1. はじめに
(一社)水産土木建設技術センターと(一財)漁港漁場漁村総合研究所では、海洋環境の変化に適応した漁場生産力の強化の一環として、藻場の保全・創造の推進に取り組んでいます。具体的には、磯焼け対策や藻場ビジョンの策定支援等が挙げられ、地方自治体等への技術的なサポートや先進的な分野の調査研究を行っております。
昨今では地球温暖化防止の観点から温室効果ガス削減を目指す国の方針の下、ブルーカーボン技術が注目されており、我々としても今後の水産分野に関する調査・研究を進めるうえでブルーカーボンとの関連性は重要と考えております。
このようにブルーカーボンが注目される中、各省庁においてブルーカーボンに関する取組が行われており、水産庁では二酸化炭素の吸収源としても期待されている藻場の保全・創造を更に推進するとともに、漁業関係団体等と連携して、藻場保全活動への社会的な関心を高め、今後企業による社会貢献の取組など様々な活動にも働きかけを行い、藻場保全の取組を一層強化していくこととしています。
本稿は、今後Jブルークレジット申請を考えている漁業関係者等へ参考になることを期待し、本コラム第15回で紹介された令和5年度水産基盤整備調査委託事業「ブルーカーボンクレジットを活用した持続的な藻場の維持・保全体制検討調査」(水産庁委託事業)について、検討結果の一部を紹介いたします。
2. 調査内容
2-1. 成立要件の検討(企業のニーズ等)
ブルーカーボンクレジットの活用のための条件として購入を希望する企業等のニーズが挙げられます。
ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(以下、JBEという)のクレジット制度においては、購入側がクレジットの価値を決めるため、質が高いと判断されたクレジットは高額で取り引きされます。このため、令和4年度にクレジットを購入した複数の企業・団体等を対象にヒアリングを行い、以下のような回答を得ました。
① Jブルークレジット購入における背景、きっかけ
- 購入の背景は、「ジャパンブルーエコノミー推進研究会(BERG)の会員であったため」、さらに「環境に関わる業務や研究を実施していた」が主に挙げられました。
- 購入のきっかけは、「社会的な動向を踏まえて」と回答しており、気候変動対策に伴う脱炭素、カーボンニュートラル等の社会的動向に関心を持って、購入を考えておりました。
② Jブルークレジットについて(購入した理由、評価した点)
- 購入理由として、「ESG・SDGs活動の一環として」が主に挙げられ、「CO2吸収機能に加え、生物多様性や地域振興等の多方面から価値のある活動である点」が評価されておりました。
現在はCO2吸収機能よりも、地域振興、生物多様性、環境保全等、企業のESG・SDGs活動推進に活用できる項目を評価した傾向が示されました。
③ 選定したプロジェクトについて(選定した理由、着目した点)
- 選定理由は、「地域貢献」や「業務で関連している地域」が主に挙げられ、「実施場所」「実施主体」「実施内容」に着目して選定しておりました。
④ 今後の展開について(企業活動への活かし方、今後の購入・創出側に参画する意思)
- 企業活動への活かし方は、「社会貢献の一貫として購入」、「企業PRに活用する」が主に挙げられ、「今後は社会動向等を考慮して、必要に応じて購入や創出側への参画について検討する」という回答が多い状況でした。
2-2. モデル地区での社会実証
(1) 概要
全国の藻場の維持・保全の活動を行っている団体から3つのモデル地区を選定し、申請のサポートを行うとともに、申請等に関する課題の抽出及びその解決策の検討を行いました。
モデル地区の概要は表1に示すとおりであり、いずれの地区も磯焼け状態から活動を始め、藻場の造成・保全に務めております。
このうち、北海道積丹町は、本コラムの第8回、第9回において活動内容が紹介されており、町長、行政、漁業関係者が一丸となって気候変動対策を目的とした藻場の回復を図っております。
モデル地区 | 概要 |
---|---|
積丹町 |
|
横須賀市 |
|
壱岐市 |
|
(2) 社会実証で得られた課題及びその解決方針
課題①:譲渡先(資金)の確保について
