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水産振興コラム
20247
進む温暖化と水産業

第23回 我が国におけるTAC管理対象資源の拡大について

加納 篤
水産庁資源管理推進室課長補佐

「ノルウェーから学ぶこと」という長谷氏からのバトンを受ける形で、私からは、我が国におけるTAC管理の拡大について話題を提供させていただきます。
水産庁資源管理推進室で課長補佐をしております、加納と申します。よろしくお願いします。

1. TAC管理の開始と漁業法改正まで

我が国のTAC管理制度は、ご存じのとおり、国連海洋法条約の的確な実施を確保するため、平成8(1996)年度に導入・開始されました。 当時は、海洋生物資源の保存及び管理に関する法律(TAC法)の下で、

  • 採捕量及び消費量が多く、国民生活上又は漁業上重要な海洋生物資源、
  • 資源状態が悪く、緊急にTACによる保存及び管理を行うことが必要な海洋生物資源、
  • 我が国周辺水域で外国漁船による漁獲が行われている海洋生物資源、

のいずれかに該当するものであって、TACを決定するに足るだけの科学的知見の蓄積があるものについて、魚種単位で選定されることとされており、平成8(1996)年7月にサンマ、スケトウダラ、マアジ、マイワシ、マサバ及びゴマサバ、ズワイガニが対象として選定され、平成9(1997)年1月からTAC管理が開始されました。その後、1年遅れて平成9(1997)年10月にスルメイカが対象として選定され、翌年1月からTAC管理が開始されました。

TAC管理対象の拡大に関しては、平成20(2008)年に開催された「TAC 制度等の検討に係る有識者懇談会」において、(当時の)TAC管理対象に次いで採捕・消費量が多く、国民生活上又は漁業上重要な魚種であるカタクチイワシ、ホッケ、ブリ、マダラについてTAC管理導入が検討されましたが、「今後とも、これら魚種を含め、科学的知見の集積に努めるとともに、資源の特性等を踏まえつつ、TAC対象魚種の追加については継続的に検討すること」とされました。

その後、平成24(2012)年3月に閣議決定された水産基本計画において「TAC魚種拡大について引き続き検討する」と記載されたことを受けて、上記4魚種にウルメイワシを加えてた5魚種について、水産政策審議会資源管理分科会や広域漁業調整委員会において議論が行われ、平成26(2014)年に開催された「資源管理のあり方検討会」においても「水産政策審議会や広域漁業調整委員会等を通じた検討を継続することが必要」との提言がなされるなど、対象拡大の機運の高まりはありましたが、結果的には、TACの決定に足る科学的知見が十分ではない、漁業実態が複雑であるなどの理由から、その時点でTAC対象種に追加する必要性は低いと判断され、TAC対象の拡大とまでは至りませんでした。

【参考1】H27.2.20 水産政策審議会・第69回資源管理分科会資料

その一方で、太平洋クロマグロにつきましては、国際的な資源管理の動きを背景に、平成29(2017)年4月にTAC法に基づくTAC管理の対象として選定され、平成30(2018)年1月からTAC管理が開始されました。(クロマグロの管理に関しては、別途、水産振興643号にまとまっていますので、詳細につきましてはこちらもご参照ください。)

なお、この間、TAC管理の運用についても議論が深められ、TACとABC(生物学的許容漁獲量)との乖離の是正、TACの期中改定のルール化が図られるなど、改善が図られていきました。

【参考2】H26.3.24 第1回資源管理のあり方検討会資料

また、TAC管理の観点以外では、自主的な資源管理の取組も含め、各地において船舶の隻数及び総トン数の制限、漁具・漁法・漁期等の制限など様々な資源管理の取組が展開されてきました。しかし、残念ながら、我が国の漁業生産量は昭和59(1984)年をピークに長期的に減少傾向が続いており、その要因は、海洋環境の変化や、周辺水域における外国漁船の操業活発化等、様々な要因が考えられましたが、より適切に資源管理を行っていれば減少を防止・緩和できた水産資源も多かったものと考えられました。

その一因としては、近年の漁獲に係る技術革新により、船舶の隻数、総トン数等当たりの漁獲能力が向上したことが挙げられ、このような事情を考慮すると、船舶や漁具等に関するインプットコントロールやテクニカルコントロールのみによる管理では限界があると考えられました。

このため、今後も水産資源を持続的に利用していくためには、資源管理の手法として漁獲量そのものの制限をかけるアウトプットコントロールを基本とした管理に軸足を移していく必要があると判断され、水産政策の舵は、この方向に向けて切られていくこととなりました。

漁業生産量の推移
資源管理方法:インプット・テクニカル・アウトプットコントロール

2. 水産政策の改革と漁業法改正

上記の流れを受けて、具体的には、平成29(2017)年4月に閣議決定された水産基本計画において、「数量管理等による資源管理の充実や漁業の成長産業化等を強力に進めるために必要な施策について、関係法律の見直しを含め、引き続き検討を行う」と定められ、これを出発点として議論が進められました。

