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水産振興コラム
20227
ブルーカーボンで日本の浜を元気にしたい
第5回 農林水産省におけるブルーカーボンの活用に向けた取組
樋口 健太郎
農林水産省 農林水産技術会議事務局

2020年より開始されたパリ協定に基づき、地球温暖化の緩和に向けた温室効果ガス(GHG)の排出削減が世界各国で取り組まれています。我が国においても、2021年10月に閣議決定された「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」の中で、政府は2050年カーボンニュートラルの実現に向けた基本的な考え方等を示しました。産業活動上どうしても避けられないGHG排出がある一方、そのGHGを吸収する森林や農地土壌等の重要性が高まっており、その一つとして、藻場についても新たな炭素吸収源としての可能性に大きな期待が寄せられています。本稿では、農林水産省におけるブルーカーボンの活用に向けた取組について紹介します。

藻場を炭素吸収源として活用するためには、藻場が一年間にどのくらいの炭素を貯留しているかを定量的に評価することが重要です。各国政府の気候変動に関する政策に科学的根拠を提供するために設立された「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、2006年に一国が一年間に排出・吸収するGHG量を算定するための基本的な方法論を定めており、2013年に追加された「湿地ガイドライン」において、海草藻場、塩生湿地、マングローブ林の3つの海洋生態系による炭素貯留の算定手法を示しました。我が国周辺に多く見られる海藻藻場についても近年、炭素貯留プロセスが明らかになってきたこと、海草についてもさらに詳細な知見が蓄積されてきたことから、農林水産省では、「ブルーカーボンの評価手法及び効率的藻場形成・拡大技術の開発」を2021年度から5年間の委託プロジェクト研究(委託先代表機関:国立研究開発法人水産研究・教育機構)として開始しました。本プロジェクトでは、海草・海藻類を分布や生活史、炭素貯留プロセスの類似性から21タイプに分類し、我が国の海域特性に応じた精度の高い算定手法を開発することで、国内すべての藻場によるブルーカーボン貯留量を評価することを目指しています。

分類した藻場のタイプ

海草・海藻藻場による炭素貯留量は、「湿地ガイドライン」に記載された手法を単純化して表現すると、単位面積当たりの貯留量を示す “吸収係数” と対象とする藻場等の “面積” の積で求められます。樹木は光合成により吸収した炭素を数百年から千年の間、自身の体に貯めておくことができるため、樹木の成長度がそのまま吸収係数に相当します。一方で、海草・海藻類は数か月から数年で枯れて、その多くがCO2として大気中に戻ってしまいますが、最近の研究により、吸収された炭素は以下の4つの作用によって海洋生態系内に長期間貯留されることが明らかになってきました。すなわち、①枯れた葉や藻体が藻場内の海底土壌中に堆積する作用(堆積貯留)、②波浪などによって切れた葉や藻体が藻場から流出して流れ藻となり、やがて深海に堆積する作用(深海貯留)、③藻場から流れ出た葉や藻体が破砕されて、長期間CO2に戻らない難分解性の粒子となり、藻場外の浅海底に堆積する作用(難分解貯留)、④海草・海藻類は成長しながら水溶性の炭素成分を体表から分泌しており、この炭素に含まれる難分解性成分が海水中に長期間貯留される作用(溶存態難分解貯留)、の4つです。本プロジェクトでは、各タイプの藻場が吸収した炭素のうち、上記の作用によって貯留される割合(残存率)を調べ、成長度×残存率によって吸収係数を求めることとしています。ちなみに、従来は、海藻を食べると藻体が吸収した炭素は呼気を通じて大気中に還元されるため、食用を目的とする海藻養殖は炭素吸収源として機能しないと考えられていましたが、成育期間中に上記①~④(特に④)の作用が起こることで炭素吸収源となり得ることも明らかになってきました。また、本プロジェクトでは、藻場自体を増やすことを目的に、都道府県の水産研究機関や漁業者と連携し、全国で9つのモデル海域を設定して海域特性に応じた新たな藻場造成技術の開発及び実証も進めています。

藻場によるブルーカーボンの長期貯留プロセス

ブルーカーボンの活用には大きく2つの展開が考えられます。1つ目は、藻場によるブルーカーボン貯留量を我が国のGHGインベントリ報告書に登録し、これをふまえて藻場の維持・増大を着実に進めることで、カーボンニュートラルの実現に貢献することです。本プロジェクトの成果を学術論文として国内外に公表すること等を通じて、国際的に認められた手法として「湿地ガイドライン」に追記されることがそのための重要な第一歩となるでしょう。2つ目は、ブルーカーボン貯留量をクレジットとして認証し、企業等における削減の困難なGHG排出量の埋め合わせ(オフセット)に活用することです。すでに国内では、民間団体等がブルーカーボン貯留量をクレジット認証することで、藻場を維持・拡大させる活動自体に経済的な価値を創出しようとする動きが始まっています(本コラム第3回)。もともと藻場は豊かな生態系を育むことで水産資源を増強し、食料生産の場として機能しているため、従前より国や地方公共団体、漁業者が中心となって藻場の保全に取り組んできました。したがって、ブルーカーボンのオフセットへの活用は企業等が取組む地球温暖化対策を後押しするだけでなく、藻場保全活動への自律的な資金循環を促し、地域が主導する藻場造成のさらなる加速化につながると期待されます。本プロジェクトにより、すべての藻場を対象とした精度の高い算定手法を確立することは、ブルーカーボンによるクレジット市場を活性化するとともに、その信頼性を高めることにも貢献するものです。

農林水産省では、2021年5月に「みどりの食料システム戦略」を策定し、農林水産業の生産力向上と持続性の両立を中長期的な取組として推進することを掲げました。その具体的な取組の一つとして、海藻類によるCO2固定化の推進を明記しており、国際標準となる算定手法の確立や効果的な藻場の保全・創造技術の開発を推進することで、地球温暖化の緩和と水産業の振興に貢献していくこととしています。

第6回へつづく

プロフィール

樋口 健太郎(ひぐち けんたろう)

樋口 健太郎(農林水産省 農林水産技術会議事務局)

2009年 東京海洋大学大学院博士前期課程修了。同年より独立行政法人水産総合研究センター 奄美栽培漁業センター(現・国立研究開発法人水産研究・教育機構 水産技術研究所 奄美庁舎)研究員、2012年より水産研究・教育機構 水産技術研究所 まぐろ養殖部 研究員を経て、2019年より同 主任研究員。2016年 長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科博士後期課程修了、博士(水産学)。2021年より現職。