おわりに
平成21年4月に北海道厚岸翔洋高等学校が開校したときに1学年は普通科と海洋資源科のミックス・ホームルームとして、2学年からそれぞれの科で学ぶ教育課程を編成しました。ミックス・ホームルームによって、普通科の生徒に引っ張られて海洋資源科の生徒も勉強するようになりました。
また、1学年全員が科目「水産基礎」を履修し、普通科の生徒もカッター操練や体験乗船(1泊2日)などの実習を行います。当初、「なぜ、普通科の生徒がカッター操練や乗船をしなければならないのか」という保護者からの声もありましたが、カッター操練によってクラスの仲間意識を高め、心を合わせて漕ぐ大切さ、厚岸大橋の下をカッターでくぐる体験、そして海上の大型船から生まれ育った厚岸町を望むことは子どもたちにとって貴重な経験となり、普通科や海洋資源科の隔たりなく厚岸翔洋高等学校の生徒であるという一体感を育て、学校をまとめていると思います。
さらに、地元厚岸小学校や中学校の児童・生徒と一緒に地引き網の実習や調理実習室を活用して厚岸町が主催する「ジュニアクッキングスクール」を調理師コースの生徒が補助するなど、厚岸町の高等学校としての存在感を高め、生徒や保護者、地域の方々に学校が変わったと認めていただいていると思います。
地元型水産・海洋高等学校の厚岸翔洋高等学校に対して、函館水産高等学校は都市型の水産・海洋高等学校だと思います。専攻科課程への進学を視野に入れて、海技士免許取得を目指して入学してくる生徒もいますが、漁業や水産業とは全く関係のない理由で入学してくるモラトリアム型(とりあえず高校へ進学する)の生徒が多くいます。函館水産高等学校の生徒は水産・海洋高等学校の中では学力が高い方だと思いますが、モラトリアム型の生徒に対しては、専門的な、難しいことはさて置き、知っている話題で生徒を引きつけ、「海」・「船」・「魚」・「水産物」などに興味や関心を持たせることが大切です。そして3年間をかけて、水産・海洋の必要性や魅力を理解させ、知識・技能を身に付けた専門的水産人に育て上げ、水産・海洋関連の職に就いたことを誇れる人を育てていく努力を惜しまないことが必要だと思います。
水産・海洋高等学校以外の職業高校についても言えることだと思いますが、職業高校では基礎的・基本的な授業内容や実験・実習を重視して行われています。基礎的・基本的な実習等の実施に当たっては現状の施設・設備で十分に対応できますが、先端技術や技術革新等に対応した内容や実習を行うためには、最新の施設・設備が必要になります。たとえば、缶詰の製造は、昔ながらの巻締機械やレトルト殺菌釜、干物を製造するための乾燥機、蒲焼きを作るための焙焼機があれば実習は成立しますが、企業が望む「即戦力」を育成するためには、先端的な知識や高度な技能の習得のために施設・設備の更新への投資、教育への投資は人材育成のために必要不可欠だと思います。
また、各都県1校の水産・海洋高等学校では人事が低迷してしまうという課題があります。県教委によっては人事交流の募集案内が発出されていますが、もっと積極的に人事交流が図られるよう、たとえば都道府県で新採用から卒業生を送り出して経験を積んだ後に、他の都道府県の水産・海洋高等学校に出向してから自校に戻るなど、長期的な他校での研修が起爆剤となって自校を変えることができるとともに、水産・海洋高等学校同士の情報交換がしやすくなると思います。そして交流を終えた教員が新しいことや学んできたことを生かすことができる学校の体制も必要です。
学習指導要領は約10年に一度改正されていますが、水産・海洋高等学校において、知識・技術・技能の基礎・基本を教えることや資格取得に向けた授業や実習内容が大きく変わることはありません。新入生にとって水産や海洋に係る新しい知識や実技でも担当する教員には前年どおりの授業や実習を踏襲しているのに過ぎないところがあります。学校や教員が常に新しい情報や技術に対して貪欲に目を向き、研鑽を積み、何が必要か、そしてこの子どもたちのためにどのような力を身につけさせなければならないかを常に考え、取り組んでいかなければ、教員・学校そして生徒は変わっていきません。このような意味から、本来、進歩的、革新的でなければならない授業や学校が保守的・閉鎖的になっていないか、心配されます。
