梶脇様よりバトンを引き継ぎ、本リレーコラムを担当することになりました一般社団法人海洋産業研究会(以降、海産研)の塩原と申します。このような機会をいただいた一般財団法人東京水産振興会様に感謝の意を表するとともに、同会長谷理事におかれましては、本リレーコラムの第1回目に海産研の取り組みをご紹介いただき、お礼申し上げます。
私ども、海産研は「海洋産業の体制を確立する」ことを目指して、1970年に産業一般を管轄する通産省(現経産省)と、水産業を管轄する農林省(現農林水産省)の2省庁の共同所管で設立された珍しい団体です。そのため、設立当初から、わが国の海洋開発(旧通産省)は漁業協調型(旧農林省)であるべきとの理念を掲げていました。2002年に、海洋の調査や研究を管轄する文部科学省、海運や港湾行政を管轄する国土交通省の認可を得て、4省庁共同所管に移行しました。その後、2012年の公益法人改革で何々省所管という形態はなくなりましたが、当時から「業種・省庁横断型」の活動を特長として掲げておりました。設立して51年が経ち、わが国の海洋産業は市場規模21兆円を超える産業(2019年、海産研調べ)となりました。もはや設立当初の目的であった海洋産業を立ち上げるというステージではないことから、今年の海の日(7/22)より、「海産研」の略称を生かしつつ、名称を「一般社団法人 海洋産業研究・振興協会」に改めます。これからはわが国の海洋産業を、いっそう振興することを目指した活動を実施します。
さて、前置きが長くなりました。今回のリレーコラムのテーマは「洋上風力発電の動向が気になっている」です。我が国で最初にこれが「気になっていた」のは、私ども海産研と自認しております。海産研は2000年に北海道瀬棚町(現せたな町)より、日本初の洋上風車建設に関わる「洋上風力発電建設事業化調査」を受託しました。この調査の中で、港湾管理者や漁業関係者を交えた「瀬棚町新エネルギービジョン策定委員会」が設置され、風車基礎の魚礁効果についても議論されました。2003年に同町から洋上風車の普及啓発事業を受託した海産研は、事業内で作成したパンフレットの中に、風車基礎を使った魚礁や蓄養施設、2基の風車間でのコンブの養殖のアイデアを示しました。風車間でのコンブ養殖は実際に実施され、生産したコンブは特産のウニのエサとして利用されたとのことです。これがわが国における漁業協調方策の端緒と言っても良いでしょう。海産研は、2003年に青森県八戸市より「八戸地域洋上風力発電導入可能性調査」を受託し、同調査内で「漁業協調システムの検討」として、風車基礎の魚礁利用、藻類の養殖場としての利用、発電電力の水産業への利用などについて検討しています。
旧瀬棚町および八戸市の検討事例をみて、洋上風力を円滑に普及させるためには漁業協調策は不可欠であると改めて認識し、2012年より会員企業とともに自主調査研究として「洋上風力発電等の漁業協調の在り方に関する提言研究」をスタートさせました。その成果として2013年5月に「着床式100MW仮想ウィンドファームにおける漁業協調メニュー案」を発表しています。100MW(5MW×20基)の洋上ウィンドファームが建設されると仮定し、ファーム内での漁業協調方策をメニュー化しました。並べたメニューは、1. リアルタイムでの海況情報の提供、2. 風車基礎部の人工魚礁化、3. 養殖施設の併設、4. 定置網等の併設、5. レジャー施設の併設、6. 発電電力の活用、7. 漁業者の事業参加となっています。また、漁業協調型洋上ウィンドファームの理念を、次のように示しました。
<漁業協調型洋上ウィンドファームの理念>
- 1. 発電事業者も漁業者も共に潤う、Win-Win方式で取組むこと。両者が対立的な関係ではなく、発電事業者もメリットを得るとともに、漁業者も同時にメリットを享受できるような、「メリット共有方式」であること。
- 2. 発電事業者と漁業者だけでなく、地域の住民・市民、来訪者・観光客などを含め、地域社会全体の活性化に貢献すること。
- 3. 計画の当初から事業者側は情報を開示して透明性を常に確保し、関係者が一つのテーブルについて協議を進め、合意形成を図りながら推進すること。
