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水産振興コラム
20227
洋上風力発電の動向が気になっている
番外編 —漁業影響調査実施のために—
長谷 成人
(一財)東京水産振興会理事

1. はじめに

昨年、この水産振興コラムにおいて「洋上風力発電の動向が気になっている」とのタイトルで16回のリレーコラムを連載し、さらにそれを総括する座談会については、「水産振興」第634号として先日公表したところです。座談会の中でも取り上げられた漁業影響調査のあり方について進展がありましたので、リレーコラムの言わば番外編としてご報告します。

洋上風力発電の導入に必要な漁業影響調査については、リレーコラムの第12回[ i ]で遠藤久さんが考察したところですが、その中でも言及されていたように、水産に関する調査関係組織の中で、(一社)全国水産技術協会と(公財)海洋生物環境研究所・(公社)日本水産資源保護協会が調査の方法等について検討・取りまとめを行った実績がありました[ii]。今回、ここに挙げた3団体を含む海洋水産に係る技術を事業基盤とする団体が集まり私が代表・議長を務める海洋水産技術協議会[iii]が2019年4月に施行された再エネ海域利用法のその後の実行も踏まえ「洋上風力発電の漁業影響調査実施のために」を取りまとめましたのでその概要をご紹介します。

[i] https://lib.suisan-shinkou.or.jp/column/yojofuryokuhatsuden/12-endoh.html

[ii] (一社)全国水産技術協会、洋上風力発電施設の建設に伴う漁業影響調査の実施について、2019年7月8日
http://www.jfsta.or.jp/activity/洋上風力発電施設の建設に伴う漁業影響調査の実施について.pdf

2019年度成果報告書 風力発電等導入支援事業/着床式ウィンドファーム開発支援事業(洋上風力発電に係る漁業影響調査手法検討)、NEDO、2019年度・20200000000033 (公財)海洋生物環境研究所、(公社)日本水産資源保護協会 2020年2月
https://seika.nedo.go.jp/pmg/PMG01C/PMG01CG01(閲覧にはユーザー登録が必要)

[iii] (公財)海外漁業協力財団、(一社)海洋水産システム協会、(公財)海洋生物環境研究所、(一社)漁業情報サービスセンター、(一財)漁港漁場漁村総合研究所、(一社)水産土木建設技術センター、(一社)全国水産技術協会、(公社)日本水産資源保護協会、(一社)マリノフォーラム21を会員とする任意組織

過去を振り返れば、1950年代以降の大規模な臨海開発により広範な海面が埋め立てられ、魚介類の重要な産卵育成場である浅場、特に藻場や干潟が失われ、漁業に大きな影響を与えました。これに対して、当時の(社)日本水産資源保護協会などが「漁業影響調査指針[iv]」を取りまとめ、同指針に基づく調査は、安易な埋め立ての回避や代替環境の創出を求める根拠となり、開発事業計画を漁業との共存共栄に向けて適宜修正する役割を果たしてきました。

[iv] http://www.fish-jfrca.jp/02/pdf/other/2005-shishin.pdf

しかしながら、洋上風力発電施設建設の場合は、海が消滅する埋め立て事業とは異なり基本的に海が残ることや、建設工法上の制約から、藻場、干潟が最も分布する水深10m以浅での建設は稀であることから異なる考え方が求められます。また、再エネ海域利用法では、発電事業者に海域を占用させる促進区域の指定基準として「漁業に支障を及ぼさないことが見込まれること」とされていることも踏まえ今回の取りまとめを行ったものです。

2. 基本的考え方

洋上風力発電の漁業影響は、①建設工事や施設の存在により漁業の操業が制限される影響と②工事や施設の運転が水産生物の現存量や来遊量を変化させる影響に大別されます(図1)。漁法により影響の受け方も大きく異なり、特に底曳網、まき網、浮き流し式のはえ縄などでは物理的に操業できなくなるなど大きな影響を受けることになります。これに対し固定式の漁具や釣り、潜水漁などの場合は風車群の中でも操業可能なものが多いのですが、②の影響の可能性は残ります。しかしながら洋上風力発電事業が水産生物に与える影響に関して得られている知見は断片的な報告に留まっており、現状では漁業者が持つと思われる様々な懸念や疑問に対して、事前に十分な回答をすることは難しいのが実情です。このため、可能な範囲の事前の影響予測に加えて施設の建設前後の変化を把握するモニタリング調査を行うことにより影響の有無を確認し、悪影響を認めたときにはそれを緩和する対策をとることを基本とすることとしました。

