法改正に備え今から検討すべきこと
従来対象水域が領海内だった再エネ海域利用法(海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律)の改正法案が今の国会に提出されています。改正案では、名称も単に「…発電設備の整備に関する法律」とされています。施行はまだ先の話ですが、今から検討すべきことがあります。
法案では、EEZにおいて一般的に発電設備の設置を禁止した上で、発電事業者は政府が事前に決めた募集区域において実施計画の仮許可を受けた後、法定の協議会で関係漁業者等との協議が整った後、再度申請して禁止解除の許可をとる「2段階方式」が採用されています。そして、募集区域は、「発電事業の実施により、漁業に明白な支障が及ぶとは認められないこと」がその基準とされています(32条1項2号)。
漁業への影響については、工事中の制限や工事後の風車そのものが物理的障害になる漁業操業への直接的影響と漁場環境や水産生物への影響が間接的に漁業に影響する場合が考えられますが、EEZで操業するまき網、底びき網、はえ縄に代表される沖合漁業は、物理的に浮体式風車が林立する中で操業することなどできないので、直接的影響が避けられません。
このため水産振興コラム「洋上風力発電の動向が気になっている」番外編その2でAISデータを使った我が国沖合漁船の活動水域の概況を示して、沖合漁業と風車群との棲み分けの必要性を訴えてきました。下図はそれにその後のデータを若干プラスしたものです。
(岩手大石村学志准教授、武蔵大阿部景太准教授に依頼し、漁船のAISデータをもとに、機械学習漁獲行動分析により作成。
AISは、2021年漁船統計上、15t以上20t未満漁船で3割、20t以上100t未満漁船では7割以上、100t以上漁船では97%が装備)
改正法案によれば、募集区域は、経産大臣が、自然的条件等が適当である区域について、公告縦覧や関係行政機関との協議を行って指定するとされているので、水産庁を含む政府は、全船が装備しているわけではないAISのデータだけに頼るのではなく、漁獲成績報告書その他の情報に基づき、関係漁業者とすり合わせをしつつ、事前に「明白な支障」が見込まれる水域が募集区域に含まれることのないよう作業しなければなりません。同様に、外交、防衛、海運、環境などの観点から除外すべき水域も同様の作業をする必要があるでしょう。そうすると、我が国EEZ内の今後の「調整候補水域」とでもいうものが現れてきます。水深が深く現段階ではすぐに発電事業としての採算性の見込みがないといった理由から直ちにすべての水域が募集区域になることはないでしょうが、このような「調整候補水域」を知ることで、発電事業者も漁業者も将来の見通しをある程度持つことができるのではないでしょうか。その上で、その時点において実現性のある募集区域についてはまとめて公告されるべきです。募集区域の示し方が五月雨式では、漁業者は複数の風車群による複合的な間接的影響について判断しようがないからです。
そのようにして募集区域が決まっても、漁業者は、林立する風車群による間接的影響についての懸念を当然持つので、その懸念に応える漁業影響調査が重要になります。対象資源は多くの場合、回遊性の魚種であり、工事前、工事中、工事後に行われる調査は各募集区域ごとの協議会単位ではなく国主導のセントラル方式により行うべきです。(このような調査は事業者の責任という考え方がありますが、調査費用は後から事業者に応分の負担を求めることもできます。)
特に、林立する風車に魚がどのように反応するのか、蝟集するのか、影響を受けず回遊を続けるのか、それとも回遊経路を変えてしまうのか等々の知見が決定的に不足しています。今まで、そのような風車群がなかったのだから当然ですが、すでに港湾区域中心に風車が立ち上がって来ているのですから、それに対する魚群行動調査をすぐにでも開始して知見の集積に努めるべきです。このような調査は、風車の蝟集効果を期待しているような沿岸のそれぞれの協議会での議論に任せておいては進みようがありません。(第16回の北大宮下教授のコラムも参照)
