水産振興ONLINE
620
2020年2月

ノルウェーにおける最先端養殖技術 —現在と将来—

金子 貴臣(元(国研)水産研究・教育機構 中央水産研究所 研究員)

第2章 現在普及している最先端養殖技術
—世界最大手 AKVA グループの調査から—

ノルウェーの養殖業では何ができていて、何ができていないのか。それを知りたかった私は、世界最大手の養殖機器メーカーである AKVA グループの代理店をしている東京産業株式会社に協力をお願いした。タイミングよく、AKVA グループからRiska, Karlsen 両氏が来日するということで、引き合わせていただき、同社を調査する機会をいただいた。ここでは、同社や同社で販売されている養殖機器、同社の機器を使用しているユーザーとのインタビューなどから得られた情報をもとに、これまでにノルウェー養殖業の成長産業化を支えてきた技術は現在、どのような点に到達しているのかについて紹介していきたい。

AKVA グループとは

AKVA グループ

AKVA グループは、国内の水産関係者にとっては、ほとんど馴染みがないかもしれないが、養殖機器の総合サプライヤーにして、世界のトッププレイヤーである。AKVA グループは、養殖に関わる商品のうち、「稚魚」「餌料」以外の全てを自社で開発し、世界各国で販売している。日本にも養殖機器の開発・製造を行う企業は多数あると思うが、それぞれの企業が開発しているのは「生簀網」「給餌機」のように自社の得意な分野に特化している、というのが私の理解である。また、日本の企業にも、様々な養殖機器を広く販売している企業はあるかもしれないが、全ての機器を自前で開発しているわけではない。

AKVA グループの製品ラインナップの特徴は、自社の販売する養殖機器の大半が自社開発製品という点にあり、それが後述する適切なメンテナンス・迅速なサポート体制という強みに繋がっている点である。

また、AKVA グループは、自社内にソフトウェア部門を抱えており、養殖生簀や給餌システム、作業用ボートのようなハードウェアだけではなく、養殖魚の管理や養殖施設を管理するためのソフトウェアを開発し、販売を行っている。我が国でも、この手の養殖業の生産管理のためのソフトウェア開発については、ベンチャー・大手問わず参入が相次いているが、私の理解している限りでは、開発しているものはソフトウェアのみ、あるいはソフトウェア+α(自動給餌装置やセンサー類等)のみではないだろうか。

これから養殖業を始めたいという資本家からすれば、AKVA の製品ラインナップの充実ぶりはとても魅力的に映るだろう。顧客は AKVA 1社に頼みさえすれば、養殖に必要な機器がハードウェア・ソフトウェア全て揃えてくれ、保守契約を結んで、メンテナンスやサポートも手厚く行ってくれる。また、顧客には、同社の機器を扱うため従業員の教育も行ってくれるので、ほとんどのことをAKVA に任せられるのである。餌料や稚魚については、AKVA は供給しないものの、彼らと関係の深いサプライヤーは存在するので、そのサプライヤーの紹介を受けることができる。

AKVA グループは、そういった養殖機器の総合サプライヤーとしての強みを活かして、ノルウェー国内のみならず、海外に広く展開を進めている。AKVA グループの進出先は、チリやカナダはもちろんのこと、ロシア、インド、イラン、東アフリカ諸国といった、おおよそ養殖のイメージが無い国も含まれている。彼らの養殖システムで飼育されている魚はアトランティックサーモンを初めとしたサケ類にとどまらず、ティラピアやシーバス等々、実に多様である(図2-1)。その中には、ブリ類も含まれているということなので、魚種が障壁となって、日本での展開が難しいというわけではない。

図2-1 AKVA グループが対象としている魚種。マグロからエビまで扱っている。(Credit: AKVA Group ASA,同社より許諾を得て掲載。)
図2-1 AKVA グループが対象としている魚種。マグロからエビまで扱っている。
(Credit: AKVA Group ASA,同社より許諾を得て掲載。)