漁業協調メニューは、会員企業によるワーキンググループで素案を作成し、有識者委員会にて有識者の助言を得て作成されています。有識者委員会の委員長には東京海洋大学元学長の松山優治先生にご就任いただき、大学の研究者、水産団体、関係省庁に出席いただいて内容を審議していただきました。完成した洋上風力に対する漁業協調メニューは冊子にして各都道府県漁協(漁連)に送付しました。このような活動が広く認識され、水産庁のホームページに「洋上風力発電事業と漁業実態等に関する相談窓口」が設けられた際には、「漁業協調に関しては (一社) 海洋産業研究会も参照」という一文が加えられました。その後、2015年6月に第2版として「浮体式洋上ウィンドファームの漁業協調メニュー」を発表しています。
メニュー案を発表したところ、全国から海産研に講演依頼、委員就任依頼がありました。また、自治体、民間企業から洋上風力と漁業協調について調査依頼がありました。その地域における漁業と洋上風力の協調策を提案して欲しいというものです。その一例を紹介すると、2014年度に岩手県庁からの調査委託で、洋野町沖合における洋上風力と漁業協調方策を検討した際には、漁業協調メニューをベースに作成した漁業協調方策をもとに、地元の漁業者の方と意見交換を行いました。漁業者からは、定置網周辺の風車のレイアウトについての意見や、「洋上風車に密漁監視カメラを取り付けて欲しい」と言った意見が出されました。漁業協調メニューは専門家の意見を聞きながら作成しましたが、密漁監視カメラというアイデアは浮かびませんでした。やはり、机上検討ではうかがい知れないニーズが地元にはあるということを知りました。
2013年以降、国により洋上風力に関する様々な実証事業が行われました。また、港湾区域を中心に洋上風力の事業化を促進するための制度が順次整備されてゆき、2018年に一般海域を対象とした再エネ海域利用法が成立しました。これは、国が区域を指定して、その区域内で洋上風力発電事業を行う事業者を公募するという仕組みです。現在、通称第1ラウンド(長崎県五島市沖、千葉県銚子市沖、秋田県能代市三種町及び男鹿市沖、秋田県由利本荘市沖)の促進区域が設定されました。現在は第2ラウンドの協議会が始まっている段階です。この法律により、我々海産研にとっては悲願となる大規模洋上ウィンドファームの建設が我が国で実現することになりました。地球温暖化対策という観点からも、わが国のエネルギー自給という観点からも意義深いものといえましょう。
一方で気になっていることが3点あります。1点目は、再エネ海域利用法では事業者を選定する際に事業計画を240点満点で採点するのですが、漁業協調、地域協調に関する配点が10点しかないことです。国民の税負担となる固定買取価格(FIT)低減のため、発電電力の価格点を最重要視していることは理解できますが、これでは、地域や漁業のことを考えない発電事業者でも事業者に選定される可能性がないでしょうか。2点目は、基金についてです。第1ラウンドの4つの協議会では漁業協調策について議論はほとんどなく、代わりに漁業振興のための基金を設置することが盛り込まれました。基金自体は合理的なソリューションと思いますが、基金を出捐するだけで良しとするなら、事業者が地元に溶け込む努力をする必要がなくなります。また、基金を置く必要性についての説明や、その使い道についての透明性がないと、形を変えたつかみ金の補償金とみなされ、それが電力料金に転嫁されることで漁業者が悪者扱いされることも危惧されます。最後の3点目ですが、菅首相が2050年カーボンニュートラルを宣言し、「洋上風力の産業競争力強化に向けた官民協議会」では、2040年までに30~45GWの洋上風力の案件を形成するという目標を発表しました。しかし、海に数千本の風車を建てるという話であるのに、最大のステークホルダーである漁業者はカヤの外に置かれている気がしてなりません。
これからも様々な課題が持ち上がると思いますが、それらの解決策を模索し、洋上風力と漁業・漁村の共存共栄を図るのが海産研の役割と認識しています。今後も微力ながら漁業協調型の洋上風力の発展に尽くしてまいる所存です。
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