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水産振興コラム
202312
進む温暖化と水産業

第16回 洋上風力事業に係る本当に必要な漁業影響調査

宮下 和士
北海道大学北方生物圏フィールド科学センター センター長・教授

はじめに

再生可能エネルギーの導入の推進は、ゼロカーボン、エネルギー安全保障、地域創生の観点から我が国にとって最重要課題のひとつとなっている。中でも洋上風力資源はその発電ポテンシャルが極めて高く、全国で2030年までに10GW、2040年までに30~45GWの案件形成目標が掲げられている。そしてこれら目標を達成すべく、各地で有望区域の選定、事業化区域の選定、と事業化に向けた施策が進められている。洋上風力発電は着床式と浮体式に分類されるが、沿岸に近い着床式の導入が先行し、技術開発が伴う沖合における浮体式の導入が後行することになる。いずれにしても2030年、2040年と具体的目標が設定され、バックキャストで考えると加速度的に事業が推進されることは想像に難くない。一方で、拙速な事業推進は様々な観点から軋轢を生み、結局は目標達成の妨げとなることは言うまでもない。

洋上風力資源は特に人口の少ない地方の海域に集中しており、それら地方にとっても極めて重要な自然資源として位置付けられている。そして、各自治体もその活用の可能性に大いに期待を抱いている。有望区域に選定された地域は、地元の多様なステークホルダーと外部有識者で構成される国の定めた協議会、いわゆる法定協議会が設置され、合意形成に向け様々な議論が進められる。そして全案件について全会一致の合意がなされなければ、次へのステップへ進めない。また、漁業を中心とした水産業が基幹産業である自治体も多く、法定協議会においても先行産業である海で生業を営んでいる漁業者の意向は極めて重要となる。そしてもう一つ忘れてならないのは漁業対象にはマグロやブリ、サケ、ニシンなど選定海域に分布が限定されない広域回遊魚類等の広域資源(以下、広域資源)も多く、それら魚種を対象とした法定協議会に入ることができない漁業者も少なからず存在することである。以上の背景を鑑み、これから真に必要となる漁業影響調査について考えてみる。

漁業影響調査実施の前提条件

本当に必要な漁業影響調査は、前提として①科学的根拠に基づいたものであること、②洋上風力にかかる影響の有無を定量的に評価できること、③漁業者を中心としたステークホルダーが納得できること、を全て満たす必要がある。①は言うまでもなく科学的根拠に基づいた調査でなければ結果の信頼性は保証されず間違った判断を引き起こす。②は例えば漁獲量の減少が起こったとして、環境変化による影響なのか洋上風力による影響なのか、それらを科学的根拠に基づき定量的にそれぞれの影響を評価できなければならない。そして何よりも①、②が満たされたうえで、③に示した関係するステークホルダー間での合意形成がなされなければならない。結果、この上記3つを満たすことで、初めて調査に価値が生まれるのである。(逆に満たされない場合は軋轢が生まれ結果的には議論が紛糾してしまう。)

必要な漁業影響調査

ステークホルダーの中心に位置する漁業者の懸念は共通している。いずれも洋上風力発電事業により資源(または来遊量)の減少が誘引されるのではないか、操業制限がなされるのではないか、といった類のものが中心となる。これら懸念に応えるために必要不可欠な調査が、何処を何のために利用しているのか、どのように動いているのか、などを知るための資源生態調査、また資源の量はどのくらいなのか、どのくらい来遊するのか、などの資源の状態を知るための資源動向調査となる。そして、特定海域に限定されるローカル資源と先述した広域資源とでは調査の設計、規模は異なる。このような背景を考慮し、事業化想定海域の資源の現状を確実に把握しておく必要がある。

例えば、資源生態調査について、単発の調査で現状を知ることはできないのは自明であり、昼夜・季節・年変動の特性について合理的な回数で調査を実施する必要がある。その上で、風力発電施設の建設時、運用時の調査も同様に実施し、環境変化の影響なのか、風力発電施設による影響なのか、定量的に切り分けることを可能とすることが要求される。資源動向調査もしかりである。そして経年の環境変化の影響なのかを評価するには事業が動く前に出来るだけ多くの年数を調査に費やすことで、環境変化に対する生息場特性の理解、資源変動(あるいは来遊)のメカニズムの理解などが進む。また、このような建設前・建設時・運用時の調査を運用終了・撤収時まで継続的に実施することで、資源の状況に変化があった場合、環境変化による影響なのか、洋上風力による影響なのかの切り分けが初めて可能となるのである。