AKVA グループが、海外市場を広く開拓できているのは、自社で必要なものをほとんど供給できる体制ができているからと筆者は考えている。顧客はAKVA グループに要望さえ伝えれば、現地調査を実施し、顧客の要望を確認しつつ、蓄積されたノウハウや緻密な分析結果をもとに、顧客が指定したサイトに適した養殖ゲージや、必要な機材を選定し、パッケージにして提供する。つまり、顧客は養殖に関してあまり知識を持っていなくても、必要なものは全てAKVA グループが揃えてくれるのである。さらに、従業員教育もしてくれるし、サポートも行ってくれる。彼らは、顧客のニーズに合わせテーラーメードで養殖環境を整備し、かつ教育もサポートも提供してくれるので、今まで養殖業が発展していなかった地域でも、養殖ビジネスが芽吹くのである。

ノルウェーにおける養殖機材のサプライヤーたち

AKVA グループの創立は1975年。本社はノルウェーの港町スタヴァンゲルに近いヴリンという小さな町にある。本社はヴリンだが、ノルウェー全土に支社やサポートセンターを構える。また、カナダ、米国、スコットランドといったサーモン養殖が盛んな地域のみならず、地中海沿岸や中東にも支社を構えている(図2-2)。それ以外の地域では、現地で代理店を結んだ企業が彼らの機材を供給している。日本では、㈱東京産業という商社が代理店契約を結んでいる。本著のための調査は、同社の協力があって実現したものである。

図2-2 AKVA 社の展開する地域(同社HPより抜粋)
図2-2 AKVA 社の展開する地域
(同社HPより抜粋)

AKVA 社はノルウェーで最も大きな養殖機器のサプライヤーであるが、独占的な企業ではない。ノルウェーには、他にも、有力な企業が存在する。その一つが、STEINSVIK グループ社である。同社は、投資会社 KVERVA 社の傘下企業であるが、サーモン養殖大手の一角である Salmar 社と実質的に同じ資本グループに属している。同社は AKVA 社同様に、世界中に拠点を持つ養殖機器サプライヤーである。それ以外にも、ノルウェー国内を中心に展開するVARD AQUA(旧 STORVIK AQUA)社やAQUALINE 社などがあり、複数の民間企業が、日夜、技術開発に鎬を削っている。

AKVA 社の養殖機器

総合サプライヤーが供給する商品群

AKVA 社を「養殖機器の総合サプライヤー」と形容したが、彼らが供給している養殖機器とは一体どのようなものか。彼らは、それをわかりやすくコンセプトイメージで紹介している(図2-3)。このイメージを見れば、彼らの扱う機器というのが、いかに広範なものをさすかお分かりいただけるだろう。彼らが提供しているのは、養殖にとって必要なケージフレームやネットのみならず、サーモンに餌を与えるための自動給餌システム、ゲージの環境を計測するためのセンサー類、サケ類の成熟等をコントロールするライト類、イケス内の状況を把握するために必要なカメラ類、ゲージに行くための作業ボート、サイロを備え給餌の起点となるフィーディングバルジ(はしけ船)、これらの設備をコントロールしたり、魚の成長を管理したりするためのソフト群などである。AKVA 社は、各機器を、投入するゲージの大きさや環境別に複数種用意しており、顧客の養殖環境や要望に基づいて適切な組み合わせで提供する。

図2-3 AKVA 社が提供する海面養殖設備一式のコンセプトイメージ。これに加えて、センサー類や各種ソフトウェアなどの販売も行っている。(Credit: AKVA Group ASA,同社より許諾を得て掲載。)
図2-3 AKVA 社が提供する海面養殖設備一式のコンセプトイメージ。これに加えて、センサー類や各種ソフトウェアなどの販売も行っている。
(Credit: AKVA Group ASA,同社より許諾を得て掲載。)

これはあくまでも海面養殖に限った製品群であり、これ以外にも、「陸上養殖」のための機器も提供している(図2-4)。つまり、同社は海面養殖・陸上養殖双方をカバーする文字通りの「総合」サプライヤーなのである。

図2-4 AKVA 社の提供する陸上養殖施設一式のコンセプトイメージ。(Credit: AKVA Group ASA,同社より許諾を得て掲載。)
図2-4 AKVA 社の提供する陸上養殖施設一式のコンセプトイメージ。
(Credit: AKVA Group ASA,同社より許諾を得て掲載。)

AKVA グループのソフトウェア開発

AKVA グループでは、自社グループ内で機器(ハードウェア)の開発だけではなく、ソフトウェアの開発も手掛けている。AKVA グループの開発するソフトウェアの中で代表的なものが「Fishtalk control®」である(図2-5)。

