第1部 2016年以降の太平洋クロマグロ管理に関する国際的な対応
1. 2016年(7月以降)の動き
WCPFCでは、2014年に小型魚の総漁獲量を2002-2004年平均水準から半減する措置が決定され、2015年から実施された。2015年以降のWCPFCにおける議論は、水産振興第589号に記載のとおり、長期的管理方策の策定という新たな議論に焦点が当てられるようになる(水産振興第589号「9. 2014(平成26)年の動き:小型魚漁獲の半減措置導入と新たな資源管理議論の始まり」)を参照)。
長期的管理方策とは、長期的に資源を維持すべきレベル(目標管理基準値)や、資源がこれ以下となった場合に管理措置を強化するレベル(限界管理基準値)といった管理の基準となる数値(以下「管理基準値」)を設定し、資源評価結果で示された資源の水準や管理基準値の達成確率等に応じて、どのような措置をとるか(以下「漁獲制御ルール」)について予め定めたものである。2015(平成27)年の北小委員会では、長期的管理方策の議論を含め、太平洋全域での効果的な取組を目指し、全米熱帯まぐろ類委員会(以下「IATTC」)に対してWCPFC北小委員会との合同作業部会1を開催するよう働きかけることが合意された。これを受け、8月29日から9月2日までの第12回北小委員会の会合期間中に、IATTCとの合同作業部会が初めて開催された。合同作業部会においては、管理基準値や漁獲制御ルールを含む長期的管理方策について議論が行われ、2030(平成42)年までの次期回復目標(※親魚資源を暫定回復目標2まで回復させた後の次の目標。以下「次期回復目標」)を次回会合で策定すること、また、そのために必要となる科学的検討を北太平洋まぐろ類国際科学小委員会(以下「ISC」)へ要請し、その結果を議論するための関係者会合(以下「ステークホルダー会合」)を翌年4月に日本で開催することとなった。保存管理措置については、合同作業部会での議論の結果、新たに30キログラム以上の大型魚(以下「大型魚」)の漁獲量を2002~2004年の平均水準(※日本は4,882トン)から増大させないための必要な措置を講じることとなったほか、小型魚の漁獲上限3を大型魚へ振り替えることを可能とする措置を新たに導入することが合意された。
上記の合同作業部会の結果は北小委員会で承認され、その後、12月5日から9日に行われた年次会合で採択された。なお、同年次会合では、北委員会報告書の採択に際し、翌年の年次会合での採択を目指し、遅くとも2034(平成46)年までに初期資源量の20%(※MSYを達成する資源量の代替値)まで資源を再建させる保存管理措置を策定すべきとの本委員会の示唆を十分に考慮するよう、北小委員会に対して要請がなされた。
2. 2017(平成29)年の動き
(1) ステークホルダー会合
2016(平成28)年のWCPFC年次会合の決定に基づいて、4月25日から27日までの日程で、約170名の出席を得てステークホルダー会合が我が国で開催された。ISCからは、15の漁獲制限シナリオに基づく将来予測結果(※漁獲制限の違いにより資源量等がどのように変動するかについて示したもの。漁獲シナリオのリストは以下の表参照。)を説明したところ、出席者からは以下のような意見が出された。
- 漁獲量の更なる削減は受け入れられない、資源が増えたのだから漁獲上限を緩和してほしい。
- 小型魚の放流に努力する。小型魚の漁獲上限から大型魚への振替を検討中。
- 初期資源量の概念について疑問がある。1つの指標ではあるが、餌資源が減少している中で本当に信頼できるのか。
- 産卵期の親魚を保護すべき。
- 初期資源量の20%まで資源を回復させることを約束すべき。資源状態が悪いため、管理措置の検討は低加入シナリオに基づくべき。
ステークホルダー会合の結果については、将来予測の結果及び会合で出席者から出された意見を取りまとめ、その年の合同作業部会へISCから報告された。
(出典:平成27年度「太平洋クロマグロの資源・養殖管理に関する全国会議」配付資料)
(2) WCPFC北小委員会・年次会合
8月28日から9月1日までの日程で、第13回北小委員会が韓国の釜山で開催された。その年の北小委員会では次期回復目標を策定することとなっており、我が国からは、当該次期回復目標のほか、長期管理方策等について以下の内容の提案を行った。
