1. はじめに
洋上風力発電と漁業がどのようにしたら協調していけるのか、相変わらずその動向が気になっています。ここでは、
- ① 磯根資源、根付き資源を対象とする漁業
- ② 回遊魚を待って漁獲する定置網や固定式刺し網などの漁業
- ③ まき網、底びき網、浮きはえ縄などの沖合漁業
の3種に分けて、それぞれについて、その後の進捗の中で思うことを書いていきたいと思います。
2. 磯根資源、根付き資源を対象とする漁業
このタイプの漁業そしてその漁村では、風車の魚礁効果(蝟集効果)や施設の保守点検における漁船活用による漁業者の雇用など、洋上風力発電の事業者からメリットを比較的引き出しやすいわけですが、多くは共同漁業権の漁場内になります。もちろん、共同漁業権の漁場の中でも、自由漁業である釣り漁業など共同漁業権の対象にならない漁業も存在しますが、一般的な漁業者の感覚として、共同漁業権漁場はその関係地区(自然的及び社会経済的条件により漁業権に係る漁場が属すると認められる地区:漁業法第62条)の漁場という通念が存在するために、風車の魚礁効果や施設の保守点検での雇用創出といったメリットとセットの形で漁協内において関係地区組合員の合意形成を図り、案件形成を進めることが比較的には容易と言えます。
例えば、9月末に訪問した千葉県の銚子の場合は、共同漁業権漁場内とその沖合(領海内)が対象水域になっていますが、早々に漁協と商工会議所と市で (株)銚子協同事業オフショアウィンドサービスを作り、事業開始後の保守点検作業に備えておられます。もう一方の、魚礁効果についても、漁協の子会社 (株)銚子漁協共生センターを通じ、すでに (株)渋谷潜水工業が精力的に現地調査を行い、その結果を踏まえて魚礁効果とそこからしみ出す魚の効果での新漁場の形成を図ろうとされていました。
これらのことについては、「進む温暖化と水産業」第30回、第31回のコラムでもご紹介しましたが、共同漁業権は維持しつつも風車の周辺(例えばブレードの下)を資源保護のために禁漁するのであれば、県の漁業調整規則によるのか海区漁業調整委員会指示によるのか、他漁協の漁業者や遊漁者を含めて守られるルール作りが急がれます。ルールを作れば終わりということにはならず、ルール順守のための警戒・指導事業のようなものも必要となり、それがまた新たな仕事にもなるということだと思います。
一般論としては、潜水や固定式刺し網、釣りといった風車にダメージを与える恐れのない漁法(時化の時に操業はしませんから)について、風車の直下を含めて、漁場として引き続き利用していくという方法もあり得ます。より積極的に、藻類、貝類や定着性の水産動物については第一種共同漁業権で、さらには自らも魚礁設置を行いつつ第三種共同漁業権のつきいそ漁業権を設定して魚類を対象とした釣りも含めて漁場を管理するといったことも検討の価値ありです。このようにして遊漁を規制するだけでなく、海業振興の観点も持って、漁業者が使う風車と遊漁者が使う風車を分けてルール作りをするということがあってもいいと思います。遊漁者との共存ルールを沿岸漁場管理制度も活用して管理すれば立派な地域振興策になります。沿岸漁場管理制度については、第17回のコラムや末尾に示した参考文献なども参考にしてください。いずれにしても、海区漁業調整委員会、都道府県の水産部局と早めに検討を始める必要がありますし、何より発電事業者側との擦り合わせが重要です。
共同漁業権漁場では、合意形成が比較的には容易と書きましたが、共同漁業権漁場に風車が建設されることに同意する場合は、漁協としての総会(総代会ではだめ)の特別決議(水産業協同組合法(以下「水協法」という)第50条第4号)のほか、その漁業権の漁業を営む関係地区の准組合員も含む組合員の3分の2以上の同意(漁業法第108条)が必要になります。この漁業法の規定は、昭和の臨海開発の時代に、埋立対象となる関係地区とは別の組合員の多数で埋立に同意し裁判となった事例など、過去の苦い経験の中から今の規定ぶりとなったものです。法律の規定はそのようになっていますが、漁協は組合員のために直接の奉仕をすることを目的とするという水協法上の規定からしても、また、漁業に支障を及ぼさないことが見込まれるところに促進区域を設定するという再エネ海域利用法の考え方からしても、運用上もし実際に漁業を営む上で悪影響を受ける関係地区の組合員がいるときに、3分の2の多数決で一方的に押し切っていいという趣旨ではもちろんありません。
