全国初の沿岸漁場管理制度
このたびの能登半島地震における被災者の方々にお見舞い申し上げます。被災地の中でも大きな被害があったのが輪島市ですが、2023年10月6日、JFいしかわ輪島支所において全国第1号となる沿岸漁場管理制度について関係者からお話を伺う機会がありました。石川県の輪島地区では百数十人と言われる海女さんたちが、アワビやサザエの貝類、ワカメやイシモズクといった海藻類などを対象に漁をしています。その海女さんたちから磯焼けの兆候について報告がなされ、海域の環境悪化が懸念されたことから、水産多面的機能発揮対策事業も活用しながら、母藻の設置、ウニ類の除去、浮遊・堆積物の除去を内容とする藻場の保全活動を行ってきました。さらに9月1日の共同漁業権の切替に合わせ、全国で初めて、漂着物等の除去、有害動植物の駆除、アワビ等の種苗放流を内容とする沿岸漁場管理制度を導入しました。
知事から認可された沿岸漁場管理規程では、当面、活動費用は、賦課金等の自主財源、組合員の負担金と補助金とし、員外受益者からの費用徴収は想定されていませんが、必要となった場合には、本規定の見直しを行い、徴収する費用の使途及び額並びに算定の根拠を定めることや、員外受益者からの協力が得られなかった場合に知事にあっせんを求める際の考え方が規定されました。
ブルーカーボンの動向についての勉強会
このように新たな一歩を踏み出したばかりの輪島を地震と津波が襲ったわけですが、速やかな復旧がなされ、その上で、沿岸漁場管理の実が上がっていくことを願うばかりです。その機会においては、私からは、「ブルーカーボンによる漁村振興について」と題して情報提供し、Jブルークレジットの認証を受けることによりクレジット化して、藻場造成の活動資金に充てることができることなどについて説明をしました。
沿岸漁場管理制度誕生の背景
沿岸漁場管理制度については、水産振興ONLINE「ブルーカーボンで日本の浜を元気にしたい」の第2回でも紹介したところですが、この機会に少し硬い話にはなりますが、制度誕生の背景についてお話ししたいと思います。
明治以前においては、山林原野や用水などとの並びで「むら」の構成員が漁場を集団として支配し、その上に生産が行われていたと言われています。これを漁村による漁場の「所持」と言ったり、一村専用漁場と言ったりしますが、明治34年の漁業法により、この前浜の「場」の管理のうち、漁業を営む権利だけが地先水面専用漁業権として認められました。
私が、水産庁沿岸課免許調整係長としてはじめて漁業法の実務を担当した時、そのいろはを教えてくれた浜本幸生さんは、1996年のその著「海の『守り人』論」で、法例(明治31年6月21日法律第10号)第2条「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反セサル慣習ハ法令ノ規程ニ依リテ認メタルモノ及ヒ法例ニ規程ナキ事項ニ関スルモノニ限リ法律ト同一ノ効力ヲ有ス」(注、現在同様の規定が「法の適用に関する通則法」第3条にある)との規定を根拠に、民法は、海面の所有権ないし排他的支配を認めないので、地先水面を排他的に支配することはこの法例第2条によって否定されるが、地元の漁村が、漁協という組織によって、その地先水面の利用に関して、団体的に管理・調整するという慣習は、水面の支配ではなく、その管理の慣習として、法律と同一の効力を有すると主張されました。
当時、静岡県沼津市の内浦漁協と地元ダイビング業者団体が沼津市、地元自治会の立会いの下で協定し、その前浜で潜水する場合、1人当たり340円の潜水券を購入することとしていたのに対し、県外在住者が漁協の不法行為(詐欺)だとして損害賠償請求を提訴するということがありました(1993年)。これに対し、1審の静岡地裁沼津支所は、一村専用漁場の慣習も根拠に一応なり得るとしましたが、2審の東京高裁では一村専用漁場の慣習については根拠なしとの判断もあり漁協側が敗訴しました。その後、最高裁からの差し戻しがあり、東京高裁での差戻審では、多数が潜っていれば漁業へ影響があり漁業権侵害に相当し、受忍料をとるとしても、額が高くなく、無効なものとは言えないとして最終的に漁協が勝訴しました。
このように、伝統的な浜の慣習や「常識」に基づくルールも、地区外の者、特に都市住民との関係が深まるにつれてその安定性に陰りが見えてきました。また、額が高くないから無効とは言えないという高裁の言い方も、何が妥当な額なのかというところが曖昧で、ルールとしての安定性を欠きます。これに対し、元水産庁長官の佐竹五六さんは、2006年の「ローカルルールの研究」という著書の中で、できれば何らかの法的裏打ちがされることが望ましいと書かれ、我々後輩に宿題を残されました。
