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水産振興コラム
20238
進む温暖化と水産業

第7回 洋上風力発電で漁業者が混乱している

窪川 敏治
㈲金城水産 代表取締役 / 石川県定置漁業協会 代表監事

「みなさんの隣接する海域が洋上風力発電の計画地に指定されました。つきましては、その後の漁業振興策についてご要望を伺えれば—。」

漁協支所に発電事業者が来て、いきなり地元漁業者にこう言い放ったのは、今から3年前、2020年3月のことだった。それまで、挨拶程度に当時の支所運営委員長や参事のもとは訪れていたようだったが、漁業者にとっては、何をいきなり、である。

『そこを計画地とすることに、事前に漁業者に相談はないのですか。』
 — 計画地の策定に関しては行政が行うことです。事業者は、行政が指定した計画地をもとに手を挙げるかたちなので、われわれにそう言われましても。

『県の水産課や県漁協は、まったく知らなかったと言っている。』
 — 計画地は県境を跨いで隣県にある。この場合、計画地の指定については制度上、当該県だけで行えてしまう。

いくら隣県といえど、計画地は漁港から9km、私の経営する定置網からは5km程度しか離れていない。漁業への影響が十分に考えられる距離であるのに、事前に何も聞かされていない。再生可能エネルギーの開発については、国のエネルギー事情を考えれば必要なことだと思うが、ここまで近い場合は別問題である。廃業さえも頭をよぎる。

加えて事業者は「洋上風車設置後の設備の2次的な利用で魚の養殖でも」と軽く勧めてきた。冬の日本海がどれだけ時化るかご存知ですか、回遊魚の魚道を塞ぎませんか、地先の海域で他地域の船が操業すると地元漁業者とトラブルになりやすいのをご存知ですか、事業者は海のことをまったく知らないのである。そもそも設備の2次的な利用、代替漁業を事業者が提案するあたり、洋上風車が現在行われている漁業に何かしらの影響を与えるという見立てなのだろう。

計画は隣県が勝手に進めようとしている、別の先行区域もまだまだ設置までは進んでおらず設置後の影響は分からない、どこの誰にどんな意見をすればいいかも分からない、私たち地元漁業者は混乱し、乱暴な話の持って来られ方に、洋上風力発電に対する最初の印象は最悪であった。

正しく理解し、正しく心配し、正しく意見すること

最悪なスタートを切ったが、その後、県の水産課と県漁協の助けも受け、有識者への聞き取りや別の先行区域への視察、意見交換を繰り返し、洋上風力発電への理解を深めていった。

事業者には洋上風車がもたらす魚礁効果についての調査依頼を提出し、水産庁には定置網漁業の洋上風力発電に対する考えを直接訪問して伝え、資源エネルギー庁には利害関係者の特定についての意見書も提出した。

洋上風車がもたらす魚道の変化が心配

海中の構造物として魚の蝟集効果を有するものを設置すると、そこが魚礁化して藻類、卵、稚魚、成魚といった小さな生態系のコロニーができる。縦に大きい構造物であれば湧昇流が発生し、そこはプランクトンが密になる。回遊魚にとっては餌場になるので、一定期間滞留することが確認されている。一見、魚が集まるようになるので漁業にとってもプラスになると思えるが、定置網漁業にとってはそう単純な話ではない。

定置網漁業は、待ちの漁業と言われ、漁場の選択性がない(一度設置した定置網の骨組みをアンカーごと動かすことができない)ため、定置網の前面に構造物が設置されれば、魚道が変化し、逆に魚が減る可能性がある。

(1) 魚礁による回遊魚の転向

定置網漁場における天然礁に関する魚群の行動(金 文官,有元貴文,松下吉樹,井上喜洋:日水誌,59(8), 1337-1342(1993))によると、すでに設置されている三重県の定置網において、来遊したカタクチイワシの行動を調べた結果、定置網の前面にある天然礁によって大半の魚群が転向し、定置網に入らなくなったことが確認された。