図2-5 生産管理ソフト FishTalk control® (Credit: AKVA Group ASA,同社より許諾を得て掲載。)
図2-5 生産管理ソフト FishTalk control®
(Credit: AKVA Group ASA,同社より許諾を得て掲載。)

同ソフトウェアは、養殖管理ソフトウェアのパッケージである。そのコンセプトは、「育種から取り上げまで」である。ソフトパッケージなので、目的に合わせた複数のソフトが含まれているが、最も基本的なのが生産管理のためのソフトである「Fishtalk Plan®」である。Fishtalk Plan® は、ノルウェーの大手養殖業者も多数取り入れている生産管理ソフトである。ノルウェー大手の養殖会社では、企業全体での生産管理は本社側が実施し、現地での生産管理は現地で行うという分業体制がとられているようだ。このため、「Fishtalk Plan®」についても、全体での生産管理と現地での生産管理両方が行えるように設計がされている。このソフトウェアには生産計画を立てていくため、様々なシナリオに基づいて将来予測を行うための機能が含まれている。

Fishtalk Plan® は、データに基づき、養殖魚について最適な給餌量を提案してくれるが、このために必要な成長予測に関するデータは、養魚飼料メーカーから提供を受けているとのことである。AKVA 社と養魚飼料メーカーの付き合いは深く、成長予測データを提供しているだけではない。ノルウェーでは、送風による自動給餌が一般的だが、風圧が強すぎて餌が破損してしまうと給餌量に差が出てしまうため、AKVA 社が自社製品を使った際にそういった問題が発生しないよう、飼料メーカーにテストをするための装置を貸し出すといった協力もしているようだ。Fishtalk control® にはここで紹介した Fishtalk Plan® 以外にも、環境調査データを管理するための Fishtalk Environmental Monitoring や、生産のベンチマークを行うための Fishtalk Benchmarking といった多数のソフトウェアが含まれている。

そして、もう1つの重要なソフトが、養殖生産現場の機器を制御するためのソフトウェアであるAKVA connect® である。ノルウェーの養殖生産現場は、様々な作業が自動化されており、バルジからコントロールしている。このため、カメラやライトを制御するソフトや、給餌装置をコントロールするソフトウェアが必要になる。そのためのソフトが AKVA connect® である。日本では、現在多くのベンダーが様々な養殖関係のソフトウェアやアプリを開発していると思われるが、そこで開発している機能の多くは、既に Fishtalk control® かあるいは、AKVA connect® で実装されている機能ではないかと思う。

AKVA 社では、更に総合サプライヤーという点を活かして、養殖機器や生簀自体を管理するためのFishtalk equipment® や、最近では AI を活用した給餌支援ソフトAKVA observe® などの開発も行っている。

海中給餌装置やその他の製品群

AKVA では海中給餌のシステムを開発している。これは、サケジラミが海中の表層を漂って感染することから、養殖魚ができる限り表層にいる時間を減らすことを目的としている。ただし、表層であればスプリンクラーのような散布機を使って、生簀全体に万遍なく餌を散布することができるが、海中給餌では、それが使えないという問題がある。そこで、AKVA 社では、図2-6のような特殊な形状の給餌装置を作り、海中においても広範囲に餌を散布する方法を提案している。アトランティックサーモンは、光で制御できることが知られており、この海中給餌装置は、同社が供給する海中ライトと合わせて使用される、という。

図2-6 AKVA 社の水中給餌設備。ライトと一緒に使用して魚群を中層に維持する。(Credit: AKVA Group ASA,同社より許諾を得て掲載。)
図2-6 AKVA 社の水中給餌設備。ライトと一緒に使用して魚群を中層に維持する。
(Credit: AKVA Group ASA,同社より許諾を得て掲載。)

その他にも、養殖生簀の清掃ロボットや作業用ボート、死魚の回収装置なども開発されている。同社が養殖で必要な機器で、開発していないものは、ほぼ無いのではないだろうか。AKVA 社の製品については、まだまだ日本では認知度が低く、普及も進んでいないが、それは、小規模経営体が多いという我が国の魚類養殖業側の事情もあるだろう。また、日本の法規制等への対応もあるかもしれない。それは裏を返せば、我が国特有の事情が存在しない海外市場では、同社の製品群が競争力を持つということである。日本の養殖機器メーカーが、海外市場に挑む際には、AKVA 社と競合することとなる。日本のメーカーは国内市場を基礎に技術開発を始め、成功を収めたら海外という構想を描いているかもしれないが、ノルウェーの競合先は手強いという認識が必要かもしれない。

