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水産振興コラム
20245
進む温暖化と水産業

第21回 ノルウェーから学ぶこと

長谷 成人
(一財)東京水産振興会 理事 / 海洋水産技術協議会代表・議長

違いを踏まえて

ノルウェーの漁業管理はしばしば模範的なものとして話題になり、我が国にも信者ともいうべき発言を繰り返す人がおられます。確かに、ノルウェー水産業の産業的成功は世界の中で目立ったものと言えるでしょうが、当然ながらノルウェーはその置かれた条件の中で、試行錯誤を繰り返しながら現在の状況に至ったものです。多様な魚を多様な漁法で漁獲し国内消費を主として発達してきた日本に対し少ない魚種を対象に年間を通じた大きな水揚量と大きな水産物輸出産業を持つノルウェー、多様な販売ルートが存在する日本に対し漁獲物販売について専売権を有する販売組合が公的に認められているノルウェー、定置漁業をはじめ受動的な、魚種選択性の低い漁法が沿岸漁業の主力である日本に対しそうではないノルウェー、周辺国との関係の安定性についても極端に条件の悪い日本と比較的安定しているノルウェーと多くの違いがあります。結果として抱える問題とそれへの処方箋は当然異なります。

図1
図1 主要漁業国の漁獲量上位80%の魚種構成と魚種数
阿部景太・水産振興ウェブ版 第644号「ノルウェーの漁業管理から何を学ぶべきか?」から)

水産庁で次長を務めていた時(2017年4月)、当時の山本有二農林水産大臣と日本商工会議所の三村明夫会頭以下幹部との懇談会に、農林各局庁の局長たちと参加したときのこと。大臣は、諸々のことを承知の上だったかもしれませんが、皆さんの前で、「長谷次長、日本の漁業もノルウェーのようにできないのかね」と突然言われたので、私もとっさに、「大臣、ノルウェーの横に中国はありませんよ」と答えたものです。当時は、まだ、その後の漁業法改正につながる水産政策の改革の省内議論が本格化する前でしたが、周辺諸国と領土問題まで抱えている日本。中国に至ってはEEZの境界線について、日本、ロシア、韓国のような中間線主義でさえなく、結果として、折角のEEZはどの国とも境界が画定されていません。当時政府代表をしていた中国や韓国との二国間交渉は、なかなか科学的、合理的な議論を前提としては進まず、国交さえない北朝鮮漁船が頻繁に出現する状況の中で、普段漁業と縁が薄いであろう日商の皆さんにも短い言葉でピンとくるように答えたつもりだったのですが、果たしてどこまで通じたことか。

図2
図2 ノルウェーの排他的経済水域(EEZ)と近隣諸国
(図は阿部景太前掲書から。「ロシアとノルウェーの関係は、国際共有資源の管理として成功例と言える。」との記述も)

水産政策の改革とTAC管理

その後まとめた水産政策の改革では、資源管理について、科学的知見に基づく数量管理を基本とする管理方法に軸足を移すこととしつつも、それだけでなく、国際的な枠組みを通じた資源管理を徹底すること、漁業取締体制も強化することという内外セットの方針を打ち出したのでした。

その後の展開を見ると、その方針に沿って、NPFCでのサンマの管理や水産庁の取締船の能力の増強など、少しは進んだものもありますが、国際的な取り組みというのは、当然のこととして相手があることで、どうしても遅々たる歩みにならざるを得ません。特に、日本の周辺国との関係は世界的に見て相当のハンディキャップを背負っていると言わざるを得ません。その上、この温暖化です。日本周辺の水温上昇は世界の中でも際立ったものです。気象庁によれば、2023年までのおよそ100年間の海域平均海面水温(年平均)の上昇率は、+1.28度/100年で、世界全体の+0.61度、北太平洋全体の+0.64度よりも大きくなっているそうです。近年、日々報じられる各地のニュースを見ると、水温上昇は更に加速しているように感じられます。資源管理の基礎となる資源評価は、過去のデータを集積してそれを前提に行われるものであり、その基礎となる海の環境が不安定であれば推定精度も下がらざるを得ず、より柔軟、順応的な対応が必要になります。それでも、気候変動、水温上昇に対する即効性のある対策がない以上、漁業関係者ができることとして、温暖化による資源変動で被る悪影響に少しでも対応できるようにこれまで以上に資源管理に取り組んでいくべきです。そのような中、国内的には、TAC対象魚種の拡大の方針が示された後、折からのコロナ禍により会議はオンライン中心となり、関係者との議論はなかなか腹を割ったものにならず、議論は大きくスピードダウンした状態が続いてきました。

しかしながら、ここに来て、TACのステップアップ方式についてこれまでの反省を踏まえたより柔軟な対応が示されるに至り、3月15日には、資源管理の新たなロードマップが発表され、今後、温暖化等の影響を踏まえながら、資源評価、TAC管理等についてそれぞれの課題に取り組んでいく姿勢が示されました。また、同月19日に開催されたブリの第2回ステークホルダー会合では、定置漁業をはじめとする漁業者からTACの早期導入を望む声もあり、TACのステップアップ管理を2025管理年度から導入することで意見集約されたと報じられるなど、ようやく議論が少しはかみ合いだしたようにも見えます。

図3
図3 ブリの漁業種類別漁獲比率の推移
(出典:水産庁HP 令和5年度ブリの資源評価)

