水産振興ONLINE
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2023年2月

“千客万来”の築地場外市場となるために
 ~『食のまち 築地』の近未来~

八田 大輔(株式会社 水産経済新聞社) 

3. 豊洲市場や築地市場跡地の今後とアフターコロナ

(1) 築地市場の後継市場・豊洲市場の現在

築地場外市場を語るにあたり外せないのが、本体の移転先となった豊洲市場の動向だ。確かに築地の地からは離れたが、築地場外市場の店舗は多くが仕入れ場として利用しているし、中核の「築地魚河岸」の店舗は豊洲市場の水産仲卸や青果仲卸が大半を占める。築地市場時代に比べて影響力は低下したものの、豊洲市場なくして築地場外市場は存在しえない。

2020年9月~2021年8月までの間に私が所属する水産経済新聞社が発行している日刊水産経済新聞紙面と、ウェブサイト「水産振興ONLINE」(東京水産振興会運営)上で掲載したインタビュー連載「豊洲市場 水産物流通の心臓部」の中では、11回にわたって移転事業を終えて数年が経過した豊洲市場の強みと弱みを、それぞれの役割を果たす事業者に聞いて探った。

それをまとめると、豊洲市場の強みは、築地市場時代から引き継いだ財産がいまだに中心ということが確認できた。具体的には、全国の産地と豊洲市場とを定期便でつなぐトラック物流網と、仲卸の目利き(取引先の要望に合わせて適切な商材を提案する機能)だ。

施設自体が閉鎖型に変わり低温管理施設となったことによる、鮮度維持能力の向上や鳥やネズミによる獣害の減少に伴う衛生面の向上は、確かに目をみはる前進ではあった。ただ、あくまで築地市場時代との比較においてであり、現代の衛生面では標準レベルで、移転の大幅な遅れなどにより設計思想自体が20年近く前のものだったことから、特筆すべき強みといえなかった。

逆に弱みとなったのは、交通アクセスの悪さ、権利関係の整理によって出入りが難しくなった業者らの撤退による物量そのものの減少などだった。これらは築地市場時代に比べると見過ごせない劣化が目に付く状況だった。場外市場機能の貧弱さも弱みの一つで、いわゆる豊洲場外市場に当たる千客万来施設は本体の開場に間に合わず、きょうもなお脆弱なまま推移している。もともとの場外市場であった築地場外市場と都営バスや業界団体が用意したシャトルバスで結ぶことで補完しているが、相互のつながりが距離の隔たりで希薄になったことで、一体的に動いていた時に比べ明らかな機能低下に見舞われることになった。

豊洲市場の場外市場エリアでは、一部「江戸前場下 (じょうか) 町」を2020年2月~2023年3月まで期間限定営業し、一般向け立体駐車場が2020年春から開業した。とはいえ、施設の性格が観光向けに偏りすぎているうえ、新型コロナウイルスの出現と開業がくしくも重なったことで集客に非常に苦戦。ほぼ場外市場なしといえる状況で最初の5年を過ごした。

2022年4月からは豊洲市場と同じ豊洲6丁目に大手ゼネコンが大規模複合ビル「ミチノテラス豊洲」を開業している。オフィス棟とホテル棟の間に設けた「豊洲MiCHi (みち) の駅」が稼働し、市場業者も参加したイベント「豊洲場外マルシェ」が定期的に開かれ、人を集めている。

2024年2月には6街区(水産仲卸売場棟側)側で、万葉倶楽部(株)による「千客万来施設 (仮称) 」が開業する予定。商業棟「豊洲場外江戸前市場 (仮称) 」と温浴棟「東京豊洲 万葉倶楽部 (仮称) 」からなる同施設が稼働することで、遅ればせながら一応の場外機能が整うことになる。

写真6:2024年2月1日開業することが決まった、万葉倶楽部(株)運営の「千客万来施設(仮称)」の完成イメージ
写真6:2024年2月1日開業することが決まった、万葉倶楽部(株)運営の
「千客万来施設(仮称)」の完成イメージ

(2) 卸売市場全体を取り巻く状況と、都の中央卸売市場経営計画

一方、水産卸売市場の頂点をいただく豊洲市場に注目するからには、日本の水産物流通の根幹を担う卸売市場システムが現在、転換期にあることについても振り返っておきたい。

2020年6月に施行された改正卸売市場法では、卸売業者の販売先の実質自由化、仲卸業者の産地からの直接の荷引き(直荷)取引の自由化、商物分離の自由化などが各市場のそれぞれの開設都市の裁量により進められた。硬直していた卸売市場システムが、活性化へ転じる大きなチャンスだったものの、施行前後に膨れ上がった新型コロナウイルスの感染拡大による社会の混乱で市場関係者は守勢に立たされ、野心的な取り組みはほぼ前へ進まなかった。