操業の支障となる行為について妨害排除請求や妨害予防請求ができるという漁業権の物権的性格からして、このような法定の手続きをしっかり踏む必要があります。あくまで漁協としての意思決定はこのような手続きを経て最終化されるからです。具体的な工事中の操業制限や建設後の操業制限については、なかなか明確にならないのが現実ですが、①法定協議会を開始することについての利害関係者としての同意、②法定協議会における促進区域の指定に際し「漁業に支障を及ぼさないことが見込まれること」の同意、③選定事業者が国交大臣に占用許可を申請する際に条件とされる法定協議会の構成員としての了解(「同意」と同義と思われる)と、④漁協内で具体的な操業自粛水域を決める各段階において、早め早めにこのような手続きを繰り返し行うことがトラブル防止のために重要でしょう。法的に厳密に言えば、具体的な操業制限の内容が決まっていない段階での「同意」や「了解」は、あくまで最終的に組合員の「同意」や「了解」が得られ、水協法、漁業法で定められた手続きがとられることを条件としてのものであることを理解してください。
3. 回遊魚を待って漁獲する定置網や固定式刺し網などの漁業
磯根資源、根付き資源を対象とする共同漁業権の漁場内の案件は比較的にせよ合意形成が容易とは書きましたが、隣接水域に、その水域を通って回遊する魚を待って漁獲しようとする定置漁業などがある場合に簡単ではないことについては、第7回で石川県の定置漁業者である窪川敏治さんがコラムにて紹介しています。魚が回遊してくるのを待って漁獲する漁業者にしてみれば、手前で魚を蝟集・滞留されたり、魚道を変えられたりしたら死活問題ということです。窪川さんから投げかけられた課題はなかなか難問で、福井県あわら沖は、国の整理として、有望区域とはならず準備区域のままで時間が経過しています。
同じような話として、佐賀県唐津市沖の案件があります。この案件については、4月に隣接する平戸市の勉強会に招かれたときのことを第20回のコラムで紹介しました。佐賀県は今年、この案件を準備区域から有望区域に格上げしてほしいと国に伝えましたが、国は県外の漁業団体といった利害関係者にも丁寧な説明が必要であるといった指摘とともに、有望区域としての要件を満たしていないと回答しました。
今後、佐賀県側がどのように動かれるのかは分かりませんが、風車群による回遊魚への影響についての知見が決定的に不足している現状では、影響を明らかにして合意形成を図ることは難問と言わざるを得ないと思います。
事例が積みあがることによって、このような難しさは徐々に関係者に共有されてきているとは思いますが、陸の人たちの期待感が大きいだけに危うさも感じます。できることなら、案件形成の早い段階で、定置網をはじめとする待ちの漁法との問題を水産部局の人間がもっと関係者にインプットするようにできないものでしょうか。過ぎたことは過ぎたことですが、これから案件形成がスタートするような都道府県におかれては、隣県まで目配りしながら水産部局がしっかり関与して欲しいものだと思います。
また、資源エネルギー庁は、大きな方針としてはセントラル方式を志向していると思いますが、すべての海域の案件をカバーできているわけではありません。こうした中で、漁業者や漁協が何も知らされていない状況、あるいは受け入れ可能な漁場をまだ提示していない状況で、事業者は早期運転開始を見込んで環境影響評価を実施しているケースが多くあります。この場合、巨大な発電出力で環境影響評価の準備書を策定すれば、それだけで漁業者や漁協には不信感が生まれ、最初からボタンの掛け違いが生じがちです。事業者がこうした動きをとることには慎重な判断、対応あるいは行政側の指導があるべきだと思います。
