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20266
変わる海の環境 -世界の動き、日本の動き-

第7回 沿岸域の管理(その1:法的な枠組み)

古川 恵太
NPO法人 海辺つくり研究会理事長 / (一財) 東京水産振興会特別研究員

「海洋の管理は、海洋資源、海洋環境、海上交通、海洋の安全等の海洋に関する諸問題が相互に密接な関連を有し、及び全体として検討される必要があることにかんがみ、海洋の開発、利用、保全等について総合的かつ一体的に行われるものでなければならない。」これは、2007年に議員立法で作成され国会で可決、公布されたわが国の海洋基本法の第6条の条文です。ここに、日本の海を「総合的に管理」するという大きな方針が記されています。今回は、この法的背景について解説したいと思います。

この海を「総合的に管理する」という考え方は、国際的にも、第2回のコラム[1]で紹介した「国連環境開発会議(UNCED)」や第5・6回のコラム[2]で紹介した「国連海洋法条約(UNCLOS)」でも示されているもので、海の管理の根幹をなす考え方であるといえます。実際、UNCLOSの前文には「海洋空間の問題は密接に関連しており、全体として捉える必要があることを認識」(する必要がある)と書かれており、第1回UNCED(リオ環境会議)の成果文書であるアジェンダ21に “Integrated coastal and marine management(統合的な海と沿岸域の管理)” の必要性や実施のためのガイドラインが記されており、これらが日本の海洋基本法に反映されていると読み取ることもできます。

あれ、と思われた方もおられると思います。日本で「総合的な管理」とされている部分が国際的には「統合的な管理」と称されているのです。総合的というと、横並びの事項を網羅するイメージ、統合的というと、それらがある仕組みやメカニズムのもとにシステム化されているイメージとなります。

総合的な管理(左)と統合的な管理(右)のイメージ図

実際、アジェンダ21では、持続可能な開発や資源の管理のために、国レベルから地方のレベルまでを包含し、様々な関係者が参画し調整するメカニズムとしての「統合的な管理」の必要性が説かれています。そして、その統合されるべき14の項目が列挙されています。

アジェンダ21に記されている海と沿岸域の統合的管理の対象
統合されるべき管理の対象
土地と水資源の利用 持続可能な開発 海岸の脆弱性
環境影響評価 人為・自然の災害 人の定着と排水・破棄物
外的影響の評価 生物生息地の保全・再生 多様な産業
インフラの整備 人材育成・能力開発 教育・啓発
環境技術 環境基準

こうした対象に対して、政策や計画の策定から実際の事業・活動の実施まであらゆるレベルで空間や分野を超えて管理することが「統合的な管理」の実態といえます。なお、日本でこれを「総合的な管理」と呼称した理由は、「統合」という言葉が、省庁再編や権限移譲を想起させるから各省庁からの反対があり「総合」と言い換えたと先輩から教えられましたが、真偽はわかりません。

ともあれわが国における「統合的な管理」の実現に向けて、1990年代から議論が本格化し、自然共生型流域圏や、沿岸域の統合的管理(ICZM)などとして検討が進み、2000年に「21世紀の国土のグランドデザイン」の下、「沿岸域圏総合管理計画策定のための指針」が策定されました。その中には、多様な主体の参加と連携、広域的で長期的な視野、そして一貫した実施のための見直し(PDCAサイクル[3])の必要性などが謳われており、実態として「統合的な管理(ICM)」のシステム化への道筋が明文化されました。残念ながら、わが国ではこの指針が一体的な沿岸域管理法になっていませんが、その精神は、個別法や特措法などを通して実現に向かっています。

