水産振興ONLINE
水産振興コラム
20215
洋上風力発電の動向が気になっている
第1回 洋上風力発電と漁業
長谷 成人
(一財)東京水産振興会理事

1 はじめに

洋上風力発電の動向が気になっています。菅政権は、「2050年の脱炭素社会の実現」を掲げました。その実現には、再生可能エネルギーの導入拡大が不可欠であり、その切り札として期待されるのが海上に風車群を設置する洋上風力発電だということで、最近しばしばニュースで見聞きする機会が増えたせいです。

国内には洋上風力発電の設備は、長崎県五島市沖(浮体式1基)、福岡県北九州市沖(浮体式1基)、千葉県銚子市沖(着床式1基)、福島県沖(浮体式2基)にありますが、昨年12月、政府は現在設備容量で1.4万キロワットあるものを2040年までに、3,000万から4,500万キロワットに増やす目標を決めたそうです。現在の実に2000倍以上になる計算になります。洋上風力は部品の数が多く関連産業も多いことから新たな成長産業としても期待されているそうです。政府としては、野心的とも言える目標を立てて、投資を呼び込むことで普及を進めていきたいということでしょう。農林水産物の輸出目標の設定などにも通じる「野心的な」目標設定です。

脱炭素自体は結構なこととしかいいようがありません。水産業はすでに地球温暖化、海水温上昇の影響を大きく受けています。水産業に限らず、様々な分野で社会の持続性について赤信号が灯り、世はSDGsの時代です。温室効果ガスの排出を抑制しないことには、水産業どころか人類社会自体がもちません。東日本大震災この方、水産業は原発事故の影響で散々な目にあってきました。長官在任中にWTOのパネルで思うような判断が出ず、韓国の水産物輸入制限を撤廃させられなかったことは心残りですし、そんな中で福島沖の処理水の問題の行方が気がかりです。再生可能エネルギーを重視する国策には大多数の国民も賛成することでしょう。

2 検討の歴史

洋上風力発電についてはそれなりに長い検討を経てきました。

(一社) 海洋産業研究会は1970年設立。当時は今とは違って通産省と農林省の共管団体でした。ちなみに、30年前、私は、その担当課長補佐だったというご縁がありますが、この海洋産業研究会が2013年5月に「洋上風力発電等の漁業協調の在り方に関する提言」を出しています。

洋上風力発電施設が建設されれば、海面が完全になくなる埋め立てとは違うものの、その漁場で網や縄を広く運用するタイプの漁業は漁場を失うことになるため共存は難しいのが現実です。それだけでなく、当時から洋上風力の運転時の水中騒音が海洋生物に影響を与えるのではないかという懸念も出されていました。一方で、観測プラットフォームとして活用することでリアルタイムでの海況情報を提供できる、風車の基礎部分に魚礁としての効果が期待できる、養殖施設を併設できるのでは、漁業関係施設の非常用電源になるのではないか、施設の建設・保守点検に漁船を活用できるのではないか、といったメリット効果も期待できます。

その上で提言においては、発電事業者には、漁業、とりわけ漁業権に関する正しい知識を持ち、敬意を持って、先行海域利用者たる漁業者との調整と合意形成を図るようにすること、積極的に漁業協調システムの導入を図り、沿岸漁業の振興ひいては地域振興にも寄与しうるよう取り組むよう求めました。一方、漁業者に対しては、海洋再生エネルギー利用の意義を理解し、海域の多目的利用、海域の総合的利用の観点から、洋上立地について協力するとともに、その建設を活用し、これを持続的な漁業及び漁村の発展に結び付けていくよう考えることを求めたのです。

これを受け、同年12月水産界でも(一社)大日本水産会、全国漁業協同組合連合会そして水産庁に相談窓口を設けました。これは、事業を計画している海域を利用している漁業者等を把握したいといった発電事業者や自治体等のニーズに応えようとしたものです。水産庁では、組織横断的な「再エネチーム」も組織し、漁業協調が円滑に進むよう個別にアドバイスできる体制もとりました。

2015年6月には海洋産業研究会から提言の第2版も出されました。第1版では沖合2–3km、水深20–30mでの着床式における漁業協調メニュー案が示されていましたが、第2版では沖合20km、水深約130mを想定した浮体式での漁業協調メニュー案が加えられています。また、様々な懸念の中で例えば風車の設置によりサケの魚道が変化して漁獲が減ってしまうのではないかという定置漁業者の懸念に関し、風車の音をサケに聞かせ、風車の6m以内に接近すると忌避反応を示す可能性(逆に言うとそれほど影響を与えるとは思われないこと)が示唆されたことも紹介されています。

