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水産振興コラム
20218
洋上風力発電の動向が気になっている
第5回 山形県における洋上風力発電研究・検討の歩み
笹原 和人
山形県環境エネルギー部エネルギー政策推進課
【庄内平野から望む鳥海山 標高2,236m】(山形県HP「やまがた百名山」より)
秋田県との県境にあり東北屈指の標高を誇り、優美な裾野を日本海まで延ばす美しい姿から「出羽富士」とも呼ばれ、
日本百名山にも数えられる名峰です。山形県の洋上風力発電は鳥海山にほど近い海域で検討が進められております。

1 はじめに

山形県は東北地方の日本海側南部に位置し、沿岸部は北から遊佐町、酒田市、鶴岡市の3市町で構成されております。この地域では、古来より海や山の幸が豊富であるとともに稲作も盛んで、住民は豊かな暮らしを送ってきましたが、冬季を中心に年間を通して風が強く、生活にとっては厳しい一面も持ち合わせております。

遊佐町と酒田市では2000年代はじめ頃から、この「厄介者」の強風を活用して沿岸部に風力発電施設が次々に導入され、2016年頃からは、洋上風力発電の導入に向けた様々な動きも見られるようになりました。

今回は、現在進行中ではありますが、各方面の関係者の御理解と御協力のもと本県が主体となって進めている、洋上風力発電の導入に向けた一連の取組みについて御紹介させていただこうと思います。

2 山形県エネルギー戦略

本論に入る前に、本県における再生可能エネルギー導入拡大の取組みのバックボーンである「山形県エネルギー戦略」(以下、「戦略」という。)について触れたいと思います。

多くの方の記憶に新しいと思いますが、2011年3月11日に発生した東日本大震災は未曽有の被害をもたらし、多くの尊い命を奪っただけではなく、私たちの生活や産業活動など広い分野にわたって深い爪あとを残しました。

とりわけ東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う放射能汚染や、地震・津波被害に伴う大規模停電、長期に及んだガソリン等燃油類の供給不足など、電力や燃料等のエネルギーを巡り、これまで経験したことのない課題が浮き彫りになりました。

こうした状況を踏まえ、本県では大震災発生1年後の2012年3月に、国の動きを先取りする形で、県内に「再生可能エネルギーを中心としたエネルギー供給基盤を整備し、エネルギーの安定供給を図るとともに、地域の中にエネルギー源を分散配置することにより、生活や産業活動に必要なエネルギーを地域の中から生み出し、産業の振興・地域の活性化と、より安心して暮らせる持続可能な社会を創り上げ、次世代につないでいく」ことを旨とする戦略を策定しました。

戦略では、2030年度までの20年間で概ね原発1基分の101.5万kWの再生可能エネルギー等を新たに開発する目標を掲げ、太陽光、風力、中小水力、バイオマス等の各発電、熱利用など各分野で精力的に開発を進めるべく、様々な施策を講じてきております。

各施策の詳細については割愛しますが、洋上風力発電については、戦略の前期10年間の具体的政策の展開方向を定めた「エネルギー政策推進プログラム」(以下、「プログラム」という。)の中間見直し(2017年3月)において、「庄内沖における洋上風力発電の可能性の研究」に係る施策を展開していくと位置づけられ、以後、県としての取組みを具体的に進めてきております。

なお、2021年3月に策定した、戦略の後期10年間の具体的政策の展開方向を定める「後期エネルギー政策推進プログラム」においても、大規模事業の県内展開促進として、洋上風力発電については、特に注力していくこととしており、現在進めている遊佐町沖での取組みを先行事例として、酒田市沖へ広げていくことを検討するとしています。

3 研究・検討のプロセス

(1) 地元の混乱を防ぐための取組み

本県沖への洋上風力発電の導入に向け、県ではまず、プログラムの中間見直しに前後して2016年度中に、①庁内プロジェクトチーム(庁内PT:県庁内の水産振興や港湾管理、市町村支援等の関係12部署担当者で構成)及び②県・市町勉強会(県エネルギー政策推進課、県庄内総合支庁(県の沿岸域を含む庄内エリアを所管する組織)の関係3部署担当者、沿岸3市町の関係部署担当者で構成)を立ち上げ、洋上風力を取り巻く状況や県の取組みに関する情報共有・意見交換の場を設けました。このPTや勉強会を定期的に開催し、県の各部署、各市町村の率直な考えや意見を吸い上げて施策に反映させるとともに、行政サイドとしての意識の共有化を図っております。