[3] Plan(計画), Do(実行), Check(評価), Act(修正)のサイクルで政策や事業を最適化するシステム

例えば、漁業法は、江戸時代まで慣習的に統治されてきた海域における水産資源・漁業活動の管理を明文化するために明治時代に起草されました(1901年制定1910年改正、明治漁業法)。この明治漁業法では、藩ごとに異なっていた慣行を統合し法による秩序を構築するとともに、漁業組合という組織体による漁業秩序の維持体制が整備されました。その後、昭和漁業法(1949年)では漁業協同組合に対する免許や海区漁業調整委員会制度の運用が位置づけられ、より組織的な漁場管理が実施されていくこととなりました。平成・令和の大改正(2018年成立、2020年施行)では、科学的根拠に基づく資源管理や、漁業権者の条件、漁業・漁村の活性化などが謳われ、そうした法律の下、水産多面的機能発揮対策事業や浜の活力再生プランや豊かな海づくりなどの事業がさらに推進されています。漁業者人口の減少や高齢化、環境変化による漁場の劣化など多くの問題を抱えている水産業ですが、こうした統合的な取り組みにより、持続可能な漁業が実現することを願っています。

他にも、港湾法では、2000年の改正により、開発における環境配慮が明文化され、その後、港湾行政のグリーン化の政策や、地球環境に配慮するカーボン・ニュートラル・ポート(CNP)構想、ブルーカーボンの取り組みなどが推進され、再エネ海域利用法(2018年成立、2019年施行[4])においては、計画段階からの関係者との調整を図る協議会制度などが明文化されています。環境法関連では、根幹をなす環境基本法が1993年に制定され、多様な環境問題に対して包括的に対応する基盤が整備されるとともに、2003年には自然再生推進法が施行され、多様な主体の意見を調整しながら自然環境の保全・再生を目指すための自然再生協議会の全国的な組織化が推進されました。また特措法として瀬戸内海の環境管理を包括する瀬戸内海環境保全特別措置法(1972年臨時措置法、1973年に特措法として制定)が、赤潮の頻発していた海域において、水質汚濁防止法に追加措置を施せるように制定されました。その後、2021年の改正において、窒素やリンの削減・規制法制から、海域の特性に応じた生産性の高い海を目指す管理法制に転換されました。また、藻場・干潟の保全・創出による生物多様性保全や海洋プラごみなどの発生抑制についても包括する法律となり、地域循環共生圏の構築、令和の里海づくりといった事業が推進されています。

[4] 2025年対象水域がEEZまで拡大される改正があり2026年施行、略称は海洋再エネ整備法に
わが国における海洋・沿岸域の統合的な管理の進展と国際的背景

このように、日本のICMは一体的な法律こそないものの、実態的に統合的な視野を持って管理が行われるよう個別法や制度の整備が進められてきました。多様な主体と多様な対象を含む海・沿岸域の「統合的な管理」は一朝一夕には実現できないので、大きな視野の目標を達成するために定期的に見直しながら進めることが大切です。このプロセスはPDCAサイクルとか、順応的管理、最近ではDPSIR[5]などと名前を付けられていますが、平たく言えば、状況を見ながら少しずつ進めるということです。次回は、実際のICM事業を例に、総合的管理の実際を紐解いていきたいと思います。

[5] Driving force(原動力)、Pressure(圧力)、State(状態)、Impact(影響)、Response(対策)の5要素で人間活動と自然の環境変化の因果関係を解析する手法

連載 第8回 へ続く

プロフィール

古川 恵太(ふるかわ けいた)

古川 恵太

1963年東京生まれ、早稲田大学で土木工学(水理学)を学び、1988年から2013年まで、国交省の研究所にて、海水浄化技術や沿岸生態系保全・再生の研究・事業実施に携わる。その間、豪州海洋科学研究所における在外研究や、国際航路会議(PIANC)、世界通信連合(ITU)での国際ガイドラインや規則作成・改定に従事。2013年からは、笹川平和財団海洋政策研究所にて、海洋政策、沿岸域総合管理、島と周辺海域の持続可能な開発などをテーマに、国際連合の各種会議に参画、2019年からは、NPO法人海辺つくり研究会の理事長として、海辺の自然再生事業への市民参画を促進するための企画・調査に奮闘中。