(ア)次期回復目標
- 2024年までは低加入、それ以降は平均加入という想定の下で2034年までに初期資源量の20%まで親魚資源を回復
- 加入の想定が異なり目標を達成できない場合は回復計画を見直し
- 初期資源量の20%という目標は必要に応じて見直し
(イ)長期管理方策
-
○漁獲制御ルール
- 資源評価の結果、暫定回復目標の達成確率が60%を下回った場合、60%に戻るよう管理措置を自動的に強化
- 同達成確率が65%を超える場合、65%を維持する限り、小型魚の漁獲上限を増加可能
-
○管理基準値
- 目標管理基準値:次期回復目標到達までに決定
- 限界管理基準値:歴史的中間値
- これら基準値は次期回復目標に達した後に適用
(ウ)緊急措置4
- 当面、毎年資源評価を行い、その結果及び漁獲制御ルールに基づき自動的に管理措置を改訂
(エ)漁獲対象を小型魚から大型魚へと移行
- 漁獲対象を小型魚から大型魚へと移行することにより、資源回復が早まるほか、最大持続生産量の上昇が期待されることから、漁獲制御ルールの中に「小型魚の漁獲上限を大型魚に振り替える場合はX倍(※今後議論)漁獲可能」を挿入
「初期資源量の20%」という次期回復目標は、過去にほとんど達成したことがないほど高い水準の資源量であり、また、管理基準値の達成確率が条件を満たさない場合には漁獲上限の削減等の管理措置強化が自動的に発動される規定となっているなど、同提案は我が国にとってはある意味「リスク」を含む提案内容であった。他方で、親魚の資源状態が低位にある状況が当面は続くことが見込まれる中で、資源評価によって資源が順調に増加していることが確認されれば大型魚と小型魚ともに我が国の漁獲上限を増やせる可能性も含まれており、ある意味、両者のパッケージとなっていた。
我が国の提案については、北小委員会期間中に開催されたIATTCとの合同作業部会において議論が行われ、その結果、我が国の提案をベースに一部修正を行った上で、以下の内容で合意された。なお、保存管理措置の内容について変更はなかった。
(ア)次期回復目標
- 「2034年まで」又は「暫定回復目標を達成した後、10年以内」のどちらか早い年までに、60%以上の確率で初期資源量の20%まで資源を回復させる。
(イ)長期管理方策
-
○漁獲制御ルール
資源評価の結果、暫定回復目標の達成確率が、- 60%を下回った場合、60%に戻るよう管理措置を強化する。
- 75%を上回った場合、(a)暫定回復目標の達成確率70%以上を維持、かつ(b)次期回復目標の達成確率60%以上を維持する範囲で増枠の検討が可能となる。
-
○管理基準値
- 目標管理基準値及び限界管理基準値について、2018(平成30)年より議論を開始。
(ウ)緊急措置
- 2020(令和2)年まで、資源評価の頻度を2年毎から毎年(※2019年(令和元年)は加入の著しい低下の兆候が見られた場合に実施)に変更。
- 資源評価の結果、上記「漁獲制御ルール」を適用することで、迅速な管理措置の改訂により対応。
合同作業部会の結果は、北小委員会で承認され、その後、12月2日から7日に行われたWCPFC第14回年次会合で採択された。
次期回復目標や長期管理方策が作成されたことで、翌年以降のWCPFCにおける太平洋クロマグロの議論は、当該長期管理方策やISCの資源評価結果等を踏まえた管理措置の見直しに、議論の焦点が移ることになる。
3. 2018(平成30)年の動き
(1) ISCの資源評価
2018(平成30)年は、ISCによる新たな資源評価が行われ、以下の結果が示された。
- ○ 産卵資源量は2011年から緩やかな増加傾向にある。
- ○ 小型魚を中心に、漁獲圧力も減少している。
- ○ ただし、2016年時点の産卵資源量は初期資源の3.3%であり、一般的な指標(例えば初期資源の20%)と比べていまだに「減り過ぎ」であり、またほとんどの漁獲圧力の指標と比べて「獲り過ぎ」である。
- ○ 将来予測の結果は、現行措置が厳格に守られた場合には、98%の確率で資源が「暫定回復目標」を達成することを示した。
- ○ 前回よりも楽観的な将来予測結果は、想定の約2倍となった2016年級群の加入が将来予測に反映されたため。
また、前年にWCPFCで決定された長期管理方策では、ISCに対して、