AKVA グループのサポート

AKVA サービスのサポート体制

AKVA グループの強みとして、餌と仔魚以外の全てを供給できる体制にある点を挙げたが、もう1点、強力なのがそのサポート体制である。同社はノルウェー全土にサービス拠点を設けており、自社の養殖機器に何か問題があれば、直ちに駆け付けて対応できる体制が整っている。ノルウェーでは、1つの生簀で大量の魚を飼育しているため、給餌装置が止まり餌が供給できなくなると魚が痩せて巨額の損失となる。このため、トラブルへの対応はスピードが命である。サービス拠点では多数の技術者が雇用され、機器の修理なども行っている。同社がサポート体制の維持に費やす費用も莫大である。

さらに、同社ではサポートの一環として、生産者が同社の機器を使いこなせるようにするための教育のサービスを提供している。ノルウェーの養殖業界では、養殖業の生産活動とそのサポートの分業がしっかりしており、生産者は供給された機器を使って生産をすることに専念できる。機器のメンテナンス・補修等の“生産”以外の活動については、それを供給する機器メーカー側が行う、という分業体制が確立しており、業界全体として効率化が進んでいる。

養殖機器のレンタル

同社はノルウェーでは、養殖機器のレンタルサービスも行っている。養殖機器の購入は初期投資が多くかかるという課題があるが、同社では、これを機器の交換修理・メンテナンス・サポート・トレーニングサービスなど全て込みで貸し出すというビジネスを展開している。これも、同社が機器の修理やメンテンナンスも含めて行っているからできるサービスである。我が国の養殖業界が成長産業化していくためには、最先端の養殖機器を導入するための方法に顧客のビジネスモデルや経営体力に応じて、このようなレンタルという選択肢も用意されると良いかもしれない。

AKVA 社は日本ではサポート体制を構築するほどのシェアを確立できておらず、このようなサービスが展開されていない。日本でも、こういったサービスを展開する企業が現れることを期待したい。

養殖生簀

養殖の中でもっとも重要かつ基本的な機器が生簀である。これについては、AKVA group のEgersund Net 社のTom Asbjørn Hatleskog 氏にインタビューをさせていただいたので、同氏へのインタビュー内容を踏まえて説明をしたい。同社とAKVA グループとはもともと、養殖機器の開発において協力関係にあったが、2013年にEgersund Net 社が属していた Egersund グループがAKVA グループに資本投入し、さらに2018年にAKVA グループが Egersund Net 社を買収により完全子会社化したことにより、両社は資本面でほぼ一体化したグループとなった。

Egersund Net 社の主な製品は、養殖生簀用の網である。養殖生簀用の網、というカテゴリだけ考えれば、我が国でも多数の企業が様々な製品を開発・販売している。ノルウェーでは、①1ケージあたりの飼育数が膨大であるため破網により養殖魚が逃避するとその損失が桁違いになる。②逃避した養殖魚がサケジラミの感染や交雑によって天然魚に与える影響が懸念されており養殖魚の逃避に関する規制が非常に厳しい、といった点がメーカーにとって重要である。このため、ノルウェーの養殖用生簀は、金庫のように頑丈であることが求められる。反面、あまりにも網地を細かく丈夫に作りすぎると、今度は通水性が悪くなり、生簀内の溶存酸素量が低下して成長速度に影響が出たり、疾病が蔓延しやすくなったりする。Egersund Net 社は、この二律背反的な目標を同時にクリアすることを目指して製品を開発している、とのことである。

同社について、いくつか特徴的な点を紹介したい。

まず1つは、同社が顧客のニーズや設置環境を踏まえて、最も適切と思われる養殖生簀を提供できる体制にある、という点にある。同社が顧客から養殖生簀を設置したいという相談を受けた場合、顧客のニーズを確認しつつ、顧客が生簀を投入しようと考えている場所の海流等の環境データを収集し、そのデータを基にコンピュータシミュレーションを行って、最適と思われる生簀の形状を提案しているとのことであった。また、同社ではシミュレーションによる結果を示すだけではなく、実際に小型の模型を作成し、SINTEF(ノルウェー産業科学技術研究所)が所有する実験用プールで現場を再現した実験を行って、網なり等を評価しているとのことであった。この実験は、通常、顧客を招いて行い、顧客の目の前で実際の網なりを確認しながら、最終的な形状を決めるとのことだった(図2-7)。

