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水産振興コラム
202312
進む温暖化と水産業

第15回 ブルーカーボン:藻場のCO2貯留量算定の進展

堀 正和
国立研究開発法人 水産研究・教育機構

ブルーカーボンで日本の浜を元気にしたい」をテーマに、2022年5月~12月にかけて全16回の連載記事が掲載されました。連載の最後には、地域の漁業者と、気候変動対策を進める都市の企業と、その連携を強化させる行政が一体となった活動に期待したいと書かせていただきました。それから1年近く経ち、ブルーカーボンを活用した動きが社会で大きく前進し始め、とても嬉しく思っています。企業の皆さんが中心となり、ブルーカーボンの可能性を探る試験研究を進める事例、漁業者とともに藻場や海藻養殖を活用して気候変動対策を進める事例など、メディアで頻繁に拝見するようになりました。

活動現場と企業との連携を推進するための制度である、JBE(ジャパンブルーエコノミー技術研究組合が運営する「Jブルークレジット®」は、2020年の開始から2022年度までにその認証量(トンCO2)は4000トン近くにまで増加しました。認証を受けた活動の多くに漁業者が関わっており、浜での気候変動対策が確実に広がりつつあることがうかがえます。本コラム第8回の積丹ルポでも紹介されていますが、水産庁でも、2023年度(令和5年度)から水産基盤整備調査委託事業において、「ブルーカーボンクレジットを活用した持続的な藻場の維持・保全体制検討調査」が開始されました。漁業者を主体とした活動が今後さらに増加していくことが期待されます。

さらに行政面では、2023年4月に発表された2021年度(令和3年度)温室効果ガス排出・吸収量インベントリにおいて、ブルーカーボン生態系が初めて登録されました。まずはマングローブ林による吸収量が算定されましたが、関連する環境省の資料を見ると、マングローブ林に続くブルーカーボン生態系として、次は海草藻場と海藻藻場の算定に向けて準備が進められているようです。温室効果ガスインベントリはIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が作成したガイドラインに準拠して算定が行われますが、ブルーカーボン生態系を対象としたIPCC湿地ガイドラインでは海藻藻場に関する記載がまだなされていません。つまり日本政府は世界に先駆けて、IPCCガイドラインの基準に沿って独自の算定手法を用い、海藻藻場を自国の温室効果ガスインベントリに登録することを目指していることになります。海藻藻場が登録されれば、漁業者による藻場維持・拡大の活動がさらに後押しされることになるでしょう。

コラム「ブルーカーボンで日本の浜を元気にしたい」の第5回で、農林水産技術会議事務局から農林水産省におけるブルーカーボンの活用に向けた取組を紹介していただきました。その中で、2021年度から5か年の委託プロジェクト研究「ブルーカーボンの評価手法及び効率的藻場形成・拡大技術の開発(JPJ008722、委託先代表機関:国立研究開発法人水産研究・教育機構)」の説明がなされました。このプロジェクト研究で開発された藻場のCO2貯留算定について、2023年11月1日、その内容をまとめた算定ガイドブックが委託先代表機関の水産研究・教育機構より公開されました(図)。

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本委託プロジェクトに参画する研究機関のうち、算定手法の開発と算定パラメータの現場データ収集・解析を実施した10の研究機関(水産研究・教育機構から水産資源研究所/水産技術研究所/水産大学校、港湾空港技術研究所、東京大学大気海洋研究所、広島大学、北海道大学北方生物圏フィールド科学センター、徳島県農林水産技術支援センター水産研究課、新潟県水産海洋研究所、京都府農林水産技術センター海洋センター)による成果です。以下、その概要について解説します。

IPCC湿地ガイドラインに準拠すると、ブルーカーボンとして海中に貯留される炭素量は、単位面積当たりの貯留量を示す「吸収係数」と、対象とする区域の「面積」の積で求められます。このうち、単位面積当たりの貯留量は、対象とする藻場の一次生産でつくられた有機炭素に、消費・分解されずに海中に残存した割合を乗じて算定されます。IPCC湿地ガイドラインでは、この残存する貯留量を「堆積物内に貯留された有機物量」として示されていましたが、本プロジェクトの算定ではこの堆積物内の貯留を4つの貯留プロセス(詳細は「ブルーカーボンで日本の浜を元気にしたい」の第5回を参照)に細分化し、プロセス別に残存率を計算するといった詳細かつ独自の手法が採用されました。それにより、IPCC湿地ガイドラインに記載のある海草藻場と同じ算定手法で海藻藻場の算定も可能となりました。