しかし、新型コロナの行動規制の解除によって、社会の大変化への適応にようやく本腰を入れられるタイミングとなったこれからは別だ。実質的に改正法に商取引は先行していて、実態合わせしたルール変更という面がなくはなかったが、面倒な一連の申請手続きの手間が取り払われ、同様の自由な取り組みであっても心理的にやりやすくなったことは大きい。

既存の取引先に配慮して表向きは自粛している事業者が多い中で、今後いよいよ事業環境が厳しくなれば生き残りをかけて一気に加速化する可能性がある。築地場外市場にとってみれば、2キロしか離れていない豊洲市場が銀座の小口買出人向けのサービスを強化したり、一般消費者により開かれた市場にかじを切ったりすれば、明確な脅威となってくる。

豊洲市場の開設者である東京都が、改正卸売市場法下での開設者による将来的な市場運営を具体化するための方法論として、全国に先駆ける形で「東京都中央卸売市場経営計画」を策定して市場活性化策の長期的な方向性を示したことにも目配りしていく必要がある。

旧・卸売市場法の下では「東京都中央卸売市場整備計画」に基づき、施設(ハード)面の整備中心に進められてきたところだが、2022年3月に策定された「東京都中央卸売市場経営計画」ではハード面についての言及はあるものの、運用(取り組み =ソフト)面について今後の目指す方向性を色濃く盛り込んだものとなっている。先行で進めてきた11市場全体で5億円という、ソフト支援としては巨額の「経営強靭化のための補助事業」などを柱の事業の一つとして位置付けている。また、将来的な市場会計の資金枯渇を招かないよう、豊洲市場をはじめとする都内の11の中央卸売市場については取扱数量増・取扱金額増を至上命題に掲げ、開設者として旧法下ではなかった形で手厚く後押ししていく姿勢を明確にしている。

築地場外市場にとってみれば、豊洲市場は重要な仕入れ場の一つであり、一面的には競合相手にもなりうる、なんとも微妙な関係性ではあるのだが、豊洲市場の衰退は最終的に築地場外市場の存続問題にもつながるので、「東京都中央卸売市場経営計画」が、どれだけ豊洲市場の活性化に貢献していくかは重要だ。今後、都は年2度というかなりの頻度で、経営計画のレビューと軌道修正の会議をもつ予定のため、その中身に注目していくだけの価値はある。

築地市場時代から続く、本体部分の後継の豊洲市場との共存共栄の構図はおそらく永遠に続くものとみて間違いない。今後も高い関心をもって動向を注視していく必要がある。

写真7:「東京都中央卸売市場経営計画」の概要。計画期間は2026年度までの5年間
写真7:「東京都中央卸売市場経営計画」の概要。
計画期間は2026年度までの5年間

(3) 築地市場跡地の将来と、臨海部の今後

築地場外市場にとって、豊洲市場と並んで今後を左右するのが築地市場跡地の土地利用の行方だ。2022年11月には都の都市整備局から事業予定者の募集要項が公表された。

それによると、2023年1月末で事業者による応募希望表明の受付を終了し、現在は質問・事前確認をやり取りする段階に入っている。今年8月31日に提案書を受け付けて審査を行い、事業予定者が決まるのは2024年3月頃の予定という。築地市場跡地は、都心に最後に残された大規模再開発案件とみる向きもあるくらい注目の案件とされ、建設・除却の期間を加えた70年間の長期貸付契約で19万4679平方メートルの用地が貸与をされることになる。

築地市場跡地を都の中央卸売市場会計から一般会計に有償所管替え(売却)した際に、当時の路線価を参考にした5623億円の簿価で受け渡されていることから、相応の貸付料の支払いが必要になることは予想できたが、募集要項によると月額単価で1平方メートルあたり4497円という設定だった。全面積の年間貸付料は単純計算で105億566万円となる。一時期、構想にあったかつての築地市場のような低層階の食のテーマパークが仮に実現していても、これだけでは採算を取ることは覚束なかっただろう。上へと高度を稼いだ、大掛かりな容積の建物群が必要になることは間違いない。

