水産振興ONLINE
水産振興コラム
20219
洋上風力発電の動向が気になっている
第7回 沖合域の漁業と浮体式洋上風力発電(福島沖を事例として)
富岡 啓二
(一社) 全国底曳網漁業連合会 会長理事

1. はじめに

(一社)全国底曳網漁業連合会の富岡と申します。(一財)東京水産振興会の長谷理事から始まった本コラム、7回目の今回は私が引き継がせていただきます。

今回は、経済産業省資源エネルギー庁から委託を受け「福島洋上風力コンソーシアム」が2011年度から実施した「福島沖での浮体式洋上風力発電システム実証研究事業」(以下、「実証事業」と略します。)の実施初期段階に発生した実証事業に対する漁業者の態度の硬化とその受容に係わった経験を紹介し、洋上風力発電と漁業との協調の場に忘れられがちな沖合域での漁業の存在に注意を促したいと思います。

なお、上記の態度の硬化と受容については、東京海洋大学学術研究院の川辺教授らが2018年3月、沿岸域学会誌に「新たな海面利用開発に対する漁業者の受容過程とその要因分析—福島沖浮体式洋上風力発電実証事業をめぐって—」を公表されているので参照頂ければ幸いです。また、今回のコラムも上記論文から一部引用させていただいておりますことをお断りします。

なお、実証事業の概要についてはネット上にも多くの記事がありますので、ご参照ください。

2. 実証事業に対する漁業者の態度の硬化

2012年当時、私は水産庁で漁船漁業対策を担当していました。

もう10年近く昔の話ですから、私の記憶も薄れていますが、お恥ずかしい話、私自身も漁業者の反発を知るまでは洋上風力発電に関しては第三者的な対応をしていたと思います。

その当時の福島県の漁業界は、福島原発事故の影響で沖合底びき網漁業を含む福島県の沿岸漁業が操業自粛を余儀なくされた中で、福島県の漁業再開に向けて試験操業を開始したところでした。

話は少しそれますが、この試験操業というのは、小規模な操業と販売により出荷先での評価等を調査する等して漁業再開に向けた基礎情報を得るもので、福島県によるモニタリングの結果を踏まえ、対象とする魚種や漁場について、漁業者と流通業者が対象種の選定、操業や流通体制等の検討を行い、その上で地区試験操業検討委員会、更に漁業者代表、消費・流通代表、有識者、行政機関から構成される「福島県地域漁業復興協議会」の協議を経て福島県漁業協同組合長会議で計画が最終判断されるという段階を踏んで慎重に協議され実施される仕組みになっていました。販売される漁獲物は福島県漁業協同組合連合会が中心となり放射性物質の検査を行いました(試験操業は2012年6月から開始され、目的が達成されたことから2021年3月末で終了しました。)。

市場に並べられた漁獲物(出典:JF相馬双葉 https://soso-gyokyo.jp/landnews/4239) 市場に並べられた漁獲物
(出典:JF相馬双葉 https://soso-gyokyo.jp/landnews/4239

福島県内にはS漁業協同組合(以下、「S漁協」と略します。)とI漁業協同組合(以下、「I漁協」と略します。)の二つの漁業協同組合がありますが、この試験操業に当初から積極的だったのはS漁協の沖合底びき網漁業者(以下、「沖底漁業者」と略します。)でした。その沖底漁業者のリーダーの一人が私との雑談の中で、「若い者がせっかく後を継いでくれているのだから若い者を海に、漁に出して、漁で生活することを忘れないようにしないと(大人である我々が頑張って漁業再開の糸口をつくらなくては)。」と笑顔で言われたことに強く感銘したことを覚えています。

試験操業が順調にスタートしたある時、「S漁協の沖底漁業者が実証事業の実施に対して態度を硬化している。」という話が聞こえてきました。

周辺の漁業者に沖底漁業者が態度を硬化している理由を探ったところ、福島県の漁業者のほとんどが実証事業の計画について知ったのは、2011年9月の新聞に「一基5千キロワットの風車を15年までに6基(総出力3万キロワット建設)、将来的には500万キロワット規模の発電を目指したい」という記事があるのを見てのことであって、震災前はこの海域を漁場として利用していたS漁協の沖底漁業者には事前の相談、説明もなかった、ということに対する憤りがあったということでした。

資源エネルギー庁がこのようなプロジェクトを企画するに際しては地元福島県等との調整は当然行われていたものと思われますし、風力発電の立地に関する事前調査等も行われたはずなので漁業との接触もあったと思われます。が、少なくても態度を硬化しているS漁協の漁業者には初耳だったのは事実のようです。

しかし一方で実証事業は、新産業の開発と復興を意図する資源エネルギー庁、浮体式洋上風力発電技術の開発を意図する受託者の「福島洋上風力コンソーシアム」、支援再生可能エネルギー産業による雇用創出とエネルギー生産を期待する福島県、再生可能エネルギーを核としたまちの復活を期待する地元いわき市はもとより多様な業界がそれぞれに期待を寄せる公益性の高い事業として動き出し始めています。