2016年の後半から2017年のはじめにかけ、県が洋上風力発電の導入に向け、漁業関係者や市町村など現場の感触を探ろうとした際に問題となったのは、本コラムの第2回目で取り上げておられますが、①洋上風力を推進する関係者が独自に漁協を訪問し、漁業者のプライドを傷つけるような提案を行ったことから、漁協や漁業者など関係者に洋上風力に関する強い不信感やアレルギーが生じていたこと、さらに、②沿岸市町に多数の事業関係者が出入りして様々な働きかけを行ったことから、各市町では対応に苦慮し、県に何らかの “交通整理” をしてほしいという強い要望がなされたことです。

このため県では、2017年3月に、当時県エネルギー政策推進課を一度でも訪問いただいたことのある事業関係者各位に、洋上風力発電を導入するための地元調整は県が責任をもって進めることとし、①事業関係者の対応窓口を県エネルギー政策推進課に一本化すること、②事業関係者による漁業関係者や沿岸市町への接触や沿岸域での風況観測、環境アセスメントの実施等を当面控えていただくこと、以上2点の協力要請を行いました。もちろん、法的には何ら拘束力を伴わない任意の協力のお願いということになりますが、一部の例外を除いては、県が想定していた以上に御理解いただき、その後静かな環境で地元の調整を進めることができたという意味で、大きくプラスの方向に作用したものと実感しております。

そもそも海は誰のものか?本コラム第2回目でも触れておられますが、「国有財産でありみんなのものである海」ということです。当時は、まだ洋上風力発電の導入プロセスに関する法整備が進んでおりませんでしたので、県を訪問いただいた事業関係者各位には、その都度、「県主導による地元調整が整った暁には、国民の共有財産上で事業を行う以上は、いわゆる “早いもの勝ち” ではなく、港湾エリアにおける公募スキームをベースに、県が事業者公募を行う。」考えであることをお伝えしていました。このことも、県からの要請への積極的な御協力に結びついた要因の一つではないかと考えております。

また、事業関係者への協力要請を始めた時期に、県漁協を訪問して言われたのは、「そもそも、県は洋上風力発電の導入により最も影響を受ける漁業の実態を理解しているのか?」ということでした。もちろん、県の水産振興部局とも連携しているので、該当海域でどんな魚種がどれくらい採れたのかという統計はありますが、特定海域の漁業に関する漁具や漁法、季節別の変化等までは把握されていませんでした。

漁業実態調査のノウハウがなく対応を模索する中、当時、水産庁から名古屋大学に出向されていた梶脇氏が、「遊佐地先の漁業実態」を研究テーマに取り組まれるとの情報を得て参画を打診したところ、県からは、エネルギー政策推進課及び庄内総合支庁水産振興課、遊佐町も参加させていただけることになりました。調査の詳細に関しては本コラム第2回目の記載に譲りますが、2017年6月から12月にかけて行われた全7回の漁業者懇談会全てに参加し、とりまとめ結果を2018年1月に県エネルギー政策推進課のホームページに掲載させていただきました。

本調査に参加させていただいたことで、遊佐地先の漁業実態の詳細が明らかになり、洋上風力発電の導入に向けた検討を行ううえで、県にとって貴重な基礎資料となりました。

(2) 山形県地域協調型洋上風力発電研究・検討会議

この遊佐地先の漁業実態に関する調査と併行して、2018年度以降の取組みをどのように進めていくか検討する中で、当時資源エネルギー庁が公募していた「新エネルギー等の導入促進のための広報等事業(地方公共団体を中心とした地域の再生可能エネルギー推進事業(風力発電地域協議会))」、長いタイトルですが、要は県や市町村が中心となって風力発電の導入に向けた地域の合意形成を図るための協議会を設置・運営するこの事業に県として応募することとし、漁業関係者を含む地域の関係者全体の理解促進・合意形成を目指すこととしました。

応募に当たっては、県が行う事業ですので、県全体の海域をカバーしつつ、沿岸部に風力発電を受け入れてきた土地柄や風況・海底地質の状況、漁業実態調査を実施している等の条件の揃った遊佐町沖をメインターゲットに据えることとし、会議名として「地域協調型」を冠して、単に洋上風力発電を導入するだけではなく、漁業との協調や地域の振興に資する事業を志向することを明確に打ち出しました。(2018.3.19 資源エネルギー庁より採択の公表)

県予算の措置や関係先への説明等の準備を経て、2018年7月に漁業関係者や商工観光団体、行政機関などの関係者で構成する「山形県地域協調型洋上風力発電研究・検討会議」(以下、「全体会議」という。)を設置し、さらに遊佐沿岸域における具体的な検討・議論を行うため、地域の住民代表、漁業関係者、行政関係者らで構成する「遊佐沿岸域検討部会(以下、「遊佐部会」という。)」を同年8月に設置し、以後、鋭意、研究・検討を進めてきました。