水産教育において、船舶職員の養成を基本として、海技資格に加えてクルーズ船では接客のノウハウが必要になります。コロナウィルスの問題がありましたが、海洋観光は、「海洋に関わる観光資源及び自然状況並びに海上交通を利用、活用する観光」と定義され、海洋を活用した観光が海水浴、海上・海中遊覧、クルーズ、離島間観光等、多岐にわたり、これらの観光活動の多くが複合的に実施されることに鑑み、海洋観光を網羅的に推進していくために、幅広く捕捉可能な定義とされました。2020年の目標であった「クルーズ100万人時代(クルーズ船で入国する外国人旅客数100万人)」は大幅に前倒しされ、2015年に達成されています。このような現状を踏まえ、船舶職員が海技資格に加えて海洋観光が求める知識や技能を備えた人材を供給するため、海洋観光に従事する船舶職員には教科「水産」に関連する学校設定科目「世界文化遺産」「世界の海」「地球温暖化」を履修するなどして、地球規模の幅広い知識を持つ人材を育成する必要があると思います。
漁船漁業や栽培漁業の経営者が将来の収入の先細りや対価以上に大変な労働を伴っていることを痛感しています。地元の特長を生かして、漁師の収入がどうすれば増えるのか、将来を見据えた資源環境保護の課題や、調理師免許を取得して魚食型の民宿を経営するなど、新しいことにチャレンジする気概やその課題の答えを水産・海洋高等学校が率先して考え、地域・関係機関と一緒に行動していかなければ、水産業の発展はないと思います。そして、これらのことに積極的に取り組んでいくことが「学校を変える」ことに繋がると思います。
職業学科を設置する高等学校では、授業時間の約半分を専門教育や実習等を主体とした実践的な授業に充てています。全国には1学級40人未満を定員としている水産・海洋高等学校がありますが、入学してくる生徒の幼稚化・多様化とともに、基礎・基本と高度な知識と技能の両方を身につけさせるためには、よりきめ細やかな指導が必要です。水産・海洋高等学校ばかりではなく職業学科の募集人数を40人未満の30~35人とすることを教科「農業」や「工業」等の高等学校長協会と足並みをそろえて取り組んでほしいと思います。
北朝鮮が発射した弾道ミサイルは日本海に着弾しています。北方領土は日本固有の領土でありながら、他国が実効支配しています。地球の温暖化や公海(日本の排他的経済水域以外)での無差別な漁獲や乱獲が資源量の減少を招いています。水産・海洋高等学校の卒業生や専攻科課程修了生が一人の水産人として家族を養い、将来の水産業や海洋関連産業を担うためには、命の危険を伴わない、安全・安心な「日本の海」であることが求められます。「えひめ丸」のような事故があってからでは、尊い命が奪われてからでは遅く、早急に取り組んで行かなければならない課題だと思います。
また、業界が求める人材の需要に対して水産・海洋高等学校が適切に供給を図っていくためには、両者の緊密な連携が求められます。水産・海洋は水産業が盛んな地域に設置されています。高等学校本来の目的と乖離しないように学校の在り方などについて、関係機関等から学校に対する要望を伺いたいと思います。できること、できないことはありますが、お互いに知恵や意見を出し合えば、日本の水産業が継続的・持続的に発展することが期待できると思います。
産業教育の振興を図ることを目的として「産業教育振興法」が制定され、都道府県及び市町村の教育委員会には条例の定めるところにより、地方産業教育審議会が設置され、答申等が発出されています。社会の情報化、経済のグローバル化、少子高齢化など共通の課題を抱え、職業高等学校の在り方や専門的職業人の育成方法などについて審議されています。実学を重視する職業学科を設置する高等学校において、各都道府県の産業教育審議会が協調して教育委員会に対して建議・答申を行い、職業教育のより一層の充実を図っていかなければならないと思います。
