第5回目の「変わる海の環境」の記事として取り上げるのは「生物多様性」と「海洋の資源」の利用・管理のあり方についてです。この原稿を書き始めたのは、2025年の年末ですが、年が明け、2026年1月17日に、国家管轄権外区域の海洋生物多様性の保全及び持続可能な利用に関する協定(BBNJ協定)が発効しました。この新協定は、海の持続可能な利用と保全を統合的に進める新たな枠組みとして大きな意味を持つものです。そこに込められた意義と、そこにいたるまでの経緯を、振り返ってみたいと思います。
かつて海は「自由の海」でした。自国の海岸に接する海は国土と同じく国の管轄権がある領海として認識されていましたが、その外側に広がる公海では、航行、海底資源の開発、漁業活動などが自由に認められていました。
そんな中、1945年9月に米国のトルーマン大統領が公海の管理に関して2つの宣言1を行い、海底資源の開発と漁業に関する規制・管理という概念を提示したのです。これにより、自国の海岸に隣接する大陸棚の海底及び地下資源の排他的な管轄権や、自国の海岸に隣接する公海に「保護水面(Conservation Zones)」を設定し規制・管理する権限を持つことが主張され、「国家による海洋の囲い込み」が推進されたのです。
こうした主張に相対する考え方として、当時シカゴ大学の総長であったロバート・ハッチンスが議長を務めた世界憲法制定委員会により「シカゴ世界憲法草案」が1947年から1948年にかけてまとめられ、「土地、水、空気、エネルギーは人類の共同財産である」という概念が示されました。そこに最年少で参加していたエリザベス・マン・ボルゲーゼが後に海洋問題で提唱する「人類の共同の財産(Common Heritage of Mankind: CHM)」という考え方のルーツとなっています。
こうした2つの考え方を統合するために、国連海洋法会議が1958年から三度にわたって開催され、24年の審議を経て、1982年に国連海洋法条約(UNCLOS)が採択され、1994年に発効しました。人によっては「妥協の産物」と言わしめるほど、複雑で困難な調整の成果ですが、人類の共同財産である公海と国家が管理する領海を分け、「管理の海」の規範を構築したのです2。
国連海洋法条約の発効後、追加協定として「深海底実施協定(1994年採択)」と「公海漁業協定(1995年採択)」が締結されました。これらは国連海洋法条約の条文に記されている規定を補完し、具体のルールを定めるものとなっています。深海底実施協定では深海底における活動(探査・開発など)を組織・管理するため、国際海底機構(ISA)が設立され、公海漁業協定では沿岸国と遠洋漁業国が協力して管理策を策定する地域漁業管理機関(RFMO)が設立されました。
こうして「管理する海」としての骨格が構成されていったのです。ただし、海の問題は多岐にわたると同時に互いに密接な関係をもつため、国連海洋法条約だけではカバーできない問題については、別機関や別条約により補完されています。
例えば、持続可能な漁業を実現するために、公海漁業協定で法的拘束力を持つ管理義務が定められていますが、現場での実践まで踏み込んだ規定はできません。そこで、国連食糧農業機関(FAO)が「責任ある漁業のための行動規範3」として法的拘束力を持たない自主的な指針を提供しています。さらにこの行動規範は公海だけでなく沿岸や内水面の漁業や水産加工や流通までを含んでおり、漁業と社会のあり方までカバーしています。
他にも、生物多様性条約(CBD)の第10回締約国会議で採択された名古屋議定書や愛知目標では、先進国などが途上国の生物資源から得た利益を資源提供国に還元する仕組みが導入されています。しかし、CBDの議論は排他的経済水域までの範囲に限定されています。
そして、大切なことは、これらの実施協定や指針などでは、「管理」するための法的制約が細部まで定められていない場合があり、多くは、「Due Diligence:相当の注意」として、国家が義務を果たす際の注意義務が求められているということです。すなわち、国家が特定の「結果」を保証するのではなく、その結果を達成するために最善の努力を尽くすことが求められているのです。
そうした努力目標を明確化するために、様々な工夫が設けられています。持続可能な開発目標(SDGs)を掲げた「アジェンダ2030(2015年採択)」では、自主的約束(Voluntary Commitment)として各国家・主体が宣言し、その成果をモニタリングする仕組みが構築されています4。また、気候変動枠組み条約の下、第27回締約国会議で採択された「パリ協定(2015年採択)」においては、国が決定する貢献(NDC)を5年毎に条約事務局に提出することが求められています5。
このように「自由の海」は「管理の海」を経て「コミットメントの海」に変容してきたのです。次回は、そこに踏み込んだBBNJ協定の話です。
ショートコラム
夢ワカメ・ワークショップ開始!
(2025年12月)
2025年12月6日に、横浜市のみなとみらい臨港パーク地先にワカメの筏が出現しました。第25回となる夢ワカメ・ワークショップです。このワークショップは、夢ワカメ・ワークショップ実行委員会が主催しており、事務局である「海辺つくり研究会」の他、現場での水中作業やモニタリングを担う「海をつくる会」、アマモ場の再生に緩やかな市民活動ネットワークとして取り組む「金沢八景-東京湾アマモ場再生会議」、横浜に砂浜を再現するための活動を推進する「ともに浜をつくる会」、港湾・空港の建設に携わった方々を主体として地域市民の自主的な活動を進める「みなとサポート」、川を楽しむ活動をしている「よこはまかわを考える会」、ワカメの筏をつくる竹を提供いただいている「楽竹会」など、それぞれが多様な役割と意識をもって参画しています。
毎年、250組の募集枠は募集後すぐに満席となり、当日は、2月までの育成で順調ならおよそ1トン(質重量)となる収穫を楽しみにしながら、釜石と横須賀から提供を受けた種糸を筏に下げる親糸に絡める作業を行いました。
(連載 第6回 へ続く)

