本号は、2019年11月12日に豊洲市場講堂で開催された、2019年度東京水産振興会講演会「水産資源の現状とこれからの豊洲市場流通について」の第1講演で漁業情報サービスセンター和田会長が講演された内容を再構成したものです。
1. はじめに
わが国周辺の海洋環境は変化に富んでおり、それを反映して多様な水産生物が水産資源として利用されてきました。その一方で、成長・成熟や分布・回遊は様々な時間・空間スケールでの気候変動の影響を受け、量的な変動が大きいという特徴があります。特に、小型浮魚類と呼ばれるマイワシ、サバ類、サンマ、スルメイカなどのプランクトン食性の回遊性資源では、北太平洋の大気-海洋の循環システムの周期的な変動に対応し、数十年規模で大規模な変動を繰り返してきました。近年はこうした周期的変動に加え、水産資源や漁業への地球温暖化の影響も顕在化しつつあります。ブリ、サワラ、スルメイカなどでは、分布・回遊が北に偏り、漁場位置や漁期が変化して漁業にも影響を及ぼしています。シロザケでは、本州北部〜北海道沿岸域や北太平洋北部における適水温帯の出現時期の変化や縮小が個体の成長や生残りを低下させる可能性が指摘されています。

このような自然的な要因に加え、水産資源の変動には漁業の影響も無視できません。特に近年は、わが国のEEZ(排他的経済水域)に隣接する公海域や、東シナ海および日本海の隣接国との共同管理水域における外国漁船の活動が活発化し、違法・無報告・無規制(Illegal, Unreported and Unregulated ; IUU)漁業の横行も問題視されています。わが国周辺海域では、1997年以降、約50種80系群の水産資源を対象に資源評価を行い、主要な7種(マイワシ、マアジ、サバ類、サンマ、スケトウダラ、ズワイガニ、スルメイカ)については、年間の漁獲可能量(Total Allowable Catch ; TAC)を定めて管理してきました。また、マグロ類をはじめとするわが国EEZと公海域にまたがって分布・回遊する資源については、関係国で構成される国際機関により資源の評価と管理が行われています。しかしながら、わが国周辺の水産資源の半数がなお低水準にとどまっており、国際的な資源管理の取組みも現時点では十分とは言えません。
さらに、わが国においては近年少子・高齢化が進行し、2009年をピークに人口が減少に転じています。これにともない地方の水産業地域の過疎化も進行しつつあり、担い手の減少を通じて、水産物の生産や加工の継続を困難にしています。また、人口減少による内需の縮小や都市部への人口の集中は水産物の流通・消費にも影響しており、2001年をピークに1人当たりの食料としての水産物消費量も減少しています。
本稿では、以上のような背景を踏まえ、わが国周辺の水産資源の現状と今後の見通し、持続可能な形で利用するための課題などについて、私見も交えてご紹介します。講演会でお話させていただくとともに、水産振興への掲載の機会をいただいた一般財団法人東京水産振興会の渥美雅也会長はじめ関係の皆様に厚く御礼申し上げます。
和田時夫わだときお
【略歴】▷1954年6月生まれ。京都府出身。長崎大学水産学卒業。水産庁北海道区水産研究所、中央水産研究所勤務、水産研究・教育機構理事等を経て、2019年6月より漁業情報サービスセンター会長。日本学術会議連携会員、農学博士(東京大学)。専門は、水産資源学、水産海洋学。近年は、ICTや再生可能エネルギーを利用した水産業の振興、水産資源・海洋調査への環境ゲノムの応用等にも関心。主な編著書として、「マイワシの資源変動と生態変化」(1998)、「水産海洋学入門」(2014)、「水産海洋ハンドブック」(2016)、「Marine…metagenomics」(2019)など。
- 1. はじめに
-
2. 世界と日本における水産物の需給動向
- 2.1 世界の漁業・養殖業生産の状況
- 2.2 わが国における水産物の需給状況
- 2.3 主要魚種別・漁業種類別の生産動向
-
3. 水産資源の変動と管理
- 3.1 わが国周辺の自然環境と水産資源の構造
- 3.2 水産資源の特徴と管理の考え方
- 3.3 主な資源変動要因
- 3.4 北太平洋における周期的な水温変動
- 3.5 地球温暖化の進行にともなう水温上昇
- 3.6 モニタリングの重要性
-
4. 主要な水産資源の現状と見通し
- 4.1 わが国周辺の主要資源の資源量と漁獲率の関係
- 4.2 アジ・サバ・イワシ類
- 4.3 スケトウダラ・ホッケ
- 4.4 カツオ・マグロ類
- 4.5 サンマ
- 4.6 シロザケ
- 4.7 ブリ
- 4.8 スルメイカ
- 5. おわりに—資源管理の推進と生産・流通・消費の連携の必要性
- 参考引用文献