1. はじめに
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、2019年12月末に中国湖北省の武漢市で感染例が見つかり、日本では2020年1月15日に初の感染者の報告、3月下旬に都市部で集団感染が発生し、4月初旬をピークとした最初の大流行(後に第1波と呼ばれる)が生じた(土橋ら(2020))。その後、ワクチンの普及が進んだものの、様々な変異株も出現し、日本国内では2023年1月現在においても第7波の最中にある。人命や健康だけでなく個人の生活様式や経済・社会にも脅威となる「コロナ禍」として、今なお深刻な社会問題となっている。
新型コロナウイルス感染症の流行を避けるために、密閉、密集、密接のいわゆる「3密」を避けることが重要であることから、日常生活のコミュニケーションの一部にもなっている食のあり方に大きな影響があった。飲食店の営業短縮・休止による外食の減少や消費者の外出自粛による家庭内消費の増加によって、我々の食生活が大きく変化した。農畜産業や水産業から得られた一次産品が製造・卸売業、小売・外食産業を経て消費者へと届くフードシステムの相互関係のなかで、川下の小売・外食産業や消費者の実態が様々なメディアで取り上げられたことは記憶に新しい。
他方、食料の安定供給を担う卸売市場などの川中の実態は、意外にも広く知られていない(上田・新山(2020))。例えば、第一次緊急事態宣言終了時点までの新聞記事を分析した研究によると、川上・川中への影響は一般紙ではほとんど報道されていない(上田(2021))。また、本稿の関心事である水産物の中央卸売市場へのコロナ禍の影響についても、京都市中央卸売市場を対象としたアンケート調査(上田・新山・大住(2021))や東京都中央卸売市場豊洲市場(以下、豊洲市場)を対象とした聞き取り調査(婁(2022))が存在するが、ポストコロナ時代を見据えるにあたって必ずしも十分とは言えない。多くの人々がアクセス可能な情報を一層充実させることは有意義であると考えられる。そこで、本稿では、筆者も調査メンバーの一人として関わった豊洲市場の買出人に対するアンケート調査から、コロナ禍に関する内容の一部を取り上げて紹介する。
また、人文・社会科学のデータ分析において、近年、伝統的な社会調査では扱うことができなかったデータの利用や高精度の分析が可能になりつつあることから、そうした視点から筆者を含むメンバーで取り組んでいる研究内容も紹介したい。具体的には、中央卸売市場の水産物価格に対する機械学習の適用と価格予測に基づくコロナ禍の影響の定量化に関する研究である。
これらの異なる研究アプローチの視点は、社会調査の研究現場で起こっているドラスチックな変化の側面を映しており、水産分野の社会科学にとってそれ自体重要である。以下では、その急激な変化について概観した上で、上記の2点の研究を紹介する。
大石 太郎おおいし たろう
【略歴】
2009年 京都大学大学院経済学研究科単位取得退学(同年、京都大学博士(経済学)取得)
2009年 株式会社アミタ持続可能経済研究所研究員
2011年 東京大学大学院農学生命科学研究科特任研究員
2013年 福岡工業大学社会環境学部社会環境学科助教(2015年、准教授)
2018年 東京海洋大学学術研究院海洋政策文化学部門准教授
専門分野 水産経済学、消費者行動論、社会調査分析