4. まき網、底びき網、浮きはえ縄漁業などの沖合漁業
これらの漁業は、基本的に、風車群との物理的共存はあり得ないことはこれまでも書いてきました。再エネ海域利用法をEEZにまで拡大する改正案は、
- ① 経産大臣は、関係行政機関と協議等をして募集区域を指定
- ② 募集区域に発電設備を設置しようとする者は、事業計画案等を提出して経産大臣と国交大臣による仮の地位の付与を受ける
- ③ 経産大臣と国交大臣は、事業者、利害関係者等による協議会を組織
- ④ 経産大臣と国交大臣は、協議会で協議が調った事項と整合的であること等許可基準に適合している場合に設置を許可
となっていました。
この改正案は、衆議院では全会一致だったものの、参議院では「継続審査」となりました。しかし、各党間に大きな争点はなくいずれ大きな修正はなく改正案は成立することが見込まれます。
(何もEEZまで行かなくても、共同漁業権漁場より沖側の洋上風車と沖合漁業との関係では、基本的には似たような問題があるのですが)これら沖合漁業は
- ① 風車(群)とは物理的・空間的に共存できないので、風車建設は漁場を避ける棲み分けが必要です。また、広域を操業海域とする沖合漁業者にとっては、関係する複数の計画の全体像の提示がなければ判断のしようがありません。
- ② 棲み分けがなされても、漁業者には風車により魚の回遊等にどのような影響があるのかの懸念は残ります。漁業者は林立する巨大風車に対し、漁獲しようとする魚が影響なく泳ぐのか、そこに滞留してしまうのか、魚道(回遊経路)を変えてしまうのか、その結果漁獲が減ってしまうのではないかということが不安なのです。第26回のコラムで和田時夫さんが指摘しているように、沖合で想定される浮体式の風車の場合、巨大な風車を支えるため、その浮体も巨大なものとなり、大規模な付着生物群集が新たに形成され、魚群を蝟集・滞留させる可能性があるのでなおさらです。
- ③ 仮に①と②に対応できたとしても、不測の結果として悪影響を受けるのではないかという不安はどこまでも残ります。また、不漁の結果が、風車によるものなのか、その他の原因によるものかの判断は漁業者だけの判断では難しい現実があります。
これらの問題に対しては、
①風況や水深等のデータに加え、漁業操業実態のデータを重ね合わせることにより、漁業関係者との事前調整を図りながら調整候補水域の全体像を示し、その中から募集区域を提示すべきだと思います。個別案件ごとに小出しに打診されても漁業者は判断できないからです。すでに水産庁は、大臣許可漁業についてだけですが、漁獲成績報告書をもとに過去10年の操業水域についての情報を公開しました。
今後、さらに知事許可漁業や自由漁業を含めて情報を収集整理していくことが必要です。
また、調整候補水域を見出す作業の際は、漁業関係だけでなく、外交、防衛、海運、環境等の観点も加え、政府内で作業をしてもらいたいものだと思います。衆議院で可決された際には、付帯決議で「我が国の実情を踏まえつつ、我が国独自の海洋空間計画の手法を早期に確立すること」とされました。このような調整候補水域が海洋状況表示システム「海しる」において共有・可視化されることは、昨年4月に閣議決定された海洋基本計画が求めていることだと思います。このことによって、事業者にとっても漁業者にとっても予見性が格段にあがることが期待できます。
②回遊魚への影響については、音響テレメトリー、バイオロギング、計量魚探などの技術を組み合わせた調査を明確化しようと、内閣府の事業として関係省庁にも参画いただき、「水産資源の回遊行動等の把握に係る調査手法検討会」が行われています。調査手法を明らかにすることによって、領海内ですでに建設されている洋上風車を含め、風車(群)に対する魚の回遊への影響について国が主導して知見の集積を進めることが沖合展開に備えて重要な布石になると思います。(それだけではなく、定置漁業に対する影響についても貴重な情報が集積されると思います。)広域に回遊する魚への影響調査を個々の協議会や企業あるいは地方自治体に任せようとしても手に負える話ではないことは、何度でも強調しておきたいと思います。