天然礁に集まった魚が定置網方向に泳いでくることを期待して
この場所を選んだと思われるが、結果として裏目になっている

洋上風車においても、それまで定置網に向かっていた魚群が魚礁化されたそこの環境で転向し、漁獲量が大きく減少する可能性がある。

(2) 構造物による回遊魚の分散

逆説的な説明となるが、石川県の定置網において、前面の別の定置網が廃業したことで、漁獲量がそれまでに比べて足し算になると予測していたところ、実際にはその2~3倍の漁獲が定常的に入るようになった事例がある。現場漁業者は「前面の定置網があった頃はそこで魚が散っていたのではないか」と分析する。

洋上風車においても、回遊魚がそれを障害物と認識して回避することで魚群が分散し、本来やってくるはずの魚群がずっと小さくなる可能性がある。

隣県の協議会に入れてもらえるのか心配

経産省と国交省が定めたガイドラインでは「関係漁業団体を含む協議会において、(中略)漁業への支障の有無を確認し、漁業に支障があると見込まれる場合には、促進区域の指定は行わない。」とあるが、それは協議会へ参加して意見を言えてこそのこと。利害関係者の特定について法律やガイドラインでは明確な基準が示されていない上、協議会が設置されるのはこちらに相談無く計画地を指定した隣県。となれば計画を円滑に進めるために協議会に私たちが呼ばれず、懸念事項を正式に表明する機会を逸する恐れがある。

—— 何としてでも協議会に入らなければ。

そこで当時、別の先行区域が7か所あり、各協議会の漁業関係の参加者を抽出することで、先行事例を踏襲する形なら、当該県外でも利害関係者になり得る根拠となると考えた。結果、計画地から少なくとも10kmの範囲内については、どの先行区域においても漁業者の利害関係を認めていることが分かり、私たちも利害関係者に該当することを資源エネルギー庁に意見書として提出した。

協議会では魚道の変化が起こらないであろう構造、設置を求める

1年以上に渡って熱を込めてこの問題に取り組んだ結果、今後何を求めていけば良いか整理でき、協議会に入れる合理的な理由も見つけられたので、当初の混乱は落ち着いた。

震災と原子力発電、地球温暖化と火力発電、電気料金の高騰など、今の日本のエネルギー事情を考えると、再生可能エネルギーの開発については、漁業者としても協力していかなければならない。一方、漁業は漁業で、新鮮で安全な食物を国民に提供する使命がある。

そこで、この定置網に隣接する海域であっても洋上風力発電の設置を検討するのであれば、次のことを協議会で求めていくつもりである。

  • 1.間隔を相当程度空けたり、1列配列にしたり、魚道の変化が起きない風車の配置にすること。
  • 2.魚道の変化が起きないために、風車の海中部分を魚礁化しない構造にすること。
  • 3.魚道の変化が起きないために、湧昇流の発生をできるだけ抑えた構造にすること。
  • 4.魚道の変化が起きないためには、魚に風車の支柱を視認させるのが良いのか、視認できないのが良いのかを検証し、風車の海中部分はそれを反映した色に塗装すること。
  • 5.1.~4.の各項目については、科学的な分析をもとにすること。
  • 6.プランクトンには正の走光性があり、そのプランクトンを捕食するために結果として魚(特にイカ)は光に集まる。風車の航空障害灯は下部を照らさないようにすること。
  • 7.各項目で求めていることは、現状、科学的な分析が進んでいない部分も多く、参考となる文献等も少ない。研究を重ねて最善を期すことはもちろんであるが、予測外の結果となることも想定し、設置後に検証ができるよう、カメラやソナー等を用いて効果測定を逐一行っていくこと。

要は、定置網漁業においては、その付近に洋上風車を設置するなら、魚が素通りさえしてくれればそれで十分ということである。ただ、海のことに詳しくないエネルギー側に「魚を素通りさせて」という結果だけを求めても何を考えてどうすれば良いか困るだろうから、科学的根拠や海で生きる者としての経験則を添えて、設置に向けた機能的な議論が進められるように、要求事項を事細かに列挙する必要があると考えた。風車と風車の間に網を張って、魚道を塞ぐように養殖用の生け簀をつくるなんてのは論外である。

