水産振興ONLINE
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2023年3月

コロナ禍が水産物中央卸売市場にもたらした影響の考察
~伝統的な社会調査と新たなデータサイエンスの視点から~

大石 太郎(東京海洋大学 学術研究院 海洋政策文化学部門 准教授)

4. 機械学習による市場価格のシミュレーション予測

次に、新たなアプローチとして、機械学習による水産物市場価格のシミュレーション予測の研究を紹介する。東京都や大阪府を始めとする主要な中央卸売市場では、取り扱い数量や金額、価格に関する膨大なデータが品目別(水産物の場合、主に魚種別、産地別、養殖・天然別)にデータベース化されており、日々蓄積されている。そうした大量のデータは、典型的なビッグデータの定義には必ずしも当てはまらないものの、市況データとして日々ウェブ公開され二次的な利用が可能であり、有益な情報が潜在している可能性がある。また、機械学習をはじめとしたAI分析を応用でき、データの中に埋もれた情報や知識を掘り起こすデータマイニングの視点からのアプローチが有効である。

中央卸売市場がウェブ上に公開している市況データの中でも、価格情報は特に重要な指標と言える。ある商品(経済学では財と呼ぶ)の価格は、その財の希少性の指標として重要な役割を果たしているからである。ある財の需要に対して供給が相対的に少ないときにその財の価格が上昇し、その財を供給するインセンティブが高まることで需給が調整される。本稿で焦点を当てる水産物の場合、市場での価格が高いときに水揚げを増やし低いときに減らせば、より効率的な漁業が実現するだろう。中央卸売市場における各魚種の市場価格を事前に予測できれば、市場で高い値のつく魚種を選択的に水揚げすることで、効率的な資源利用の実現につながる可能性がある。

加えて、コロナ禍のような外的ショックが各魚種の価格に与える影響を事前に知ることができれば、ショックに対して脆弱な品目を把握できる。これによって、水産事業者が自らの取り扱い品目をコロナ禍の影響を受けやすい品目に集中せずにリスク分散したり、ショックの影響を受けやすい品目を取り扱わざるをえない業態に対して政府が迅速に経済支援したりする際に役立つ可能性がある。

水産物の市場価格の予測は、品目間の相関や季節変化の影響、外的ショックなどの様々な要因が複雑に関連しており本来容易ではないが、AI研究が急速に発達しつつある近年においては機械学習の手法を用いた予測可能性が高まっており、実際に海外の研究では水産物市場で予測を試みた研究が報告されている(Gladju et al. (2022))。

以上のような背景のもとで、筆者を含む研究グループは、大阪府中央卸売市場における養殖フグの月次平均価格データに機械学習モデルを適用し、予測する研究を行った(田頭ら(2023))5)。その研究では主成分回帰とL1L2正則化付き線形回帰という2つの方法を用いたシミュレーション予測がなされたが、本稿では通常最小二乗法(Ordinary Least Squares: OLS)とサポートベクター回帰(Support Vector Regression: SVR)と呼ばれる機械学習の手法を用いて生鮮水産物全体について予測した結果を紹介する。

2013年1月から2019年3月までを訓練データとする大阪府中央卸売市場の生鮮水産物の月次平均価格を用いて1年後の価格をOLSおよびSVRで推定するモデルを構築し、得られたモデルから評価期間(コロナ前1年間:2019年4月から2020年3月)およびテスト期間(コロナ後1年間:2020年4月から2021年3月)の予測を行った結果を示したものが図7である。詳細は割愛するが、モデルの説明変数には、生鮮水産物の1年前の月次平均価格の他に、1年1か月~3カ月、2年前の月次平均価格およびそれらの対数差分を使用し、分析にはプログラミング言語のPythonを用いた。

図7 OLSとSVRによる生鮮水産物価格の予測(大阪府中央卸売市場)
図7 OLSとSVRによる生鮮水産物価格の予測(大阪府中央卸売市場)
出所:田頭ら(2023)を参考に、通常最小二乗法(OLS)とサポートベクター回帰(SVR)を用いて筆者推計。

図7の黒線は生鮮水産物の月次平均価格の実測値、青色の点線と実線はそれぞれ訓練期間におけるOLSとSVRの予測値、緑色の点線と実線はそれぞれ評価期間におけるOLSとSVRの予測値、赤色の点線と実線はそれぞれテスト期間におけるOLSとSVRの予測値を表している。評価期間(コロナ前1年間)における予測精度はOLSではR2= 0.207、SVRではR2= 0.474を示し、いずれも改善の余地があるものの、SVRの予測精度が上回っていた。

この図7から、テスト期間(コロナ後1年間)では実測値がOLSとSVRによる予測値をやや下回っている。飲食店休業要請や営業自粛による需要減の影響を受け、生鮮水産物の卸売市場価格が全体的に下落したことが示唆される。この予測結果は、飲食店向けや家庭向けを含め多様な水産物が流通する卸売市場において、コロナ禍による需要の増減の影響が外食型と小売型の業者間で明暗を分けたことを示唆するアンケート調査の結果では明らかにされなかった予測値と実測値の乖離を定量的に示しており、様々な品目に関して同様の予測を行うことで、卸・仲卸業者がリスク分散を考慮した各品目の取り扱い量を考える際や政府が適切な支援策を検討する際に役立つことが期待される。

  • 5) コロナ禍が市場に与えた影響を分析するにあたって、2018年に実施された築地から豊洲への市場移転の影響を加味せず分析できる利点があることから、田頭ら(2023)では大阪府中央卸売市場が対象となっている。豊洲市場を対象とした分析は東京海洋大学を中心とした研究グループで現在取り組んでいる。