本道の産業教育審議会は、「社会の変化に対応した産業教育を推進する学科の構成等について(平成28年2月9日)」の中で本道教育委員会に対して次のように水産教育に係る建議をしています。
- ○ 水産科は、北海道の「食」を支える重要な学科である。また「観光」についても水産資源や海運といった面で関連が深い。こうしたことから水産科の充実は「食」や「観光」の発展を支える人材の育成にとって重要である。
- ○ なお、厚岸翔洋高校の海洋資源科には、船舶料理士の育成を目的とした調理師コースを設置しており、卒業生の多くが船舶に乗り込み、司厨員として就職している。こうしたコースは、北海道水産業のニーズを踏まえた特色ある取組であり、今後も継続することが必要である。
また、新型コロナウィルスの対応で全産業が先の見えない、予測が難しい時代と言われていますが、水産・海洋高等学校においては、文部科学白書や水産白書などの刊行物から何が課題となっているのか、どのような方向性で施策等を展開しようとしているのかなど、国や都道府県の動向を見極めながら水産・海洋教育が地域に果たす役割の重要性、水産・海洋高等学校の存在意義を考えるヒントを見つけることができると思います。
昭和30年代から60年余りを経過した今日、水産・海洋高等学校で初めて指定された北海道厚岸翔洋高等学校調理師養成施設の設立が本道はもとより今後の日本型の食や魚食の振興、食材としての水産物の消費の拡大の一歩として少なからず貢献するものと確信しています。
最後になりますが、本道の高等学校水産科をご指導、ご支援いただいた北海道教育委員会、北海道保健福祉部、厚岸水産高等学校、厚岸翔洋高等学校の歴代・現職学校長、教職員各位、並びに水産・海洋関係の産・官・学関係団体、マスコミ関係、厚岸町、厚岸町漁業協同組合をはじめ地域の方々に感謝申し上げますとともに、執筆させていただいた一般財団法人東京水産振興会、調理師養成施設の設置に当たり魚食振興会の中谷三男氏、顧問弁護士の松村房弘氏に改めまして感謝申し上げ、今後さらなるご指導・ご支援をお願い申し上げます。
注1 教科とは
文部科学省のホームページでは、次のように説明されています。
終戦後、昭和23年新学制実施前の昭和22年の学習指導要領一般編(試案)で示されました。その後、社会の変化等に応じて改善を経て、今日、2020(令和2)年では次のように定義されています。
教科とは「学校で教授される知識、技術などを内容の特質に応じて分類し、系統立てて組織化したものである。文化的内容を教授することによって子どもを知的に陶冶することを主たる任務とする。」
- 1 ここで学校とは、小学校、中学校、高等学校、中等教育学校及びこれらに準ずる学校(特別支援学校)を言い、大学院、大学、短期大学、高等専門学校には教科は使用されない。教科が使用されなくなった例は、昭和40年代、国立高船高校、国立電波高校が高等専門学校に昇格したとき、教科高船、教科電波(教科高船に包含)はなくなっています。
令和2年5月現在、教科は次のようになっています。- ○小学校 10教科
(国語、社会、算数、理科、生活、音楽、図画工作、家庭、体育、外国語) - ○中学校 9教科
(国語、社会、数学、理科、音楽、美術、保健体育、技術家庭、外国語) - ○高等学校 24教科
- 各学科に共通する各教科11教科
(国語、地理歴史、公民、数学、理科、保健体育、芸術、外国語、家庭、情報、理数) - 主として専門学科において開設される各教科13教科
(農業、工業、商業、水産、家庭、看護、情報、福祉、理数、体育、音楽、美術、英語)
- 各学科に共通する各教科11教科
- ○小学校 10教科
- 2 各学校では文部科学省で示された学習指導要領を踏まえ、特色ある教育課程を編成します。(将棋盤に駒を並べるという人もいます。)
- 3 教科と学科、類型、系列、コース
地域の特質や生徒の実態に応じて教科内に学科、類型、系列、コースが設定されています。
例えば、教科「水産」には学科として海洋漁業科、機関科、栽培に関する科、水産増殖科、水産食品科等が設置されています。