最初の年(2018年度)は、洋上風力発電を導入することで予想される課題の洗い出しと論点整理、対応策の検討から着手しました。騒音は大丈夫か、低周波が及ぼす健康への影響はどうか、遊佐町の景勝地である十六羅漢岩と夕日の景観に及ぼす影響はどうかなど、様々な懸念や意見が出されましたが、その中で特に課題となったのが、「入会漁場」における漁業者の調整でした。

この点、本コラム第2回目でも触れられておりますが、遊佐町の地先には隣接する酒田市の漁業者と入り会って操業している「入会漁場」があります。洋上風力発電の導入に、遊佐町の漁業者からは概ね前向きに進めようと受け止めていただいておりましたが、入会漁場で操業する酒田市側の漁業者の理解を得ることが課題として残ったのです。

このため、全体会議2年目となる2019年度は、酒田の漁業者から新たに遊佐部会の委員に2名加わっていただくとともに、遊佐部会の中に新たに立ち上げた「漁業協調策・漁業振興策等に関する研究会」にも参加いただき、遊佐町の漁業者と一緒に漁業協調策等の検討も行いました。(この漁業協調策の検討については、次回、当研究会の座長を務めた庄内総合支庁水産振興課長から、詳しく紹介していただきたいと思います。)このほか、遊佐部会による長崎県五島市への先進地視察のメンバーとしても加わっていただき、実際に現地の漁業協調や地域振興の取組みを肌で感じてきていただくことで、洋上風力発電に対する理解が進んだものと考えております。

想定海域図 【図】(想定海域図)

こうした取組みを重ね、全体会議でとりまとめた想定海域(図参照)を「海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律」(以下、「再エネ海域利用法」という。)の促進区域候補として経済産業省及び国土交通省(以下、「経産国交両省」という。)に申請(正確には県からの情報提供)することが、2019年12月23日開催の全体会議で正式に決定されました。

(3) 促進区域指定に向けた「有望区域」エントリー

全体会議での決定を受け、県は2020年2月13日に経産国交両省に対して、想定海域を再エネ海域利用法に定める促進区域として指定するよう申請(情報提供)しました。

2020年7月3日、経産国交両省によるいわゆる第2ラウンドの結果公表があり、遊佐町沖は、「既に一定の準備段階に進んでいる区域」に選ばれましたが、促進区域の指定に向けた「有望な区域」には選ばれませんでした。課題として指摘されたのが、促進区域指定の6要件の一つである「系統の確保」がなされていないということです。

このような中、2020年10月から系統確保の新たな仕組みである「電源接続案件一括検討プロセス(以下、「一括検討プロセス」という)」の運用が開始され、県ではその後、系統をどう確保していくのか関係者と協議を重ねてきました。2021年3月から東北電力ネットワークが開始した一括検討プロセスの募集が、同年6月末で締め切られたところですが、同社のホームページによると157万kW/60件の申込みがあったようです。その中には遊佐町沖の事業化に興味を示している事業関係者も含まれていると承知しております。県としましてはこの事業関係者の動きと並行して、2021年3月29日付けで改めて経産国交両省に対し、申請(情報提供)を行ったところです。

この原稿を執筆している2021年7月末の時点では、まだ第3ラウンドの結果公表は行われておりませんが、本県の遊佐町沖が有望区域に選定されるかどうか、固唾を飲んで見守っているところです。

(4) 事業関係者による共同調査の実施

上記(1)の中で触れた、事業関係者への協力要請事項(①事業関係者の対応窓口を県エネルギー政策推進課に一本化すること。②漁業関係者や沿岸市町への接触や沿岸域での風況観測、環境アセスメントの実施等を当面控えていただくこと。)については、2020年1月に事業関係者にお集まりいただいた会議の場で、遊佐町沿岸域を想定した案件に限って、協力要請を見直し、解除させていただきました。理由は、一定程度の地元調整が整ったことと、事業関係者が事業計画を立案するうえで地元自治体関係者や漁業関係者から話を聞くことは必須と考えられたためです。

ただ、一点問題もありました。それは、遊佐沿岸域での事業化に興味をお示しいただいている事業関係者が、単体企業ベースで30社以上にものぼり、事業計画を立案するために各社が必要な風況観測や海域の調査を個別に実施することが物理的に不可能ではないかと考えられたことです。また、想定海域内で操業する漁業関係者にとっても、漁への支障となるため、海域調査の受入れ可能件数は多くとも年間2、3件が限度と考えられました。