そしてその後、平成30(2018)年6月に改定した農林水産業・地域の活力創造プランにおいて、漁業法改正を主な内容とする「水産政策の改革の方向性について」がとりまとめられ、資源管理については「主要資源については、アウトプットコントロールを基本に、インプットコントロール、テクニカルコントロールを組み合わせて資源管理を実施する」などと盛り込まれました。

この内容を受けて法案が取りまとめられていき、国会での審議を経て、平成30(2018)年12月、TACによる資源管理を基本とする改正漁業法の成立へと至りました。

【参考3】水産政策の改革について

3. 改正漁業法に基づく資源管理の推進

改正漁業法は、公布から2年後の令和2(2020)年12月に施行されましたが、水産庁では、施行前の令和2(2020)年9月、改正漁業法の下での資源管理の取組を進めるため「新たな資源管理の推進に向けたロードマップ」を策定し、令和5年度までの当面の目標と具体的な工程を示しました。

この中で、TAC管理の対象拡大については、改正漁業法で「TAC管理が基本」とされたことを踏まえて「令和5年度までに、漁獲量ベース(*遠洋漁業で漁獲される魚類、国際的な枠組みで管理される魚類(かつお・まぐろ・かじき類)、さけ・ます類、貝類、藻類、うに類、海産ほ乳類は除く。)で8割をTAC管理とする」ことを目標とし、「漁獲量の多いものを中心に、その資源評価の進捗状況等を踏まえ、TAC管理を順次検討する」としました。

また、令和3(2021)年3月には「TAC魚種拡大に向けたスケジュール」を策定し、「新たなTAC管理の検討は、①漁獲量が多い魚種(漁獲量上位35種を中心とする)、②MSYベースの資源評価が近い将来実施される見込みの魚種、に合致するものから順次検討する」ことを明らかにしました。

(なお、我が国EEZ等のみを対象としていたTAC法が廃止され漁業法に資源管理の概念が規定されたことに伴い、法に基づくTAC管理の対象が国際的な枠組みにおいて管理されている水産資源(国際資源)まで拡大し、国際資源のうち我が国を対象とした数量管理が導入されているものについても、原則としてTAC管理の対象資源(特定水産資源)として指定されることとなりました。)

【参考4】新たな資源管理の推進に向けたロードマップ
【参考5】TAC魚種拡大に向けたスケジュール

この考えの下、水産庁では、改正漁業法に基づく資源評価結果が公表されるなど準備の整った資源から、水産政策審議会資源管理分科会の下に設けられた資源管理手法検討部会を開催し、TAC管理対象の拡大の議論を開始しました。

令和6(2024)年7月現在、その進捗状況は下表のとおりです。

水産資源ごとの検討状況(令和6年7月現在)

4. TAC管理対象の拡大と課題

結果からすると、法改正以降、新たに、カタクチイワシ3系群、ブリ、ウルメイワシ1系群、マダラ4資源、マダイ1系群について、TAC管理が開始、あるいは開始される方向となりました。しかしながら、長谷氏が前回のコラムに書かれていた通り、ここに至るまでの道のりは容易ではありませんでしたし、今現在も、それぞれの資源について課題が存在していることから、これからの道のりも決して容易なものではないと考えています。

こうした状況に対応して、課題解決を図りながら段階的にTAC管理を導入していくため、水産庁では、新たにTAC管理の対象とした資源については「ステップアップ管理」を導入していくこととしました。下図のとおり、既存TAC資源と同等のTAC管理とするまでを3段階に分け、特に、それぞれの資源において課題と認識されているものについては、採捕停止命令等を伴うTAC管理が開始されるステップ3に入るまでの間に、解決に向けての十分な進展が得られるように取り組むこととしています。

ステップアップ管理①
ステップアップ管理②

では、具体的に、どのような課題があるのかということですが、以下、主な資源について、いくつか紹介させていただきます。また、同時に、どのように対応していくことを考えているのかについても紹介します。

(1) カタクチイワシ太平洋系群

【課題1】
生き物として短命であり、若齢魚を漁獲している実態があることから、資源評価の将来予測よりも実際の加入が良かった場合に、資源管理の面から獲っても問題がなかったはずの魚を獲ることができず、資源の有効活用が図れなくなってしまう。(※カタクチイワシ対馬暖流系群と瀬戸内海系群の共通課題)

【対応の方向】
資源評価よりも加入が多いと考えられた場合に、資源管理の取組に影響の少ない範囲で、次年度の自身の区分から繰入を行える「翌年度からの繰入」制度の導入を検討する。なお、翌年度において前年度のABCの再評価を行い、再評価したABCが当初の評価よりも大きかった場合には、再評価ABCまで獲って良かったものとみなし、繰入した量を再調整する仕組みをビルトインすることを検討する。(※既存のTAC管理の運用では存在しない、新ルール)

