水産振興ONLINE
625
2020年10月

水産業における外国人労働力の導入実態と今後の展望

佐々木貴文(北海道大学大学院水産科学研究院 准教授)

おわりに

(1) 水産業の存続を揺るがす今日の社会状況

以上にみてきたような、水産業にみられる労働力不足が表出する状況下で、新たな在留資格として分野内での転職も可能な「特定技能」が創出された。漁業については2020年度以降の導入であり、現場がどうなっていくのかは現段階では予測の域をでないが、漁船漁業分野では賃金水準が高く長期にわたってキャリア形成していく特定技能労働者と、その同じ船上で働くことになる技能実習生との共存をいかに図っていくのかが課題となろう。また船上で熟練度の高い外国人材が一定数になると、技能の伝達・習得が日本人を介さなくなることも考えられ、漁船漁業労働がこれまで以上に日本人を必要としなくなるという、新たなステージに移行することも考えられる。日本漁業における生産の「外部化」ともいえるこの現象は、実質的な食料自給率の低下とも理解でき、産業の持続性を見据えた場合、リスクになりかねない。

しかし新制度の導入で、船上で彼らの職責がますます拡大し、長期間の乗船で高度な技能を身に付けていくことは十分に予想される未来となった。日本人海技士不足が深刻化するなかで、漁撈長を補佐するような外国人材がでてきてもおかしくない。現在は筆記・口述試験での高いハードルなどがあって外国人の海技士資格の取得は険しい道のりとなっているが、日本政府が2012年発効の「漁船員の訓練及び資格証明並びに当直に関する国際基準」であるSTCW-F条約を批准した場合、外国人が母国で取得した漁船海技士免状を日本で活用する道が開ける。また漁船乗組員確保養成プロジェクトが動き始めたことで、この事業に優秀な成績で技能実習を修了した外国人材を受け入れ、漁船海技士不足に対応することも荒唐無稽なことではなくなっている。〝パラダイムシフト〟は近いのかもしれない。

一方、食品産業に「特定技能制度」が普及するようになると、分野内での転職が可能という特徴が雇用者側・労働者側の双方に意識されることになろう。最低賃金の高い都市部にある水産加工ではない(労働環境の良好な)他の食品産業に人材が流出し、安定的な労働力の確保が困難になるという懸念が現実化するかもしれない。

またもう少し先の懸念事項となるが、特定技能1号から、在留期間更新が可能で家族の帯同を認める特定技能2号への移行問題がある。2号への移行とは、すなわち実質的な「移民」化を意味することとなり、外国人労働者の量的拡大に対する国民の理解が不可欠となる。台湾や韓国、シンガポールなどの国々と、国境をまたいだ人材争奪戦が展開されているなかにあって、アクセルとブレーキを間断なく微調整し続けることが求められよう。さらには受け入れた外国人労働者の支援体制の整備など、新制度の運用には十分な予算とマンパワーの投入が必要となるが、はたして現行の監督官庁にそうした余力が残っているのかは疑わしい。十分な体制整備と、国民の理解を得たうえで制度が運用されることを望みたい。

漁船漁業については、「働き方改革」に注目が集まるなかで、労働時間(1日8時間・週40時間)や休憩、休日の各規定を漁船については適用除外とする「船員法」の第71条の問題は見過ごせない。また「定額働かせ放題」とまではいかないが、「低額働かせ放題」になる可能性のある大仲歩合制+代分け制による賃金算出は、労働力不足を叫ぶ産業には似つかわしくない。現在にいたるまで当然のことと考えられてきた旧来型の雇用慣行の継続を許さない社会状況の出現にも目配りしながら、一歩一歩軌道修正を図っていくことが求められよう。

前者については、変動が大きく所在のはっきりしない天然資源を追い求める漁業生産の特質からやむを得ない面もあるが、「働かせ放題」を可能とする「船員法」第71条は、時代に適合できる形に見直していくことが時代の要請となっている。また漁船乗組員報酬額の歩合割合の高さとして表れている後者の問題は、改めて漁船乗組員が不安定な賃金体系のなかで暮らしを維持することが求められていることを浮き彫りにする〔図-10参照〕。そしてこの二つの問題が結合することで、不漁時や魚価安時においては漁船乗組員を「低額働かせ放題」リスクに直面させる。今後、漁船漁業が若年労働力を確保したいとするのであれば、着実に改めていかなければならない部分といえる。

