水産振興ONLINE
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2020年2月

ノルウェーにおける最先端養殖技術 —現在と将来—

金子 貴臣(元(国研)水産研究・教育機構 中央水産研究所 研究員)

おわりに

本書では、ノルウェーの養殖技術の「現在の到達点」「将来の到達点」という2つの観点から、それぞれ最新の事情について紹介させていただいた。最後に本書を締めくくるにあたり、ノルウェーの養殖産業を調査した上で感じたノルウェー養殖産業の研究開発における特徴をいくつか挙げてみたい。

①「規模の経済」という明確な方向性

ノルウェーの養殖業の競争力の源泉は、第1に「規模の経済」の追求とそのための技術開発にあると考えている。1970年代には小さかったノルウェーの養殖産業は、大型化に舵を切って、飛躍的な成長を遂げた。この転換で、いかに規格化された製品を、いかに大量かつ低コストで生産するかという思想に基づいて、技術・制度・産業構造が確立してきたのではないか、と考えている。大型化する生簀の中身を確認するため、カメラ・センサーの開発が進み、大量の魚に大量の餌を効果的に給餌するため自動給餌システムが確立した。さらに、養殖に関する標準規格の策定、生産とサポートの分業化など、ノルウェーの養殖業が規模の経済に基づき遂げてきた変化を挙げればきりがないだろう。加工流通の部分まで含めれば、さらに多くの点で同様のことが指摘できるのではないだろうか。また、養殖魚の数が増大することによって生まれた環境リスク(サケジラミ・逃避)に対する技術開発も、「規模の経済」への対応という文脈で説明できる。また、本書で解説した沖合養殖技術開発も、技術やアイディアは革新的だが、その方向性は「規模の経済」の延長線上にある。

我が国の養殖産業を鑑みると、「地域性」「多様性」「独自性」といった地域産業としての思想と、「大規模化」「標準化」「コモディティ化」というグローバルのトレンドとがぶつかり合い、産業全体の方向性を定めづらい状況に見える。開発されている技術も方向性が多様でバラついているような印象もある。(もっとも、これは、何も養殖分野だけではなく、我が国の水産業全体における研究開発にも共通する話ではないかと思う。)

一方で、国際競争の観点から見ると、ノルウェーや中国が「規模の経済」を追求し大規模な技術開発を進めているという現実がそこにある。我が国の限りある研究開発のリソースをどう配分するか、舵取りが難しい。

②「アトランティックサーモン」という種としての軸

ノルウェーにおいて「規模の経済」という技術開発の方向性と同様に、研究開発の軸となっているとみられるのは「アトランティックサーモン」という「種」である。AKVA 社の取り組みから推察するとノルウェーの養殖技術は「アトランティックサーモン」を中心として技術開発を行い、それを他魚種や他国に横展開している、というのが私の理解である。ポイントは、魚種や地域ごとのニーズばかりに対応するのではなく、まず「アトランティックサーモン」で技術を確立し、その技術が適用可能なマーケットを開拓していく形で横展開を進めているという点である。我が国は養殖対象種や生産地が多様であるが故に、研究開発のリソースが分散されやすいと傾向にあり、また、現場の意見やニーズにできる限り対応しようとしすぎるため、かえって横展開を進めにくいのではないかというのが筆者の考えである。

③情報共有や人材交流に積極的

AKVA 社を訪問した際に、「業界内での人的交流は当たり前のもので、情報は共有されるものだ」「パテントに固執し守ろうとするよりも、次のパテントを開発することにエネルギーを注ぎたい」「(ノルウェーの)業界全体で儲ることが重要だ」と同社幹部が発言していたことが印象に残っている。

この点は、過去の研究の中でも感じたことであるが、ノルウェーの水産業はもともと国内市場が小さく、海外市場ありきで成立してきた歴史があるためか、世界市場を拡大するという共通の目的を達成するためには、国内で情報やノウハウをできる限りで共有し、一体的に行動していくことが合理的だという思想が、業界内で共有されているような印象を受ける。

我が国の養殖業でも、「輸出」という方向性として打ち出されているものの、業界関係者の思想まで共有されているかは分からない。根本的な価値観の違いは、すぐに切り替わるものとは思えないが、国内市場が縮小する状況下で輸出の比重を高めていくのであれば、業界全体での意識転換も必要なのかもしれない。

ノルウェーと日本の養殖業では、技術開発における「思想」や「考え方」に全く異なる部分があり、そこがノルウェーの強さの源泉になっているように感じている。その点に触れず「技術」「システム」という末端だけを見て議論をすることは本質を外してしまうのではないか。ノルウェーの水産業を知ると、日本の水産業やその技術開発の「当たり前」が、当たり前ではないことを実感する時がある。2019年春の異動で、私は研究開発業務から外れてしまったが、今後も機会があれば、同国の研究開発や技術開発を勉強し、良い点は我が国の研究開発に還元していきたいと考えている。