こうした積み重ねの上に2018年12月には、「洋上風力発電と漁業協調・地域振興について」という資料がまとめられ、いくつもの海外レポートや上述のサケへの影響調査、国内での漁業協調事例などが紹介されており、同会ホームページで見ることが出来ます。

3 再エネ海域利用法

改正漁業法の成立と同じ2018年12月、「海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律」(以下、再エネ海域利用法という。)が成立し、翌年4月に施行されました。この法律に基づく具体的な流れは図のとおりです。促進区域というのは、漁業や海運業等の先行利用に支障を及ぼさないことが見込まれること等の要件に適合した一般海域(港湾法に基づく港湾区域や漁港漁場整備法に基づく漁港区域のように特定の法令で管理されている海域以外の領海と内水の海域)の区域で、その区域内では最大30年間の占用許可を事業者は得ることが出来るというものです。その前提として、経済産業大臣と国土交通大臣は関係漁業者団体をはじめとする利害関係者をメンバーに含む協議会の意見を聴くプロセスも定められています。

(出典:再エネ海域利用法に関する経済産業省・国土交通省HP資料より)

政府は図の一番左側にある基本的な方針を2019年5月17日に閣議決定していますが、その中では漁業との関係については以下のように記載されています。

海洋国家である我が国において、漁業は重要な産業であり、海域に海洋再生エネルギー発電設備を設置した場合、当該設備の設置場所においては物理的に一部の漁法を行うことが困難になること等も想定されるため、経済産業大臣及び国土交通大臣は、促進区域の指定に当たっては、海洋再生可能エネルギー発電と漁業との協調・共生についての観点も踏まえた上で、当該海域における促進区域の指定が、当該海域で営まれている漁業に支障を及ぼさないことが見込まれることを考慮する必要がある。」「促進区域の指定の基準の一つとして、漁業に支障を及ぼさないことが見込まれることとされていることに鑑み、経済産業大臣及び国土交通大臣は、促進区域の指定に当たり、再エネ海域利用法に基づく協議会の設置の前にも、漁業の操業について支障がないことを関係漁業団体等に十分に確認し、支障を及ぼすことが見込まれる場合には、促進区域の指定は行わないこととする。」

基本方針に則り、あと20年足らずで、現在の2,000倍以上の容量の設備を作ろうとする国の方針の具体的根拠は承知していません。報道では、投資をしていくために4,500万キロワットは必要と主張した産業界の意向を反映したものとありました。再生可能エネルギーがこれくらい普及すればいいなという希望の表明、そちらの方向に社会を変えていくぞという強い意思の表明ということなら分からないではありません。しかし、国の大号令の下で、企業側が漁業協調のための丁寧なプロセスを忘れてしまっては大変なことになると危惧します。また、漁業に支障を及ぼさない海域がどれだけあるのか、目標に達しない場合、犯人捜しのようにして漁業のせいにされはしないかと心配です。

4 福島での経験

冒頭紹介した福島沖の洋上風力発電設備ですが、震災後、経済産業省からの委託事業として浮体式洋上風力発電システムの実証研究のため設置されました。日本には先行するヨーロッパと比べて遠浅の海が少ないだけに、風車の土台を海底に固定する「着床式」だけでなく「浮体式」の技術開発が必要なためです。当初、洋上にたくさんの風車が林立する将来構想の絵とともに構想が打ち出されたため、震災・津波と原発事故で打ちのめされていた福島の漁業者は、福島の漁業に未来はあるのかと随分心配したものです。それでも、原発に代わる再生エネルギーの重要性を理解し事業に協力をしましたが、不採算を理由に2021年度中にすべて撤去されるとの報道がありました。経産省は民間企業への払い下げを模索したが、長期的に採算が合わない恐れがあるとして最終的に撤去を決断したとも報じられています。沖で見ても風車が回っていないよという情報は漁業者から聞いていましたが、稼働率が悪く採算が取れないと判断したようです。日本の海は台風の通り道でもあり、その台風も年々大型化、激甚化の傾向が顕著です。日本はコスト面で不利な条件を背負っており、発電事業を採算ベースに乗せるのは容易ではないのでしょう。

5 これからの展開で重要なこと

すでに政府は、秋田県、千葉県、長崎県の沖合にある合わせて5つの区域を再エネ海域利用法に基づき「促進区域」に指定しています。これに続けと今各地で様々な動きが活発化していますが、漁業協調型の考え方、基本方針の精神に則りながら、事業者と漁業者双方にwin-winの関係ができることを祈ってやみません

