はじめに
日本は、国土面積の11.9倍、世界で第6位の広い海洋(EEZ)に囲まれています。また、春夏秋冬の気候にも恵まれています。このような地理的条件から日本人は古くから米を主食とし、栄養的に卓越した水産物を主な食材(タンパク質)として特色ある日本型食文化(食生活)を形成し、生きる力を維持してきました。昭和20年、終戦後の食糧難の時期を経て、昭和33年、調理の業務に従事する者の資質を向上させ、日本人の食生活の向上を主たる目的として調理師法(昭和33年5月10日法律第147号)が厚生省(現在の厚生労働省)から公布され(栄養士法は昭和22年12月29日法律第245号)、昭和34年、調理師学校等17校が調理師養成施設として厚生省から指定されています。高等学校では、福岡市立福岡女子高等学校食物科が1校だけ、昭和36年4月16日に厚生省から調理師養成施設校として指定されたのが、嚆矢です。
以来60年以上を経た、2020(令和2)年5月、我が国の調理師養成施設校は283校(入学定員26,643名)となっています。このうち、高等学校は112校(110校は教科「家庭」、2校(北海道厚岸翔洋高等学校、宮城県水産高等学校)は教科「水産」)となっています。教科「水産」の調理師養成施設校は海上(船舶、漁業)や市場、スーパー等に水産物を並べ、魚食に供するまでの調理分野は教科「水産」、陸上の調理分野は教科「家庭」にすべきという識者の提言、意見を踏まえ、平成18年「道州制特別区域における広域行政の推進に関する法律 平成18年12月20日法律第116号」(以下、略称:道州制特区推進法という。)が公布され、平成21年道州制特区推進法によって特区として、北海道厚岸翔洋高等学校海洋資源科調理師コースが調理師養成施設として北海道知事から指定されました。(参照①、参照②、参照③、参照④、参照⑤)。日本人の魚食が減少し、その対応が急務とされて久しくなりますが、厚岸翔洋高等学校が魚食の維持、推進の具体策として、水産物の安定供給(漁業、栽培、加工・製造、流通・販売)に調理を加えた新しい水産教育の重要な役割、水産業の担い手育成、人材育成に対する期待と責務は大きいと考えます。また、地方創生や人口の流出にも少なからず貢献し、産・官・学や地域、保護者からも評価されています。
道州制特区推進法は、平成18年、小泉内閣のときに内閣から提出され、安倍内閣のときに成立、公布・施行され、広域にわたる行政の重要性が増大していることに鑑み、道州制特別区域の設定と計画に基づく特別の措置等について定め、もって地方分権の推進及び行政の効率化に資するとともに、北海道地方その他の各地方の自立的発展に寄与することを目的としています。
これまで調理師試験や調理師養成施設の指定を行うための調査は北海道が、調理師養成施設の指定は国が行っていましたが、道州制特区推進法施行後は、調理師養成施設の指定に関する事務を、試験、調査等の事務と併せて北海道が一体的に行うことになりました。このことによって、調理師試験、調理師養成施設の指定を行うための調査、調理師養成施設指定の窓口が北海道に一本化されることとなり、申請者の利便性が向上しています(参照⑥)。道州制特区推進法によって、国から北海道に委譲された事業は、調理師養成施設の指定の他、7事業となっています。
本稿は、教科「水産」の調理師養成施設校が道州制特区推進法によって指定されるまで約60年かかった経緯の報告と水産教育の現状と将来の展望、期待をまとめたものです。
まずは読者の皆様に水産・海洋高等学校のことを知っていただきたいため、第1章と第2章では高等学校教育のこと、水産教育のことを述べさせていただき、第3章と第4章でタイトルテーマである北海道の水産教育のこと、その事例トピックとして厚岸水産(翔洋)高等学校の取組について述べてみたいと思います。
村松 裕史むらまつ ひろし
【略歴】
1955年生まれ。北海道大学水産学部卒。1999年北海道教育庁生涯学習部高校教育課産業教育指導班 指導主事。2004年同主査。2007年北海道厚岸水産高等学校長。2009年北海道厚岸翔洋高等学校長。2010年北海道函館水産高等学校長。2012年北海道小樽水産高等学校長及び全国水産高等学校長協会 理事長。2016年退職。