加えてコンセプトにある「水と緑に囲まれ、世界中から多様な人々を出迎え、交流により、新しい文化を創造・発信する拠点」との位置付けから、国際会議場やそれに準ずる大規模集客施設を、周囲の景観に配慮しながら作らなければならない。環状2号線が敷地内を横切っているため、一部が地続きでない制限もある。建設に向けて事業者側に課された宿題は多い。

写真8:築地市場跡地の「築地地区まちづくり事業」事業者募集要項から、「都市基盤整備のイメージ」
写真8:築地市場跡地の「築地地区まちづくり事業」事業者募集要項から、
「都市基盤整備のイメージ」

事業者に求める整備方針には、「食文化の拠点として築地が育んできた活気とにぎわいに鑑みる」「築地場外市場などとのつながりに配慮しながら」という縛りは設けられている。ただ、どの程度まで築地場外市場に配慮した施設計画の提案がなされるかはフタを開けなければ分からない。

当初はなるべく早期に賑わい創出を図るために段階的整備を求めていたが、途中段階でその要件は除外されたことも、事業者にとってプラスだが、築地場外市場にはマイナスだ。敷地面積が築地市場跡地の1・3倍相当の「東京ビッグサイト」が着工から竣工まで3年かかったこと、築地市場跡地周りの主なインフラ整備が2028年(隅田川スーパー堤防整備事業の先行整備区間)までかかることを考えると、実際に築地市場跡地の新たな施設が動き出すのは2030年前後が現実的なセンといえるのではないか。それまで大規模な新施設が生み出すプラス効果について、築地場外市場への波及は期待できないということになる。

目配りするエリアをもっと広げると、築地場外市場と豊洲市場のちょうど中間点に位置する、東京五輪・パラリンピックの選手村跡地の「晴海フラッグ」に2024年3月から入居が始まり、周辺人口が増えることは大きなプラスになる。東京五輪・パラリンピックの1年延期で、同様に1年入居が遅れたものの、一戸に平均で3人が入居するとして、1万7000人余りの人口増が確実に見込める。住民の足は都営バスや東京BRT(バス高速輸送システム)に当面限られ、「都心部・臨海地域地下鉄」の晴海駅が完成するまでは、ややアクセスの乏しさに悩まされそうな可能性はあるものの、地域の人口増加は賑わいの創出にトータルでプラスになることはあれ、マイナスになることはない。小口の飲食店・小売店や一般消費者の増加は、豊洲市場に比べてよりオープンな築地場外市場にとっては確実にプラスに働くだろう。

(4) アフターコロナに向けた展望

新型コロナに伴う政府による経済活動の制限は2022年5月で終了して半年以上が経過した。その後も感染そのものは収束することはなく、本稿を執筆している2023年1月末時点でも繰り返される感染拡大の波がまだ社会を揺さぶっている。しかし、それもようやく新型コロナが伝染病指定の2類から、季節性インフルエンザと同じ5類へと引き下げられる今年5月8日にようやく終わる。名実ともに、アフターコロナの時代へと突入するといえる。

感染拡大のピーク時には、外食産業の大規模な衰退が起き、店舗数減と回転率の低下で市場規模は大きく縮減した。その後、営業規制の終焉と新店回復で市場規模は2022年末ごろの時点で新型コロナ前の8割程度まで回復したとの認識が広がっている。5類相当になれば今まで以上に気にせず外出する形へと行動様式が変わると見込まれることから、外食需要もさらなる回復が見込め、新業態の展開なども重なれば近い将来に新型コロナ以前の市場規模に届く可能性もある。

今回、巣ごもりで内食需要の風が吹き、水産業界で素材魚が売れたのはほんの1年足らずだった。深刻な魚調理離れが起きていた中で、内食が定着するはずもなく、素材魚は急激に売れなくなり、いったんは停滞していた惣菜(中食)が急成長してマーケットを拡大させた。

写真9:食品スーパーで素材魚の売場が減らされている一方、魚惣菜売場は拡大している
写真9:食品スーパーで素材魚の売場が減らされている一方、
魚惣菜売場は拡大している

業界関係者が進めている地道な魚食普及活動は魚食復活に向けた力になっていると信じたいものの、消費者の多くが魚調理の習慣を引き継いでいない今は、やはり高度化していく食の外部化に水産物消費拡大の直近の未来を託さざるをえない。別の伝染病再来による新型コロナと同様の社会の混乱が起きるリスクが国際交流ありきの世の中では常にくすぶり続けるが、当面は素材魚より中食・外食が水産物消費拡大のカギを握ることは間違いない。