水産振興ONLINE
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2021年12月

北海道の水産教育事例
~厚岸水産(翔洋)高等学校調理師養成施設指定の取組~

村松 裕史 全国水産高等学校長協会 元理事長(元北海道厚岸水産高等学校長)

第1章 高等学校教育について

今日の少子化や高齢化、経済のグローバル化による国際競争の激化、規制緩和による産業構造の変化、技術革新・国際化・情報化等に伴う産業社会の高度化などのフレーズは、20年ほど前から言われ、水産・海洋高等学校がこれらの事柄にどのように対応してきたのかを振り返り、今後、子どもたちのために一層的確・柔軟に取り組む方法を模索し、十数年前の就職超氷河期や昨今の売り手市場など、若年者の職業意識の変化や就業形態が多様化している中で、「大学全入時代」を迎え、これまで以上に明確な目的意識を持った進路選択が促進されるよう取り組まなければならないと思います。

1. 農林水産統計から

社会の変化を背景として、水産・海洋高等学校はさまざまな状況・環境等の変化に応じて、学校、家庭、地域や関連企業等との連携・協力を図り、適切に対応してきたと思いますが、教育基本法に記載されている「人格の完成を目指す高等学校教育」と産業教育振興法の「経済自立に貢献する有為な国民を育成する産業教育」が乖離することなく、高等学校教育・水産教育を見直し、水産業・海洋関連産業などから水産・海洋教育の現状と課題に対する理解と指導助言等をいただき、密接に協力して経済の発展及び国民生活の向上を目指す「人」の育成を図っていかなければならないと思います。

農林水産統計「令和元年度食料・農業及び水産業に関する意識・意向調査」の結果は、他の教科に負けずに取り組んできた水産・海洋教育の内容や考え方、自負を一変させ、全国の水産・海洋高等学校関係者にとって「水産教育はこれで良いのか」という新たな思いにさせられるものでした。

意識・意向調査の「水産高等学校の認知度」について、消費者モニター(903人)の回答は〔図1-1〕、水産高等学校の名前だけ知っている(72.9%)、名前のほかカリキュラムや授業内容等を知っている(13.2%)、知らない(13.7%)となっていることに驚かされます。

〔図1-1〕消費者モニターの回答

少子化の影響で募集人数を下回っている水産・海洋高等学校が見受けられ、自分たちがどんなに素晴らしいと思っている教育内容であろうと、生徒や保護者、地域住民をはじめ水産・海洋関連産業界、一般の方々に水産・海洋高等学校の教育内容についての認知度を上げていかなければならないと思います。

水産・海洋高等学校の入学生には不本意で入学してくる生徒を見かけますが、卒業時には水産・海洋高等学校で楽しかった、良かったと答え、兄弟姉妹で入学する生徒も多く見受けられます。このことは、水産・海洋教育が一人ひとりの生徒にきめ細やかに指導していることの証です。

意識・意向調査の漁業者モニター(288人)に水産高等学校の生徒を雇用したい理由を尋ねたアンケートでは〔表1-1〕、労働力(即戦力)として期待できるから(82.1%)、知識があるから(60.3%)、技術を身につけているから(47.4%)と答え、実学を重視していることや海技士免許取得に取り組んでいることも評価されています。

〔表1-1〕消費者モニターの回答

また、流通加工業者モニター(188人)に尋ねたアンケートでは〔表1-2〕、知識があるから(76.0%)、労働力(即戦力)として期待できるから(73.3%)、技術を身につけているから(60.0%)、衛生管理などの資格を有しているから(42.7%)となっています。

〔表1-2〕流通加工業者モニターの回答

漁業者と流通加工業者が高等学校の3年間で生徒に身につけてほしいことは、即戦力となるための知識や技能であることがわかります。このため、水産・海洋高等学校はそれぞれの学科で行っている専門的な知識と技能の習得を目指した実習や実験などの実学的な授業内容が、漁業や流通加工業等に従事する生徒に求められている知識や技能と合致しているのかを関係機関等から意見聴取し、取捨選択して教育内容の再構築を図っていく必要があると思います。

次に、国民一人あたりの年間魚介類摂取量は、平成13年度の40.2kgをピークとし、その後は減り続け、平成23年度に初めて肉類の摂取量を下回り、平成30年度には23.9kgとなっています。平成25年12月に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録され、和食や魚を食べる事への関心が高まりましたが、魚介類摂取量は増加していません。

魚介類摂取量が減り続けている原因には、「子どもの魚嫌い」「家族が魚を好まない」「魚は調理が面倒」などが挙げられ、30代の主婦の約70%が「魚をほとんどおろさない」「全くおろさない」と答えています。「おろし方がわからなければ、2枚おろしや3枚おろしに調理して提供する」「後片付けが面倒にならないように頭や尾を切り落として提供する」「おいしい食べ方や調理法をアドバイスする」など、魚介類のおいしさを消費者に直接提供するためには魚に関する知識と技能を身に付けるとともに、生徒に「お客と店頭での対面販売」ができるコミュニケーション能力を身につけさせることも必要だと思います。

また、学校給食用に調理された魚や家庭の食卓に並ぶ魚料理には、児童・生徒が魚の骨が喉に刺さらないようにするため「骨なしの魚」が使用されています。そのことによって児童・生徒は魚の骨が喉に刺さるという経験がありません。小学生の高学年以上の児童・生徒に注意深く、魚の骨を除いて食べることを根気強く教えれば、できるようになると思います。そのことが魚への興味・関心につながり、根気強さ、手先の器用さも培われます。児童・生徒が大好きな寿司や刺身以外の魚介類の食べ方、調理法を消費者に提供し、より一層魚食を普及させ、魚の好きな児童・生徒を増やすことへの取組も大切だと思います。