- 資源評価における将来予測の結果、暫定回復目標の達成確率が60%を下回った場合には、漁獲上限の削減等の選択肢を提示し、
- 同達成確率が75%を上回った場合には、漁獲上限の拡大に関する情報を提示するよう求めており、上記のとおり、その年の資源評価の結果、暫定回復目標の達成確率が75%を上回ったことから、ISCは、漁獲上限を増加(以下「増枠」)させるいくつかのシナリオについて将来予測を実施し、暫定回復目標の達成確率を試算した。
(出典:平成28年度「太平洋クロマグロの資源・養殖管理に関する全国会議」配付資料)
(2) WCPFC北小委員会・年次会合
上記のISCの資源評価及び「暫定回復目標の達成確率が75%を上回った場合に増枠の検討が可能」としている長期管理方策の規定を踏まえ、9月3日から7日までにかけて我が国で開催された第14回北小委員会に、我が国から、小型魚・大型魚の両方について15%の増枠を提案した。あわせて、国内のTAC管理の運用上、漁獲上限の獲り残しが避けられないことを踏まえ、その年の漁獲量が漁獲上限に達しなかった場合、漁獲上限の5%を上限として、翌年に繰り越せる規定(以下「繰越し」)も提案した。
当該提案については、北委員会の開催期間中に開催されたIATTCとの合同作業部会で議論され、我が国からは、現行措置を継続した場合の暫定回復目標の達成確率が75%を大きく上回っていること等を踏まえ、長期管理方策の規定に則って増枠すべきと強く主張した。しかしながら、米国、クック諸島、EU、メキシコ等から、1) 資源状態は歴史的に見て大変低く、いまだに回復途上であること、2) 将来予測が非常に良い結果になっているのは最新年(2016年)1年だけの加入量に大きく依存している(※高水準だが、不確実性が高い)、との理由で反対があり、我が国の提案については合意に至らなかった。当該合同作業部会の結果を受けた北小委員会で、北小委員会議長から、「来年の会合においてISCが資源の状況を改めて確認した上で、増枠に関する決定を行う」旨の提案が行われたが、我が国はステートメントを読み上げた上で立場を留保し、12月のWCPFC年次会合において増枠及び繰越しについて再度議論することとなった。
12月10日から14日までにかけて開催されたWCPFC第15回年次会合では、国内関係者から繰越規定の追加について強い要望があったことも踏まえ、再度関係国等と協議を行い、会合期間中に再度開催された北小委員会において、漁獲上限の未利用分について、当該年の漁獲上限の5%までは翌年に繰越可能とする措置が合意され、2019年の未利用分から適用(※2020年の漁獲上限に繰越可能)されることとなった。他方、増枠については、翌年の会合において資源の状況を確認した上で、再度議論することとなった。そのために、WCPFCからISCに対して、加入量指標を含む資源量指標を2017年分まで確認し、2018年の資源評価に基づく科学的勧告を変更する必要があるか否かについて検証するとともに、追加の増加シナリオについて試算を行うよう要請することとなった。
4. 2019(令和元)年の動き
(1) WCPFCからの追加試算の要請等に対するISCの回答
2019年は新たな資源評価は行われなかったが、前年のWCPFCからの追加試算等の依頼について検討が行われ、以下の結果が示された。
(ア)2018年の資源評価における科学的勧告の見直しの必要性
以下を踏まえ、科学的勧告の見直しは不要との結論が示された。
- 日本の曳き縄船による0歳魚のCPUE(※単位努力量当たりの漁獲量)について、最新(2017年)のデータを確認したところ、歴史的な平均値と同程度であり、また、日本の加入量モニタリングデータについて、最新(2017年及び2018年生まれ)のデータを確認したところ、2016年の値よりも高かった。
- これらデータについては、翌年(2020年)の新たな資源評価で再確認する必要があるものの、漁獲シナリオに基づく将来予測で仮定している「低加入レベル」よりも高い可能性がある。
(イ)増枠に関する追加のシナリオについて試算
WCPFCから試算のリクエストがあった全てのシナリオについて、暫定回復目標の達成確率が75%を上回るとの結果となった。
(2) WCPFC北小委員会・年次会合