図2-7 Egersund Net では網なりを顧客と確認しながら最終的な形状を決める。(Credit: AKVA Group ASA,同社より許諾を得て掲載。)
図2-7 Egersund Net では網なりを顧客と確認しながら最終的な形状を決める。
(Credit: AKVA Group ASA,同社より許諾を得て掲載。)

もう1つはサポート体制で、同社も AKVA グループ同様に、ノルウェー全土にサービス拠点を有しており、魚体サイズに合わせた網の交換や定期的なメンテナンスなど全て実施している、とのことであった。

同社を含むAKVA グループのサービスの共通点は、顧客の要望や環境に合わせて、最適と思われる製品を提案すると同時に、サポートやメンテナンスも提供する、という点である。生産者は、養殖機器の検討、維持・管理にほとんどエフォートを割くことなく、魚の飼育のみに集中できる。養殖産業が成長産業化していく過程では、生産と、そのサポート(機器選定やメンテナンス等)との分業化が進展し、生産者が果たすべき役割が「魚の飼育」に特化していくことが求められるだろう。

生産現場の実情

今回の調査では、同社の機器を扱う養殖生産現場でのヒアリング調査も実施した。そこで、我が国の養殖業の生産現場との思想の違いを感じることができた。

我々が訪問したのは、トロンハイムからフェリーで1時間40分程度の距離にある、ヒートラ島に所在するLeroy Seafood グループの養殖場である。ヒートラ島はノルウェーのアトランティックサーモン養殖発祥の地と言われているようで、同社以外にも複数の企業が大規模な養殖場を開設している。Leroy Seafood グループは、ノルウェーのサーモン養殖企業の生産量第3位で、AKVA グループにとっても重要な顧客である(図2-8)。

図2-8 訪問したレロイ社の養殖施設の所在地(赤丸)
図2-8 訪問したレロイ社の養殖施設の所在地(赤丸)

訪問先は、典型的なアトランティックサーモンの養殖場で、直径数十メートルの生簀が複数浮いており、スプリンクラー式の自動給餌装置で給餌を行っていた。ちょうど、生簀から養殖魚のサンプルを取り出して、実際のサイズを計測している最中であった。我が国でも、養殖魚のサンプリングは行われているので、この点はノルウェーも直接サンプリングをして、計測しているようだ。

作業は専用の作業船で行われており、広い甲板でコーヒーを飲みながら和やかに行われていた。興味深いと感じたのは、この養殖場の現場責任者である Stian Lernes 氏が、計測データを専用の計測用紙に記入していた点である。「養殖業へのICT の導入」という観点で考えると、まずこの入力作業を、タブレット類などのデジタルディバイスに置き換える技術開発を進めがちだが、最先端技術国であるはずのノルウェーでは未だに紙と鉛筆を使っていた。なぜ、ここをデジタル化しないのか、その必要性を感じないのか、と伺ったところ、「家のパソコンでコーヒー飲みながら、間違いがないかどうかチェックしてデータを入力するので、その必要性は感じない」と言われた。同社の養殖管理のシステムはクラウド化されており、同社の従業員であればどこからでもアクセスできるとのことで、あえてこの現場で、デジタルディバイスを活用して入力する必要性は感じていないとのことだった(図2-9)。

図2-9 デッキ上での計測作業。この作業は予期していたものよりアナログだった。
図2-9 デッキ上での計測作業。この作業は予期していたものよりアナログだった。

訪問した時、ちょうどアトランティックサーモンの給餌の真最中であったが、作業船では一切、給餌行為は行っていなかった。給餌作業は、近隣のバルジから遠隔で行っているからである。海上に家を一軒浮かべたようなバルジを見学させてもらい、カメラとモニタを用いた遠隔給餌の様子も見学させていただいた。カメラとディスプレイを通じて、生簀内のアトランティックサーモンの様子を確認しながら、ボタンをクリックして餌を散布する。最適な給餌量はモデルから予測されているものの、微妙な調整は、魚の食い気を見ながら行うため、長年の経験がものを言うとのことである。この点、使用する機材はハイテクだが、技術開発の余地はありそうだと感じた。日本では養殖魚への給餌は重労働であるが、ノルウェーはコーヒーを飲みながらできる事務作業に近い。(図2-10)。

