水産振興ONLINE
水産振興コラム
20206
定置漁業研究について 第1回
第1回
長谷 成人
((一財)東京水産振興会理事)

1. 定置漁業の重要性

定置漁業は我が国沿岸漁業生産の約4割を占める中核的な漁業です(図1、図2)。また、例えば小型の漁船漁業と比べ多人数で操業することから漁労技術の習得が比較的容易であること、就労時間が安定していること、事故率が低いこと等から新規就業者の受け皿としても重要であり、浜の存続のためにこれからもなくてはならない漁業です。

図1 定置網漁獲量の推移 図1 定置網漁獲量の推移
図2 沿岸漁業にしめる定置網漁獲量比率 図2 沿岸漁業にしめる定置網漁獲量比率

2. 定置漁業とのかかわり

水産庁時代、様々な仕事をしましたが、係長、班長時代には直接定置漁業の担当でもあり、このような定置漁業の位置づけや役割を痛感しました。また、沿岸沖合課長時代の2008年には投機マネーによる燃油暴騰に遭遇しましたが、対応に苦しむ漁船漁業と比較して経費の中で燃油費の比率が低い定置漁業はこのようなリスクに対し有利であると強く思ったものです。水産庁時代の終盤には、歴史的に極めて低水準になってしまった太平洋クロマグロの資源回復に取り組むことになりました。それ以前、2003年からの資源回復計画で太平洋マサバの小型魚の取り控えで効果がでるという経験をしていました。その後、クロマグロでも資源回復に取り組みましょうと沿岸漁業者に言われることがありましたが、クロマグロについては日本だけでなく韓国やメキシコが同じ資源をかなり漁獲するため国内漁業者だけで取り控えをすることには無理があると対応できずにいました。しかしながらその後の粘り強い交渉の結果、ようやく各国が小型魚の漁獲抑制をすることで資源回復を目指すということについて国際合意ができたのです。2015年から各国が小型魚の漁獲を大幅に抑制するというもので、日本の小型魚の枠は4,007トンとなりました。そうした中で近年の各漁業の漁獲実績を見ると定置漁業では最大で2008年に1,739トンの実績がありました(図3)。漁船漁業が漁獲抑制すれば定置網への入網は増えることが容易に想定されます。そこで定置漁業も含めた漁獲量管理に取り組むこととしました。漁法の特性上魚種選択性が低い定置漁業にとって漁獲量管理はとてもハードルの高いことは分かっていましたが、ようやく関係国を納得させスタートしようとする取り組みを成功させるための判断でした。何とか漁業者の取り組みを支援しようと、定置漁業だけでなく来遊状況が不安定で別の意味で漁獲量管理の難しさを抱える小規模漁船漁業については収入安定対策の基準値の特例措置も導入しました。その結果、まだまだ悪戦苦闘の連続ですがクロマグロについては資源回復の兆候がはっきりとしてきています。(クロマグロの資源回復の経緯にご関心のある方は、是非水産振興のバックナンバー589号と590号もご覧ください。)

図3 定置網の小型魚漁獲状況

さらには、退職前の長官時代には、①我が国の人口減、②気候変動の顕著化、③外国漁船の操業激化といった我が国水産業をめぐる環境変化に対応するための水産政策の改革を進め、外国抜きに多くの資源の回復はできない近年の状況を踏まえ従来以上に漁獲量管理に軸足を移すことや定置漁業の免許時の優先順位規定の廃止を含む漁業法改正を進めました。このように、定置漁業と様々な縁のあった私ですが、定置漁業がこれからも我が国漁業、漁村の柱として存続していくためには、定置漁業をめぐる様々な環境変化を見据えた対応が必要であると痛感しています。そこで、昨年11月から理事となったのを機に、今年度から当振興会の事業として、定置漁業研究を進めていきたいと考えたのです。新型コロナ禍により、スタートが遅れてはいますが、このコラムはその開始宣言のようなものです。

3. 研究の趣旨

秋サケの大不漁(表1)のような気候変動等に伴う対象魚種の動向変化、大型化する台風等のリスク増大、魚種選択性が低い中で漁獲量管理に軸足を移す国の資源管理方策への対応等検討すべき定置漁業特有の課題があります。新漁業法は本年末には施行され、新法に基づき2023年9月からは全国で定置漁業権の切替が行われることから、その切替のタイミングも見据えながら諸課題について多角的に検討していきたいと思っています。

