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水産振興コラム
20248
進む温暖化と水産業

第26回 
洋上風力発電における漁業・生態系影響調査のあり方
— 今後へ向けた課題と展望

和田 時夫
一般社団法人 全国水産技術協会

1. はじめに

地球温暖化の進行を抑制するため、再生可能エネルギーの開発・利用が世界的に進んでいます。わが国においても、海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律(再エネ海域利用法)が2018年に制定され、東北地方の日本海沿岸域をはじめとして各地で施設建設へ向けた動きが加速しています。さらに、現時点では継続審議中ですが、同法の改正[1]により対象海域をこれまでの領海・内水からEEZに拡大し、浮体式施設による展開が企図されています。

多数の洋上風車から構成され一定の海域を占有することになる発電施設(ウィンドファーム)の設置は、漁業をはじめとして、これまで海洋空間を利用してきた産業の活動に影響を及ぼすことが想定されます。また、海中・海上に大規模な構造物が設置されることにより、海洋生態系にも様々な影響が及ぶことが予想されます。このため、ウィンドファームの設置が漁業や生態系へ及ぼす影響の評価と対策が関係者にとっての共通の関心事項であり、そのための調査のあり方についても検討・提言が行われてきました。

調査に関する提言のうち、筆者が関係するものとしては、水産分野の技術系団体をメンバーとする海洋水産技術協議会(議長・長谷成人東京水産振興会理事)による「洋上風力発電施設の漁業影響調査実施のために」(2022年6月)[2]と、筆者が所属する(一社)全国水産技術協会が、それを具体的に発展させた「沿岸域・沖合域における洋上風力発電施設建設に伴う漁業影響調査実施要領」(2024年5月)[3]があります。これらは、既往の海洋・沿岸域開発における漁業影響調査をベースに、進行中の洋上風力発電の状況も踏まえて、水産現場の懸念に対応するための調査のあり方についての基本姿勢やガイドラインを示したものです。

また、工学系の研究者・技術者の集まりである海洋技術フォーラム(代表・佐藤徹東京大学教授)も、長谷氏と筆者も加わって「浮体式洋上風力発電の円滑導入に向けた提言書」(2024年5月)[4]をとりまとめ、そのなかで、漁業をはじめとする既往の活動の尊重と漁業・生態系調査の重要性と、それに基づく関係者の連携・協同した取組の必要性を指摘しています。

こうした提言は、今後実際に適用される過程で補強・改定が必要であるとともに、今後数10年に及ぶ事業期間を意識して、洋上風力開発と他の産業や地域との協調・共生の視点を加えていくことが重要です。そこで本稿では、浮体式風車による沖合域への施設展開など洋上風力発電事業の形態が変化しつつあるなかで、今後の漁業・生態系影響調査のあり方や進め方について、海外の事例も参考としつつ改めて考えてみたいと思います。

2. 想定される漁業・生態系影響

(1) 洋上風力開発事業の規模感

わが国における洋上風力発電の目標として、2030年までに10GW、2040年までに浮体式も含め30~45GWの案件形成が掲げられています(洋上風力の産業競争力強化に向けた官民協議会「洋上風力産業ビジョ、2020年12月15日[5]。最近の海外の事例をみると、浮体式の場合、1つのウィンドファームは出力13~15MW、風車径200m超の風車により構成され、総出力は1GW程度というのが一般的な規模感です。今後、わが国においても同様の規模のウィンドファームの建設が進んでいくことが予想されます。

風車間隔については、風車径を基準に風の方向に10倍程度、それと直角の方向に5倍程度が1つの目安とされています。しかしながら実際にはさらに間隔を空ける場合が多く、ウィンドファームの占有面積は、大きなものでは1カ所あたり数10km四方に及びます。政府の目論見に従えば、2050年頃には、こうしたウィンドファームが40カ所前後わが国周辺に出現する勘定になります。

(2) 全てを見通すことは難しい

洋上風力発電事業が海洋生態系へ及ぼす影響の評価は、生物多様性保全の点で重要であるとともに、漁業への影響を考える上でも基本となります。最近公表された米国海洋大気庁(NOAA)の報告書[6][7]では、発電施設の建設から運用に至る各段階において、海底地形や底質の変化、水平的・垂直的な流れの変化、工事にともなう騒音の発生、送電ケーブルの設置にともなう水中の電磁界の変化などが及ぼす影響や、その結果としての捕食者-被食者関係をはじめとする種間関係の変化や生物群集の組成の変化など、生態系の構造と機能に及ぼす影響が注目されています。