このため、上記2020年1月の事業関係者に集まっていただいた会議において、本県内で風力発電事業を行っている事業者のグループを中心に、なるべく多くの事業関係者が共同で調査事業を実施いただけないか県から御提案したところ、結果として、ほとんどの皆様から御参加いただけることとなりました。

こうして2020年6月以降、順次、各種調査が実施されたわけですが、行政が前面に立つことで、地域の住民や漁業者に安心感をあたえるとともに、事業関係者の信頼も得て、全国初とも言える本県オリジナルの形で、いわば “山形版セントラル方式” で調査事業が実現できたものと思います。このことについて、幹事役をお務めいただいた事業関係者の皆様をはじめ、様々な利害を乗り越えて共同調査に御参加いただいた各企業の皆様に、この場をお借りして、改めて感謝申し上げたいと思います。

【参考:これまでの主な歩み】

  • 2011年3月 東日本大震災発生
  • 2012年3月 山形県エネルギー戦略(エネルギー政策基本構想、エネルギー政策推進プログラム) 策定
  • 2016年9月 洋上風力発電に関する庁内プロジェクトチーム 発足
  • 2016年12月 県・市町勉強会 開始
  • 2017年3月 事業関係者への協力要請(窓口一本化、地元への接触等)
  • 2017年3月 エネルギー政策推進プログラム中間見直し
  • 2017年6~12月 名古屋大学研究者との遊佐地先の漁業実態調査 取りまとめ
  • 2018年1月 県HPに遊佐地先の漁業実態調査の結果を公開
  • 2018年3月 資源エネルギー庁公募事業採択
  • 2018年7月 山形県地域協調型洋上風力発電研究・検討会議 設置
  • 2018年8月 同遊佐沿岸域検討部会 設置
  • 2019年7~10月 漁業協調策・漁業振興策等に関する研究会 取りまとめ
  • 2019年12月 研究・検討会議で遊佐町沖を促進区域候補として経産国交両省に情報提供することを了承
  • 2020年1月 事業関係者向け洋上風力発電の導入に向けた県の取組み等に関する説明会(遊佐町沖における事業関係者への協力要請を見直し解除、共同調査の実施を提案)
  • 2020年2月 遊佐町沖を促進区域候補として経産国交両省に情報提供
  • 2020年6月 事業関係者による遊佐町沖の共同調査(風況調査・海域調査)の開始
  • 2020年7月 遊佐町沖が経産国交両省から「一定の準備段階に進んでいる区域」に選定
  • 2020年8月 山形県知事が「ゼロカーボンやまがた2050」を宣言
  • 2021年3月 後期エネルギー政策推進プログラム 策定
  • 2021年3月 遊佐町沖を促進区域候補として経産国交両省に、再度情報提供

4 結びに

本県では昨年7月に豪雨による大規模な水害に見舞われました。また全国各地でも毎年のように気象災害が発生しています。このように気候変動対策は喫緊の課題であり、昨年10月の菅首相による2050年までの脱炭素社会の実現に向けた宣言に先立ち、本県の吉村知事は、昨年8月6日に全国知事会「第1回ゼロカーボン社会構築プロジェクトチーム会議」において、「ゼロカーボンやまがた2050」を宣言し、県としての決意を示しました。(本稿冒頭及び下記のロゴマークは、宣言を踏まえた関連施策を対外的にPRする際に使用しております。)

カーボンニュートラル社会におけるエネルギーの主力は再生可能エネルギーであり、その切り札と目されるのが洋上風力発電です。山形県の取組みは、今回御紹介したとおり未だ途上の段階にありますが、事業関係者と立地地域がウイン・ウインの関係になる「地域協調型」洋上風力発電の導入にあくまでも拘って、これからも着実に一歩、一歩の歩みを進めていきたいと考えております。

次回は、洋上風力発電に係る本県の漁業協調策・漁業振興策の検討とりまとめについて、本県庄内総合支庁水産振興課の加賀山課長にリレーしたいと思います。
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プロフィール

笹原 和人(ささはら かずひと)

1973年生まれ。1996年法政大学経済学部経済学科卒業。旧殖産銀行(現きらやか銀行)を経て、2002年山形県庁入庁。庄内総合支庁産業経済部水産課、同産業経済企画課、山形県東京事務所企業振興課、山形県庁 観光文化スポーツ部経済交流課 経済交流主査を経て、現在、環境エネルギー部エネルギー政策推進課 エネルギー政策推進専門員。