
北海道の日本海に浮かぶ小さな離島・焼尻島。ここで20年以上、一本釣りを中心に漁を続けてきたのが高松亮輔さん(40歳)です。マグロやヒラメ、ミズタコやヤリイカなど季節ごとに変わる魚を相手に、海と向き合い続けてきました。
しかしいま、彼が直面しているのは温暖化による海の変化、そして漁業を取り巻く制度的な問題です。現場のリアルな声を聞きながら、未来の水産業について考えていきます。
北海道・焼尻島の海で育った漁師として
津田:読者の皆様ご無沙汰しております。フィッシャーマン・ジャパンの津田でございます。今回また新たに水産振興コラムで連載をさせて頂くことになりましたが、今回の連載は『全国漁師名鑑』と銘打って、全国で活躍する熱い漁師さんをリレー形式&対談形式で紹介していく連載となります。どんな熱き漁師さん達が登場するか僕もワクワクしています。ということで記念すべき第1回は北海道の高松さんから行きたいと思います。高松さん、まずは自己紹介をお願いします。
高松:栄えある第1回に選んで頂いて大変恐縮です。私は北海道の焼尻島で漁師をしています。今年で漁師歴21年目です。祖父は戦後にニシン漁をしていましたが、僕自身は世襲ではなく、自分の意思で漁に入りました。父の船に乗りましたが10か月でクビになり、その後すぐに独立して自分の船を持ちました。
津田:クビになったんですか?今は一人乗りで漁師をされているんですね
高松:そうですね。日帰りで一本釣りを中心に、マグロやヒラメを獲りつつ、季節によってタコやウニ、ナマコなども獲ります。その時その時の海と付き合うスタイルです。

海洋環境悪化と温暖化がもたらす現実
津田:この20年で、漁業環境はどう変わりましたか?
高松:結論から言えば、良くない方向に変わっている気がします。獲れる魚の種類や時期が変わり、魚価も安い。さらに海洋環境の悪化が大きいです。
津田:具体的にはどんな変化ですか?
高松:今夏、焼尻島で29度という水温を記録しました。北の海でこの水温は異常です。昆布は20度前後が適水温ですが、近年は高水温で減少傾向です。結果、昆布を食べるキタムラサキウニの身入りが悪くなって、本当に苦労しました。
津田:北海道で29°C…。想像できないです。
高松:本当にそうです。人間にとって1度や2度の気温変化は大したことがなくても、海の中では生死を分ける大事件なんです。温暖化の怖さを実感しています。
藻場再生という挑戦
津田:そうした環境変化に対して、どんな取り組みを?
高松:一つは「藻場再生」です。藻場は魚の産卵や稚魚の成育の場で、ウニや貝のエサにもなる「海の森」。ところが全国的に減少していて、うちの海でも昆布が育たなくなっている。焼尻島ではウニの間引きや高温耐性を持つコンブの種(遊走子)を自前で採取して、中間育成して海に戻す事業など、藻が育ちやすい環境を整えています。
津田:変化は感じますか?
高松:今年は昆布がダメでしたが、その代わりにワカメが大量に生えました。自然の変動かもしれませんが、結果的にウニの身入り状態は良くなった。「すべてが悪化しているわけじゃない、海藻も環境変化に適応しようとしているのかもしれない」と感じましたね。
津田:海は広いから、効果を測るのも難しいですよね。
高松:そうなんです。だから一筋縄ではいかない。でも、漁業を続けるには欠かせない挑戦です。