表1は、NOAAの報告書に基づき、生態系への影響が想定される項目を5つにまとめ、それぞれ、現在の知見、知見のギャップ、潜在的な影響、ギャップの解消や影響評価の手法の概要を整理したものです。5つの項目のうち、電磁界や騒音は、これまでも、各種の海底ケーブルや海中構造物の設置の過程で課題となり調査研究が進められてきました。水槽実験も可能であり、比較的知見の蓄積が進んでいる部分です。一方、人工構造物以下の項目は、今後の検討が必要な部分です。生態系のある部分に起こった変化は、種間関係を通じて他の部分に伝播しますが、その全体像を把握し予測することは容易ではないことが指摘されています。

表1洋上風力発電開発にともない生態系への影響が想定される項目別の、現在の知見、知見のギャップ、潜在的な影響、ギャップの解消や影響評価の手法の概要(文献[6]の図7を要約)。

漁業への影響については、洋上風力発電開発にともなう漁業操業の変化や停止が生産や経営に及ぼす影響とともに、収入減少や人口流出などを通じて地域社会の形成・維持に及ぼす影響が課題となります。また、漁場・漁期・漁法など漁業の操業形態の変化や漁獲対象資源の分布・回遊の変化により、漁業管理に必要なデータの取得に支障が生じ、データ収集の方式や漁業管理体制の変更が必要となる可能性も指摘されています。

既に洋上風力発電開発が進んでいる英国のIrish海の事例[8][9]では、ウィンドファームの建設により、その海域で行われていた底びき網の操業が困難となり、結果的に漁場が再配置され漁獲対象種も変化しています(図1)。漁場や漁獲対象種の変化には、水産資源自体の変動や海底の地形や地質なども影響していると思われますが、いずれにしても、こうした変化について、ウィンドファームの計画段階から具体的に予測できていた訳ではないようです。

図1洋上風力発電施設の稼働前後でのVMS(Vessel Monitoring System)による漁業操業時間の分布の変化。
文献 [8] に基づき一部修正・加筆。

このように、ウィンドファームの計画段階における調査においては、漁業や生態系に対し影響を及ぼす可能性のある事項についての洗い出しと現状把握は出来るにしても、影響が発現する時期や程度について定量的に見通すことは容易ではありません。効果的な影響調査を実施するとともに、変化が生じた場合に柔軟に対応するためには、事業者や漁業関係者をはじめとする関係者がこの点を理解しておくことも重要です。

(3) 浮体式施設の展開にともなう留意点

わが国周辺は大陸棚が発達せず、着床式風車によるウィンドファーム建設の適地は限られています。また、一般に沖合ほど風が強く風力発電には好適です。このため、再エネ海域利用法の改正や、今年度から開始される(国研)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による浮体式洋上風力発電の実証事業(秋田県南部沖、愛知県田原市・豊橋市沖)[10]を契機に、浮体式風車によるウィンドファームの建設が進んでいくものと予想されます。

浮体式施設は、風車の支柱自体に浮力を持たせる方式(スパー式)と、土台となる浮体を設置し、その上に風車を組立てる方式(セミサブ式、バージ式など)に大別されます。前者は、わが国では長崎県五島市沖で建設が進んでいますが、風車の大型化にともない、今後は後者が中心になっていくものと思われます。NEDOによる実証事業においてもセミサブ式による15MW超の風車の設置が予定されています(図2)。

図2 NEDOによる浮体式洋上風力発電実証事業のイメージ。
文献[10]より引用。

浮体式施設の場合は、風車の支柱を海底に固定するための工事が不要なため、着床式施設に比べて設置工事の期間短縮やコスト削減が期待できます。加えて、風車や浮体の係留索の固定部分をのぞき、海底地形・底質や底生生物相への直接的な影響を考慮せずにすみ、工事にともなう騒音や海水の汚濁などの面でも影響は小さいものと期待されます。

一方、浮体式施設では、浮体のタイプにもよりますが海中構造物が極めて巨大なものになります。例えば、セミサブ式の浮体は、3~4本の鋼製あるいはコンクリート製の円柱または直方体の浮体を連結したものであり、NEDOによる実証事業の場合では、浮体全体の幅:約80m、喫水:13m程度のものが計画されています。したがって、着床式施設に比べてより大きな付着基盤が創出されることになり、従来は存在しなかった大規模な付着生物群集が新たに形成される可能性があります。また、魚群を蝟集・滞留させる可能性もあります。

わが国周辺の風況や海底地形、漁業を含めた既存の海洋空間利用上の制約を考慮すると、洋上風力発電開発が可能な海域は必ずしも広いものではなく、ウィンドファームが隣接して設置される場合も出てくるものと思われます。しがって、漁業・生態系への影響におけるウィンドファームの相互作用や複数のウィンドファームの累積的な影響、沿岸域の生態系との相互作用などについても注意が必要です。

