰もが、より長く、元気に活躍できる」社会を実現するとしている。しかし、実質賃金の低迷や雇用環境の不安定化が継続するなか、支える側となる現役世代の疲弊を放置し続けてきたツケが一気に噴出して掛け声倒れとなりはしないか心配されるところである。望まぬまま非正規雇用となった者が多いとされる就職氷河期世代も高齢者層に順次加入していく。
(2) 水産業における労働力不足の現状
こうした日本全体にみられる危機的な労働力事情・人口事情は、産業構造や外部環境の変化と相まって、漁業にとっても問題となっている。「漁業センサス」によれば漁業就業者は、1993年の32万4,886人から2018年には15万1,701人にまで減少し、四半世紀で半減を超えるマイナス53.3%を記録している。近年は毎年4%前後の減少を続け、今後はいつ10万人水準を割り込むかが焦点となってくる。水産庁『水産白書』(平成30年度)は、2048年に7万3,000人程度になる予測も成り立つとしている。
日本漁業が縮小するなか、個人経営体(自家漁業)における後継者の確保割合は、主要な海面養殖で3〜4割程度が後継者を確保してなんとか踏ん張る一方、海面養殖を除く沿岸漁業層は低迷し、2018年では12.7%となった。〔表-1、表-2参照〕2008年時点ですでに14.1%と低迷していたものがさらに低下した状態となっている。後継者確保率の問題は、生産力のある動力漁船5〜10トン層が2008年の28.0%から2018年には23.1%にまで確保率を下げたことや、小型定置網が29.0%から25.9%に低下していることも懸念事項といえ、沿岸漁業層では大型・さけ定置網漁業が健闘していることくらいしか明るい数字がない状況となっている。
(海面養殖を除く沿岸漁業層)
(主要な海面養殖)
漁業に人材が集まらなくなっている背景には、全国的な少子化を基底にしながらも、漁家や漁村に生まれ育った若者が、より良い賃金水準や雇用環境、住環境を求めて都市部に流出してきた現実がある。結果的に、漁港背後集落の高齢化率の上昇も継続しており、2018年には全国平均より10ポイント高い38.9%に達した〔図-1参照〕。漁業・漁村は高齢化の点で日本全体の動向を一歩先ゆく形で深刻さを増す状況にある。
注)水産庁資料より作成。
はたして労働力不足は、沿岸漁業のみならず、事業継続の意思が十分にあり、かつ多くの雇用労働力を必要とする沖合漁業や一部の貝類養殖業、それに漁港背後集落などを拠点に労働集約的な生産活動を展開する水産加工業で表出するようになっている。例えば、漁家の「次男三男」などを頼って労働力を確保してきた漁船漁業の人手不足は顕著で、それは有効求人倍率の推移に反映されるようになっている。国土交通省「船員職業安定年報」によると漁船の有効求人倍率は、「団塊の世代」の退職で労働力不足に直面していた商船を2016年に抜きさり、さらに2018年にはついに3の大台を超えて3.02となっている〔表-3参照〕。全産業の有効求人倍率は1.61(2018年)であるので、漁船は倍近い値となっている。
水産加工業でも労働力不足は深刻で、漁村・周縁地域の人口減少や高齢化が進むなかで日本人のパート従業員の確保が困難となり、最低賃金での労働力確保が思うようにいかなくなっている。「国勢調査」から水産食料品製造業従事者数の推移を確認すると、総数の減少と高齢化の進展がはっきりと跡付けられている。2000年調査時には22万1,537人であった従事者総数が、2005年には20万人を割り込み、2010年には18万4,630人、2015年には16万5,390人となった〔図-2参照〕。高齢化率は逆に増加の一途をたどり、2000年の8.3%から、9.4%、10.5%ときて、2015年には14.7%となっている。「国勢調査」から明らかとなる従事者数の年齢階層も、徐々に進む高齢者依存の実態をうつし出しており、若年層の確保が容易ではないことがわかる〔図-3参照〕。
経済産業省「工業統計調査」(従業者4人以上の事業所に関する統計表)によれば、水産食料品製造業は直近の10年間をみても安定して3兆円を超える出荷額をほこり、比較的大きな産業として存在感を示している。2017年の製造品出荷額は3兆3,833億円であり、2007年の3兆4,071億円とほぼ変わらず安定して生産実績を積み重ねている。引き続き地域経済を支えていくためにも、安定した労働力の確保が求められている。
(3) 本論考の目的
本論考は、以上のようなわが国の水産業のおかれた厳しい局面について、労働力の面から現状を分析し、この深刻な問題への対応策の一つとなっている外国人労働力の導入実態と、導入拡大にともなう諸課題に接近することを目的としている。そして、『水産振興』での前作となる佐々木貴文・三輪千年・堀口健治「外国人労働力に支えられた日本漁業の現実と課題—技能実習制度の運用と展開に必要な視点—」『水産振興』(49-4)を踏まえて、新たな潮流の確認と課題対処策についての考察をおこない、今後の展望としたい。
具体的な内容としては、まず漁船漁業に関して沖合漁業における外国人技能実習生の導入実態と彼ら実習生が生産現場で果たしている役割について触れる。そのうえで漁船海技士不足の問題に関心を寄せ、今後の課題と対策を検討する。海面養殖業については、カキ類養殖における外国人技能実習生依存の深まりとその構造に触れるとともに、最近増加傾向にあるホタテガイ養殖における実習生の導入実態を最大の生産地である北海道の事例からみていく。水産加工業は、労働力確保が容易ではない全国実態に加え、数的にみてやはり外国人労働力を最も多く導入している北海道に注目した考察を加える。そして、以上の統計・実態分析と今日のわが国の社会状況に関する考察を交えることで、水産業において外国人労働力依存が継続し、ますます拡大していくと予想されるなかでの未来を見据える。
なお本論考は、現地調査や2018年漁業センサスの分析作業をJSPS科研費 19H01620・20K06249 の助成を受けて実施し、執筆したものとなっています。記して謝意を表します。また本論考は、「日本漁業と「船上のディアスポラ」— “黒塗り” にされる男たち」『産業構造の変化と外国人労働者』(明石書店、2018年)や「水産業における労働力構造の変化」、漁業経済学会『漁業経済研究』(64-1、2020年)、「日本漁業の〝生命線〟になる外国人」、成蹊大学アジア太平洋研究センター『アジア太平洋研究』(44、2019年)などの拙稿に修正を加えて再構成したものでもあります。あわせてご参照ください。