水産振興ONLINE
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2023年3月

コロナ禍が水産物中央卸売市場にもたらした影響の考察
~伝統的な社会調査と新たなデータサイエンスの視点から~

大石 太郎(東京海洋大学 学術研究院 海洋政策文化学部門 准教授)

5. おわりに

本稿では、伝統的なアンケート調査と新たなデータサイエンスに基づく研究の紹介を通して、コロナ禍の水産物中央卸売市場への影響について明らかになっていることを示し、対策や政策について論じた。それらの結果から、アンケート調査が現場の実態把握に必要な豊富なデータの提供に役立つ一方、二次データやビッグデータにAIを応用した分析では将来予測や経済ショックの定量的把握を高精度で行える可能性が広がっており、それらを併用することで水産物中央卸売市場の発展に向けた知見を増やせることが示唆された。

こうした新旧アプローチの棲み分けは、水産物の安定供給において重要な役割を担う中央卸売市場のさらなる発展に向けた今後の分析においても保持されると考えられる。例えば、コロナ禍や豊洲移転によって、どのような買出人が来場しなくなったのか、どうすればそうした買出人に戻ってきてもらえるのかといった今回紹介したアンケート調査では明らかにされなかった問題を今後明らかにしていくためには、コロナ禍や豊洲移転以前の買出人の行動を記録したログデータが残されていない限りは、過去に取引のあった仲卸業者への聞き取りをもとに追跡する社会調査が必要になるだろう。研究者が目的を持って行う伝統的な社会調査から得られる一次データは、他者による調査や自動蓄積されたデータからは得られないオリジナルデータとなりうる意味で今後も重要である。

他方、二次データやビッグデータ、AIを応用した分析は、今後も一層重要性を増していくと予想される。コンピュータの記憶容量が許す限りデータは増え続け、データが増えるほどAIが学習し高精度で予測できる余地が増すからである。本稿で示した結果についても、訓練期間や評価期間における予測精度が必ずしも十分とは言えないものの、データやモデルのさらなる改善によって対象魚種の拡大や精度の向上を図ることが可能である。単に量が多いだけでなく、魚種、産地、天然/養殖、旬の季節など多くの特徴変数を持ち、鮮度の観点からリアルタイムな情報伝達が重要視される水産物のデータは、AI分析を活用するうえで魅力的な研究対象であり続けるだろう。

伝統的な社会調査と新たなデータサイエンスは、将来の水産振興に向けた大きな可能性を秘めている。そのポテンシャルを引き出す一助となれるよう、筆者も精進したい。

付記

本稿は、東京海洋大学学長裁量経費、海洋研究手法のパラダイムシフトおよびJSPS科研費 (21H04738) の支援を受けて実施された研究内容の一部を含んでいます。

参考文献

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