上記を鑑み、次節以降では、早急に実施体制の整備が求められる資源生態調査・資源動向調査について具体的に提案する。

資源生態調査

近年、①資源の移動や回遊の可視化を目的とした音響テレメトリー調査、②資源の行動を可視化することを目的としたバイオロギング調査が国内外で展開されている。これらの手法を組み合わせた行動生態調査により、これまで不可能とされていた資源の行動圏の定量化が実現するものと私は考え、実際に選定海域における本格的導入の検討を進めている。

例えば有望・選定海域におけるサケの行動・回帰調査においては、①の音響テレメトリーシステムの導入により移動にかかる利用空間の可視化を行う。具体的には、複数の音響受信器を海中に設置し、ID音響発信器(ピンガー)を回帰したサケに装着し放流、放流したサケが設置受信器の受信範囲に移動しピンガーからの音響信号が受信器に受信されることで、当たり前ではあるが受信器の受信範囲の空間にサケが存在することを知ることができる。また、複数の受信器からそれら受信情報を収集することで、そのサケの移動経路などが可視化される。(受信器をシステマティックに配置することで極詳細に移動を追うことも可能となる。)そして多くのサケにピンガーを装着、放流することでサケの群としての移動が可視化される。

一方、②のバイオロギング調査ではサケの移動中の環境履歴を可視化する。具体的には回帰したサケにデータロガーを装着し放流、回収することで、例えば圧力センサーからは遊泳深度の履歴を、温度センサーからは遊泳中の環境温度の履歴を収集することが可能となる。そしてこれら2つの調査を組み合わせることで、調査海域におけるサケの空間利用の定量化が可能となる。

図1 サケを例とした音響テレメトリー・バイオロギングのイメージ、および音響発信機・データロガーを装着したサケ

資源動向調査

資源の動向を知るためにはやはり資源量を推定する必要があり、漁獲情報はその基本となる。漁獲情報はそのサイズや年齢などの詳細により、コホート解析などを用いてその資源量を推定することは可能であり、資源評価の標準的手法として国内外で多く用いられている。一方で、選定海域といった限られた海域からの漁獲情報からでは、資源量の推定は難しい。そこで、これら漁獲情報に加え、科学的根拠に基づいた資源量、来遊量を推定するため、計量魚群探知機(以下計量魚探)を用いた音響資源調査を導入する必要がでてくる。音響資源調査は、漁業情報から独立した資源の直接推定手段として、国際的に普及が進んでおり、わが国でもTAC対象種のスケトウダラや、サバ類(マサバ・ゴマサバ)、マアジなどの調査などで活用されている。一方で、現状の計量魚探による音響資源調査は調査船等での活用に限定されるため、これまでは上記以外の魚種ではルーティン的調査が少ないのが現状であった。しかし近年、漁業用魚探の高性能化が進み、また私が20年ほど前から推進している漁業用魚探の計量魚探化も進んだため、漁船による音響資源調査についても体制さえ整えることができれば可能となってきている。

図2 計量化された漁業用魚探と社会実装のイメージ(シラス漁業を例に)
  • *1経済産業省 平成19年度 地域新生コンソーシアム事業
    「地域資源利用高度化の為の計量魚探開発と漁業支援サービスの事業化」
  • *2経済産業省 平成20-21年度 地域イノベーション創出研究開発事業
    「多機能小型計量魚探の開発と総合的沿岸漁業支援環境の開発」
  • *3農林水産省 平成19ー21年度 新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業
    「燃料経費削減のためのシラス魚群マップ即日配信システムの開発」
  • *4農林水産省 平成23ー25年度 農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業
    「沿岸シラスの最適漁場探索支援ツールの開発」
  • *5経済産業省 平成27-29年度戦略的基盤技術高度化支援事業
    「沿岸域の漁場管理を漁業者自ら行うための漁場情報速報システムの構築」

大規模スマートセンサーネットワークシステム構築による資源の可視化

これまで紹介したバイオロギング・バイオテレメトリーによる資源生態調査、漁獲情報・計量魚探による資源動向調査は、洋上風力発電事業の展開を進めるにあたって、今やその導入は必要不可欠といえる。実は、選定海域において漁業者が懸念しているサケ、マグロ、ブリ、ニシンなどの重要魚種のほとんどは広域資源であり、選定海域のみの調査では資源の可視化は困難である。そこで、大規模な調査が必要不可欠となる。

バイオロギング・バイオテレメトリーによる資源生態調査を導入するにあたり、最も重要とされる資源の回遊経路を確実に把握するには、①如何に受信器を多く設置できるか、②より多くの発信器・データロガーを効果的に対象魚に設置・放流できるか、③如何に情報回収効率を向上させるのか、などが重要となる。