表1 2019年度の全国秋サケ漁獲概要(20年2月29日現在、最終) 表1 2019年度の全国秋サケ漁獲概要(20年2月29日現在、最終/出典:水産経済新聞社記事から) (出典:水産経済新聞社記事から)

4. 今時点での問題意識

これまで、漁業権の切替にあたっては漁業法上の優先順位に起因して、従来の漁業者が頑張って操業しているにもかかわらず権利を失うあるいはそこまでいかなくても様々な軋轢が生じるという事例が多くありました。このため、過去には経営の安定性を確保するために、免許期間を現行の5年ではなく10年に延長してほしいとの要望もありました。これについては、今回の漁業法改正によって、従来の漁業権者が適切かつ有効に操業している限り切替時も優先して免許されるとの規定にしたのでその点でのリスクは解消したと考えています。一方で、地球温暖化による水温上昇による魚種来遊の変化等を踏まえた漁場の適正配置をそれぞれの地域で検討する必要があります。生活が懸かった権利の調整には多大な労力・時間が必要なため早め早めに検討が開始されるようその機運を高める一助になればと思っています。

写真1

次に、そもそもの話としての経営問題ですが、定置網の着業には数億円規模の初期投資が必要であるのに対しその運転資金は燃油代が小さいこと等から比較的小さくて済むと言われています。しかしながら、内部留保が十分でないため数年間不漁が続くと廃業になるケースも多かったと思います。定置漁業における経営改善策として、もうかる漁業創設支援事業における各地の取組を見てみると、省エネや作業スペース確保を狙った新船建造、網目拡大による急潮時のリスク低減などの生産面の見直し、活魚槽設置や畜養による活魚出荷や出荷調整などの流通・販売面の見直しなど様々な事例が見られます。これら成功事例の横展開を図ることが重要です。不漁への備えとしては近年漁獲共済への加入率は相当程度向上してきましたが、一方で漁具の共済は加入率が低いままです。4月からは、定置網の漁業施設共済の掛金が30%引き下げられました。この機会に加入率向上にもしっかり取り組むことが重要です(写真1)。また、温暖化に起因する台風等の激甚化が避けられない見通しの中で施設の強靭化、網抜き・網入れ作業の迅速化が一層重要になることから技術的な検討も急がれるところです。漁獲量管理に軸足を移す国の水産政策への対応については、すでにクロマグロで行われているような魚種選別技術の向上が重要です(写真2、写真3)。一方で、クロマグロのような形で国際約束に拘束されない魚種や定置漁業のシェアが大きくない魚種の扱いについては当然クロマグロとは違ったアプローチもあり得ると考えています。国はTAC魚種を増やす方向ですが、改正漁業法においてもTAC魚種を漁獲するすべての漁業種類を漁獲量管理するのではなくTACと整合性のある努力量管理も想定しています。だからと言って資源管理は漁船漁業がやることで定置漁業者は関係ないと背を向けることは許されません。漁業者が漁業種類を問わずそれぞれが資源の維持・回復に努めるという大前提の中でバランスの取れた定置での管理方策の在り方を検討することが重要だと思います。そのほか、国内のマーケットが人口減等により縮小する中で拡大する海外マーケットを見据えた場合、希少魚、鯨、海亀の混獲回避技術の向上やその生産履歴の明確化等も検討すべき課題です。

写真2 写真2
(出典:平成30年度太平洋クロマグロ
漁獲抑制対策支援事業報告書から)
写真3 写真3
(出典:平成26年度農林水産業の
革新的技術緊急展開事業報告書から)

5. おわりに

今後、研究の進捗については、適宜、この水産振興ONLINEを通じて公表していきたいと思っています。新型コロナウイルス禍の中、皆さんのご無事をお祈りします。

プロフィール

長谷 成人(はせ しげと)

長谷 成人 (一財)東京水産振興会理事

1957年生まれ。1981年北大水産卒後水産庁入庁。資源管理推進室長、漁業保険管理官、沿岸沖合課長、漁業調整課長、資源管理部審議官、増殖推進部長、次長等を経て2017年長官。2019年退職。この間ロシア、中国、韓国等との漁業交渉で政府代表。INPFC、NPAFC(カナダ)、宮崎県庁等出向。現在 (一財)東京水産振興会理事