2018(平成30)年の北小委員会では、「良好な将来予測結果は、最新年(2016年)1年だけの加入量に大きく依存している」というのが増枠に反対する理由の一つとして挙げられていたが、上記ISCの検討結果では、2017年以降の加入水準も、将来予測の試算で想定している水準より高い可能性が示された。このことを踏まえ、2019年の9月2日から6日までにかけて米国・オレゴン州ポートランドで開催された第16回北小委員会に、我が国から再度増枠を提案した。具体的な提案内容としては、
- 資源回復には小型魚の漁獲抑制の方が効果的であり、他の北小委員会メンバーも小型魚の増枠には否定的であること、
- ただし、我が国では、漁場や漁法の関係から小型魚しか漁獲できない漁業者もいること
等を踏まえ、小型魚の漁獲抑制に配慮しつつ、長期管理方策の規定に則ってできるだけ増枠を確保するシナリオとして、「小型魚10%増、大型魚1,300トン増(※20%増に相当)」を提案した。
同提案については、会期中に開催されたIATTCとの合同作業部会で議論が行われ、我が国は、場内外において増枠の実現に向けて強く働きかけを行った。しかしながら、一部の国が前年に引き続いて増枠に対して慎重な立場を維持したため、我が国の提案が合意されることは困難な状況となった。そのため、少しでも国内の厳しい管理の状況を緩和するため、我が国より、2020(令和2)年の措置として、1) 前年のWCPFCで新たに合意された繰越規定について、漁獲上限の未利用分に係る繰越率の上限を、5%から17%5へ増加すること、2) 大型魚の漁獲上限を台湾から日本へ300トン移譲することを可能とすることを内容とする保存管理措置の改正案を会合期間中に提案した。同提案は合同作業部会で合意され、その後の北小委員会での承認を経て、最終的に同年12月に開催されたWCPFC第16回年次会合で採択された。
この他、WCPFCからISCに対して、翌年行われる最新の資源評価に基づき、複数の増枠シナリオについて試算を依頼することとなった。増枠シナリオのリストについては、我が国からのリクエストのほか、「将来の漁獲上限の増加は、例えば漁獲上限の増加分をWCPFCとIATTCで半々とすることにより、中西部太平洋と東部太平洋における漁獲機会の再配分に寄与(contribute to rebalancing the distribution of fishing opportunities between the WCPO and the EPO)すべき」とする米国のリクエスト等も踏まえて作成された。なお、当該試算には、2つの回復目標の達成確率に加えて、それら目標を達成することが見込まれる年の試算も含めることとされた。さらに、管理戦略評価(MSE)を用いた管理戦略の策定6に向けた検討を今後進めるため、MSEの目的や、MSEの実施に当たってのISCや合同作業部会の役割を規定した付託事項(Terms of Reference)が新たに策定された。
5. 2020(令和2)年の動き
(1) ISCの資源評価
2020(令和2)年はISCによる新たな資源評価が行われ、以下の結果が示された。
- 産卵資源量は2011年から緩やかな増加傾向。また、小型魚を中心に漁獲圧力も減少。
- ただし、2018年の産卵資源量は、2つの回復目標および一般的な管理基準値と比べると、未だに「減り過ぎ」である。
- 2016-18年の平均漁獲死亡係数は一般的な管理基準値よりも高い状態にあるが、現行措置の漁獲上限が守られる場合においては、資源の回復力が損なわれるものではない。
- 将来予測の結果は、全てのシナリオにおいて高い確率で暫定回復目標および次期回復目標を達成することを示した。例えば、現行の措置を継続した場合、暫定回復目標の達成確率は100%。
- また、現行措置を継続した場合を含む全てのシナリオにおいて、2020年には暫定回復目標を達成する。
(2) WCPFC北小委員会・年次会合
2020(令和2)年は、世界的な新型コロナウイルス感染症の拡大により、地域漁業管理機関の会議の多くがウェブ会議での開催又は延期となった。WCPFCにおいても、主要な会合について開催はされたものの、全てウェブ会議での開催となった。さらに、当時はウェブ会議を行う環境が全体的に整っていなかったことやメンバー間で異なるタイムゾーンの関係もあり、対面会議と同じような内容をウェブ会議で議論することは困難な状況であったため、議題や会議時間を絞った上で開催された。北小委員会についても、例年8月から9月までに開催されてきたところであるが、2020年は開催が10月にずれ込み、10月8日に開催された。また、議題も、その年に北小委員会決定が必要な議題(太平洋クロマグロの保存管理措置を含む。)に絞って開催することとなった。