漁業への支障の判断基準を明確にするつもりはないか、
改めて国に質問した

漁業者が初動で混乱する原因の一つとして、漁業への支障の内容や利害関係者の範囲が、法律やガイドランにおいて、ぼんやりとしか書かれていないことが挙げられる。そこで、再エネ海域利用法が施行されてから洋上風力発電と漁業の共生がずっと課題となって4年が過ぎた本年3月、漁業への支障の内容について、改めて次の質問を水産庁に投げかけた。

問.漁業への支障の有無を示すのは漁業者か、事業者か。そこに科学的根拠は必要か。科学的根拠が乏しく支障の有無が見込みでしか判断できない場合、計画は進むのか、止まるのか。 回答(抜粋)
協議会で判断される。

問.漁業の操業に対する支障の、操業とは具体的に何を指すのか。航路、漁場といった直接的なものだけか。魚道、水中音、振動、濁り等、とにかく漁獲量の減少が考えられる場合はすべて当てはまるのか。 回答(抜粋)
地域ごと、関係自治体や漁業団体での議論を経て決定される。

相変わらずぼんやりである。なお、利害関係者の範囲については、海はつながっているので具体的な線引きなどできるはずもなく、質問したところでぼんやり返されるのが自明なので質問すらしていない。

支障や範囲の判断基準を明確にしないのは、
むしろ漁業者への最大の配慮なのでは

判断基準を示さないのは、一見、いろいろなことを排除しようとしているように思うかもしれないが、先行区域を見る限り、逆に何でも取り上げて、すべて議論の対象にしているように思える。しかも後から新たな懸案事項が見つかった場合でも、利害関係者から漏れていようが、協議会が進んでいようが、合理的な意見が上がれば計画の進行が止まっている。これはエネルギー側が、対象海域の先行利用者である漁業者を最大限尊重している結果であろう。

逆に判断基準を明確にするということは、それに該当しないものは切り捨てるということになり、却って漁業者のためにならない。4年経過した今でも、質問書の回答の通り、国のその姿勢は変わっておらず、設置有りきで乱暴に加速していく姿勢は見られないので、漁業者はどの段階であっても、あきらめずに意見すれば良いと思う。

漁業者は科学的で合理的な意見を出すべきだが、
それがあまり得意ではない

本年6月に水産庁が実施した、漁協関係者向けの洋上風力発電の勉強会を視聴したが、4年経っても漁業側の対応力は一向に成長していないと感じた。漁業者は現状、計画地ごとに分断されており、先行区域での対応内容が情報共有されないために、新しい計画地が挙がる度に漁業者は混乱を繰り返している。

国のエネルギー事情を考えると、再生可能エネルギーの普及をさらに加速させないとならないのであって、漁業者は初動で混乱している場合ではない。そこで、国は議論の加速のために、先行区域における漁業者の対応事例をどんどん公表していくことを、このコラムの最後に提案する。協議会の議事録にある形式的で表面的なものではなく、前段階のヒアリングや、それこそこのコラム前半で私が書いたような核心的なもの、またいくつかの計画地では漁業者が混乱しつつも国に意見書を出したと聞いている。そういった中から、後発区域の漁業者が自身の海域にも当てはまるものを探し出せれば、漁業者は初めから頭が整理された状態で議論に参加できるようになる。

漁業者が足を引っ張るから洋上風車が建たない、と思われることは正直迷惑であって、機能的に協議を進めるための “仕掛け” を国は工夫すべきである。

洋上風力発電に関するコラム:
洋上風力発電の動向が気になっている 第1回

連載 第8回 へ続く

プロフィール

窪川 敏治(くぼかわ としはる)

窪川 敏治

1980年生まれ、漁業とは無縁な東京育ち。東京海洋大学資源管理学科卒。学生時代含め中学受験の塾講師を12年務め、2011年に石川県に移住転職。大型定置網漁業の㈲金城水産 代表取締役、石川県定置漁業協会 代表監事、石川県漁協加賀支所 地区総代、㈱船舶職員養成協会北陸信越 教員。水産庁・「漁業の働き方改革」実現に向けた調査事業検討委員会 委員(2018)、同・資源管理手法検討部会サワラ日本海・東シナ海系群 参考人(2023)。岩手大学(資源経済)および京都大学(資源解析)の研究協力も行う。