ブリは定置漁業の主要対象種であり、定置漁業による漁獲の割合が極めて高い魚種です。定置漁業は、これまでこのコラムや、その前身の「定置漁業研究について」でもたびたび論じてきたように、沿岸漁業生産の約4割を占めるだけでなく、漁村への新規就業者の受け入れ機能があること、漁獲量当たりの燃油消費量が小さいなど脱炭素の時代に即した漁法であることなど、我が国漁業の中でこれからも重要な地位を占めていくべきものです。一方で、魚種選択性が低く、TAC管理と相性が良くない漁法の代表選手でもあります。ブリは国際管理で遮二無二管理せざるを得ない太平洋クロマグロとは置かれた状況が違うので、同じような厳格な管理は必要もありませんし、現実問題としてできるものでもありません。それでも、これから様々に知恵を出し合って、柔軟に、進む温暖化の中で順応的に資源管理に取り組んでいこうという方向性が示されつつあることは喜ばしいことです。

水産庁からはTAC管理について、留保からの迅速な配分、枠の融通、翌年度からの繰入、暫定的な目標設定などのアイデアが示されていますが、ステップアップ方式の中でさらに知恵を出し合って、現実に即した管理方策としてもらいたいものです。

ノルウェーの漁業管理から何を学ぶべきか

その上で、冒頭のノルウェーの話題に戻りますが、今回、水産振興ウェブ版第644号として、武蔵大学経済学部の阿部景太准教授の「ノルウェーの漁業管理から何を学ぶべきか?割当制度の利点と課題」が公表されました。

阿部准教授は、水産振興コラム「洋上風力発電の動向が気になっている」の番外編その2で「漁船のAISデータを用いた沖合漁業操業」の概況図を作成してくれた先生のひとりですが、ノルウェーで4年間、研究員を務めた経験があり、今回、このような論文を取りまとめていただいたものです。

阿部准教授は、ノルウェーの海洋資源法の目的も紹介されています。そこには「天然の海洋資源およびそれらから得られる遺伝物質の持続可能かつ経済的に有益な管理を確保し、沿岸地域のコミュニティにおける雇用と定住を促進すること」とあり、この補完関係であり時にトレードオフともなる関係をいかにバランスさせるかというノルウェーでの試行錯誤を紹介しつつ、過大評価も過小評価もせず、日本の漁業のために事実と論点を知ることが重要という姿勢で執筆されています。

図4
図4 漁業資源管理政策の3つの目標
阿部景太 前掲書から)

日本の漁業とは置かれた条件、そのあり方がずいぶん違うノルウェーでもタラなど同じ魚種を対象とする大規模漁業と小規模漁業との対立を抱えています。そうした中でのノルウェーの取組みには頭の体操として興味深いものがあります。以下タラを例に紹介すると

  • まず教育・研究枠、遊漁枠、若年層向けの枠が差し引かれた後、3つの沖合の船団、漁船の全長別の4つの沿岸の船団、それとは別のオープングループに割当が配分されること
  • 全体割当が少ないときはトロール船団には少ないシェアを、多いときはシェアを増加させて配分することにより、TACの増減リスクへの耐性が低い沿岸漁業への影響を緩和する方式が採用されていたが、2021年からはトロール船団のシェアが固定化されたこと
  • 1~4月に集中する生鮮のマダラの水揚げをそれ以後の時期にシフトさせ魚価低落を避けるため、4月中旬以降は10~30%上乗せして漁獲できるシステムがあること
  • 高価格が期待できるようインセンティブを与えるために、活魚については実際の漁獲量よりも割り引く制度があること
  • 過疎地域を活性化させるために追加的に漁獲できる制度があること
  • 若年層の漁業参加を促すための割当制度があること

といったことです。

図5
図5 2023年の北東タイヘイヨウダラ(北緯62度以北)の割当配分図
阿部景太 前掲書から)

ノルウェーよりも多種多様な日本の漁業について、これらの事細かな工夫は合意形成をさらに複雑にして難しくしてしまうという見方もあるかもしれませんが、ノルウェーも様々な試行錯誤の上に今の姿があると知ることは、これから柔軟に様々な知恵を出し合って合意形成を図っていこうとする関係者にとって、有益な示唆を与えるのではないでしょうか。

このような情報をより多くの関係者に知ってもらい、本格化する国内における合意形成に活かしてもらうことを期待して、(公社)日本水産資源保護協会の賛同を得て、同協会水産資源保護啓発研究事業の一環として、(一財)東京水産振興会、(一社)漁業情報サービスセンター共催で6月7日、(一財)東京水産振興会の会議室において阿部准教授のシンポジウムを企画しました。オンラインでの聴講も可能です。これからTAC管理に取り組もうとしている、全国の漁業者、漁業団体役職員、行政官、研究者、その他多くの関係者に参加いただければ幸いです。

進む温暖化と水産業に関するシンポジウム
ノルウェーの漁獲割り当てシステムについて
日時:
2024年6月7日 15:00 〜 16:30
会場:
豊海センタービル2階会議室
(東京都中央区豊海町5-1)
オンライン
(zoom)
シンポジウム「ノルウェーの漁獲割り当てシステムについて」
詳細・参加申込みページへ

連載 第22回へつづく

プロフィール

長谷 成人(はせ しげと)

長谷 成人 (一財)東京水産振興会理事

1957年生まれ。1981年北大水産卒後水産庁入庁。資源管理推進室長、漁業保険管理官、沿岸沖合課長、漁業調整課長、資源管理部審議官、増殖推進部長、次長等を経て2017年長官。2019年退職。この間ロシア、中国、韓国等との漁業交渉で政府代表。INPFC、NPAFC(カナダ)、宮崎県庁等出向。
現在 (一財)東京水産振興会理事、海洋水産技術協議会代表・議長