【課題2】
資源の特徴として高加入期(沖合に広く資源が展開する時期)と通常加入期の2つを有しており、高加入期にはまき網漁業が、通常加入期には船びき網漁業が本資源の漁獲の主体となる。この移り変わりの時期を、どのように対応していくのかが課題である。

【対応の方向】
高加入期に移った際に、資源評価の将来予測が追いつかずTACが小さいままで資源の有効活用が図れなくなる可能性があることから、高加入期への移行の兆候について何らかの基準(トリガー)を設け、トリガーが引かれた際には一定量のTACを上乗せする仕組みを検討する。(※既存のTAC管理の運用では存在しない、新ルール)

【参考6】R6.4.24 カタクチイワシ太平洋系群・第4回資源管理方針に関する検討会(ステークホルダー会合)資料

(2) ブリ

【課題】
定置網漁業等で予期せぬ大量の漁獲があった際にも、操業が止まってしまい他の魚が獲れなくならないように工夫する必要がある。

【対応の方向】
各都道府県及び大中型まき網漁業の月別漁獲量を踏まえ、盛漁期が管理期間の終盤と重ならないようにする方策として、都道府県等毎に管理期間を①4月~3月、②7月~6月の2つを設定。また、この2つの管理期間を前提とし、従来から存在する留保からの配分や融通を工夫して運用することに加え、さらに、「翌年度からの繰入」や「翌年度への繰越」制度の導入を検討する。
(なお、定置網漁業の数量管理への適応力を高めるため、水産庁では現在、定置網漁業等における数量管理のための技術開発事業を実施し、定置網漁業における魚種選択性を高める技術の開発等を支援しています。成果については、海洋水産システム協会のページをご参考ください。)

【参考7】R6.3.19 ブリ・第2回資源管理方針に関する検討会(ステークホルダー会合)資料

(3) マダラ本州太平洋北部系群

【課題】
沖合底びき網漁業では狙っていなくてもマダラが獲れてしまうため、こうした「避けられない混獲」により操業自体が止まらないようにする必要がある。

【対応の方向】
資源管理の取組に影響の少ない範囲で、次年度の自身の区分から繰入を行える「翌年度からの繰入」制度の導入を検討する。

また、新規に拡大した資源のためではありませんが、TAC管理の柔軟な運用を図るために、例えば、留保枠からの配分について、予め機械的に配分できるルールを事前に設けることで、迅速に対応できる運用の改善(いわゆる「75%ルール」や「関係者合意」に基づく配分等)なども行っています。

【参考8】TAC管理の柔軟な運用について

5. 今後の進め方

以上、紹介しましたとおり、TAC対象資源の拡大については、TAC管理を導入した平成8(1996)年度以降なかなか進展がみられなかったところですが、その後の水産業を巡る状況を踏まえ、TAC管理の拡大がより求められてきたことから、この数年において議論が加速化されています。

一方で、平成8年度以降、議論がなかなか進んでこなかったということは、裏を返せばそれだけ課題があるということでもあり、TAC管理拡大の議論が加速化する中でも、議論は慎重に進めていく必要があると考えています。

また、このコラムのテーマである「進む温暖化」による海洋環境の変化も、近年大きな問題となってきており、これに対応しながら物事を考えていく必要もあります。

これらの解決を図るため、水産庁では、上述のステップアップ管理や、それぞれの資源の特性や漁業の実態に応じた様々な柔軟な運用の考えを提案してきました。

本年3月に策定した「資源管理の推進のための新たなロードマップ」においては、前回のロードマップの目標が達成できなかったことから、引き続き、漁獲量ベース(*)で8割をTAC管理の対象とすることを目指し令和7年度までに達成することとしていますが、同時に、上記の考えの下、TAC管理を導入した資源については、各資源の特性や漁業の実態等を踏まえ、漁業関係者等とも協力しながらTAC管理を円滑に進める上での課題解決を図っていくこととしています。

【参考9】資源管理の推進のための新たなロードマップ

6. おわりに

今回のコラムでは、TAC管理拡大の重要性と、その難しさについて書かせていただきました。いずれにしましても、水産庁としては、漁業が成長産業として続いていくため、これからも丁寧に議論を進め、将来に向けた持続的な資源利用のため、効果のある資源管理を実施していきたいと考えています。関係者の皆様におかれましては、引き続きの、ご理解とご協力を頂ければと思います。

連載 第24回へつづく

プロフィール

加納 篤(かのう あつし)

加納 篤 水産庁資源管理推進室課長補佐

1986年生まれ。2009年東京大学農学部水圏生物科学専攻卒業後、水産庁入庁。水産庁栽培養殖課、北海道庁宗谷総合振興局出向、水産庁漁場資源課、JICA農村開発部出向、水産庁漁業取締課、沿岸・遊漁室課長補佐、九州漁業調整事務所漁業監督課長を経て、2023年より現職(水産庁資源管理推進室課長補佐)。