水産振興ONLINE
水産振興コラム
202411
進む温暖化と水産業

第30回 
ルポ 海と向き合う地域(千葉・銚子㊤) 
海の潜在力を探る

黒岩 裕樹
株式会社水産経済新聞社

漁業の未来をつくる調査
洋上風力発電との共生

千葉・銚子市沖に指定された約3,950ヘクタールの海域では、2028年9月から着床式洋上風力発電施設の運転開始を目指し、準備が進められている。20年7月、国の再エネ海域利用法に基づき、優先的に洋上風力発電事業が行える「促進区域」となったためで、同海域では52年1月までの約24年間、施設の稼働を予定している。

促進区域の範囲

計画では海域内に、高さ約250メートルの大型風車31基が、約1キロの間隔で建設される。1基の発電出力は13メガワットで、31基の合計が403メガワット。一般家庭で約28万世帯分の消費電力を賄うことができる。

洋上風力発電施設の建設にあたり、JF銚子市漁協が事前の協議会から提唱していたのが「漁業との共生」だ。そのため施設が建ったあとの海をどう利用するかを、事前に描く必要があった。

新たな漁業の可能性を探るため、調査を急いだ。発電事業者が三菱商事グループなどによるコンソーシアム「千葉銚子オフショアウィンド合同会社」に決まったのが21年12月。一方で27年2月から洋上工事を着工するスケジュールが示されており、風車が建つ前の海を知れる時間は限られているからだ。

ただ、促進区域は必ずしも “真っさらな海” ではない。沖合約3キロの海域に高さ126メートル、最大出力2.4メガワットの風車と風況観測タワーの各1基がすでに建っている。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の公募事業として、東京電力グループが研究を行っていたもので、13年に実証運転を開始。東京電力ホールディングス(株) として、19年から商用運転が始まっていた。

くしくも現在、銚子市沖で調査を行っている (株)渋谷潜水工業(渋谷正信社長)は、先行したこの施設の設置に携わった経験をもつ。渋谷社長は日本だけでなく、海外の港湾でも潜水事業を行う漁業共生調査の第一人者だが「ひと筋縄ではいかない海。(調査は)手こずるな」と直感したそうだ。

銚子沖は黒潮と親潮、利根川の3つの水が混じる。干潮時と満潮時は特に流れが急で、「阿波の鳴門か銚子の川口、伊良湖渡合が恐ろしや」と言われ、海の三大難所の一つとされてきた。そのため銚子には、他人のことなど構っていられないという意味で、「銚子の川口てんでんしのぎ」ということわざもある。「これほど手ごわい海もない」と渋谷社長が吐露するのも、無理はなかった。

ただ海流が速いうえ、川からの淡水流入で水が濁り、浅瀬は水温も低いからこそ、南方からの植食性生物が入り込みづらく、今も海藻などの磯根資源が守られている。

新規漁場になり得るか

渋谷社長が銚子市漁協から依頼された「洋上風力の漁業実態調査」とは、マイナス面を探す後ろ向きの内容ではなく、「漁業の未来をつくるための調査」だった。実際にこれまで、東京湾アクアラインの基礎工事や、長崎・五島市沖で国内初の浮体式風力発電施設の設置などに携わった経験から、渋谷社長は構造物次第で「海の生態系や漁業がよくなる」との考えをもつ。とはいえ、その効果を高める策は「海域によって異なる」そうだ。

では銚子の促進区域とその周辺の海に、潜在力はあるのか。22年度から開始した調査の初年度は、海底地形や海流、海藻などの分布も含め「銚子の海がどうなっているのか」についての見える化を、四季を通じて行う基礎調査に費やした。

潜水士や水中ロボット(ROV)による調査の過程で、先行施設の周辺にヒラメの姿が多く観測された。海中の構造物が小魚の生息場になり、それを餌にする底魚が増えていた可能性がある。過去に敷設した魚礁や天然の岩礁などには、イワガキが張り付いていた。

調査を通じて銚子沖に海藻が繁茂していたことを確認した

「この海なら人工物を入れても磯根資源が定着しそうだ」と、渋谷社長の報告を受け漁協は、23年10月に魚礁試験を開始した。31基の風車や送電線の敷設予定位置を避けた場所へ、2~3メートル角の小型魚礁5種類を5か所に設置し、その効果を観察する。結果を踏まえて、本格的な造成策を詰めていく考えだ。

昨年10月には試験礁5基が設置された

効果はすぐ表れた。敷設から間もなく、小魚や甲殻類のすみかになったことが確認された。水深や魚礁の形で集魚効果は異なるものの、渋谷社長が「思っていた以上」と驚くほど良好だった。

現在は年間を通じた集魚能力と、魚礁を中心に資源の分布が広がる “染み出し効果” を経過観察している。促進区域およびその周辺が、「新規の漁場になり得るか」という考察の立証に迫る。

調査には促進区域に接する、漁協外川支所の青年部も参加している。寿司屋や料亭などでも取引される高級ブランド魚「銚子つりきんめ」を主対象としているが、「今後も安定した漁獲が続く保証はどこにもない」との危機感を、少なからず抱いているためだ。

外川支所青年部と促進区域を調査する渋谷社長(左)

促進区域やその周辺に新たな漁場ができれば、キンメダイ漁から離れる期間を設け、漁場を休ませることもできる。近年はシケが多いが、沖に出られない日が続いたとしても、漁業収入は途切れない。

底びき網漁業からも熱視線が送られている。特に小型底びき網は禁漁期間が3か月もあり、収益を安定させるには副業が欠かせない。「この期間に兼業できる漁業があれば」との思いは強い。

銚子市漁協に所属する漁業者も、全国の漁村同様に後継者不足の課題を抱える。キンメダイや底びき網など資源管理を行いながら営む漁業で、より安定した収入の機会を得られれば、「若い担い手を少しでも呼び込みやすくなる」と考えている。

連載 第31回 海と向き合う地域(千葉・銚子㊦)・資源をどう利用するか へつづく

プロフィール

黒岩 裕樹(くろいわ ひろき)

黒岩 裕樹

1975年生まれ。98年北里大学水産学部卒。漁業に従事した後、2008年に水産経済新聞社入社。編集局に勤務し、23年から編集局次長。