さらには、工事後は、従来から行っている資源調査の結果とも照らし合わせながら全体としてモニタリングを継続し、評価していくことになるでしょうが、その結果、予期せぬ悪影響が認められた場合の救済、支援のための漁業振興基金を事業者側が用意することが漁業者の懸念軽減、協議促進のためには重要になると思います。複数の風車群の複合的な影響に応えるものですから基金は関係する事業者が合同で用意するのが適当ではないでしょうか。発電事業者サイドの検討をお願いしたいところです。
また、協議会発足後は、適宜、風車群の複合的影響を懸念する対象漁業者が関係する複数の協議会を束ねた「連合協議会」を開催するなどの漁業者目線に立った運営が協議促進のためには有効だと考えます。
領海内案件で思うこと
4月23日には、長崎県の平戸市において、隣県佐賀県領海内唐津沖の案件の影響について懸念、不安を有している長崎、佐賀、福岡の漁業者の研修会に参加してきました。
隣県事業への懸念、不安については、「進む温暖化と水産業」の第7回で定置漁業者の立場で石川県の窪川さんが詳しく、具体的に書いてくれています。平戸市のケースも、唐津沖の案件海域を回遊してくる魚を漁獲するひき網や定置網への風車群の悪影響を懸念するものでした。
どちらのケースも政府の整理上は、「一定の準備段階に進んでいる区域」と位置付けられていますが、関係漁業者の懸念は解けず案件進捗がない状態が続いています。
魚群行動調査の知見集積の必要性については前述しましたが、すでに建った風車における調査で得られる知見は、領海内案件を検討する上でも重要なものになると考えますし、そのようなデータもない中で漁業者の懸念が払しょくされるはずもありません。
領海内では、このような間接的影響への懸念が示されている案件の他に、中型まき網漁業の漁場など「明白な支障」が見込まれる水域での案件を形成しようとして頓挫している事例が散見されます。事業者による環境影響調査等で一部の漁業者が雇用されるというメリットがあったとしても、全体的見地からして、漁業関係者以外の地域振興への期待感をさんざん高めておいた後で、悪影響を受ける他の漁業者の反対により計画が進まなくなることの中長期的な漁業界へのダメージを懸念しています。それを避けるためには、領海内の案件についても、本当の初期段階で都道府県庁の水産部局や都道府県漁連などが、少なくとも直接的影響を受ける漁業者が存在する水域については案件形成が勝手に進まないように知事やエネルギー部局へ事前にしっかり働きかけることが重要だと思います。これから案件形成の動きが始まるような地域では是非検討をお願いします。
漁業の価値のアピールが重要
地球温暖化による水温の上昇はますます深刻であり、脱炭素の取組みが重要であることは繰り返すまでもありません。今回の法案でも、「漁業に支障を及ぼすおそれがないこと」(法案38条1項5号)が、風車建設許可の基準とされました。それでなくても海の環境が変わってきている中で、漁業者なら、出来ることならこれ以上海に手を加えずそっとしておいて欲しいと考えがちですが、海面の先行利用者である漁業者への法律におけるこのような配慮についてこれからも社会全体の理解が崩れないように、漁業界としても受忍できる範囲での協力は不可欠だと思います。また、自給力のある動物蛋白の供給者として、代船の見通しを含めて持続性のある産業の姿を見せていく必要があるだけでなく、「海上における不審な行動の抑止」(漁業法174条)その他の多面的機能についても国民からの認知度を高めていきたいところです(沿岸漁業については、そのための沿岸漁場管理制度の活用について第17回のコラムで触れました)。
最後に、漁業の持つ多面的機能の一つである「防人」としての機能を意識して、上図をもう一度眺めてください。我が国EEZの日本海において、大和堆周辺水域の特別な重要性がお分かりいただけると思います。同水域での操業は、主に日本海べにずわいがに漁業といか釣り漁業になります。特に、いか釣り漁業は、環境変動や大和堆周辺水域での中国船の大量漁獲などの影響をもろに受けてきましたが、今回の能登半島地震で更なる痛手を負ってしまいました。能登地区の速やかなる復旧・復興とするめいか資源の回復を祈りつつ、何とか日本海における我が国漁業活動の砦ともいえるこの水域での操業がこれからも継続できるようにと切に願うものです。