このように会議の開催環境が例年とは異なる困難な状況ではあったが、ISCによる新たな資源評価によれば、資源は引き続き増加傾向であること、また、ISCに試算を依頼した全てのシナリオについて、増枠の検討が可能との結果が示されたことを踏まえ、我が国は、試算されたシナリオの中で最大の増枠となる「小型魚・大型魚ともに漁獲上限の20%増」を提案した。
我が国の提案については、北小委員会の直前にウェブ会議形式で開催されたIATTCとの合同作業部会で議論が行われた。しかしながら、関係国からは「ウェブ会議で実質的な交渉を行うことは困難」、「資源量は依然として低水準」などの意見が出され、増枠について合意を得ることはできなかった。他方で、2020年末で失効する予定となっていた、1) 漁獲上限の未利用分の繰越率の上限を、漁獲上限の5%から17%までに増加する措置、及び 2) 小型魚の漁獲上限を、大型魚へ振り替えることを可能とする措置については、合同作業部会の会期中に我が国から1年延長を提案し、合意された。合同作業部会で合意された内容については、翌日に開催された北小委員会で承認され、その後、12月7日から15日までにかけて開催された年次会合で採択された。
なお、2020(令和2)年は、熱帯マグロの管理措置についても見直しが行われることになっていたが、太平洋クロマグロと同様に、一部の国がウェブ会議で実質的な交渉を行うことは困難との立場を取ったこと等を踏まえ、委員会議長が措置の一年間の単純延長を提案し、合意された。
6. 2021(令和3)年の動き
2021(令和3)年も世界的な新型コロナウイルス感染症の影響が続き、WCPFCの会合は全てウェブ会議での開催となった。他方で、ウェブ会議を行う環境も次第に整ってきたこと、様々な事項について実質的な議論をこれ以上先延ばしすることは望ましくないことなどから、会議時間の短縮等の制約は引き続き残るものの、実質的な内容を含む議論が行われた。
(1) 合同作業部会
2021(令和3)年はISCによる新たな資源評価や追加の試算等は行われなかったこと、また、前年の会合では、我が国提案について実質的な議論が行われなかったことも踏まえ、我が国からは前年と同じ内容である「小型魚・大型魚ともに漁獲上限の20%増」を提案した。また、増枠に加えて、「大型魚を漁獲した場合、同じ数量の小型魚を漁獲した場合に比べて資源に与えるインパクトが少ない」との科学的知見を踏まえ、小型魚の漁獲上限を大型魚に振り替える場合には「1.47倍」換算することができるとする規定を新たに追加する提案も行った7。
この年、合同作業部会は、北小委員会に先立って7月12日から14日までにかけて開催され、我が国の提案は同作業部会で議論が行われた。前年までは、「増枠の可否」の入り口で議論が終始していたが、その年は増枠の中身を中心に議論が行われた。このように作業部会における議論がこれまでと変わったのは、筆者の推測に過ぎないが、2020年のISCの資源評価によって「2020年には暫定回復目標を達成している」との予測結果が示されたことが一因かもしれない。場内外を含む議論の結果、最終的に以下の内容で合意が得られた。
① 漁獲上限(※WCPFC及びIATTC側の措置)
- (※1) 小型魚/大型魚の区分はない
- (※2) 我が国は732トン増
- (※3) 韓国は大型魚の漁獲上限がないため、新たに30トンを設定
- (※4) 200トンのIATTC内の配分は今後検討
- (※5) IATTCでは2年間のブロックで管理されており、翌2022年は、2021-2022年ブロックの2年目に当たるところ、増枠は2022年及び2023-2024年の3年間に適用。
②漁獲上限の未利用分の繰越(※WCPFC側の措置)
「漁獲上限の未利用分の繰越率の上限を、漁獲上限の5%から17%へ増加」する現行の措置を、今後3年延長(2023年から2024年への繰越分まで)。
③小型魚の漁獲上限の大型魚への振替(※WCPFC側の措置)
振替について継続的な措置とするとともに、小型魚の漁獲上限の10%を上限として、「1.47倍」換算して振り替えることが可能。なお、韓国については、小型魚の漁獲上限の25%を上限とする。