図2-10 自動給餌。適切な量の給餌をするため生簀内の様子を常に観察している。
図2-10 自動給餌。適切な量の給餌をするため生簀内の様子を常に観察している。

給餌にかかる労働負荷以上に違いを感じたのが、ノルウェーの給餌に対する考え方と、装置のメンテナンスに対する姿勢である。私が訪問した養殖場では、バルジの給餌システムが古かったため、餌のカスなどが溜まりやすくLernes 氏は、毎日1度、30分程度かけて丁寧に掃除をしていると言っていた。また、給餌のためのパイプも餌のカスなどが付着するため、週に1度程度専用のスポンジを投入して清掃していると言っていた(図2-11)。

図2-11 スポンジを投入して風圧で押し出しパイプ内を清掃。給餌のベストパフォーマンスを出すために常に装置の手入れを欠かさない、という。
図2-11 スポンジを投入して風圧で押し出しパイプ内を清掃。給餌のベストパフォーマンスを出すために常に装置の手入れを欠かさない、という。

ただ、これは、養殖機器を長く使用するためのメンテナンスではない。機器やパイプに餌のカスが付着して通気性が損なわれると、ポンプで意図した適切な量の空気を送り込むことができなくなる。すると、送風量が少なすぎてパイプ内で餌が滞留したり、逆に多くなりすぎて餌が風圧に耐えられず破損したりする。結果として、ソフトウェア側で計測している餌の「投入量」と、給餌システムを通じて生簀内に投入された餌の「正味量」に差が生じる。それは、餌代が余計にかかるばかりか、その給餌量から期待される成長と、実際の魚の成長とに差が生じる原因になる。つまり、この清掃作業は計画生産の実現に必要な正確な給餌を実現するための作業である。

今回の調査を通じて、ノルウェー養殖現場を貫く思想は「計画性」と「正確性」であると感じた。これは、ノルウェーの養殖業が「量」で規制されている事の影響も大きいだろう。大手養殖業者は、本社で全体の出荷計画を管理している。個々の養殖場の成長具合を見ながら、出荷量を会社全体で調整し、安定した供給を実現している。過小給餌だと、市場が求めるサイズまで魚が成長しておらず、出荷が遅れて全体の生産計画に狂いが生じる。一方、ノルウェーでは養殖ライセンスは、MBT により管理されているため、過剰に餌を与えると、MBT の上限に予定より早く達し、計画より早く出荷せざるをえなくなる。したがって、現場責任者は、本部が決めた計画通りに、いかに正確に魚を育てるかを求められている。Lernes 氏曰く、現場責任者の評価も、生産計画に沿っていかに正確に魚を育てているかを数字で評価されている、とのことで、その精度を高めるため、日々の機器の清掃は欠かさないようにしているとのことだった(図2-12)。

図2-12 レロイ社の Stian Lernes 氏(右)。追求するのが「正確性」というだけで、職人気質という点では、日本の養殖業者と違いはない。(左は AKVA 社のKarlsen 氏)
図2-12 レロイ社の Stian Lernes 氏(右)。追求するのが「正確性」というだけで、職人気質という点では、日本の養殖業者と違いはない。(左は AKVA 社のKarlsen 氏)

Lernes 氏へのインタビューからノルウェーと日本とでは、養殖の機器に求めているニーズに違いを感じた。Lernes 氏は、AKVA 社の給餌装置は精度が高いと感じており、自分の養殖場も早く同社の製品に切り替わらないだろうか、と述べていた。つまり、養殖機器の規格化・標準化が進展し、自動給餌が当たり前となったノルウェーでは、自動給餌できるだけでは製品の売りにならないのである。Lernes 氏は、AKVA 社の製品に、「自動で給餌ができる」以上の価値、つまり、他社より正確であることを認めていた。他方、我が国の養殖現場は、自動化・省力化が進んでいないため、それを実現できるだけでも十分な評価を受ける。現場が求めているニーズが自動化・省力化なのか、あるいはその先の「厳密性」なのかという違いは意識しておく必要があるだろう。我が国の養殖業からみれば、同社の製品は高価でオーバースペックに映るかもしれない。ただ、グローバルに養殖機器を販売していく上では、同社の技術と競争していくことが求められる。同社のシステムと何らかの差別化ができなければ、太刀打ちできないだろう。ノルウェーの現場を実際に訪問して、養殖産業の規格化・標準化の進展や産業構造の違いが、技術開発で求められている「ニーズ」や「水準」に違いをもたらしていることを実感した。

