水産振興ONLINE
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2020年2月

ノルウェーにおける最先端養殖技術 —現在と将来—

金子 貴臣(元(国研)水産研究・教育機構 中央水産研究所 研究員)

要旨

ノルウェーにおけるサーモン養殖機器開発の現状を知るため、2018年秋にノルウェーのAKVAグループを訪問し同社の製品やサービスについて調査を行った。同社では、餌料と稚魚以外の主要な養殖機器・ソフトウェア類を自社で開発し、顧客のニーズに応じて必要な商品群を適切に組み合わせて供給する体制を整えていた。また、同社は手厚いサポート体制を提供しており、顧客である養殖業者が「生産」に集中できる環境が提供されていた。同社の製品はノルウェー標準規格に準拠しており、同社の製品が国際的に広まることで、ノルウェー標準規格が国際的な影響力を強めていく可能性が示唆された。また、本調査では、ノルウェーが最先端養殖技術を開発するために創設した「開発ライセンス」制度についても調査を行った。開発ライセンス制度のもと、大規模沖合養殖や個体レベルでの養殖管理技術など、挑戦的な技術開発が民間投資で行われていた。特に、大規模沖合養殖については中国が類似の技術開発を進めていると報道されており、我が国としては、今後その動きを注視していく必要があると考えられる。

はじめに

拙著、水産振興597巻「ノルウェーのグローバル・インテグレーションの展開—ノルウェー資本の拡大—」を御覧いただければお分かりいただけると思うが、私はもともとノルウェーの“漁業”、特にまき網漁業の漁業とその管理、それを取り巻く産業構造等の分析を専門としており、ノルウェーの養殖産業についてはノータッチであった。同著は、ノルウェーにおけるアトランティックサーモン養殖産業のインテグレーションに全体の半分を費やしているが、そのパートは基本的に共著者が執筆したものである。そんな私が、ノルウェーの最先端養殖業の調査をし、本稿を執筆するに至ったのは、ある養殖の先端技術開発プロジェクトに関わることになったためである。

そのプロジェクトは機密性が高く、私は諸事情によりそのプロジェクトから途中で外れてしまったため、それがどうなったのか今となっては知る由もない。ただ、このプロジェクトの始まりは、養殖業の技術開発に初めて携わった私にとって不思議が多かった。短期間しか関わっていないので、誤解があるかもしれないが、私の理解している範囲では、このプロジェクトでは、他国の先端技術開発の動向をレビューして、その情報に基づいて開発方針を決めていくというプロセスは無かったと思う。国内の現場から持ち上がった課題(ニーズ)を解決するため、国内の研究機関や企業が先端技術を開発し適用していくというプロジェクトだったと理解している。それゆえ、途中からプロジェクトに関わった私は、「この技術は既に海外で存在しているのではないか」とか、「この技術は本当に必要なもので海外でも開発しているのだろうか」といった疑問が浮かび、最後まで消えることは無かった。

私は、国内で先端技術を開発するのであれば、技術開発の方向性を確認していくための「道標」は必要だと考えている。特に、養殖業には、ノルウェーという先進国がある。我が国では未解決の問題も、同国では解決する技術が確立されており、既にビジネスとして展開している可能性もある。我が国で未解決という理由で、それを解決するために、数限られた研究者の時間と研究費を費やし、他国ビジネス展開されているかもしれない技術を開発することは、リソースの浪費にしかならないのではないか。研究開発の「重複」を避けるためには、やはり海外の技術開発動向に関するレビューをしておかなければならないのではないだろうか。

一方で、こういった技術は民間企業がビジネスとして開発していることが多く、論文を探していてもなかなか情報が出てこない。私は、国内でノルウェーの養殖技術開発の動向に関する情報が少ないと感じていた。ノルウェーは何ができて、何ができなくて、何を技術開発しているのか。それを論文を読むだけで掴むことは難しいと感じていた。そこで、プロジェクトから外れた後も、当時所属していた(国研)水産研究・教育機構 中央水産研究所に費用を捻出してもらい、ノルウェーを調査したのである。

本稿は、私がこの調査をした際に得られた情報をまとめたものである。その情報の中には、ノルウェーで現地調査をする前後に、海外のニュースサイト等から情報収集した内容も含まれている。本稿は、そういった情報を学問として体系的にまとめたものではなく、調査した情報を国内に紹介する目的で執筆したものである。それ故、その内容については、筆者の主観的な意見に基づく内容や、裏取りが不十分な内容が含まれている可能性があることはご理解いただきたい。一方、ここで取り上げる情報については、国内でこれまで全く紹介されていないもの、あるいは断片的にのみ紹介されているものも多く、読者にとっては新鮮に感じていただけるのではないかと思う。筆者としては、本稿が、国内で養殖技術の開発に携わる、あるいは養殖ビジネスに携わる人々が、自分が取り組んでいる研究やビジネスを見つめ直すきっかけになれば幸いである。

本稿は、大きく分けて3つのパートに分かれている。まず、第1章は、読者が以降の章の内容を理解しやすくするため、ノルウェーのサーモン養殖産業の概況を、データを用いて示した。第2章では、「現在確立されている最先端技術」を紹介するため、養殖機器の最大手メーカーであるAKVA 社やそのユーザーである養殖業者を調査した内容について紹介した。第3章では、「将来確立される可能性がある最先端技術」を紹介するため、ノルウェーが取り組んでいる「開発ライセンス」に基づく最先端養殖技術の開発動向について紹介した。そして、中国における最先端技術の開発動向に関する情報を紹介しながら、ノルウェーと日本との養殖技術の開発の違いについて提起して締めくくりたい。

今回の調査は、多くの関係者にお世話になって実現したものである。現地調査に協力していただいたAKVA社のRiska氏、Karlsen氏ら多くの関係者、AKVA社とつないでいただいた日本代理店の東京産業株式会社磯尾氏らの営業グループ、ノルウェー漁業局で取材に応じてくれた漁業局のAnne Osland氏、調査費用の捻出のため、ご尽力いただいた前野所長をはじめとする中央水産研究所の皆様、計画段階で中止になってしまったものの中国調査の準備にご協力いただいた海外漁業協力財団時村顧問、周永東氏に厚く御礼を申し上げたい。また、開発ライセンスで開発されている最先端養殖技術のイメージについては、Salmar社、MOWI社、Cermaqグループ社から許諾をいただいて掲載している。この許諾を得る際にご協力いただいた、ノルウェー水産物審議会Wie日本代表と各社のご担当者様には、この場を借りて御礼申し上げたい。

著者プロフィール

金子 貴臣かねこ たかおみ

【略歴】

1983年生まれ。
東京大学農学部卒。同大学院農学生命科学研究科博士課程修了。農学博士。
2010年より中央水産研究所水産経済部(現経営経済研究センター)任期付研究員。2013年より経営経済研究センター研究員。2019年4月より水産庁増殖推進部漁場資源課課長補佐(海洋開発)に転籍しスマート水産業の推進を担当。