その後も、様々な場面で、漁業者、漁協と外部の者との間で金銭徴収をめぐる問題がありました。5年前の漁業法を改正する前段階での規制改革推進会議などとの議論の中でも、漁業活動が低下している中で、漁協が様々な形で、部外者から漁業権を盾に不透明な金銭徴収を行っているのではないかとの問題提起がありました。
そのような議論の中で、過去の歴史、浜本さんの主張や佐竹さんの宿題を思い起こしながら、浜の良き慣習、前向きな取組が一般国民から理解されやすく、法的に安定したものとなるようにしたいとの問題意識から生まれたのが沿岸漁場管理制度なのです。
この制度では
- ① 知事は、海区漁場計画に基づき、保全活動を実施する漁場ごとに漁協等(「等」は漁連、一般社団法人、一般財団法人)からの申請により、海区漁業調整委員会の意見を聴いて沿岸漁場管理団体として指定
- ② 指定された漁協等は、沿岸漁場管理規程を定め、知事の認可を受ける
- ③ 規定には、活動の目標や内容、費用の見込みに関する事項(構成員以外から協力を求める場合は、その算定根拠や使途等を含む)等を規定
- ④ 漁協等は、規定に基づいて保全活動を実施
することになります。
沿岸漁場管理制度の展開方向
過去には、栽培漁業の振興を図る観点から、沿岸漁場整備開発法に基づき、非組合員たる遊漁者から放流経費等の一部負担を求めることができる育成水面制度ができたものの、普及しなかった例もあります。沿岸漁場管理制度がその轍を踏まないためには、この制度についての関係者の理解増進が不可欠です。そういう意味では、無から有を生むのではなく、いまある現実をベースにして、その透明化を図りつつ、総合的にプラスアルファを志向していくべきではないかと思います。
具体的には、ダイバーとの調整だけでなく、放流資源を利用したり、例えばですがトイレ等の施設を利用する遊漁者への協力要請、費用負担要請、海岸清掃で受益する周辺住民への協力要請、費用負担要請、赤潮監視により受益する員外企業からの費用徴収など様々な展開が考えられます。
その中で、藻場造成の取組は、これまで漁業者自らの生産の場を守り育てるために行われてきましたが、この温暖化の時代、藻場が守られ、増大し、漁場が豊かになることがそのまま地球温暖化の対策にもなる時代になりました。そのような時代に、藻場造成の取組みで受益する非組合員、一般国民への協力要請、場合によっては費用負担の要請が必要となる時、漁村社会の内部ルールではなく、費用の積算根拠も明らかにした上で知事の認可を受けた取組としておくことが、トラブル防止のためだけでなく、漁業、漁村、漁協の多面的機能のPRにもなり、非組合員、一般国民からの理解・共感を得る上で有効だと思います。
敵をつくらず、味方を増やす
5年前に改正された現行漁業法の第174条には、漁業及び漁村が、環境の保全、海上における不審な行動の抑止その他の多面にわたる機能を有していることに鑑み、その機能が将来にわたって適切かつ十分に発揮されるよう漁協等の活動が健全に行われ、漁村が活性化するように十分配慮すると規定されました。漁業界としても、外部からの批判に対して釈明ばかりに追われるのではなく、積極的に自らの存在意義をアピールしていかなければなりません。漁師の家も少子化の時代、漁家の子弟だけで漁村の存続は図れません。10月に伺った大船渡での岩手水産アカデミー運営協議会では、外部から漁村に移り住んだ何人もの若者に出会いました。温暖化をはじめとする現在と未来の問題に前向きに取り組む姿勢をアピールしてこそ、外部の若者も漁村に移り住もうと考えるのだと思います。
温暖化が進み、人口が急速に減少する時代に、これだけで問題が解決するようなものでは当然ありませんが、漁業・漁村の存続を図るための一つのバックボーンとなる制度として沿岸漁場管理制度についての認識が広まればと願うものです。
さらに蛇足かもしれませんが、洋上風力発電との関係で、電力企業側の方々が事前の環境調査を行おうとする場合に漁協から請求される迷惑料や海面利用料といった名目のお金について、その根拠の不明確さについて抱く不満を聴くことがしばしばあります。参入したい企業側は直接的に漁協には不満は漏らさないのだと思いますが、ある意味、世の中にアンチ漁協、アンチ漁業の人たちを増殖させているようなものだと憂慮しています。この問題については、沿岸漁場管理制度で位置づけるよりは、各社がそれぞれバラバラに同じような調査をするのではなく、政府主導のセントラル方式で調査することが正解だと考えますが、漁協関係者にも、世の中を敵に回さない、味方を増やすということについてもっと意識して頂きたいと思って付け加えさせていただきました。