連携は海だけじゃない
コンブはヒツジに、森と海は酒で結ぶ
白い棘が突き出した帽子と白衣の姿で “ウニ博士” に扮しセミナーや勉強会に登場するのは、積丹町に籍を置く水産業指導員の水鳥純雄氏。決してふざけているわけじゃない。丁寧に藻場造成への思いを語る言葉は熱く、子供たちも自然とその言葉に耳を傾けるようになる。
水鳥氏は、北海道庁を退職後、総務省の地域おこし協力隊として積丹町で勤務。その後も集落支援員の枠で若手漁業者らによる藻場造成を中心とした取り組みの先導役と相談役を果たしている。手作りのかぶり物でウニ博士に扮する理由について水鳥さんは、「私は面白い話ができないから、子供たちにも少しでも関心をもってもらいたくて。黒だとちょっとグロテスクだったので白衣に合わせ白にしました」と照れ笑いを浮かべる。
水鳥さんは、これまで積丹に藻場を取り戻したいとの思いを若い漁業者と共有してきた。若者たちも水鳥さんの思いに真摯に応えた。
「彼らは私が現場に行けず離れたところから指示してもちゃんと行動してくれる。信頼できる素晴らしい漁業者たちですよ」と若者たちと対等に向き合い、そして巻き込みながら、今や積丹方式と呼ばれるまでに成長した藻場づくりのモデルをつくり上げた。積丹方式と呼ばれるこのプロジェクトは、今も確実に進化を遂げている。藻場造成をはじめ、ホソメコンブ養殖とそれを餌とするウニの増産で漁業者の将来の可能性を開いたほか、これまで廃棄されていたウニ殻を藻場の栄養に再利用するモデルも構築し環境負荷軽減にも貢献。そして、その輪は今や畜産や酒の世界にまで広がっている。
コンブで羊肉にコク
水鳥さんと同じタイミングで地域おこし協力隊として積丹町で勤務した経験をもつ「積丹しおかぜ牧場」(運営・(株)流山)の皆川公信牧場長が取り組んでいるのが、コンブで育てるヒツジの飼育だ。新潟出身で、積丹の自然に魅せられ移住した皆川牧場長は、協力隊終了後、仲間とともに積丹町でヒツジの放牧を開始。町の誘致を経て借りた51ヘクタールの土地を使って始めたヒツジの飼育数は、この4年でざっと150頭に増えている。
ヒツジにコンブを与えるきっかけは、知人の牧場で飼育されていたワカメヒツジの存在を知ったこと。「ワカメで肉質がよくなるならコンブでも」と、地域おこし協力隊で同期の水鳥さんに相談し、コンブヒツジのチャレンジがスタートした。
ヒツジにコンブを与えるのは、肉として出荷する直前3か月の肥育期間。餌の中に細かく刻んだ冷凍コンブを混ぜるほか、解凍時にコンブエキスが含まれるドリップもコンブ水としてヒツジに飲ませている。わずか3か月間だが、コンブを与えることでヒツジは元気になり、その肉はコクが出てうま味が増し、臭みも消えるという。その理由について皆川牧場長は「まだ、科学的な根拠ははっきりしていないが、明らかに違う。コンブに豊富なアミノ酸でよい効果が出ているのだと思う」と話す。現在は、与える量や与え方の工夫を重ねることで、少ない量でも効果が出ることを確認。当初、試験的な取り組みとして無料で漁業者から譲り受けていたホソメコンブも、今は買い取ってヒツジに与え、「積丹しおかぜ羊」の名前で出荷している。
コンブを与えたヒツジの変化を北海道大学水産学部の学生、辻井豪佑さんが解明に乗り出そうとしている。しおかぜ牧場でのアルバイトをきっかけに興味をもち、学位のテーマとして研究を開始。来年には大学院に進み本格的な研究に入る計画で、コンブを与えることによる肉質の変化、臭みが消える理由などの科学的な解明を目指している。さらに、家畜がゲップなどで吐き出すメタンガスなど温室効果ガスが地球温暖化に少なからず影響している問題にも関心をもち、「海外では海藻を食べさせることでメタンガスが減るという成果も出ている。いずれ、コンブを与えることがメタンガスの削減につながるかも研究したい」と意欲的だ。
ジンを通じ海を守る
漁業、ヒツジとともに、積丹町の循環型再生産を支えているのが蒸留酒のジンだ。ジンの産地である英国スコットランドと積丹の気候が似ていることから、2015年に「農林漁業現場から産業化を創造」をテーマとするコンサルティング会社がプロジェクトをスタートし、18年に積丹町に(株)積丹スピリットを設立した。クラフトジンを通じ美しい海森地域の持続化を実現しようと、ジンに使うボタニカル(植物)原料は地元の山で採取し、ブランド「火の帆(ほのほ)」を形づくっている。
すでにジンの種類は38種類を超え、地元ボタニカルで作ったジンをブレンドした企業の相手先ブランド生産(OEM)の製品やオリジナルジンの生産にも着手。結婚式での引き出物など個人的な記念品の生産も手掛けている。
近年、森と海はつながっているという発想のもと、会員制の「SHAKOTAN海森計画」もスタートした。企業も個人も会員として参加できる。酒とは縁が薄い子供たちにも森と海の関係を知ってもらおうと、植樹などを通じて一緒に森と海の関係などを学ぶイベントなども実施。積丹の海がいつまでも美しく変わらずにあってほしいという思いは、火の帆ブランドの「KIBOU BLUE」という商品で具現化され、アカエゾマツの深いオレンジの香りを基調とした海をイメージする水色の鮮やかなジンに仕上がっている。「KIBOU BLUE」は1本売れるたびに100円がウニの漁場再生に取り組む若手漁業者の活動に寄付される仕組みだ。
同社の岩井宏文社長は、「半島の先端で海と森と切っても切れない関係にある積丹はまさに北海道の縮図でもある。いかに豊かな自然を持続させ、その恵みを享受しながら地域を活性化できるかが課題になる。そのためには、地元の植物を使ったジンや、豊かな海を取り戻そうという取り組みに地元外から共感・応援してくれる企業や人の力を借りて、積丹の魅力を発信していきたい」と話している。
漁業現場だけでなく、羊やジンとの連携による海づくりが一つの町で進んでいることに、積丹町の松井秀紀町長は、「積丹町が目指すのは大きな取り組みではなく、小さな取り組みの積み重ね。これからの環境対策が強く求められる時代は、国や道、漁協、そして民間の力を借りながら、いかに町づくりを進めるかが重要になる。特に民間企業とは、互いがウィンウィンの関係を構築できる仕組みづくりを進めたい。その基盤が確実にできつつある」と話し、積丹町としてもその輪をさらに広げサポートを充実させていく考えだ。