注2 高等学校の3学科(大分野)とは
学科とは、一定の教育目的を達成するために、一定の教科・科目をもって教育課程を編成し、必要な施設・設備を備え、必要な教職員を配置して効果的な教育を行うための組織のことを指します。
高等学校においては ①普通教育を主とする学科、②専門教育を主とする学科、③総合学科(普通教育及び専門教育を統合的、総合的に履修することを主とする学科)に大別されます。
注3 道州制特別区域における広域行政の推進に関する法律とは
平成18年「道州制特別区域における広域行政の推進に関する法律「平成18年12月20日法律第116号」(以下、略称:道州制特区推進法という。)は小泉内閣の時に内閣から提出され、安倍内閣のときに公布、施行された法律である。この法律は、市町村の合併の進展による市町村の区域の広域化、経済社会生活圏の広域化、少子高齢化等の経済社会情勢の変化に伴い、広域にわたる行政の重要性が増大していることに鑑み、道州制特別区域基本方針の策定、道州制特別区域計画の作成及びこれに基づく特別の措置、道州制特別区域推進本部の設置等について定め、もって地方分権の推進及び行政の効率化に資するとともに、北海道地方その他の各地方の自立的発展に寄与することを目的としている。
広域行政の推進に関する施策を総合的かつ効果的に推進するため、内閣総理大臣を推進部長とする道州制特別区域推進本部が内閣に設置され、道州制特別区域基本方針の案の作成や施策の実施の推進に関することなどが所掌事務とされた。
道州制特区推進法は、北海道からの提案に基づき、国から地方への権限委譲等を段階的に積み重ねていくための仕組みとなる部分と、実際に権限を移譲する上で必要な個別の法令改正等の部分(平成16年4月の第1回提案は8項目)で構成されている。
次の8項目が移譲対象事務事業である。
- 1 調理師養成施設の指定(平成19年4月1日移譲)
特例措置の内容
これまでは、調理師試験や調理師養成施設の指定を行うための調査は道が、調理師養成施設の指定は国が行っていたが、推進法施行後は、調理師養成施設に関する事務を、試験・調査等の事務と併せて道が一体的に行うこととされ、調理試験、調理師養成施設の指定を行うための調査、調理師養成施設の窓口が道に一本化されることとなり、申請者の利便性の向上が期待されている。
その他の7項目は項目のみ記載する。
- 2 国または独立行政法人が開設する医療機関に係る公費負担医療等を行う指定医療機関等の指定
- 3 鳥獣保護法に係る危険猟法の許可
- 4 商工会議所に対する監督の一部
- 5 民有林の直轄治山事業の一部
- 6 直轄通常砂防事業の一部
- 7 開発道路に係る直轄事業
- 8 二級河川に係る直轄事業
「厚岸翔洋高等学校の調理師養成施設の指定申請」について
平成19年4月1日、調理師養成施設の指定が厚生労働省に進達せずに北海道に委譲され、平成20年10月30日、北海道の道東地域に調理師を養成する機関がないことによる調理師不足、さらには船舶が物流の大きな手段となっている本道にとって「船舶料理士」の養成が必要不可欠であることなどから、北海道教育委員会は北海道保健福祉部に厚岸翔洋高等学校海洋資源科に調理師類型(コース)の「調理師養成施設指定申請」を提出し、認められた。
参考資料
- 文部科学省「学校基本調査(平成18年度~令和元年度)」
- 農林水産統計「食料・農業及び水産業に関する意識・意向調査」(農林水産省大臣官房統計部 令和2年3月31日公表)
- 北海道運輸局「北海道の物流統計資料(平成19年度~平成28年度)」
- 北海道水産林務部「北海道水産業・漁村のすがた 2019」
- 調理師養成施設関係通知集(社団法人 全国調理師養成施設協会)
- 令和元年度全国公立水産関係高等学校一覧及び関連データ(平成18年度~令和元年度 全国高等学校長協会水産部会)
- 高等学校学習指導要領(平成30年告示 文部科学省)
- Q&A高等学校産業教育ハンドブック(財団法人産業教育振興中央会 平成21年度)
- 北海道厚岸翔洋高等学校 学校要覧(平成21年度~令和2年度)