水産振興ONLINE
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2023年3月

コロナ禍が水産物中央卸売市場にもたらした影響の考察
~伝統的な社会調査と新たなデータサイエンスの視点から~

大石 太郎(東京海洋大学 学術研究院 海洋政策文化学部門 准教授)

3. アンケート調査による買出人の実態調査

(1) 調査の概要

まず伝統的なアプローチによる研究として、筆者がワーキンググループの委員メンバーとして携わった豊洲市場の買出人へのアンケート調査におけるコロナ禍の影響に関する質問と回答結果を紹介する。本調査は、一般財団法人 東京水産振興会が調査研究事業の一環として計画したもので、日本で新型コロナウイルス感染者が初めて確認された1年後から1か月間(2021年1月15日(金)~2月15日(月))にわたって実施された。調査は、郵送または手渡しで配布された自記式質問紙で行われ、配布数2,338部に対する有効回答は806部であった(有効回収率:34.5%)。なお、本調査は、築地市場から豊洲市場への移転に伴う変化などに関する質問を含むアンケート調査内容であるが、今回はコロナ禍の影響に焦点を当て特筆すべき結果を紹介する2)

(2) コロナ禍による仕入れと販売価格の変化3)

コロナ禍の影響について、水産物の仕入れ先の数、仕入れ価格、仕入れの総額、仕入れの頻度、販売価格、売上高、客足の7つの項目別に、豊洲市場の買出人に尋ねたアンケート結果を示したものが図2である。

図2 コロナ禍の影響(7つの項目別)
図2 コロナ禍の影響(7つの項目別)
出所:婁ら(2021a)のデータをもとに筆者作成。
注:無回答・無効回答(NA)を取り除いた割合を表示している。

この図2から、「低下・下落した」が最も顕著であった項目は客足(86.1%)であり、水産物の売上高(78.4%)と仕入れの総額(72.4%)がそれに続いた。新型コロナウイルスへの感染回避に伴い客足が減少し、水産物の販売不振が生じ、仕入れが消極的になったという構図が読み取れる。

また、「変化していない」は水産物の販売価格(60.4%)で最も高い値を示した。コロナ禍が経済に大きな影響を及ぼしたにもかかわらず、水産物の販売価格が変化していない割合が高かった理由として、経済学的に2つの解釈が可能である。一つは、消費者の外出自粛による需要曲線の左シフトと店舗の時短営業・休業による供給曲線の左シフトが同時に生じた外食型の業態が多く存在したことである(図3の左図)。もう一つは、消費者の「巣ごもり需要」による需要曲線の右シフトと外食店に向かうはずの水産物が流れたことで供給曲線の右シフトが生じた小売型の業態が多く存在したことである(図3の右図)。いずれの場合でも販売価格はあまり変化しないが、需給量は大きく増減する。コロナ禍では、外食型の業態では多くの買出人とその仕入れ先の卸・仲卸業者が「負け組」に、小売型(特にスーパー)では「勝ち組」になったことが示唆される。

図3 外食型と小売型の業者で生じた変化
図3 外食型と小売型の業者で生じた変化
出所:大石(2022a)。

新型コロナウイルス感染症の流行による水産物の仕入れの総額と売上高への影響について業態別に表示したクロス集計の結果を示したものが図4である。寿司屋、飲食店(寿司屋以外)・旅館・ホテル、卸問屋(商社含む)、納め屋に比べて、鮮魚専門小売店や食品専門小売店、スーパーでは「上昇・増加した」の割合が高く、とりわけスーパーでは半数以上の業者で仕入れの総額と売上高が増えていた(いずれも52.0%)ことが確認できる。

図4 コロナ禍の影響(仕入れ総額、売上高)
図4 コロナ禍の影響(仕入れ総額、売上高)
出所:婁ら(2021a)のデータをもとに筆者作成。
注:無回答・無効回答(NA)を取り除いた割合を表示している。

以上の分析結果から、コロナ禍のもとで外食型の業者は、小売型に近いビジネスモデルを柔軟に展開することが重要である。在宅ワーカーの自炊や中食の増加に対応しつつ、飛沫感染の恐れがない販売形態として、店内のテークアウトに加えて、自宅への配達代行サービス(ウーバーイーツや出前館など)を導入する、急速冷凍やミールキットにした食品を電子商取引(Electronic Commerce: EC)サイトで販売するなどが考えられる。