この他、2018(平成30)年に策定された長期管理方策のうち漁獲制御ルールは、暫定回復目標の達成までのルールのみを定めていたところ、前述のとおり、2020(令和2)年には暫定回復目標を達成する予測結果が示されたことから、暫定回復目標達成後(次期回復目標達成まで)の漁獲制御ルールについて、米国の提案に基づき議論を行い、以下のとおり合意された。
○ ISCによる資源評価及び将来予測の結果、次期回復目標の達成確率が、
- 60%を下回った場合、60%に戻るよう、管理措置を強化する。
- 75%を上回った場合、次期回復目標の達成確率70%以上を維持する範囲で、漁獲管理の変更(漁獲上限の調整を含む)が可能となる。
上記の合同作業部会の合意事項は、IATTC年次会合及びWCPFC北小委員会に送られ、それぞれの機関で議論されることとなった。
(2) IATTC年次会合
8月24日から28日まで及び10月19日から23日までにかけてIATTC年次会合がウェブ会議形式で開催された。議論の結果、合同作業部会での太平洋クロマグロの保存管理措置に関する合意内容のうちIATTC側の措置について、3年間の措置として採択されたほか、漁獲制御ルールについても採択された。なお、合同作業部会では今後議論予定となっていた年200トンの増枠分の配分について、メキシコと米国の間で協議は難航したものの、最終的に以下の内容で合意された(※数量はいずれも2年間分)。
なお、8月と10月の2回にわたって会合が開催されたのは、熱帯マグロの管理措置の議論に多くの時間を費やしたことが主な要因である。
(3) WCPFC北小委員会
10月5日から7日までにかけてWCPFC北小委員会がウェブ会議形式で開催された。合同作業部会での太平洋クロマグロの保存管理措置に関する合意内容のうちWCPFC側の措置について、フォーラム漁業機関(以下「FFA」)のメンバーからは、「資源評価の不確実性が大きく、より頑強な評価が必要」として懸念が示された(※ISCからは、熱帯マグロを含むWCPFC管轄下の他の資源の評価との違いに触れつつ、太平洋クロマグロの資源評価の妥当性を説明)。これに対して、我が国等からは、合同作業部会の合意内容は長期管理方策に沿ったものであり、また、回復目標の達成確率が非常に高いことからも十分に予防的であること等を説明しつつ、FFAメンバーの懸念事項については年次会合に向けて引き続き意見交換を行いたいとした。これを受けて、当該メンバーはコンセンサスをブロックしないとしたことから、太平洋クロマグロの保存管理措置については、原案どおり承認され、年次会合に採択が勧告されることになった。また、漁獲制御ルールについても同様に承認された。
さらに、翌年行われる新たな資源評価に向けて、ISCに対して将来予測の試算を依頼する増枠シナリオの一覧についても作成された。
(4) WCPFC年次会合
11月29日から12月7日までにかけてWCPFC年次会合がウェブ会議形式で開催された。北小委員会の勧告に基づいて太平洋クロマグロの保存管理措置案が議論され、我が国からは、沿岸の小規模漁業者などが保存管理措置の遵守のために多大な犠牲を払って資源の回復に貢献してきたこと、増枠を行っても高い確率で次期回復目標を達成するとの推定結果が示されていること、IATTCでは増枠提案が既に採択され、来年から実施される予定となっていること等を踏まえ、保存管理措置案の採択を強く支持する旨発言し、韓国や台湾等も採択を支持した。他方、FFAやナウル協定(以下「PNA」)のメンバーは、長期管理方策では増枠は決して義務とされておらず、また、資源水準が依然として低い状況における増枠には懸念がある、日本は、熱帯マグロの管理の議論において資源状態は良いのに規制強化を主張するなどしており、今回の太平洋クロマグロへの対応と不整合が見られ賛成できない等の発言があった。会期中に、FFAやPNAのメンバーと、非公式なものを含めて議論を重ね、最終的には、漁獲制御ルールを含め、北小委員会の勧告どおりに採択された。
2017(平成29)年に長期管理方策が策定された後、ISCの資源評価によって資源が順調に回復していることを踏まえ、我が国は2018年から毎年増枠を提案してきたが、大型魚のみではあるものの、2021(令和3)年のWCPFCにおいて初めての増枠が実現した。