漁業を取り巻く構造的な問題
津田:その他にも地域や、日本の水産業全体として課題に感じていることはありますか?
高松:はい。特に「漁協のガバナンス不全」は深刻です。本来、漁協(漁業協同組合)は漁師が一人では解決できない課題を仲間と協力して乗り越えるための組織です。漁場を守り、資源を管理し、公正な販売を行い、行政との交渉や政策提言も担う、漁師の自治組織なんです。
津田:実際の現場では?
高松:意思決定が形骸化していて、組合員が主体的に考えなくなっている。行政や市場との交渉力も弱まり、結果として漁業改革のスピードは遅れ、環境の変化に対応できていません。
津田:全国でも似た声を聞きます。
高松:そうだと思います。活気のある地域は必ず漁協がしっかりしている。逆に衰退している浜はガバナンスが弱い。漁業法は改正されましたが、関連する水協法は十分に整備されず、販売専任理事などの外部登用の仕組みは曖昧なまま。制度の穴が、競争力の低下や資源管理の遅れを招いています。
津田:資源管理も進んでいないですか?
高松:はい。「小さい魚を獲らない」「漁獲量を抑える」といった提案は現場で共有されていますが、制度に反映されず広がらない。自分が控えても他の誰かが獲れば意味がない。資源管理は一人や一地域だけでは成立しません。本来は国全体で取り組むべき課題なのに、法整備が追いついていない。
津田:その結果が資源の減少に?
高松:そうです。マイワシやサンマ、サバなど、身近な魚ですら激減しています。スーパーに並ぶ魚の多くは輸入頼み。資源が減れば漁師の暮らしは立ち行かず、地域経済も魚食文化も揺らいでしまいます。
津田:では、どう変えていくべきでしょうか。
高松:必要なのは「全体最適」と「対話」です。自分の漁場だけに閉じず、「日本全体」「世界に一つしかない海」という視点で議論すること。外部の知見を取り入れる制度改革と、現場の意識改革。その両方が必要です。
でも僕一人では変えられません。同じ考えを持つ漁業者や漁協、政治家と対話し、そのやり取りを発信していく。水産サミット※のような場で、多様な立場の意見を聴き合い、全体最適の落とし所を探すことが大事だと思っています。
※ 水産サミットは、水産業を未来へと続く産業にするため、全国の漁師、水産会社、水産研究者などが集まり、『現場起点で何が出来るか』『現場で何をすべきか』をとことん議論する合宿形式の共創型サミット。津田が実行委員長を務めている。

漁師としての愛と誇り
津田:改めて、漁業とはあなたにとってどんな存在ですか?
高松:生き方そのものですね。魚を釣り上げた瞬間の手応えや、荒波の中で命懸けで挑む緊張感は他の職業では味わえません。安全で美味しい魚を食卓に届ける使命感もある。「水産業は意外と楽しい仕事」だということをもっと多くの方々に知ってほしいです。
未来への展望と読者へのメッセージ
津田:最後に、未来への展望をお願いします。
高松:水産業は担い手不足と言われて久しいですが、いたずらに漁業者の数を増やしたいわけじゃありません。「漁業は魅力ある産業」だと知ってもらいたい。新しく入った人が、環境や制度の不全で失望して辞めてしまわないように。資源管理を徹底し、小さな魚を乱獲しない仕組みを作りたい。そして、現場の葛藤や漁業の魅力をもっと発信していきたいと思っています。
津田:今日も熱いお話を本当にありがとうございました。志高く、ともに日本の漁業を魅力ある産業にしていきましょう。
まとめ
北海道・焼尻島で20年以上漁を続ける高松亮輔さんの言葉から浮かび上がるのは、温暖化による資源変化と、漁協のガバナンス不全がもたらす停滞です。それでも彼は藻場再生や資源管理への挑戦を続け、対話を通じて未来を切り開こうとしています。
水産業は「ただ魚を獲る仕事」ではなく、自然と人との関わりを未来につなぐ仕事。次に魚を手にするとき、その背景にある漁師の努力と環境の変化を想像してもらえたら、海と漁業の明日もきっと明るくなるでしょう。
(連載 第2回 へ続く)
参考
- 水産庁「我が国周辺水域の漁業資源評価」
- 水産庁「磯焼け対策」
- 水産振興コラム「私たちが見つめるのは100年後の農山漁村 vol.13 僕が変える、漁師のイメージ。僕がつくる、ここでしか味わえない食。」
- 水産振興コラム「私たちが見つめるのは100年後の農山漁村 vol.04 海女の素潜り漁から考える漁村の継続」