図1 洋上風力発電による漁業影響の発生要因と漁業影響の関係(NEDO, 2019を一部改変) 図1

3. 漁業影響調査の構成

洋上風力発電施設の建設等の手順と漁業影響調査の一般的な流れを図2に示します。漁業影響調査は、次の4段階で構成されます。このうち(1)~(2)は、事業者が個別に行うのではなく、国が主導するセントラル方式[v]での調査が望ましいと考えており、(3)~(4)については、選定された事業者による調査の実施及びその方法について法定協議会で協議され実施されることを想定しています。

[v] 初期段階から政府や自治体が関与し、より迅速・効率的に風況などの調査、適時に系統確保などを行う仕組み。欧州では政府などが導入計画を明確にして、発電事業者のリスク軽減を図るが、日本では、「日本版セントラル方式」として、調査可能な海域の情報を都道府県が国に提供し、それを踏まえ、国などが風況調査や系統確保といった事前準備を実施することで発電事業者のコスト負担軽減につなげる。

(1) 漁業等関係者調査

洋上風力発電導入の構想段階で漁協や関係機関・団体への聞き取りを行い、関係する漁業をもれなくリストアップし、関係漁業者を特定するとともに、海域との関係の概略を把握します。関係漁業者には、そこで操業する者だけでなく、海域を通過する水産生物に関わる者、航行等で海域を利用する者等も含まれます。その結果は、地元における施設導入の検討、経産省や国交省による「一定の準備段階に進んでいる区域」や「有望な区域」の選定の可否についての検討等に活用されることになります。

(2) 漁業実態調査

関係漁業者が利用している海域、時期、漁具、漁法、対象水産生物等を整理した上で、想定される事業計画と照らし合わせて、漁業への影響として懸念される事項を検討・整理します。その結果は、(1)と同様の検討に加え、再エネ海域利用法に基づく協議会(法定協議会)構成員の検討のほか、法定協議会が設置された場合において促進区域の指定を受け入れるか否かを判断するための材料として活用されることになります。

(3) ベースライン調査

「漁業に支障を及ぼさないことが見込まれる」との判断がなされ、事業者が選定された後、法定協議会から引き継がれた漁業者の懸念事項等について(4)の調査も想定して調査計画を策定し施設建設前の状態を把握する現地調査等を実施します。また、可能な範囲で漁業影響を予測し、悪影響の軽減措置の検討や事業計画の見直しを行います。

(4) 漁業モニタリング調査

施設の建設中及び建設後において現地調査等を行い、漁業者の懸念事項について影響は予測の範囲内か、想定外の悪影響がないかを確認し、あった場合はその軽減策を検討します。

図2 洋上風力発電施設の建設等の手順と漁業影響調査 図2

(注) 資源エネルギー庁によると、一般的な洋上風力発電の事業計画のイメージは、事業者選定後に環境アセスメントを実施(4~5年)、発注&建設(2~3年)、事業実施(20年)、撤去(2年)で合計30年間となっているが、これまでは事業者が公募に応募する前に環境アセスメントに着手している例が多かった。今後セントラル方式が導入された場合、どのようになっていくのか注意する必要がある。

4. おわりに

今回ご紹介をした「洋上風力発電施設の漁業影響調査実施のために」の原文は、海洋水産技術協議会の事務局を務める (一社)全国水産技術協会のホームページでご覧いただけます(http://www.jfsta.or.jp/activity/kaiyousuisan/index.html)。この指針が再エネ海域利用法の精神である発電事業と漁業との共存共栄に資することを願ってやみません。また、今後、各地での取り組みが進み知見が蓄積されていくのに合わせ、この指針については随時見直しを行っていくこととしています。

プロフィール

長谷 成人(はせ しげと)

長谷 成人 (一財)東京水産振興会理事

1957年生まれ。1981年北大水産卒後水産庁入庁。資源管理推進室長、漁業保険管理官、沿岸沖合課長、漁業調整課長、資源管理部審議官、増殖推進部長、次長等を経て2017年長官。2019年退職。この間ロシア、中国、韓国等との漁業交渉で政府代表。INPFC、NPAFC(カナダ)、宮崎県庁等出向。
現在 (一財)東京水産振興会理事、海洋水産技術協議会代表・議長