7. 2022(令和4)年の動き
(1) ISCの資源評価
2022(令和4)年は、ISCによる新たな資源評価が行われ、以下の結果が示された。
- 産卵資源量は最近10年間で緩やかに増加しており、その回復ペースは加速している。この資源の回復は、近年の漁獲死亡の減少と同期して起こっている。
- 最近年(2020年)の産卵資源量は初期資源の10.2%と推定された。本種の管理基準値は決まっていないが、一般的な基準(例えば初期資源量の20%)と照らすと資源は依然として「減り過ぎ」の状況にある。
- 他方で、産卵資源量は暫定回復目標を2019年に達成したと推定されており、長期管理方策に規定された期限より5年早いペースとなっている。
- 近年(2018-2020年)の漁獲死亡係数は、平均的には初期資源の30.7%の資源を残す水準であり、WCPFCなどで使われる一般的な水準を下回っている。
-
IATTCとWCPFC北小委員会の合同作業部会のリクエストに応じて、増枠シナリオに基づく将来予測も実施し、以下を含む結果が得られた。
- ✓ 全てのシナリオで次期回復目標も達成される見込み。
- ✓ 現在の小型魚枠から大型魚枠に振り替える際の換算係数が資源回復に否定的には働かないことを確認。
(2) WCPFC北小委員会・年次会合
2021(令和3)年のWCPFC年次会合及びIATTC年次会合で実現した増枠の影響を見極める必要性が指摘されていたところ、この年の北小委員会には、我が国からは太平洋クロマグロの保存管理措置に関する提案は行わなかった。韓国からは、沿岸の定置網で予期せぬ大量の漁獲があった場合に独自の代替措置を講じることができるとする旨の保存管理措置の改正案が提案されたが、議論の結果、合意は得られなかった。このため、2022(令和4)年は太平洋クロマグロの保存管理措置の修正は行われなかった。
- 1 合同作業部会は両機関が協調してクロマグロ管理を議論するための枠組みであり、同作業部会の結果は、IATTC年次会合及びWCPFC北小委員会に報告され、それぞれの機関で正式な意思決定プロセスを経て初めて決定事項となる。
- 2 親魚資源量を2024年までに、少なくとも60%の確率で歴史的中間値まで回復させる。
- 3 WCPFCにおける措置のうち、我が国が遵守すべきクロマグロ(小型魚)又はクロマグロ(大型魚)の漁獲枠を「漁獲上限」という。)
- 4 加入措置が著しく低下した際に講じる措置
- 5 WCPFCでは、太平洋クロマグロの漁獲上限は1年単位の管理となっているが、IATTCでは2年間のブロック単位で管理されている。IATTCでは1年間で漁獲できる上限も規定されており、実質的にブロック内の1年目から2年目にかけて最大17%まで繰越しができる規定となっている。なお、2年ブロック間の繰越しの上限は5%となっている。
-
6
管理戦略(Management Strategy)
- 目標とする資源の水準等を決めた上で、資源状態と漁獲圧力の状況に応じた、漁獲可能量等を、あらかじめ計算して設定する管理方法。
- 目標が同じでも、「資源の回復」や「漁獲量の安定」など、どの要素を優先するかで、複数の管理戦略を立てることができる。
- 上記の複数の管理戦略について、資源減少のリスクや漁獲量の安定性を評価し、管理戦略を1つに絞り込む手法。
- 7 換算係数の規定自体は2019年から提案を行っていたが、換算係数の数値は、最新の科学的知見に基づいて2020年に見直しを行い「1.47倍」とした。
松島 博英
1982年生まれ。2007年東京大学大学院修士課程修了後、同年水産庁入庁。マグロ類の国際交渉や生物多様性条約への対応、米国留学などを経て、2022年4月から現在、資源管理推進室課長補佐(資源管理基準班)。
番場 晃
1983年生まれ。2008年東京海洋大学院海洋科学技術研究科修士課程修了後、新潟県職員を経て2013年水産庁入庁。加工流通課、東南アジア漁業開発センター(SEAFDEC)事務局勤務、漁場資源課、国際課等を経て、2022年7月から現在、資源管理推進室課長補佐(資源管理計画班)。
新城 拓海
1992年生まれ。2017年京都大学法学部卒業後、同年農林水産省入省。林野庁、経済産業省を経て、2021年4月から2024年3月まで資源管理推進室係長(資源管理計画班)。