図-10 漁船(専業船)乗組員1ヵ月平均報酬額の歩合割合(持代数1.0、単位%)
図-10 漁船(専業船)乗組員1ヵ月平均報酬額の歩合割合(持代数1.0、単位%)
注)各年度の国土交通省「船員労働統計」より作成。ただし、固定給と歩合給の併用制漁船に限定。

問題はまだある。いずれ日本は、生産年齢人口と老年人口がほぼ同数となり、今以上に減少していく生産年齢人口を高度に効率化して活用することが求められる時代となる。この際、水産業が人材を確保できるかは、かなり疑わしい。現在でさえ人材確保競争の枠外に置かれる状況があり、それがより深刻化することも考えられる。

例えば、枠外におかれる状況を生み出す足元の変化としては、水産業にかかわる人材に付与される「社会経済的地位」の著しい低下があげられる。社会学でしばしば用いられるこの「社会経済的地位」概念は、個人の「学歴」や「職業」、「所得」などの要素によって規定されるものであるが、水産業の「職業」としてのステイタスや水産業から得られる「所得」が低下するなか、水産業は労働者(求職者)からみた産業としての魅力を低下させてきた。

また高等教育機関への進学率が2018年度には81.5%と過去最高を更新(4年制大学進学率も53.3%で過去最高を更新)していることにみられる、人材の「高学歴化」が続く状況は、歴史的に中卒者や高卒者を重要な労働力として獲得してきた水産業が、人材確保の機会を失いつつあることを意味していると理解することができる。これはいうならば、水産業が求める人材像と学校教育の現実が大きく乖離し、水産業は日本人の人材供給源を失った状態になっていることを示す。

女性の「高学歴化」も水産業にとっては厳しい現実を突きつける。かつては女性も重要な労働力として漁業を支えてきたが、高学歴化が進むなかで早々と海に出ることをやめている〔表-8参照〕。高等教育機関に進学すれば漁村に戻る機会も減少するだろう。女性の「学歴上昇婚」志向がみられるなかで、結婚というライフイベントもそれを後押しする。

表-8 中学校卒業者の漁業就業動向
表-8 中学校卒業者の漁業就業動向
注)各年度の「学校基本調査統計」より作成。

すなわち、男女ともに学歴水準が高止まりするなか、少子化という追い打ちをかけられた水産業は、就業者に対して現在のような「社会経済的地位」しか付与できないならば、十分な人材の確保は難しいことを覚悟せざるを得ないのである。

(2) 外国人労働力依存のなかでの将来展望

労働力構造の変化から明らかとなる水産業の厳しい現実は、水産業が外国人労働力なしでは存続し得ない「人材枯渇産業」であることを伝えている。そして、それを理解したうえで、本来は外国人労働力への依存という〝一本足打法〟ではなく、分野ごとにきめの細かい対策を講じて問題を少しずつ解消してく努力をすべき問題のはずである。しかしながら現在の様子をみると、問題のスタートラインとして認識すべき外国人労働力依存という現実が、問題の解決策としてゴールの扱いを受けている状態にある。

こうした状況においては、沿岸漁業では新規参入を広く受け入れる漁村の意識改革とともに、個人経営体を対象としたより加入しやすい、よりメリットのある「漁業者年金」制度の創出など、若者や新規参入者が安心して操業できる環境整備が不可欠であると思われる。そして法人化や共同施設化などを通して省力化・効率化を進めるとともに、労働時間の適正な管理や漁場利用体制の再構築を進めることが大切になろう。

養殖業においては、海上・水揚作業での機械化が進み労働力不足の顕在化には猶予があるが、産地・経営体が担う一次加工の部分はひっ迫感があるため、集中的にこの部分の問題解消を図ることが求められよう。従来の政策でも採用されてきた加工に関する機械化投資を、公的資金・低利融資などで粘り強く後押ししていく必要があろう。ホタテ加工では貝柱自動生剥き機が導入されつつある。こうした優良な事例の蓄積が望まれる。