その際、産地の生産者からの直販という競合的な販売チャネルも増えつつあるため、競合商品との差別化を図るために、品質や品揃えといった豊洲市場の優位性を「豊洲ブランド」として生かすことが重要になると言えるだろう。

(3) コロナ禍による来店頻度の減少4)

豊洲市場への来店頻度について、移転前(2017年度)、移転後・コロナ禍以前(2019年度)、移転後・コロナ禍以後(2020年度)の3つの時期別に、豊洲市場の買出人に尋ねた結果が図5である。

図5 豊洲市場への来場頻度
図5 豊洲市場への来場頻度
出所:婁ら(2021a)のデータをもとに筆者作成。
注:無回答・無効回答(NA)を取り除いた割合を表示している。

豊洲市場への来店頻度が「ほぼ毎日」であると回答した買出人は、移転前には50.7%を占めたが、移転後に43.3%に、さらにコロナ禍以後は35.5%まで減少した。他方、「週1~2日」という買出人は、同じ期間に、20.2%から26.5%へ、そして34.3%へと増えている。コロナ禍以後においても最も多い回答は「ほぼ毎日」であったものの、移転およびコロナ禍を経て来店頻度は顕著に減少しており、「週1~2日」、「ほとんどいかない」にシフトしたことが窺われる。

仕入れ方法の変化を把握するために、豊洲市場における注文方法を尋ねた結果を示したものが図6である。この図6では、「事前注文なし(現場で吟味)」が減少傾向にある一方で、「(自社・相手業者の)注文システムやメール」や「LINE等」が増加傾向にあることが分かる。

図6 豊洲市場における注文方法
図6 豊洲市場における注文方法(複数回答可)
出所:婁ら(2021a)のデータをもとに筆者作成。
注:無回答・無効回答(NA)を取り除いた割合を表示している。

こうした来店頻度の減少や注文・配送の増加は、豊洲移転に伴う交通アクセスの悪化や新型コロナウイルスへの感染対策に対する買出人の対応を反映していると考えられる。このうち来店頻度の減少は、買い出し時間や交通費の節約になるが、食品ロスにもつながり得る。例えば寿司店などで、不足する食材を小まめに買い足しに行かず、予測で多めに仕入れるとなると廃棄リスクが高まり、コスト増の要因になる。こうした買出人では、ネットの事前予約・決済システムを活用するなどによって廃棄リスクを抑えることが重要になる。食事券をネットで事前販売し予約期限を数日前に設定しておけば、必要な食材を事前に把握でき、無断キャンセルの料金も回収できる。

他方、注文・配送を増やせば食品ロスは防げるが、買出人がじかに現物を確認できないため、買出人のニーズの把握や仲卸業者の目利きなどについての互いの信頼が前提として必要になる。豊洲市場では、築地時代から築かれてきた信頼関係という無形の資産を移転後またはコロナ後も活用できるが、交流の活発化などを通じて、さらに信頼関係やネットワークを拡大・深化させる意義が増している。ある社会における信頼関係やネットワーク、規範の存在は、その社会の生産性を高めることが社会関係資本(Social Capital)に関わる学問領域で明らかにされている。そうした学問的知見を豊洲市場に活かしていくことも有効と考えられる。

以上は豊洲市場への来場の減少を前提とする対応であるが、来場そのものを増やす努力も重要である。仲卸業者が売りたい商品を買出人に買ってもらう「押っつけ」や買出人が買い回りのなかでお買い得の商品を見つけ予定に無かった商品を購入する「ついで買い」が減ることで、市場での取引額が減少してしまうことが現場の仲卸業者の懸念として挙がっている(阿高(2020))。新型コロナウイルスへの感染予防のために来場頻度を減らした買出人の来場を増やすうえで検討の余地のある方策として、非混雑時間帯の駐車場料金を安く設定するダイナミックプライシングの導入が挙げられる。来場者の駐車場料金の負担を減らすと同時に混雑の緩和が期待できる。

  • 2) コロナ禍の影響以外の全ての質問と回答を含む買出人へのアンケート調査結果は、報告書として婁ら(2021a)にまとめられ、関係各所に提出された。なお、豊洲市場の仲卸業者に対しても同様の調査が行われており、その調査内容は婁ら(2021b)に収められている。
  • 3) ここでの考察は『水産経済新聞』に初出掲載された筆者の論考(大石(2022a))に基づいている。
  • 4) ここでの考察は『水産経済新聞』に初出掲載された筆者の論考(大石(2022b))に基づいている。