3. 調査の役割と進め方

(1) 順応的管理へ向けた取組

陸上生態系における人為的な環境改変の影響や自然再生の取組の効果の評価にあたっては、調査デザインとして、改変の前後での変化を対照区と比較するBACI(Before–After–Control–Impact)デザインが用いられることが多く、沿岸域の開発事業でも応用事例があります。また、風車あるいはウィンドファームからの距離に応じて建設前後の影響の程度を比較するBAG(Before–After–Gradient)デザインも提案されています。

しかしながら、海洋の物理化学的環境や生態系は連続的であり、今後想定されるウィンドファームの空間的な規模を考えると、適切な対照区を設けることは困難です。さらに、最近のように気候変動の進行にともないわが国周辺の海況が大きく変化し、水産生物の分布・回遊も大きく影響を受けているなかでは周辺の状況も変化しており、ウィンドファームの影響について、他の要因と区別して定量的に評価することは難しいことが予想されます。英国のIrish海の事例では、ウィンドファームの建設後その近傍での漁獲量は減少しましたが、同時に漁業管理機関により設定された許容漁獲量(TAC)も減少しており、ウィンドファーム建設の影響を評価するには至りませんでした。

こうしたことから、ウィンドファームの建設にともなう漁業や生態系への影響に対する現実的な対応としては、影響が予想される事項を対象に継続的にモニタリングをおこない、変化が観察されれば、関係者が協議・連携して可能な対応策をとることが考えられます。これは、生態系の管理において一般的な順応的管理(adaptive management)の考え方に相当します。わが国の水産資源を対象に行われている資源調査と評価、それに基づく漁獲規制などの管理の実施もこの一例です。

回遊性魚類、とりわけクロマグロ、ブリ、サケなどは、わが国の沖合漁業や定置網漁業の主要な対象種です。今後沖合域に建設されるウィンドファームの影響を検討するためには、計画段階および運用中を通じた継続したモニタリングが必要です。幸い、内閣府総合海洋政策推進事務局の主導により、長谷氏を座長として「水産資源の回遊行動等の把握に係る調査手法検討会」が組織され、回遊性魚類を対象とした調査デザインに関する検討が始まりました。大日本水産会の高瀬美和子専務理事や全国漁業協同組合連合会の三浦秀樹常務理事を含め各方面からの有識者で構成されており、筆者も参加しています。

検討会では、バイオロギングやバイオテレメトリーなど効果が期待されている手法をベースに、場面に応じた手法の選択と組合せなどについて、実際に影響評価調査を行う上での指針作りを目指して検討が進められていくことになります。言うまでもなく、これらの回遊性魚類の分布・回遊は気候変動の影響も受けて変化します。気候変動の影響も含めた変化の検出と総合的な評価が可能な調査設計となるよう努めたいと思います。

(2) 新規手法の導入

漁業・生態系への影響調査を適切かつ効果的に実施する上で、最近の科学技術の成果を踏まえた新規手法の導入が必要です。

最近ァームの存在によ従来の調査船による水産資源調査の継続が困難になることを指摘した論文[11]が発表されその対応として米国NOAAでは自律的に航走が可能な水上無人(Uncrewed Surface Vehicle: USVによるウィンドファーム内の調査を試行していま(図3[12]。一方ウィンドファームの運保守(Operation and Maintenance: O&M)のため、水中無人機(Uncrewed Underwater Vehicle: UUV)による風車基部や海底ケーブルの点検が行われており、わが国でも導入される方向にあります[13]。今後、漁業と発電事業の協調・共存、施設の安全・円滑な運営を図るため、水上/水中無人機による漁業・生態系影響調査と施設の運用・管理のための点検活動との連携を進めていく必要があります。

図3NOAAによる洋上風車周辺の調査に使用されたUSV(仏国Exail社製、Drix。全長約8m、船体下部に吊り下げられたゴンドラに各種の音響機器を搭載)およびUSV Drixによる洋上風車周辺の予定航跡図の例(いずれも文献[12]より引用)。

また、全国水産技術協会の要領[3]でも述べているように、風車周りやウィンドファーム内における生物種の出現状況や生態・行動の変化についても、試験操業や潜水調査などを基本としつつ、UUVやROV(Remotely Operated Vehicle)による観察など、新しい手法の導入を検討していく必要があります。ウィンドファーム周辺の広い範囲の流動状況や基礎生産の状況の把握には人工衛星による水温や水色のモニタリングが効果的です。様々な手段・方法で得られた観測結果を統合する上ではECOPATH/ECOSIMなどの生態系の栄養段階に基づくシミュレーションモデルの活用[6]が考えられます。また、結果の可視化にはGIS(地理情報システム)の活用が効果的です。