また水産加工業は、外部からみれば食品製造業の一部であり、かつそのなかでも経営環境が厳しい状態(作業実態での劣位や原料確保の不安定性など)にある。労働力確保が難しい地域に存立しているだけでなく、資本力が弱く、また極端に低い利益率で経営している零細企業が散見されるため、外国人労働者の獲得を巡る食品産業分野での待遇競争などが生じれば、人材確保については予断を許さない状況に陥る。

このため水産加工業では、地域特性に応じた労働力確保策の展開が必要であり、やみくもに特定技能人材などの流動性のある労働力に依存した場合、最低賃金の高い都市部や待遇の良い大企業へ人材が流出する可能性が高い。外国人技能実習生への依存を深めざるを得ない現実を認めつつ、多様な労働力の確保と適正な待遇のもとでの活用が求められよう。この際、定住性の高い日系人社会との関係強化や、外国人材を対象とした福利厚生の充実などは大切な視点になるものと思われる。

技能実習生への依存を急速に拡大する漁船漁業(特に沖合漁業)分野では、操業の中核を担う日本人若年層を安定的に確保するための労働環境の改善が喫緊の課題であると指摘できる。商船に負けない船内環境を整備しつつ、労働災害発生率の低減に向けた具体的な対策で若者(とその保護者)に選ばれる安心・安全な職場環境の構築を目指すことが産業の維持に不可欠となっている。この点では、「低額働かせ放題」を抜本的に見直すための「船員法」改定も見据える必要があろう。また海技士確保のためにも、外国人依存に一定の歯止めが必要であり、漁船乗組員確保養成プロジェクトのような取り組みを通して日本人のキャリア形成を強力に支援し、技能の継承と資格者の確保を確実にしていくことが政策課題となる。

以上の細分化した対策に加え、安定した人材確保には水産業分野を取り巻くマクロ環境への目配りも欠かせない。現在の日本は、学歴と雇用形態、就労地域を主因とした労働者の階層化が進んでおり、漁業分野が効果的な人材確保策を展開するためにはそれらの現状把握が欠かせない。水産業分野だけを切り取って「成長」を目指す施策が計画・展開できるのかも含め、現状を慎重に分析・把握する必要がある。

この原稿を書いている2020年5月末現在、新型コロナウイルスの蔓延で日本はもとより世界が動揺している。パンデミックにより日本では外国人技能実習生の来日ができない、もしくは帰国できない事象が発生している。法務省出入国在留管理庁は3月19日、帰国できない実習生が継続して在留できる救済措置をとることを発表した。在留期間の延長、そして同じ職場であれば就労も認めるという。

本文でも触れた、日本最大級のホタテ加工拠点となっている紋別市(紋別市水産加工業協同組合)でもその影響は表出しており、2月入国予定者は受け入れることができたものの、3月25日を入国日としていた中国からの技能実習生48人が現地で待機状態となっている。6人を雇用予定であった6社、12人を雇用予定であった1社に大きな影響が出ている。3月中旬からは、沖合で漁場造成や一部ホタテの生産活動も漁業者によって開始されており、影響を受けている7社では生産ラインの変更でやり繰りしている。

しかし、現状で2〜3割の生産能力の低下が見込まれており、海上での本格操業がはじまる6月までに新型コロナウイルスの問題が沈静化しないと、これら水産加工場はさらに甚大な被害を受けることになる。また帰国予定の技能実習生も4月末現在、16人が日本から出国できずにおり、出入国在留管理庁は暫定的な措置として「特定活動」への在留資格変更による在留延長と就労を認める決定をした。現場では、雇用者・労働者ともに動揺している。

こうした事例は全国に広がっており、特例による救済措置は全国の生産現場の混乱を跡付けるものとなっている。日本国内での緊急事態宣言の解除があっても、相手国がある以上、国境を越えた人材の移動が再開されるまでには時間がかかるかもしれないし、新型コロナウイルスの世界的な流行がいつ再燃するかもわからない。水産加工業や漁船の職場環境が三密(密閉・密集・密接)になりやすいことも懸念事項としてくすぶり続けるだろう。外国人労働者に依存する産業界にとっては、第二波、第三波に怯え、身構えながらという極めて不透明感の強い状況のなかで経営を見通していくことを迫られている。