この時点で「事前に話を聞いていない。」ことを盾に取って態度を硬化し続けることは心情的には理解できるものの、結果として福島の漁業の再開に真剣に取り組んでいる沖底漁業者が社会的に否定される恐れもあり、私はそのような流れになることは何とか避けたいと考えました。

そこで態度を硬化しているS漁協の沖底漁業者のリーダー達から直接話しを聞くべく意見交換の場を設けることを提案し、S漁協の沖合底びき網漁業船主会のリーダー5人から話を聞くことができました。

私から「洋上風力発電の必要性については多くの国民が理解しておりその一環として取り組もうとする実証事業について(この時点で)態度を硬化し続けることは社会的に誤解を受ける可能性がありそこは避けるべきであること、その上で実証事業について不安視している問題を整理してその解決の糸口を一緒に考えたい」旨伝えました。

この意見交換で、リーダー達からは「風力発電の公益性までを否定している訳ではない」、「事前の説明、相談もなく進められた今回の実証事業と同じように(原発事故で現在は利用出来ないとはいえ)生業の場である漁場を(洋上風力発電事業に)なし崩し的に奪われるのではないか」、「マスコミ報道等では実証事業で整備される施設は恒久的に敷設されるかのようにも見えるので、(ようやく漁業再開の糸口を模索し始めた矢先に)将来にわたって漁場を失う可能性のある話を軽々と(短期間で)判断できない。」という不安と悩みを聞かせてもらいました。

そこで私は「恒久的な施設となれば(公益性を伴った営利事業となるので)その補償的なものも含め別次元での関係者間の協議は必要。(その前提に立った上で)今回の実証事業による施設が恒久的なものなのか否かは漠然としているので、なし崩し的に漁場を奪われないためにも、実証事業の中に設置される漁業協働委員会に積極的に参画しその場で発言することで記録を残すこととしてはどうか。」と提案しました。

船主会のリーダー達はこの提案を受け入れ、結果、2012年10月に漁業協働委員会が設置され、その中で実証研究事業終了後に一つの漁協が了承しなければ施設を撤去することが確認され、このことが漁業協働委員会の議事録に記されました。

私が知る10年前の顛末は以上のとおりですが、私は、この漁業者達が態度を硬化した原因は、資源エネルギー庁や事業者側に漁場利用についての理解が不足していたことにあったのではないかと考えています。

事前調査に携わった方々からは「事前調査にはI漁協の漁業者にも協力してもらったし話も聞いた」等、事前に漁業者ともコンタクトをしっかりとっていたと見受けられる話も聞こえてきました。多分にこういったことから漁業者も反発はないだろうと踏んでいた気配を感じます。

が、不幸な勘違いは、実証事業の施設を設置する場所はI漁協の沖合でしたが、その沖合はS漁協の沖合底びき網漁業の漁場であったということを認識していなかったことかと思います。実証事業のステークホルダーはI漁協とともにS漁協の沖底漁業者だったということです。付言すれば、震災前においては、当該漁場には、宮城県の沖底漁業者も出漁しており多くの他県漁業者の操業の場でもあったのです。

様々な水産物に恵まれた日本周辺の水域(出典:図で見る日本の水産 水産庁 令和2年12月) (出典:図で見る日本の水産 水産庁 令和2年12月)

3. 沖合域の盲点を「最後に」

再エネ海域利用法が制定され、洋上風力発電の動きが今後益々活発になる中、漁業協調型の考え方に沿って積極的な協議が進むことが期待されています。また、最近では、沿岸域は漁協の反対があるから調整には時間もお金もかかるとか、広い海域に密度の低い形で展開できるというような理由で、沖合域での浮体式洋上風力発電を追求する報道が目立っているように思います。

そのような状況の中で洋上風力発電事業者に留意していただきたいのは、漁業が海面を輻輳的に利用していることから漁業者側のステークホルダーを慎重に考えて欲しいということです

地先では地元の漁業者だけが利用していても沖合域に出ると他地域、他県の漁業者も含めて操業が行われることが一般的なので関係する漁業者は増えます。仮に共同漁業権の中に洋上発電施設が敷設される場合でも、地域の漁場利用の関係から共同漁業権で操業が難しくなった漁業者が沖合域に進出することにより沖合漁業と新たな漁業調整を惹起するということもありますので、こういったリスクも想定して頂きたいと思います。また、沖合漁業の漁業者は必ずしも発電施設を敷設する地域の漁業者とは限らないことも注意が必要です。

我が国の漁業管理制度の概念図(出典:図で見る日本の水産 水産庁 令和2年12月) (出典:図で見る日本の水産 水産庁 令和2年12月)

そのようなことからも、候補地の選定の段階から、地元漁協、市町村、県のみならず水産庁、漁業関係団体等からも十分な情報を収集するとともに、不幸な勘違いが生ずることの無いようステークホルダーとなる漁業者とは前広に意見交換を重ねて進めていただくことを期待しております。

浮体式洋上風力発電を沖合域で検討しているのであれば尚更このことを理解してもらわなければならないと思う昨今です。(第8回へ

プロフィール

富岡 啓二(とみおか けいじ)

1955年生まれ。1978年北大水産学卒後水産庁入庁、2012年退職。2013年(一社)全国底曳網漁業連合会顧問、2014年同専務理事、2015年同会長理事。現在に至る。