Norwegian Standard と ISO/TC234

ノルウェーの養殖業で規格化・標準化が進んでいるのは、ノルウェーが規格化・標準化に熱心にに取り組んできたからである。ノルウェーには養殖業に関して、国内規格が存在する。AKVA 社の製品カタログには、図2-13のように「この製品はNS9415に準拠して設計されています」という記述があるが、このNS というのは Norwegian Standards つまり、ノルウェー標準を意味する規格である。

図2-13 AKVA社のカタログとNS9415による品質認証
図2-13 AKVA社のカタログとNS9415による品質認証

ノルウェーでは以下に示すように、養殖業にかかるいくつかの標準規格が策定されている。

  • NS9415: Marine fish farms - Requirements for site survey, risk analyses, design, dimensioning, production, installation and operation
  • NS9410: Environmental monitoring of benthic impact from marine fish farms
  • NS9416: Landbased aquaculture farms for fish - Requirements for risk analyses, design, execution, operation, user handbook and product data sheet

この中には、陸上養殖における国内標準規格も存在している。原文を入手できたNS9415を確認する限りでは、漁場調査の手法や,養殖機器,養殖施設といった幅広い項目について、かなり細かく国内標準規格が作られている。もっとも、私は工学や養殖機器の専門家ではないので、その基準は国内養殖業や国内の機器メーカーの製品と比較して、容易にクリアしうる規格なのかどうかについてまではわからない。ただ、この標準規格の策定が、業界の競争力強化に大きく貢献しており、さらにこのノルウェーの標準規格が国際標準規格のベースとなっていく可能性は極めて高い、と考えている。

私がそう考える理由として3点ある。まず1つが、AKVA 社がこのノルウェー標準規格に準拠した商品を海外で積極的に販売しているからである。つまり、彼らが養殖機器を海外で売れば売るほど、ノルウェー標準規格に対応した商品のシェアが拡大していき、それが「当たり前」になる。2点目は、ノルウェー以外の国がこのノルウェー標準規格を参考として、自国の標準規格の策定に動いているという点である。Karlsen 氏の話では、スコットランドで策定されている養殖業の国内標準規格はノルウェー標準規格を参考にして作られたものだということである。実際、公開されているスコットランドの標準規格の謝辞には、NS9415が含まれており、同基準を参考にして規格が作られたことが推察される。3つ目は、養殖業の国際標準規格自体がノルウェーを中心に定められつつあるからである。養殖業の国際規格は、ISO/TC 234 FISHERIES AND AQUACULTURE において定められているが、その事務局はStanders Norway(NSを決めている機関)である。図2-14は、ISO/TC234の参加メンバーであるが、その中心はサケ養殖の盛んな北米(米国、カナダ)、南米チリ、EU圏(英国等)の国々である。ISO/TC234では、以下のような標準規格が作られているようだ。

  • ISO12878:2012Environmental monitoring of the impacts from marine finfish farms on soft bottom
  • ISO16488:2015Marine finfish farms — Open net cage — Design and operation
  • ISO16541:2015Methods for sea lice surveillance on marine finfish farms

養殖業界の標準化は少しずつ進んでおり、先行するNorwegian Standards の与える影響は大きいと考えられる。AKVA グループの機器販売が拡大するほど、ノルウェーの養殖産業での基準が事実上のグローバルスタンダードになっていくことが予想される。この標準化の動きは、日本国内では十分に注意が払われていないので、今後その動向を注視していく必要があるだろう。

図2-14 ISO/TC-234メンバー(水色が参加メンバー、オレンジがオブザーバーメンバー)
図2-14 ISO/TC-234メンバー
(水色が参加メンバー、オレンジがオブザーバーメンバー)