3地区とも申請・認証まで完了しましたが、譲渡先の候補がなく、今後の資金計画が立てにくいという課題が挙げられました。
通常JBEのホームページにPR資料を掲載することができるほか、認証・交付式においてプレゼンすることができます。しかし、近年、申請件数が増加し、これらの取組のみでは、クレジットの譲渡先が決まらない可能性が示唆されました。
そこで、モデル地区においては認証後に表2に示すPRも併せて実施し、表3のとおり譲渡先を確保することができました。
PR方法 |
---|
|
モデル地区 | 公募結果 |
---|---|
積丹町 (6.4 t-CO2) |
・3社購入(3口) |
横須賀市 (0.6 t-CO2) |
・3社購入(5口) |
壱岐市 (974.6t-CO2) |
・3社購入 ・残りクレジット:938.0t-CO2 今後の公募で継続販売 |
課題②:人手と資金の不足
クレジット申請を行うには現地調査が必要となります。
モデル地区の申請に要した時間割合(延べ)は図1に示すとおりであり、いずれの地区も現地調査(外業+内業)に費やした時間が全体時間の半数を上回る結果でした。
高い確実性が評価されて認証されるCO2量を大きくするためには現地調査の水準を高くする必要があるため、人手と資金を要します。
モデル地区の確実性と調査手法の関係は表4に示すとおりであり、面積についてはいずれも空中ドローンと潜水目視を行い、95%と高い評価を得ております。 吸収係数は、積丹町や壱岐市のように坪刈りを実施して、式2(湿重量と残存係数を考慮)を適用した地区は、90%以上の高い評価を受けております。一方で横須賀市のように式1(吸収係数の文献値を考慮)を適用すると、70%と低い評価となっております。吸収係数で高い確実性を得るには、式2による算定が必須となりますが、その分、潜水調査や坪刈りといった労力が必要となります。このため、調査の水準と確実性のバランスを考慮した上で調査手法を検討する必要があります。
モデル地区
手法
|
積丹町 | 横須賀市 | 壱岐市 | |
---|---|---|---|---|
面積 (被度) |
評価 |
【藻場①】95% 【藻場②】85% |
95% | 95% |
手法 |
【藻場①】 ・空中ドローン ・潜水目視(被度) 【藻場②】 ・ロープ長計測 |
・空中ドローン ・水中ドローン ・潜水目視(分布・被度) ・音響探査機 |
・空中ドローン ・潜水目視(被度) |
|
吸収係数 | 評価 |
【藻場①】90% 【藻場②】90% |
70% | 95% |
手法 |
【藻場①】 ・潜水目視 ・坪刈り(湿重量観測) 【藻場②】 ・坪刈り
|
|
・潜水目視 ・坪刈り(乾重量観測)
|
※ 積丹町の藻場①はウニ密度管理造成藻場、藻場②は養殖ロープによる造成藻場を示す。
本課題の解決には以下の2点が提案されます。
案①:簡便な手法を選択
- 水産庁から漁業関係者等が直営で調査できるように「実効性のある継続的な藻場モニタリングの手引き」が発行されております。
- 高度なモニタリング手法と比べて認証の確実性は低くなりますが(認証されるCO2量は小さくなる)、本手引きを参考とすることで、費用と人手を抑えて申請可能と考えます。
案②:連携体制の構築(高水準な手法を選択)
- 民間企業のクレジットへの関心は高く、創出側に参画したいという意見がヒアリング調査で得られているため、民間企業参入のためのインセンティブの追加やマッチング支援が必要かと考えます。
- 民間企業の協力を得ることで高水準な調査手法を選択できる(認証されるCO2量が大きくなる)と考えます。
3. 今後の展開
社会実証を通じてPR方法や現地調査の課題が挙げられ、民間企業との連携(技術・人手・資金)が重要であることが示唆されました。令和6年4月には国連の温室効果ガスインベントリへ海草・海藻類の吸収量が世界で初めて報告され、今後ブルーカーボン市場の活発化が期待されます。そのためにも民間企業との連携を促進し、持続可能な藻場の維持・保全に寄与する仕組みの構築が必要になると思います。
関連する水産振興ウェブ版(第640号)
海洋水産技術協議会ワークショップ
「ブルーカーボンとカーボンクレジット—課題と展望」