①については、受信器のプラットフォームとして漁船、定置網、洋上風力施設などをフルに活用することができれば良い。設置数はとにかく多ければ多いほどよく、少なくとも資源の回遊を広域に評価できるよう、全国の定置網の3分の1程度(1,500台)、漁船の1,500隻程度(1,500台)、洋上風力発電施設すべて(未知数、当面は1,000台)への導入を提案する。1台導入にあたりスマート受信システム構築のコストは300万円程度なので、4,000台の導入にはイニシャルコストとして120億円の投資が必要となるが、これらは5年計画で段階的に導入する。

②については広域資源について関係各都道府県において各魚種に応じて発信器・データロガーをそれぞれ毎月100台程度、例えばサケであれば関連8道県で3か月(8×3×100 = 2,400台、発信器、データロガーそれぞれ)、ブリであれば漁獲上位20道府県でそれぞれ3か月(20×3×100 = 6,000台、発信器、データロガーそれぞれ)を毎年放流する。発信器は1個10万円、データロガーは8万円を基本とした場合、上記2種で発信器、データロガーはそれぞれ合計8,400台となる。従ってこれらの導入コストは年間、発信器で8.4億円、データロガーで6.72億円となる。これらは事業が続く限りルーティンとして実施するので毎年の計上が必要となる。そして他に対象魚種が追加された場合、その分も計上することになる。

③については、センサーネットワークシステムの構築により情報の効率的収集を図る。すなわち、①に示したスマート受信システムの通信機能について、海洋観測機器により得られた情報の収集、および後程提案する音響資源調査で得られた情報の集約が可能とする汎用性の高いスマートなセンサーネットワークシステムを導入する。これらはプラットフォームとなる定置網、漁船、洋上風力施設にシステム端末を設置する必要があり、そのコストは1台当たり50万円とした場合、5年間で20億円の投資が必要となる。そしてソフトウエア等の開発・システム構築に必要な初期投資も1億円程度が見込まれる。そしてこれらをルーティンとして維持・管理するためには少なくとも毎年1億円程度の経費が必要と見込まれる。

漁船による音響資源調査を導入するにあたり重要なのは、①漁業用魚群探知機の計量魚探化、②如何にその計量魚探が多くの漁船に設置できるか、③如何に情報を効率よく回収できるか、が重要となる。

①は先にも述べたが、現在製品化されている漁業用魚探について計量機能を付加することが可能である。②については既に漁船にそれらが設置されている場合は計量機能を付加(改良)しての活用を、また設置されていない場合は新規導入を図る。そして改良には1台当たり50万円、新規導入では1台当たり200万円のコストが見込まれる。従って、導入を想定する1,500隻のうち500台程度を改良で対応、残りの1,000隻を新規導入した場合、合計で22.5億円が5年間で必要となる。③については先のスマートセンサーネットワークシステムを活用する。

以上の展開に必要な予算額は概算で当初5年間で250億円程度、その後年間20億円程度と見込まれる。この額は、これから進めようとされる洋上風力発電事業の桁違いの総事業費から見れば、事業を円滑に進めるための必要経費として十分検討に値するものと考える。

おわりに

今回提案した漁業影響調査は、ステークホルダーの中心となる漁業者のみならず、事業を実施する企業にとっても極めて有用な情報をもたらす。また、選定海域以外の共通の資源を漁獲する漁業者(潜在的ステークホルダー)の懸念に対しても答えられる情報として極めて重要となる。そして漁業者以外の地域のステークホルダーを含め、関係する人々の間で合意形成を健全に行うためにも、目先ではコストはかかるように思えるが、このような漁業影響調査に国や民間に関わらずしっかりと投資される環境を整備することがこれからの考えとして重要であり、私はこのことを強く望む。

連載 第17回 へ続く

プロフィール

宮下 和士(みやした かずし)

宮下 和士
北海道大学北方生物圏フィールド科学センター 
センター長 教授

1968年岡山県倉敷市出身。1991年3月、北海道大学水産学部卒業、1993年3月、同大大学院修士課程修了、1996年3月、東京大学大学院博士課程修了、博士(農学)取得。その後、東京大学農学特定研究員、日本学術振興会特別研究員を経て、1997年3月、認可法人海洋水産資源開発センター(現国立研究開発法人水産研究・教育機構、開発調査センター)に勤務。1998年3月、北海道大学水産学部助教授、2002年4月、同大北方生物圏フィールド科学センター助教授、2007年4月同准教授、2011年7月より同教授、2022年4月より同センター長、現在に至る。
水中の観察技術の開発や、開発した技術を使った水中生物の生態研究、水産資源の持続的利用に関する研究、スマート水産業に関する研究などに従事。サケ学研究会会長、水産庁水産業の明日を開くスマート水産業研究会会長、北海道総合ICT水産業フォーラム会長なども務めた。