第5回目の「変わる海の環境」の記事として取り上げるのは前回に引き続き「生物多様性」と「海洋の資源」の利用・管理のあり方についてです。
前置きが長くなりましたが、満を持してのBBNJ協定(国家管轄権外区域の海洋生物多様性の保全及び持続可能な利用に関する協定)の発効です。公海の保全と利用のあり方を大きく変える、「自由の海」、「管理の海」を「コミットメント(責任)の海」に転換する意義がある協定であり、今後、EEZや領海、沿岸域などの利用・管理に対しても大きな影響を与えるのではないかと思っています。
なお、BBNJ協定のような国連主導の国際条約の承認・発効プロセスは複雑です。国連総会での発議により議題とされ、様々な会議を経て成案をまとめます。その成案が再び国連総会の決議により採択された後、各国が自国に持ち帰り、その条約の批准を審議し、批准国が一定数を超えた時に条約が効力を発揮する(発効する)という手順を踏みますので、採択後も発効するまでに長い時間がかかることも少なくありません。また、発効した後も、締約国会議により、条約の履行状況の審査や管理、必要な追加検討を行っていきます。国際条約はダイナミックに変化していくものなのです。
さて、色々な論点が内包されている画期的なBBNJ協定ですが、今回は以下3点に絞って解説したいと思います。
まずは、BBNJ協定の成立過程です。2006年に国連総会の下に設置された「BBNJ非公式作業部会」において主要な論点を絞り込み、2016年から4回の準備委員会が開催され、①利益配分などの海洋遺伝資源問題、②海洋保護区などの海域管理ツール、③環境影響評価、④能力育成(キャパシティ・ビルディング)・海洋技術移転の4つのテーマを対象として、政府間会合で議論する骨子をつくりました。
その後、2018年9月から5回の政府間会合を持ち条約文の調整をしましたが、第5回で合意に至らず、2023年2-3月に開催された第5回再開会合にて実質的な合意、2023年6月の第5回追加再開会合にて正式採択に至りました。非公式作業部会から18年かかったことになります。4つのテーマは、それぞれ先進国側の要求と途上国側の要求が反映されたものであり、個別に議論すると、どちらかの要求に対して相反する対立が生じ解決に至らないことになりかねません。そこで、BBNJ協定では、この4つのテーマを「パッケージ」として議論することで、相互の理解を進め妥協点を探るということが行われました。こうした議論を進めるためには、各テーマのファシリテーター(テーマ議長)と全体議長の連携と統率力が不可欠です。さらに、その下で議論に参加した全員が総意を得るための誠意ある努力を惜しまなかった結果、成立に至ることができたといっても過言ではありません。こうした過程を見ていると、世界は話し合いによる解決の可能性を捨てていないと感じるのです。
次にBBNJ協定の守備範囲です。BBNJは「国家管轄権外区域の海洋生物多様性の保全及び持続可能な利用」の略称です。国家管轄権外区域は、水域は生物多様性条約が対象とする領海やEEZの外、海底は大陸棚・延長大陸棚の外となります。海洋生物多様性の保全及び持続可能な利用には、地域漁業機関が管理する漁業や国際海底機構が管理する鉱物資源に該当しない海洋遺伝資源などを含むこととなっています。すなわち、既存の条約やルールがカバーできていなかった部分を拾い上げているのです。
最後にBBNJ協定の実効性を担保する「Due Diligence(相当の注意)」を要求される努力義務についての対応です。BBNJ協定では、多くの委員会やメカニズムを構築することで、Due Diligenceの履行を促しています。詳細については今後の締約国会議での議論を待つことになりますが、例えば、開発途上国の能力開発と海洋技術の移転に関する努力義務に対して、主務である能力構築・海洋技術移転委員会の他、分野横断的な事項に対応するための横断的実施・遵守委員会、基金を設置する資金メカニズムの構築など多方面からのDue Diligenceの履行を促す仕組みが内包されています。
(テーマ、メカニズム、委員会など)
既に述べたように、国連海洋法条約などの空白を埋める形で策定されたBBNJ協定は、その設立経緯、実効のためのガバナンスを見ると、これからの海の持続的な利用・管理のあり方を指し示す人々の知恵の結晶であると感じます。そして、今後、締約国会議などを通して「コミットメントの海」が実現されていく事を願っています。
ショートコラム
東京湾生物情報とりまとめおせっ会
(2026年1月)
東京湾では、2023年から東京湾再生のための行動計画(第三期)が実施されています。その中で、東京湾再生推進会議の「モニタリング部会」と東京湾再生官民連携フォーラムの「東京湾のモニタリング推進プロジェクトチーム」が協働で実施しているのが、東京湾環境一斉調査です。当該調査では、実施の基準日を設けて一斉に行う水質調査、干潟などを対象とした生物調査、環境啓発活動が行われています。
2020年度に、コロナ感染防止のため東京湾再生官民連携フォーラムとして、市民による生物調査の呼びかけを行えなかった状況下でも、湾岸の自然観察・環境学習に関わる施設や団体では、定期的な活動としてスタッフを中心とした生物調査が引き続き実施されていました。これらの調査結果から東京湾岸の生物生息状況を把握するため、有志が「東京湾生物情報とりまとめおせっ会(以下、おせっ会)」を組織し、身近で子どもたちをはじめとする市民に関心の高い生物であるヤドカリとカニ類の出現確認に関してのアンケート調査を実施し、東京湾環境一斉調査の結果として報告しました。以後、おせっ会の活動として毎年の生物確認調査結果が報告されており、2025年には、全ての生物群を生物確認調査の対象種とし、12施設・団体から16の海岸、計24の報告があり、全体で636種群の出現報告がありました。2022年からの4年間で累計952種群が確認されており、湾内の生物相の変化の一端が見えてきています。しかし、その共通性や地域性を判断するためには、調査方法の見直しや継続した生物生息状況の追跡が必要であるとともに、関係者間の連携を強化し、情報共有の場を設けることが必要です。
なお、参加団体・報告者や具体の確認生物の全記録については、東京湾再生推進会議による東京湾環境一斉調査報告書に収録されています。
(連載 第7回 へ続く)