洋上風力発電開発と漁業や地域社会との協調・共存を図る観点からは、風車や浮体自身を各種のモニタリングのプラットフォームとして活用することも重要です。施設の運用・保守のためのセンシングシステムと、漁業・生態系影響評価のためのモニタリングシステムを連携・統合させることができれば、ウィンドファームの作動状態とファーム内外の環境や生物の状況についてのデジタルツインの構築が可能となり、利害関係者が漁業・生態系への影響や効果を確認し対応策や活用方針を協議する上での強力なツールとなることが期待されます。

(3) 広域的な連携

今後のウィンドファームの配置にもよりますが、隣接するウィンドファーム間や沿岸域の生態系との間での相互作用により、影響が広域に及ぶ可能性があり、注意して変化を観察していくことが重要です。このため、全国水産技術協会の要領[3]や海洋技術フォーラムの提言書[4]でも指摘・提案しているように、ウィンドファームの建設が承認された海域単位で設置される複数の法定協議会の連携した取組が必要です。先に紹介したNOAAの報告書[6]においても、海洋生態学的な影響は、風車からウィンドファーム、さらには海域全体に及ぶ空間スケールを持ち、そのモニタリングは地域規模で行う必要性を指摘しています(図4)。

図4 洋上風力発電施設の生態学的影響の空間スケールの概念。
(文献[6]の図10を引用)

連携を円滑に進めるためには、「海シル」(海上保安庁海洋情報部)などのデータプラットフォームを活用して、それぞれの海域における取得データの共有化や、既往の公的データの統一的な活用を進めることが必要です。また、基本的かつ共通的な事項については、調査の内容や手法を標準化することも、調査結果の客観性を高め、海域間での統一的な評価と連携した対策を立案・実施する上で効果的です。先に紹介したNEDOによる浮体式洋上風力発電の実証事業[10]において、こうした点についても取組が進むことを期待しています。

4. 今後に向けて — 共生の視点の重要性

洋上風力発電事業は、ウィンドファームの建設や送電ケーブルの埋設にとどまらず、その維持のためのバックヤードとなる港湾施設や各種のインフラの整備など、陸域で展開される事業を含めた長期的かつ総合的な事業です。新たな雇用の創出や需要の喚起など地域の社会・経済に及ぼす影響にも大きなものがあります。このため、ウィンドファームの建設中や完成直後から現れる短期的な変化への対応にとどまらず、中・長期的な漁業振興や発電された電力の地元での活用を含めて、洋上風力発電事業と漁業を含む地域社会との共生を図る視点と取組が必要です。

再エネ海域利用法が定める海域占有期間は1期30年です。30年先を考えると、今後相当な対策を講じるにしてもわが国周辺の地球温暖化はさらに進行し、少子・高齢化や人口減少も加速することが予想されます。漁業も水産資源も現在とは大きく様変わりする可能性があります。洋上風力発電事業の継続にとっても、施設を構成する部材の生産・供給や施設の運用・保守を担当する人材の確保の面で、人口減少は大きな課題です。漁業振興策を考えるにしても、現に漁業を営んでいる漁業者の理解と共感が得られるものであるべきことは言うまでもありませんが、今後予想される漁業の生産体制や流通・消費構造の変化や養殖業の展開などについても取り込んだ計画案の策定や、隣接する法定協議会との連携など広域的な対応が望まれます。

加えて、再エネ海域利用法の改正法の衆議院での可決に当たっての付帯決議[14]の1つとして、海洋空間計画の推進が決議されました。海洋空間計画が、洋上風力発電事業と漁業をはじめとする既存の海洋空間利用との棲み分けを図るだけでなく、海洋空間を利用する新旧の事業の共生の視点を組み入れた新しい海洋空間利用の秩序形成へ向けた、関係者の協議と合意形成の手段として機能することを期待したいと思います。

連載 第27回 へつづく

プロフィール

和田 時夫(わだ ときお)

和田 時夫

1977年長崎大学水産学部卒業。(国研)水産研究・教育機構理事、(一社)漁業情報サービスセンター会長を経て、2023年7月から現職。専門は、マイワシなどの小型浮魚類の資源動態と資源管理。近年は、ICTや再生可能エネルギーを利用した水産業の振興や温暖化対策、ICTやロボット技術の水産資源・海洋調査への応用などにも関心。農学博士(東京大学)。