2. 令和元年度学校基本調査(文部科学省)から

少子化などの影響から、幼稚園、小学校、中学校、高等学校の学校数及び生徒数が減少し、都道府県の公立高等学校においては、普通科を設置する高等学校同士や普通科を設置する高等学校と職業科を設置する高等学校の統合、生徒の多様な進路希望が選択できる総合学科校へ転換するなど様々な方法で学校・学級の再編が行われています。

職業学科を設置する高等学校においては、大学等への全入や普通科志向のより一層の高まりによって生徒数の減少が大きく、さらに生徒の幼稚化・多様化によって、今まで以上にきめ細やかな指導が必要となっています。

(1) 高等学校の学校数と生徒数の推移

高等学校の学校数は平成21年度5,183校から令和元年度には4,887校と296校減少し、生徒数では平成21年度3,347千人(男子:1,695千人、女子:1,652千人)から令和元年度3,168千人(男子:1,602千人、女子:1,566千人)と179千人減少し、前年の平成30年度から67千人減少しています。〔図1-2〕

〔図1-2〕高等学校の生徒数の推移

また、高等学校等進学者数は109万9千人(男子:56万1千人、女子:53万8千人)で、前年度より2万1千人減少し、中学校卒業者のうち高等学校等進学率(全中学校卒業者数のうち高等学校等進学者の占める割合)は98.8%(男子:98.6%、女子:99.0%)で、前年と同率となっています。

(2) 全日制・定時制高等学校の学科別生徒数(本科)

全日制課程(本科)生徒数3,077千人は前年度より64千人、定時制課程(本科)生徒数82千人も3千人減少しています。

全日制と定時制の本科生3,159千人の学科別では、普通科2,308千人(73.1%)で一番多く、職業学科では、工業科239千人(7.6%)、商業科185千人(5.9%)で水産科は9千人(0.3%)で〔図1-3〕、生徒数が減少し続けていても0.3%という水産科の比率はこれまでとほとんど変わっていません。

〔図1-3〕高等学校の学科別生徒数

(3) 高等学校の卒業者数、進学率、卒業者数に占める就職者数の割合の推移

大学等進学者数は、575千人(男子:274千人、女子:301千人)で、前年度より3千人減少しています。また、大学進学率(全卒業者数のうち、大学等進学者の占める比率)は54.7%(男子:51.6%、女子:57.8%)で前年度と同率となっています。就職者総数は、186千人(男子:114千人、女子:72千人)で前年度より617人減少しています。〔図1-4〕

〔図1-4〕高等学校の卒業者数、進学率、卒業者数に占める就職者数の割合の推移

(4) 産業別就職者数

就職者数186千人(男子:114千人、女子:72千人)を産業別にみると、「製造業」77千人で41.4%(男子:55千人 47.9%、女子:22千人 30.5%)が最も多く、次いで「卸売業、小売業」19千人で10.2%(男子:7千人 6.5%、女子:12千人 16.5%)、「建設業」15千人で8.1%(男子:13千人 11.5%、女子:2千人 2.5%)となっています。就職者数186千人のうち、県外(出身高等学校が所在する県以外の県)へ就職した卒業生は36千人で、就職者総数の19.4%を占めていますが、少子化の影響などから就職先の地元志向が続いています。

(5) 水産・海洋高等学校のキャリア教育

生徒は、これからの人生で職業人として長い時間を過ごすことになります。職業や働くことが日常の生活の中でどのような役割を果たし、そしてどのような職業に就き、どのような職業生活を送るのかということは、いかに生きるのか、どのような人生を送るのかということと深くかかわってきます。この意味で、一人ひとりが自らの勤労観・職業観の形成・確立を図ることは極めて重要だと思います。高等学校教育は、入学者(入口)では募集定員を満たすこと、卒業者(出口)では進学・就職の進路希望100%達成が目標だと言われ、この2つの目標を達成するためには、生徒・保護者や地域、特に水産・海洋関連業界から水産・海洋教育や高等学校での教育が支持され、理解されることが必要です。

専門(職業)高等学校では、「働くこと」について「総合実習」などの科目でそれぞれの学科毎に行われていますが、その内容が実際の現場で生かすことができる実習内容であり、座学であることが望まれ、そのためには教員のキャリア体験が必要だと思います。

キャリア教育については、中央教育審議会「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(答申)」(平成23年1月31日)で「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育である」と定義されています。

また、「キャリア」の概念については、「キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書」(平成16年1月28日)で「個々人が生涯にわたって遂行する様々な立場や役割の連鎖及びその過程における自己と働くこととの関係付けや価値付けの累積」、「働くこと」については、「個人がその学校生活、職業生活、家庭生活、市民生活等の生活で経験する様々な立場や役割を遂行する活動である」、「キャリア発達」とは、中央教育審議会「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(答申)」(平成23年1月31日)で「社会の中で自分の役割を果たしながら、自分らしい生き方を実現していく過程」とされています。

人間関係をうまく築くことができない、自分で意思決定できない、自己肯定感を持てない、将来に希望を持つことができない生徒が将来自立した社会人となるための基盤を家庭・地域・産業界・学校が連携して築き、生徒が社会の激しい変化に流されることなく、それぞれが直面する様々な課題に柔軟かつたくましく対応し、社会人として自立していくことができる水産・海洋教育を構築していかなければならないと思います。