それだけではない。この新型コロナ禍が沈静化した後、すなわち「アフターコロナの世界」では、水産物需要がどうなるのかは未知数である。インバウンド需要の蒸発や所得低迷による高級食材消費の不振、さらには外食産業の疲弊の影響が長引けば、水産物消費が〝不要不急〟とされる可能性もゼロではない。輸出も世界経済の先行きによってはブレーキがかかろう。水産業界には、計り知れないアフターコロナを生き抜くための知恵と胆力が求められている。

そして労働の世界でいえば、今回の騒動はいかに日本の生産現場が深く外国人労働力に依存するようになっているかをうつしだすものとなっている。水産加工業はもちろん、漁船漁業もこの混乱とは無縁ではなく、高学歴化や少子化といった社会現象に対応できなかったことで、学校教育(人材養成機関)と産業の連続・連携が失われており、外国人依存による大きなリスクを内包した状態にある。そのリスクは、何らかのきっかけで国民への食糧供給に深刻な影響を及ぼしかねないことを、今回の地球規模での危機のなかにあって今一度考えてみたい。

主要参考文献

  • 三輪千年『現代漁業労働論』成山堂書店、2000年。
  • 佐々木貴文「カツオおよびかつお節の生産維持に果たす外国人労働力の役割—日本とインドネシアに注目した生産と労働の実態分析—」、地域漁業学会『地域漁業研究』(54-3)、43〜62頁、2014年。
  • 佐々木貴文・三輪千年・堀口健治「外国人労働力に支えられた日本漁業の現実と課題—技能実習制度の運用と展開に必要な視点—」、東京水産振興会『水産振興』(49-4)、1〜66頁、2015年。
  • 三輪千年・佐々木貴文・堀口健治「漁船漁業に従事する外国人技能実習生の重みとその特徴—熟練獲得からみた技能実習生の位置づけ—」、漁業経済学会『漁業経済研究』(61-2)、1〜13頁、2017年。
  • 堀口健治編『日本の労働市場開放の現況と課題:農業における外国人技能実習生の重み』筑波書房、2017年。
  • SASAKI Takafumi, Status of and measures for shortage of marine technicians in offshore/pelagic fisheries : Focus on fisheries high schools and the Project for Securing and Developing Fishing Boat Crew, Journal of the North Japan Fishieries Economics, 46, pp. 57-68, 2018.
  • 佐々木貴文「水産業における労働力不足と外国人依存がもたらす新たな課題」、湊文社編『アクアネット』(21-9)、22〜28頁、2018年。
  • 佐々木貴文「日本漁業と「船上のディアスポラ」—“黒塗り”にされる男たち」、『産業構造の変化と外国人労働者』明石書店、237〜258頁、2018年。
  • 佐々木貴文「漁業における労働力不足と人材確保策—外国人依存を深める漁業のこれからを考える—」、地域漁業学会『地域漁業研究』(59-1)、31〜41頁、2019年。
  • 乾直志・佐々木貴文「カキ類養殖業における労働力確保策の実態と課題—岡山県瀬戸内市で働くベトナム人技能実習生に注目して」、北日本漁業経済学会『北日本漁業』(47)、104〜115頁、2019年。
  • 佐々木貴文「日本漁業の〝生命線〟になる外国人—外国人漁船員の技能に注目した共生に関する一考察」、成蹊大学アジア太平洋研究センター『アジア太平洋研究』(44)、23〜44頁、2019年。
  • 佐々木貴文「漁業・水産加工業分野」、独立行政法人国際協力機構・アイシーネット株式会社『北海道における外国人材の現状・課題等に関する調査報告書』、37〜49頁、2020年。
  • 佐々木貴文「水産業における労働力構造の変化—特定技能制度導入の背景で起きていることとは」、漁業経済学会『漁業経済研究』(64-1)、25〜40頁、2020年。