海面における漁業活動は、土地のように所有権の上にたつものでないだけに、権利者、利害関係者が複雑です。沿岸海域には一般的に漁業権区域(共同漁業権、定置漁業権、区画漁業権)が設定されています。漁業権者が漁協の場合であっても、通常実際に漁業を営み、事業の影響を受けるのは組合員である個々の漁業者です。その沖合になれば、他地域、他県の漁業者も含めて操業が行われることが一般的で権利関係はさらに複雑になります。このことから、合意形成がまだしもしやすいのは、共同漁業権内の水域ということになるでしょう。陸からの距離も近く、事業採算的にも有利です。ただし、共同漁業権内の水域と言っても、そこで営まれる漁業のすべてが漁業権対象の免許漁業なわけではなく、許可漁業もあれば釣りのような自由漁業もあります。同じ漁協の組合員と言っても、同じような漁業をしているわけではありません。釣りもあれば底びき網や船びき網のような漁具を曳きながら操業する漁法もあります。動かない藻類や移動の少ない貝類を採る漁業もあります。さらにはサケなどは典型的でしょうが、その水域を通って隣接地域あるいはさらに遠方の地域で漁獲される魚が回遊するのもごく普通のことです。漁法の在り方、対象とする生物の特性によって影響の度合い、デメリットの大きさ、メリットを受けられる可能性は様々に異なるのです。そこで、それぞれの漁業を知り、その利害調整、合意形成を図るうえで漁協や漁業団体の役割は当然大きくなります。メリットを受けることが可能な漁業種類が利用している海域での合意形成を図り、地域の振興に結び付けて欲しいものです。合意取り付けやその後のフォローアップのためには、漁業影響調査の知見集積も重要です。

メリットだけが明らかな場合はいいでしょうが、現実はなかなかそうもいきません。もしもの場合のリスクを回避するための保険などの備えも必要となります。事業者には、そこで生業を営んでいる漁業者の存在を尊重し、間違ってもお金の力で簡単に解決できるなどとは考えないでいただきたいと思います。

再エネ海域利用法と同時期に成立した改正漁業法には、その運用に当たっての配慮事項として次のように規定されています。国及び都道府県は、…漁業及び漁村が、…環境の保全、海上における不審な行動の抑止その他の多面にわたる機能を有していることに鑑み、当該機能が将来にわたって適切かつ十分に発揮されるよう、漁業者及び漁業協同組合その他漁業者団体の漁業に関する活動が健全に行われ、並びに漁村が活性化するように十分配慮するものとする。

戦後の臨海開発で重要な産卵場、育成場である藻場や干潟の多くを失い、沿岸から沖合へ、沖合から遠洋へと外延的に発展していった我が国漁業は、各国の200海里体制の成立により、我が国水域中心に回帰しました。その中で今水産政策の改革を進めているところです。その状況で残された漁場を今度は一方的に風車に奪われることになっては、漁業者はまさに立つ瀬がありません。事業者には是非このことを分かってもらいたいと思います。一方、漁業者、漁協には、この機会を漁業、漁村の存続に結びつける発想を持つとともに、事業者からの協力金等の徴収について、是非透明度高く、合理的なものとなるようお願いしたいと思います。水産政策の改革の中でも、漁協の金銭徴収の透明化、合理化は大きな課題となっています。先程述べたように、複雑な権利関係、利害関係を有する漁業界の合意形成をする上で漁協制度や漁業権制度が果たしている役目は大変大きなものです。その漁協制度、漁業権制度が社会から正当に評価され、支持されていくためにもこのことを特にお願いしたいと思います。

6 おわりに

21世紀は世界的には人口増、国内は人口急減、気候変動激化の中でなんとか社会を持続的なものにしていこうとするチャレンジの世紀です。再生可能エネルギーへの転換を進める中で、漁業も食料産業の一翼を担い、国境監視機能も有する漁業、漁村が存続していくことが重要です。洋上風力の関係者、漁業関係者にこのことを訴え、漁業協調型の優良事例があればその横展開を積極的に図っていく一助になればと願い、このコラムを執筆しました。初回ということで長くなってしまいましたが、今後は洋上風力発電と漁業について様々な角度から関わってきた方たちに登場してもらおうと思っています。次回は洋上風力と漁場について名古屋大学で研究をしていた水産庁の梶脇さんにリレーします。読者の方からも各地での参考となる事例等があればご連絡をお待ちしています。
第2回へ

プロフィール

長谷 成人(はせ しげと)

長谷 成人 (一財)東京水産振興会理事

1957年生まれ。1981年北大水産卒後水産庁入庁。資源管理推進室長、漁業保険管理官、沿岸沖合課長、漁業調整課長、資源管理部審議官、増殖推進部長、次長等を経て2017年長官。2019年退職。この間ロシア、中国、韓国等との漁業交渉で政府代表。INPFC、NPAFC(カナダ)、宮崎県庁等出向。
現在 (一財)東京水産振興会理事