算定手法では、我が国周辺に分布するすべての海草・海藻種をその分布域や生活史特性、および炭素貯留プロセスの類似性から17の藻場タイプに分類し、海藻養殖4タイプを含めて21タイプで算定するようになっています。さらに、地形が複雑で南北に長い我が国の海岸線の特徴から、海域によって藻場を構成する種や種ごとの形態等も大きく異なることから、全国の海域を藻場の構成種と海洋環境の類似性から9つに区分しています。したがって、算定に必要なパラメータは藻場タイプ別に各海域の標準値が示されています。

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算定ガイドブックには、順を追って算定しやすいようにフローチャートが掲載されています(図)。このフローチャートで確認すると、対象とする藻場のCO2貯留量の算定には、「対象とする藻場の分布面積」と「単位面積当たりの藻場現存量(乾燥重量)」を現場で観測する必要があります。あとは、このガイドブックに掲載されているパラメータの「吸収ポテンシャル(海草・海藻の乾燥重量1gあたりのCO2貯留量)」を用いれば、その場所のCO2貯留量を算定することが可能です(ガイドブック表3および表4:https://www.fra.go.jp/home/kenkyushokai/press/pr2023/files/1101bluecarbon_guidebook.pdf)。フローチャート図の下部を参照してもらうと、この吸収ポテンシャルに現場の最大現存量(乾燥重量)Bmaxと生態系変換係数E を乗じれば、IPCC湿地ガイドラインの「吸収係数」となることがわかります。算定ガイドブックには藻場タイプ別の吸収係数(各海域の吸収ポテンシャルに各海域の標準的な最大現存量を乗じた値)も示されているので、現場で現存量の観測が困難な場合など、面積を観測すれば、この吸収係数のパラメータを使って大まかなCO2貯留量を算定することも可能です。なお、ガイドブックの算定手法はJブルークレジットの算定手法と同一ではなく、認証機関での認証を保証するものではありません(JBEが公開している認証申請の手引書の最新版を確認してください)。

吸収ポテンシャルは、各藻場タイプのCO2貯留能力を示していると考えることができます。海草類の場合はその乾燥重量の60%程度を貯留量とみなすことが可能で、海藻類はタイプによって大きく異なりますが、およそ乾燥重量の6%~10数%を貯留量とみなすことができます。ただし、科学的根拠が不十分な貯留プロセスについては、ポテンシャルの算定から除外している場合もあります。今後、科学的根拠が構築されるにつれ、これらの吸収ポテンシャルの値も順次更新されていくでしょう。

この算定ガイドブックの公開により、漁業関係者、NPO、地方自治体、一般企業等の関係者にとってブルーカーボンが身近なものになり、その活用が進むことが期待されています。ただ、ガイドブックはごく単純に算定手法に限って説明されていますので、算定手法を含めブルーカーボンによるCO2貯留の仕組みを深く理解するためには、本ガイドブックの内容だけでは十分ではありません。今後は詳細な解説を追加していくとともに、さらなる研究を進め、より精緻で的確なCO2貯留量算定手法への改訂に貢献できればと考えています。

関連する水産振興ウェブ版(640号)
https://lib.suisan-shinkou.or.jp/ssw640/ssw640-01.html

連載 第16回 へ続く

プロフィール

堀 正和(ほり まさかず)

堀 正和

2003 年北海道大学大学院水産科学研究科博士後期課程修了、博士(水産科学)。日本学術振興会特別研究員(東京大学)を経て、2006年独立行政法人水産総合研究センター研究員。現在、国立研究開発法人水産研究・教育機構 水産資源研究所 社会・生態系システム部 沿岸生態系暖流域グループ長。2021年より、東京海洋大学大学院・海洋生命資源科学専攻 客員教授。ジャパンブルーエコノミー技術研究組合 顧問。