③広域に回遊する魚に合わせた影響調査(モニタリング)を国主導のセントラル方式で継続するとともに、不測の影響を受けた漁業者への支援の仕組が示されることが協議の促進のためには有効です。どのような仕組みがあるかはこれからの議論なのでしょうが、現在、個別の案件ごとに用意されている基金を事業者が合同で(仮称)漁業振興基金として用意することについても検討して頂ければと思います。
沖合域に展開される浮体式の洋上風車の場合、大規模な付着生物群集が新たに形成され、魚群を蝟集・滞留させる可能性があることは前述しました。風車群となった場合、風車間での影響の伝搬・累積がありますし、風車群同士の間での生態系影響の相互作用が出てきます。このような問題に、協議会ごと、その受注企業ごとに対応しようとしてもできるものではありません。セントラル方式で対応できる組織を考えていく必要があります。
また、回遊魚への影響を議論・検討する場は、単独の協議会ではなく、適宜、連合協議会を設けるべきでしょう。これは、法定されなくても、適宜運用の中で対応できることだと思いますが、今の段階から指摘しておきたいと思います。
モニタリングや変化への対応における地域レベルでの連携・協調の必要性
(出典:「進む温暖化と水産業」第26回要約版(水産経済新聞掲載) 和田時夫
「洋上風力発電における漁業・生態系影響調査のあり方ー今後へ向けた課題と展望」)
最後に、協議会間の連携の話は、実は沖合だけの問題ではありません。例えば、進行中の日本海側の共同漁業権漁場内での案件に共通する問題として関係者から懸念が示されている放流したさけ・ますの稚魚への影響(稚魚が風車の周りに滞留して被食されるのではないか)についても、個々の協議会、受注企業で対応するのではなく、統一した手法で関係する協議会、受注企業が連携した影響調査に取り組むべきだと思います。
参考文献
(沿岸漁場管理制度について)
-
改正漁業法における沿岸漁場管理制度の導入について
https://www.yutakanaumi.jp/assets/file/pdf/yutakanaumi/No061/No061-06.pdf
(漁業権の変更等についての漁業法、水協法の手続きについて)
-
漁場計画の樹立について(令和4年4月14日付け4水管第57号、水産庁長官通知)第2の5の(1)
https://www.jfa.maff.go.jp/j/enoki/20220414.html
(要約)漁業権に付けた条件に違反して漁業を営んだ者には罰則が適用されることから、規制内容の適否については、漁業取締り上の観点から必要に応じて各地方検察庁と協議する。特に共同漁業については、規制の必要があれば、原則として委員会指示や漁業権行使規則により対応する。 -
改訂3版 漁業制度例規集((株) 大成出版社)pp.944-945
漁場内にドルフィン型繋留施設設置に伴う漁業権の取扱いについて(昭和49年5月13日付け49水漁第2010号、水産庁漁政部長回答)
(要約)ドルフィン型繋留施設の設置について同意を求められ、漁業権共有者のうちA組合は理事会、B組合は総代会による決議に基づきそれぞれ同意を与え、C組合が「漁業権の変更」として総会に附議したところ法第50条の規定により賛成者が得られず否決された事例は、水産業協同組合法第48条第1項第9号(現行第8号)に該当し、同法第50条第4号の規定による総会の特別決議を要する。 -
改訂3版 漁業制度例規集((株) 大成出版社)pp.582-586
漁業調整委員会指示について(昭和25年12月27日付け25水第6732号、水産庁長官通達)別紙(二)(1)、(三)
(要約)委員会は知事の権限を犯すことはできない。許可の条件として付し得る事項についても指示の内容とすることは好ましくない。漁業権又は許可漁業以外の漁業、自由漁業について委員会指示が及びうることは当然である。
(連載 第33回 へつづく)